第4話 開拓団、渦中へ

「もう三時間になる」


 ローランド・サトウは船内服の胸ポケット蓋に埋め込まれた時計を覗き込んで、苛立ちのにじんだ声を漏らした。開拓団の団長、アンバーダン博士が管理AIと協議に入って以来、まだ何の進展も明らかになっていない。

 

「どうなるんだ、俺たち……」


「どうなるもこうなるも……誰がこの星にいようといるまいと、俺たちのやるべきことは変わらん。今手にしてる物を使って、出来ることをやるだけだ。それしかないだろうが」


 二回り近く年上の3Jがうなだれて嘆くのを、ローランドは語気を荒くして一蹴した。その実、不安なのは彼も同じだったが。

 

「……一番乗りでつかみ取りのし放題だと思ってたのに、まさかあらかた終わってるとはな……」


 アザーエデンにいたころ、彼は都市間長距離トラックのドライバーをやっていた。当時は既に採取可能な各種希少資源が底をつき始め、人間にもできる単純な仕事にまでAI搭載のコンピューターを投入することは、もはや採算の合わない贅沢になりつつあった。

 

 もともと生物が発生したばかりの段階だったあの星は、本来なら何億年もかけて地殻や海水から微量な生態系の中に鉱物やその他の元素が取り込まれ循環して、利用しやすい形で地表に資源が蓄積されるという一連のプロセスを充分に踏んでいなかったのだ。

 入植からせいぜい数世代という急ピッチで環境を地球化されたアザーエデンは、枯れる時も早かった。


 だがここボミキスは、たかだか五百年かそこらで枯渇するような貧弱な星ではない。

 活動的な火山と豊富な水を有し、成熟した生態系をバリエーション豊かに繰り広げている、原地球オリジンアースにも見劣りしない宝の山だ。

 

 だから、俺たちは働き次第で王侯にも等しい豊かさを自力で掴める――それが、開拓団の誰もが共通して抱く野心と希望だった。

 

「期待外れもいいとこだ。どうすりゃいいんだ」


 3Jとローランドがため息とともに肩を落としたその時。彼らが詰め掛けていた展望室のスクリーンに、ブリッジの映像が映し出された。その中央、最も高い所にあるシートへ歩み寄り優雅な動作で席に着いた女性の姿。

 

 カメラが女性にグッと寄って、映像がアップになる――非現実的なまでに美しいその顔に、男たちがどよめいた。

 

 ――おい、何だ何だ? あんな美人、開拓団にいたっけか?

  

 

〈お待たせしました、皆様。私は管理AI・A-010、正確にはそのメインフレームですが、今後はこの姿で皆様とお付き合いさせていただくことになります。そしてナガン・スタンウェイの名と事業を継承する新企業のCEOとして、あなた方と共にボミキス開拓を推進してまいります。これより私のことは、こうお呼び下さい――アンビエント・ロアノークと〉




 レンジ・キジマはブリッジの片隅で、モニタ越しに展望室の反応を見てほくそ笑んでいた。

 

(素晴らしい……最高じゃないか、アンビエント・ロアノーク!)


 管理AIが今ボディは、高度AI用の汎用ボディとして用意された素体から、幾つかの有機素材とシェルドレイク荷電成型器を用いて彼がカスタマイズしたものだ。

 開拓団でのレンジの分担は機械系人体補綴技術のエキスパートというものだが、女性型アンドロイドを偏愛する彼にとっては今回の仕事こそが、まさに夢にまで見たマスターピースの具現と言えた。

 

「あなた方開拓団のメンバーは、全員がナガン・スタンウェイの正社員としての待遇を約束されます。当初は不自由も予想されますが、本船に搭載された各種機材と皆様の技能、そして叡智と熱意をもってすれば、必ずやこの惑星上において誇りと富と、何物にも脅かされない主体的権利、権益を打ち立てることができるでしょう」


「ああっ、アンビエント・ロアノーク! レンジ・キジマは我が女神たるあなたに、永遠の忠誠を誓います!!」


 演説を続けるアンビエント・ロアノークの足元に、レンジは感極まって身を投げ出した。

 カメラに向かって一歩踏み出し、手のひらを上に向けてアピールするポーズを決めたアンビエントの、ハイヒールをつけた足――レンジ自身が丹精込めて造形した足が、彼の背中をごりっと踏んだ。

 


         * * *

         

 アンビエント・ロアノーク率いるスピードウェル開拓団はナガン・スタンウェイ新社を名のり、旧ナガン社のボミキス開拓事業承継をボミキス中央政府に対して申請した。

 当然のごとくそれは民事及び行政上の調停を擁するとして司法当局の預かりとなったが、その一方で開拓団には緊急避難の名目で中央政府が指定する地表の一区域への降下が許可されると伝えられた。

 裏にまわればそれは「ロアノーク号といえど地表では歪曲空間泡形成装置を作動させられない」という見込みと思惑あってのことだったが――ともかくも通常空間に戻って5日目の払暁。

 

 ついにロアノーク号は、惑星の上層大気を揺るがせながら、その重力制御能力を最大に発揮して船体の全て、全質量をボミキスの地表に向けてしずしずと降下させ始めたのだ。

 

 

「ねえ、これからどうなるのかしら?」


 居住区画の外廓通路をソルと連れ立って歩きながら、キーラ・ナッシュは舷側の展望窓を見上げて疑わし気に首をひねった。。

 ここからはちょうど、位置関係になる。

 

「分からないよ。でもさ、僕たちもナガン新社の社員ってことになるみたいだし――ロアや大人たちについていけば大丈夫なんじゃないか?」


「ロアって、ロアノーク号の事?」

 

 キーラが耳慣れない名前に眉をひそめた。


「うん」


「そっか。まああの様子じゃ、人間みたいだものね……」


 キーラの声が微妙に翳ったのを、ソルは気づいていなかった。


「で、さ。僕、アクティブ・ローダーの操縦員パイロットに志願してみようかと思うんだ。ダメもとだけど」


 ロアノーク号には開拓作業を助ける拡張身体ロボットフレーム――通称「アクティブ・ローダー」が、現地生産に先立つサンプルとして三種、各一機ずつ積み込んである。旅の間キーラはじめ整備士やその見習い員たちが、組み立てと調整を続けてきたものだ。

 

「本気で? あなたはお父さんの――アンバーダン博士の助手をやるもんだと思ってたけど」


「父さんは父さん、僕は僕さ。ああいうメカって、見てるだけでワクワクするんだ――キーラなら分かるだろ?」


「まあね」


 幼い胸を希望と不安で膨らませる二人の前で、展望窓の中のボミキスの大地は、青い円盤からやがて赤褐色の水平線へと、次第にその眺望を変えていった。

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