第7話 招かれざる三組の客 ②

         * * *


「時代遅れらしいがすげえ船だ。宝の山ってところだな!」


 戦機クリーガーの頭部カメラが捉えた映像が手元のモニターに共有されると、ジル・ジブルイは舌なめずりをせんばかりの勢いで歓声を上げた。

 ボミキスの荒野に盤踞する山賊団「フレイムペンギン」の分隊一つを預かる身ではあるが、自分たちだけでこれほどの獲物に出くわしたことは今まで無かった。


(へっへへ……あの狐野郎に情報料をケチらずにおいたのは正解だったぜ)


 ジルはかねてから、ボスに隠れてライバル集団である同業者おなじさんぞくの「サンドフォックス」と連絡を取り合っている。今回のこの「開拓船」はまだ一般には秘匿されている事件で、ジルはその情報をサンドフォックスから買ったのだ。


戦機クリーガーと同格くらいのメカがあるようだが、動き出してはいないようだ……三百年も前の機械じゃあ、どうせ大したことはねえ。戦機の敵じゃあないだろうが、まあ動き出す前に先制攻撃でつぶしとくか。そんで、開拓用の資材や物資のめぼしいところを頂いて、ついでに女でもさらえりゃあ、ゴキゲンこの上ない収益あがりになる)


 方針は決した。まずは手持ちの戦機クリーガーグロッセボイテの搭載ミサイルで、あの宇宙船の外にいる有象無象どもをなぎ払う。混乱して戦意を失くしたところで、バギーで突貫して制圧――これだ。


「よし、かかれ野郎ども! 打合せ通り、まずはプランAで行く! グロッセのミサイル六発、まとめてお見舞いしてやれ!」


 荒野を挟んでここと反対側にある貴族領――否、第15番行政圏の警備軍から機体をせしめた当時のまま、温存していた肩部ランチャーのミサイル。それが不規則な軌跡を描いて飛んでいき、辺りを黒煙に包んだ。


 一分ほど待って向こうの反応をうかがう――混乱が見て取れるし、これといった動きはなし。実にいい。


「突撃!!」


 号令一下、荒くれ男たちの乗ったバギーが動き出す。かくしてジルの一党は、ロアノーク号がその巨体をさらす差し渡し一キロの浅い谷へと、威嚇射撃の音を響かせながら突き進んでいった。




 ほぼ同じ瞬間。混乱から真っ先に立ち直って動いたのは、元軍人のヴィクター・アッシュだった。 


「敵襲か、よし」


 彼には混乱も驚愕も、放り込まれた状況に対する感慨もない。

 あるのはただ、攻撃を受けたという事実。自分が無傷で生きているという事実。そして守るべき開拓団員が周囲にいる、という事実だった。


 お披露目を受けた位置からほど近い場所には、彼が担当することになった中型のアクティブ・ローダー「イーグル」が、乗降に適した立て膝の姿勢で待機させてある。全高約十二メートルの、ほぼ完全な人型。組み立てが終わってまだ装備も十分ではないが――とにかく動く。


「煙が晴れる……動くなら今だな」


 ダークグリーンに塗装された、重装甲と俊敏さを両立したバランス型の機体が大容量燃料電池のパワーをみなぎらせる。大地を踏みしめた足を支えに、ゆっくりと身を起こして辺りを睥睨した。


 左腕――マニュピレーターを、センサーの集中する頭部をガードするように構え、右は引き絞った弓めいて力を蓄えつつ腰の高さに。

 ヴィクターが得意とする軍用に簡素化された打撃系格闘技「マフ・ガット」を、イーグルの巨大なサイズと、人とは異なる重要部位の配置に沿って、再現・再構成した動作だ。


「ふん」


 ごくわずかな満足感をよぎらせた呼吸音が、コクピット内に揺蕩う。ヴィクターは襲撃者が先頭に押し立ててきた、イーグルとほぼ同格の人型機械を見た。瞬時に戦況判断が働く。

 敵の足元には数台の武装した軽車両が程度いる程度、このアクティブ・ローダーもどきをつぶせば、敵は戦力も士気も大幅に削れるはずだ。


 背面に装備されるべきロケット推進器スラスターは調整が遅れてオミットされており、接近戦を挑むには不利な条件だったが。敵は不用心にもこちらへ突っ込んで来ていた。

 脚部と両腕が微妙におかしな角度で突き出された、妙にバラバラな動きに思わず失笑が漏れる。襲撃者は操縦に関してほぼ素人のようではないか。


 イーグルが一歩前へ踏み出し、右マニュピレーターを突き出して敵をカウンター気味にとらえた。

 イーグルの機体質量をたっぷり乗せて突き出した腕の先端、人間であれば手指部分を保護するように取り付けられた、分厚いタングステン合金の削り出しブロックが敵機体――グロッセの胸部にぶち当る。


 けたたましい打撃音が響き、次の瞬間それが無気味な破断音に変化する。イーグルのコクピットでは、機体の戦術AIによって報告される敵機体の意外な性能諸元にヴィクターが目をしばたいていた。


「胴部装甲厚……七十ミリだと? たったそれだけ?」


〈インパクト時の振動分析による、対象の装甲材質を報告――最表層はジルコニア系耐熱セラミック、基材はチタン合金と炭素繊維による複合材〉


 なるほど、とヴィクターはうなずいた。それはレーザーを主とする熱エネルギー兵器を想定した装甲だ。プレーンな状態のイーグルが無手で振るう鉄拳の、速度と質量の暴力には抗しえない道理だ。

 敵機体は胸部を貫通され、両腕をだらりと力なくぶら下げて足を止めた。




「んな、莫迦なぁ!?」


 ジルは虎の子の機体と、それに部下を案じてうめきをあげた。コクピットは股間部にあるため乗員は無傷だが、グロッセはこれでほぼ死に体だ。当てが外れたからには速やかに撤収するのが生き残って稼業を継続する秘訣だが――さすがに何の収穫もなしには退けない。


〈なにかねえか、奴らからちぃとでも掠め取れるいいネタは――〉


 ふと、目に入る赤い色。


「ん、あれは?」

 

 そういえば先ほど襲撃を掛ける寸前にも、少し離れた尾根から何か赤いものが動くのが視界の隅に入っていたが。

 グロッセ・ボイテのカメラ映像は切れていたため、ジルは手ずから双眼鏡を取り出してその方向へ向けた。赤く塗装された浮揚地上車ムーバーのボンネットに、盾と王冠に人魚を配置した紋章が白く浮き上がっている。


「……こいつぁたまげた! 総督閣下の家紋じゃねえか。ハハッ」


 誰がこんな荒れ地までわざわざ来たのか分からないが、拉致して身代金を強請り取れれば――いや、もっといい手が。


「まさか伯爵さまご本人ってこたぁあるまいが……誘拐の下手人をあの船の連中に押し付けて、送り届けた謝礼と、討伐のお墨付きを頂く……どうよこれ。完璧だわな」


 ジルが構えた双眼鏡の視野の中で、一人だけ場違いな服装をした人影が動いた。白い遮光クロスをふんだんに使ったドレス――そんなものを着こんだ小柄な人影が、車から大分離れた場所の地面から、よろりと立ち上がって周囲を見回し、口元を手で覆う。


「あれだな?」


 ジルは双眼鏡を下ろしてバギーを走らせ、その女の腰のあたりに長い腕をひっかけて――まんまとすくい上げた。

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