第3話 人工知能の品格

 ノイユ・バッケンヘルダーが報告書に頭を抱える二十四時間ほど前――




〈結論を言えば――〉


 アンビエント級A-010は、そんな風に話を切り出した。

 

〈彼ら――ヴィーダー・ヘンケル帝政星間統治機構の主張は間違っています。事実誤認に基づく過誤があるのです。それをただせば、あなた方は現在も入植権と領有権を所有している事になります〉


「間違っている……? いや、しかしナガン社が消滅しているとなれば、やはりこの植民契約は無効じゃないのかね? それにもちろん、我々開拓団との契約関係も……」


 ホルスト・アンバーダン博士は首をひねった。A-010がどんな突破手段を考えているのか、彼にはさっぱり想像もつかない。


(こんな立場に置かれるのだったら、法律分野ももう少し本格的に学んでおくのだったな……)


 博士は遺伝子工学と脳科学の分野をまたいだ研究で知られる生物学者で、開拓団では医療チームの責任者でもあった。


 前任者の急逝をうけて、以来船内時間でここ二カ月の間スピードウェル開拓団の団長を任せられている。

 団員二百名による数多の自薦他薦が行われ、最終的に直接選挙で彼が圧勝した。

 もう一人の最終候補、元軍人のヴィクター・アッシュはそもそもが乗り気でなく、開票が終わった時はまるで執行直前に知事の電話で助命された死刑囚のような、虚脱した顔で安堵のため息を漏らしていたものだ。

 

 アンバーダン博士にしたところで乗り気でなかったのは同じだが、彼には選ばれたからにはベストを尽くすだけの責任感と、科学者らしい信念が具わっていた。

 

〈アンバーダン博士。仮に我々が権利の保全を主張せず、彼らの指示に従って今後の成り行きを受け入れるとすれば――どうなると思います?〉


「……そうだな。到着時期から考えれば、移民者あるいは漂流民、難民として扱われると思う。提供された資料を見た限りここボミキスの統治機構は部分的な封建制に近いものを採用しているようだし……各人の能力に合わせて、労働力としてあちこちの『所領』に分散して送られるのじゃないだろうか」


〈そうですね。妥当性の高い推論だと評価します。私も同じ結論に達していますし、私が彼らであればやはり開拓団をそのように扱うでしょう。しかし、あなた方がそれを受け入れられるとは思えません。現にこの事態を把握した時点で、開拓団のメンバーのうち少なくない人数がメンタルの不調に陥っています〉


「ああ。把握しているよ。特に3Jスリージェイ――ヤーコフ・ヨッヘン・イェーガーの落ち込みがひどかった。軽めの抗うつ剤を処方したが、根本的解決には程遠い」


〈記録によれば、彼はアザーエデンでの労働争議において暴力行為を働いたという誣告を受け、事実はどうあれ解雇されています。その結果、配偶者と子供とも離別を余儀なくされました。ですから、この開拓計画には期するところがとても大きかったのでしょう〉


「何度か話したことがあるが、にこやかで素晴らしく物覚えのいい男だよ。それなのに気の毒なことだ」


 3Jが好ましい人物であることは疑いない。それ故に、彼の身の上に照らして現状は一層残酷と言えた。

 

〈はい。ですから、根本的な解決を目指しましょう〉


 A-010ロアノーク号はまるで人間の会話のようにいったん黙り込んで思わせぶりな間を取り、そして再び話し始めた。

 

〈先ほどの問いにお答えしましょう。ナガン・スタンウェイはまだ、消滅していません。なぜなら、その事業の一部門であるボミキス開拓計画が依然遂行中であり、その継続を可能な責任者と人員が残っているからです。つまり私、すなわちロアノーク号総合管理AI・アンビエントA-010と、あなた方開拓団のメンバーです〉


 博士は自失してぽかんと口を開け、続いてため息とともにかぶりを振った。

 

「莫迦な。私は法律は専門外だが、AIが企業体の責任主体になることができないことくらいは知っているぞ」


 A-010はわずかに声のトーンを上げ――ちょうど人間が顔をほころばせたときのような具合に――博士に答えを返した。

 

〈ええ、確かにあなたは専門外ですね。博士がいま想定していたのは、アザーエデンの『人工知能授権法』第24条だと推察しますが、その第三項と附則にはこうあります〉


 博士の前に置かれた小さなモニタースクリーンが画面表示を切り替え、そこに法律の条文が出力された。

 

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■第24条 

 

 第三項

 

 1.例外規定

 

 この原則は、自然人たる人類の責任能力を代替しうる、高度かつ安全な人工知能に限り適用が除外される。その基準は附則によって定め、基準が更改された際には附則もそれに従うものとする。

 

 2.例外規定の適用条件

 

 本条の適用除外を受けうる人工知能は、自然人としての要件を満たすためそのメインフレームと思考プログラム全体を、移動の自由を行使し人類との間に直接、対面の交渉をおこない得る人間型の筐体に収めていなければならない。

 

 附則(アザーエデン暦A.A.412年3月28日より発効)

 1 本項でいう高度かつ安全な人工知能とは人工知能能力指標(カーツワイル・スケール(註))4以上5未満に相当するものと定める。

 

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「むぅ……?」


 博士は息をのんだ。カーツワイル指標スケールというのは、まだ人類が原地球オリジンアースにとどまっていた時代に提唱されたものだ。

 スケール1は自動運転車などに使われる、外部環境の観測や人為的な入力をもとに単一の機能を果たすことができる程度のものと定義されている。

   

 スケール3ではメインフレーム内に自立した意識を構成するに至り、宇宙船や都市といった大規模なシステムを単体で管理することができる。 

 スケール4に至っては殆どの点において人間の知的能力を凌駕し、必要とあれば嘘やハッタリ、恫喝といった心理的な駆け引きを演じる事さえ可能だ。

 

「私はカーツワイル・スケール4を実現しています。筐体の問題は、開拓団の中にアンドロイド・ボディの技術者がいますので彼に協力を仰ぎましょう。そして、人員の面に関しては――」


 A-010はディスプレイ上に「ナガン・スタンウェイ社一般就業規則」と記された書面を表示した。

 

「本来はわが社の募集された顧客であるあなた方ですが、今後は正社員としてあなた方を雇用する、という形をとるべきだと結論しました。これをもって――」


 ――ナガン・スタンウェイ社は植民・開拓事業を主業務とする企業として再生することになります。

 

 ロアノーク号管理AIは誇らしげにそう告げたのだ。






 

註:カーツワイル・スケール


 シンギュラリティを提唱した実在の学者「レイ・カーツワイル」にちなんだ用語ですが、あくまでも私の創作です。お間違えなく! 

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