第8話 ソル・ヴァイパー発進!
――君たち、こんなところにいたら危ないよ……! こっちへ!
背後から掛けられた声に振り向く。
「あ、ユミルさん!」
面識のあるキーラが先んじて反応した。ソルたちの後ろから現れたのは、寝不足続きのようなどろんとした目に灰色の髪をした若い女性、ユミル・ミカゲだ。アクティブ・ローダー三種のうちもっとも大型の「ジャギュア」の操縦者として、彼女もお披露目の演壇にいたはずだが――
「トイレに行ってたらこの騒ぎ……あ、そこに寝てるの、シュウ?」
「寝てるんじゃなくて、様子がおかしいんです。アンバーダン博士のところへ連れていきたいんだけど……」
「よし、分かった。私に任せて……!」
ユミルがシュウの足元に立ち、次の瞬間片足を小脇に抱えてくるりとその場で前転した。
「え」
「うわ?」
ソルとキーラが目を丸くする。前転を終えたユミルの肩の上には、彼女より一回り大きいはずのシュウの体が魔法のように抱えあげられていた。
「……さすがに重いな。君たち、どっちか手伝ってくれる?」
「じゃ、じゃあ僕が……」
ソルがシュウの足を支えてユミルに続こうとした時だった。作業場の中を突っ切ってきた襲撃者たちの車輛が一台、彼の横をかすめて通ったのだ。
瞬間――助手席に仁王立ちになった太り
「たす……!」
助けて、とまで言葉にならぬ、短い叫び。瞬く間に離れていく距離の中で、二人の視線が糸を引いて伸び、やがてぶつりと切れたように思われた。
――お嬢様ぁ!! 誰か、お嬢様を!
車の後ろから、声を振り絞った悲痛な叫び。つい今しがた見た、車の陰にうずくまっていた方の少女だ。
少女の目と分かたれたソルの視線が、周囲をさっとひと掃きして走った。状況は錯綜している。
谷を囲む斜面へ向かって去っていく数台の車輛と、力なくうなだれた上半身を振り回しながらその後を追う、敵の巨大ロボット。
乗り込むばかりにコクピットハッチを解放した開拓団の「ヴァイパー」と「ジャギュア」。それを守るように警戒して立つ、「イーグル」――
「……キーラ、悪いけどきみがユミルさんを手伝って! シュウさんを頼む!」
「え、ソルは? あなたは何を?」
戸惑うキーラの声は、走り出したソルの背中を追いかけた。
「僕……僕は!!」
そう叫んだ時にはもう、ソルの手はヴァイパーの機体側面につけられたU字ハンドルに掛けられていた。
――ソル、やめて! 危ないったら!!
キーラの悲鳴に近い叫びを聞きながら、コクピットハッチを閉め――ようとした瞬間。白と茶色の毛皮に包まれた塊が、閉じかけた隙間から滑りこんでくる。
「ガル!? 今までどこにいたんだ!?」
キー、と一声鳴いて、ガルが顔をくいっと上に向けた。ワンテンポ遅れてゴーグルに浮かぶ文字。
――ボクモ、ツレテイケヨ!
「分かった、でも今みたいなのは止めてくれよ。友達をドアに挟んで潰すとか、いやだよ」
――ソンナニ、ノロマジャナイ。
とにかくこいつを動かして、あの女の子を助けるんだ――ソルの中で渦巻いていた衝動がスッと言葉に収まる感じ。動かし方は大体わかる。キーラが目を通していたマニュアルを横からのぞき込んだり、船内の
この「ヴァイパー」はロアノーク号に積まれたアクティブ・ローダーのサンプルの中でも最軽量かつ高速で、偵察や調査に特化した走破性の高い機体だ。
速度だけなら
燃料電池の動力を脚部へ接続し、座り込んでいた機体を起立させる。逆関節構造の脚部を注意深く踏み出し、数歩歩いたのちおもむろに速度を上げて走り出すと、ちょうどロアノーク号艦首の管制室から通信が入った。
〈ヴァイパー01、誰が動かしている? 応答しろ〉
「……こちらソラリス・アンバーダン。奴らが女の子をさらっていったんだ。こいつで追いかけます」
〈ソル!? 莫迦な、子供がやる事じゃない。降りなさい……!〉
通信に割り込む父の声。どうやら彼も管制室にいたらしい。だが、ソルにはそんなお小言を受け入れる気はさらさらなくなっていた。
モニター越しに見える、後ろへ流れて飛んでいく異星の風景。機体から伝わる軽やかな揺れと、大地を蹄に掛ける小気味よい衝撃のビート――
「ヴァイパー01……ソル・ヴァイパー、これより追跡に移る! 大丈夫さ、上手くやるよ、父さん」
〈ソル!〉
ペダルとレバーを操作して、ジャンプの頂点からジェット推進器を点火し高速巡行モードに。
ソラリス・アンバーダン、十三歳。運命の一日の始まりだった。
三百年遅れの開拓団、帝星ボミキスへ入植す 冴吹稔 @seabuki
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