ハピハピスピー

「スピー! 手伝ってくれー!」


「すまんスピー! 次はこっちを!」


「スピー!」



「フェルマーーン! そこに直れーーー!」


 エレンツィア防衛戦の戦後、十兵衛がエデン教会に戻ってきた少し後のことだ。

 ちょっとした事で何度もスピーを呼びつけるフェルマンに、はたからその様子を見ていたリンがブチ切れた。

 フェルマンが手伝わせるものは軽い荷運びや雑務作業であったり、書き物をする時のちょっとした荷物持ちなどが主だったが、リンから言わせれば「そんなものに手伝いなどいらん!」である。

 竜の気迫を隠そうともせず怒鳴りつけるリンに、フェルマンは震えながら彼女の前で正座をした。


「ははっ! リン様、ここに……!」

「フェルマン! スピーを奴隷の身から解放したのはお前だろうが! そのお前がスピーを手荒に扱うとはどういう了見だ!」


 リンの一喝に、はっと息を呑む。

 頼まれた仕事を終えたスピーが二人の元に駆け付けた頃には、フェルマンはまるでしおしおの枯れた草木になってしまったように項垂れていた。


「あ、あのリン様……フェルマン様は、その……」

「ああスピー、案ずるな。奴隷の身から解放されたお前を手荒に扱うなと、今しがた叱りつけていた所だ」

「ええっ!」

「まったく。思想が変わったとて普段の言動はすぐには変わらんもんだな!」


 フン! と腕を組んで怒ったように鼻を鳴らすリンに、フェルマンはもはや顔も上げられない。

 しょげかえっているフェルマンと怒っているリンをおろおろと見ていたスピーだったが、慌てたように「ちが、ちがうんです!」と声を上げた。


「あのっ、僕は大丈夫なんで……!」

「何が大丈夫だ。お前の怪我は奇跡で治せないんだぞ? 頭の傷だってまだ塞がってないのに」

「はっ! そ、そうだ、私はなんと愚かな……!」

「いやあの、ですから! 僕、うれ、嬉しかったんです!」


「はぁ?」と片眉をあげるリンに、スピーが頬を桃色に染めながらもじもじと呟く。


「ふぇ、フェルマン様は、僕に手伝いを申し付ける度、会う人会う人に僕を紹介してくださってまして」

「何……?」

「応急処置で関わった人は僕の事を知って下さってますけど、そうじゃない方にはやっぱりその、亜人……ですから。脅威じゃないんだって、ずっと伝えて下さってて」


 すぴすぴと鼻を鳴らしながら、スピーは一所懸命にフェルマンの所業の誤解を解こうとする。当のフェルマンはスピーの庇いだてに感動しているのか、目尻に涙を滲ませて「うっ……!」と顔を覆っていた。

 唖然とするリンに、一連の騒動を外から眺めていたアレンが宥めるように肩に手を置く。


「リン。こういうのなんていうか教えてやろうか」

「なんだ」

「無粋、って言うんだぜ」


 アハハ、と笑って去っていくアレンに、リンが目を丸くする。

 脳裏にもう一度その単語をよぎらせて、「誰が無粋だ誰が!」と憤慨しながらあとを追った。

 その場に残ったスピーは、しおしおのフェルマンの背を励ますように撫でさする。


「フェルマン様、どうかお気を落とされないでください。僕、嬉しかったですから」

「す、スピー……!」

「だってお側にいた時、僕、ずっと鼻が鳴っちゃってたでしょう?」


「ね?」と言う今も、スピーの鼻はすぴすぴと鳴っている。その音は、確かにスピーが幸せで喜んでいる事を告げていて。

 フェルマンは、ついに感極まって男泣きしてしまうのだった。

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め~おうとさむらい小噺 佐藤 亘 @yukinozyou_satou

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