第6話 招かれざる三組の客 ①

「あれですわ、レジーナお嬢様」


 リコ・ヴァイセスドルフは浮揚地上車ムーバーの運転席から伸び上がるようにして、稜線の向こう側に姿を見せ始めた物体を指さした。


「大きいですね……想像以上に。まさかあの谷を一隻で埋め尽くすほどとは思いませんでした」


 レジーナ・エボリは双眼鏡を取り出し、映像解析モードを起動して植民者たちの宇宙船を一望した。結果は驚くべきことに、全長だけでも一キロメートルを超えている。恐るべき巨船だ。

 だがそれは、あれほどの巨体であってもブラックホールの質量と特異点の作用を十全に利用できない、過去の遺物とも言うべき水準の船だという事でもあった。


「オ嬢様。ホントニ降リテイクンデスカ、アソコニ?」


「そうよ、コブンゴ。彼らはエボリ家のために役に立ってもらうのですから、仕える相手の顔はきちんと見せておかなければ」


 ムーバーの後部座席を半分占領していた巨大な犬の問いに、レジーナは肩をそびやかして答えた。犬はふっくらとよく肥えた体をぐいと伸び上がらせると、座席の足元から幅広の彎刀カットラスを手元に引き寄せた。


「フム。正直、気ガススミマセンガ……」


 特異な口蓋音を交えた奇妙な訛りのある公用語を操る彼、コブンゴは、実のところ犬などではない。

 彼の種族の名はグラウ・ルゥ。かつてボミキスの入植者たちが、周辺の恒星系まで足を延ばして探検した際に出会った、独自の文明と文化をもつ正真正銘の知的種族なのだ。

 人類の家畜である食肉目の動物との最大の違いは、目や耳など感覚器全般がよく発達していることだった。コブンゴは特に味覚が優れていて、レジーナが子供のころから、彼がエボリ家の食糧買い入れを取り仕切っている。


「シカシ、アソコニモシモ三百年前ノ食イモノガノ残ッテイルトシタラ、ドンナ味カ、興味ハアル……味見スル機会ハアルデショウカ?」


「さあ……私には分からないけど、あなたの希望が叶うことを祈るわ、コブンゴ。リコ、車をあそこへ降ろして下さるかしら?」


「よろしいですとも!」


 リコは内心の緊張と気おくれ、そして功名心のせめぎ合う上で微妙なバランスを取りながら、努めて明るく請け合った。


 彼女の父は新興の商業資本家で、帝星での市場開拓のために目下腐心中だ。第12番行政圏の総督令嬢の学友という、またとないポジションに潜り込めたのは、彼女にとっても彼女の家にとっても、大きなチャンスではある。


 そのおかげでレジーナのこの度の無謀な視察行に付き合わされているわけだが、リコとしては何とかこの状況を泳ぎ切るしかない――


 奇妙な三人組を乗せて、エボリ家の紋章を仰々しくペイントされた赤い浮揚地上車グライドムーバーが斜面を滑り降りていく。機械の性質上あまりこうした地形に適しているとは言いがたいが、それでもどうやら事故も起こさずに目的を果たしつつあった。


「スピードウェル開拓団の皆様、ごきげんよう! 私はレジーナ・エボリです……! 皆様の労をねぎらい、我が家との親睦を結んでいただくために、ご挨拶に伺いました!!」


 拡声器も使わずに、レジーナが口上を述べる。前方には、整列して何やらセレモニーを営む様子の人々がいた。

 突然の闖入者に呆気にとられる開拓団の面々はと言えば――今まさに、組み立ての済んだアクティブ・ローダーを地上に降ろし、初期三機分の搭乗員の任命式とお披露目をするところだった。



         * * *


「あれ……何か来た!?」


 ソル――ソラリス・アンバーダンもちょうどその場にいた。


 自分を差し置いて(というのすら客観的にはおこがましい話なのだが)「ヴァイパー」の搭乗員に選ばれた青年が機体に歩み寄るのを、羨望と失望の入り混じった気持ちでふてくされながら見ていたところだったのだが。

 その赤い車が斜面を降りてきたのに気づいたときから、ソルの周囲では瞬く間に状況も気分もすっかり変わってしまった。


 と、いうのも――


 車に少し遅れて、別の方向から風切り音と共に数発のミサイルが飛来したからだ。


 ――危ないッ、伏せろ!!


 誰かが叫んだのと、作業現場周囲に今一つ無造作に積まれてしまっていた足場などの資材が、爆発で崩れなぎ倒されたのがほぼ同時だった。


「ソル、こっちに!!」


 呆然としていたソルを、キーラの声が我に返らせた。

 声の方向を振り向くと、任命式のために作られた急ごしらえの演壇と、その陰にしゃがみ込むキーラが見えた。横に誰か倒れている。


「キーラっ! 大丈夫? 怪我はなかった!?」


「ありがとう、大丈夫……でも、ナミガシラさんが怪我を……!」


 演壇の陰にのびているのは、ヴァイパーの搭乗員として今しがた披露されたばかりの、元宇宙輸送船の操縦士シュウ・ナミガシラだった。出血を伴う外傷を負った様子は無いように見えたが、顔面蒼白になって目を閉じ、ピクリとも動かない。


「これ……まずいよ。急いで父さんに診せなきゃ」


「そ、そうね。でもこの騒ぎじゃ……!」


 ソルは改めて周囲を見回した。斜面を降りてきた赤い車は作業現場の片隅で何かに乗り上げて大きく傾き、その傍らに大きな犬と、眉根にやたらと深い皺を寄せた小柄な少女がしゃがみ込んでいる。まるで、こちらで演壇に隠れているソルやキーラとそっくりだ。


 そして、ロアノーク号がその巨体を横たえた谷の、周囲を囲んだ岩尾根の稜線に、アクティブ・ローダーにいくらか似たところのある人型の機械が一台。それに明らかに火器らしきもので武装した総輪式の車輛が数台、並んでこちらをうかがっていた。


 人型機械の肩にあたるところからは煙がまだ尾を引いてたなびいている――すると。

(攻撃してきたのはあいつだ)

 

 ソルは知らず知らずのうちに、拳をきつく握りしめていた。

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