第一章:開拓着手とそれぞれの思惑
第5話 ボミキス開拓、さっそくの凶兆
〈ソンナニ、ショゲルナヨ〉
ソルにとっては既にほとんど遊びつくしたゲームの再プレイ中。彼が頭部につけたARゴーグルの視界に、
「でもさ、ガル。頭ごなしに『子供にはダメだ』なんて言われるって、思ってなかったんだよ」
〈キミニモシゴトハイッパイアルサ、キット〉
「ちぇ、これじゃ父さんから『ガルの方が物分かりがいい』とか言われそうだなあ……」
キャビンのソファーに座ったソルの横で、ガルが首からぶら下げた小さなタッチパッドをいじっている。
生後三か月の仔猫くらいの大きさ、白と茶色のふわふわした毛皮に包まれたガルは、アンバーダン博士が作り出した知能増強動物の一つ「ワイズ・ハム」――つまり、人語を解するでっかいハムスターだ。
人語を理解してはいるものの、頭骨の構造や声帯の機能に制約があり、直接話すことはできない。このパッドを使ってソルのゴーグルに文字を送ることで会話するのだ。
普段はキーキーという声の調子でおぼろげに機嫌の良しあしが分かるくらいだが、ARゴーグルを介していればガルはソルとほぼ同等の――場合によってはいくらか老成して感じるくらいの、いい助言者だった。
ソルがふてくされているのにはそれなりの理由がある。地表での開拓作業の花形機
材である「アクティブ・ローダー」の操縦員に、選んでもらえなかったのだ。というより、そもそも候補にも入れなかった。
三種三機が持ち込まれたアクティブ・ローダーの搭乗員に選ばれたのは、輸送用宇宙船の乗組員に機動歩兵科の軍人、それに作業用大型重機の免許持ちと、技能持ちの大人ばかり。確かに子供の出る幕はなさそうだった。
「まあ、しょうがないや。資材がそろって、増産が始まったらもう一度頼んでみるよ……あと交代要員とかね。ヴァイパー、カッコいいんだよなぁ」
〈ボクニハ、ヨクワカラナイ〉
知能は人間並みでも、情動はやはり人間とは異なる。ソルはゲームにもガルとの会話にも少し疲れて、船外の工事現場を覗きに行くことにした。
全長千二百メートルの巨大宇宙船であるロアノーク号が降りたのは、近隣の領主貴族が開発を諦めた荒れ地の岩山だ。
船が収まる平地を辛うじて確保できたのがある種の奇跡。ここで開拓作業を始めるなら、どうしたって周囲の地形を少し均して拡げるしかなさそうだった。
* * *
「お目通りいただき光栄です、エボリ伯爵――もとい第12番行政圏総督閣下。スピードウェル開拓団の受け入れをご了承いただき、感謝の念に堪えません」
これでようやく肩の荷を下ろせた――目の前の人物に深々と腰を折って礼をしながらノイユは密かにため息をついた。
やや照明を落としたドーム状の展望室には半円形の窓が穿たれ、ボミキスの空が見える。天気はわずかに青空を残した薄曇り。
窓から入る光を受けて、目の前の初老に差し掛かった男の頬には、高々と盛り上がった鼻梁が影を落としていた。
「なんのなんの。楽にされよ、バッケンヘルダー二等行政官殿……
ジェラルディン・エボリ伯爵は安楽椅子から半ば身を起こして、ノイユとの間にある丸テーブルに乗せられた、カットガラスの瓶とグラスを示した。
「申し訳ありません、医者に酒を止められていまして……非礼をお許しください」
「はっはっは、なんのなんの。まことにこの度のことは全くもって『
傍らに控えた細面の青年に、伯爵が指示を下す。青年はきびきびとした動作で一礼すると、サーバーを置いた隣室へ一旦退いた。
「お気遣いありがとうございます。しかし……よろしかったのですか? 彼らの受け入れで閣下に何かのメリットがあるとは思えませんでしたが」
「ああ。あそこは我が父祖が小規模な試掘を行ったところでね。多彩な鉱物資源の存在を確認してはいるのだが……なにぶん鉱脈に至るまでの岩盤が分厚いのと、埋蔵量が不確定だった。我々が当時保有していた技術と機材では、採算が確信できなかったのだ。それで、ずっと放置していた。そんなわけでうちの主産業は、現在に至るまで農業ということになっている」
「なるほど――」
(資本投下の要らない採掘業者として、体よく利用しよう、ということね……まあ、仕方ないか)
エボリ伯爵としても慈善で受け入れるわけではない。それは重々納得だったが。ノイユの良心はちくりと痛んだ。
「で、では将来的に、彼らの採掘した鉱物や生産した工業製品についてはお買い上げを?」
「いや。直接取引は既存の業者に任せよう。その方が当家としてもコストを省けるし、民間も潤う」
なるほど、カラクリは読めた。
「課税、なさるのですね。彼らの取引に」
「そういうことだ。さすがその若さで二等行政官に抜擢されただけのことはある……理解と洞察が素早い」
恐れ入ります、と頭を下げるノイユ――そこへ、老年の侍従が息を切らせて駆け込んできた。
「御館様! 一大事でございます――」
老侍従は咳き込みながら声を上げ、次の瞬間ノイユに気付いてその身を硬直させた。
「伯爵閣下。私は席を外した方が?」
「いや構わん。何が起きたにせよ、行政官の耳に入れておくなら後々名分も立つ」
(やめてぇ! これ以上私の胃をっ!!)
危機を察知したノイユの胃が、脳に最大音量のアラートを送る。が、こうなってはこの場を離れられない。
「レジーナお嬢様が、ご友人と共に視察と称して
「まことか」
エボリ伯爵の顔がさすがにさっと青ざめ、続いて朱に染まった。
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