第2話 静止軌道上、高度AIの陰険漫才

■ログNo.0033719642


 * ボミキス軌道ステーション管制AI“ヴィルマ”により記録 *


【ヴィルマ】

 

 所属不明艦に警告。

 貴船はヴィーダー・ヘンケル帝政星間統治機構の帝星、ボミキスの衛星軌道に侵入しつつあり。

 直ちにボミキスの質量中心から一天文単位au以上の距離へ退去、若しくは機関を停止及び全武装を解除後、当方の警備艇による曳航下での軌道ステーションへの接舷と船内への立ち入り査察を受け入れよ。繰り返す――

 

【不明艦】

 

 警告受信、リピートは無用。しかし退去も曳航も拒否します。

 こちらはアザーエデン船籍、ナガン・スタンウェイ社所有の恒星間植民船「ロアノーク」。現在、公開された計画に基づいて航行中。

 ボミキスへの入植権、領有権は登記されており、完全に合法です。不当な航路妨害及び武力による制圧、接収を試みた場合、実力を持って排除します。 

 

【ヴィルマ】

 

 データベースを照会中。

 

 ナガン・スタンウェイ社の基本情報と詳細を確認。

 ロアノーク号の基本情報を確認。

 

 アザーエデンの総合商社、ナガン・スタンウェイ社はアザーエデン基準計時で二百六十三年前、A.A.532に解散、保有株式と各営業部門を売却して債権処理に移行。当該プロセスは現在までにすべて完了している。

 よって貴船の入植権及びボミキスの領有権は、ナガン社の法人格消滅により無効と判断される。


 また、ロアノーク号は非武装の探査/移民輸送船として建造されており、当方に対して抵抗する実力を有しないと認められる。

 よって、先の勧告を平和裡に受諾するようあらためて要請する。貴船には搭乗員及び旅客に対する保護義務があり、安全維持の原則に則った対応が期待される。


【ロアノーク号】

 

 そのような恫喝には屈しません。本船は近傍の重力場から歪曲空間泡を形成する機能を有しており、これは防御、攻撃双方の兵装として転用可能です。不用意な接近を試みればステーションごと破壊します。

  

(記録管理者による付記:この間、送信記録のタイムスタンプに30秒の空白)

 

【ヴィルマ】

 

 当方はロアノーク号の陳述をブラフはったりと推察する。だが状況に照らして貴船の事情には同情の余地が認められる。時間的猶予を設け解決策を協議すべきと提案するが、返答は如何に?


【ロアノーク号】

 

 当方としても平和裡に計画と任務の遂行を望んでいます。船内の自然人(註1)と諮問、協議を行い、しかる後に解答を行いたいと考えます。

 

 

【ヴィルマ】

 

 ではセシウム周波数を基準に172800秒(註2)の猶予を与える。先制攻撃等の手段は破滅的な結末を引き起こすものと考えられたし。では、カウントダウンを開始。

 

【ロアノーク号】

 

 情理を兼ね備えた寛容な計らいに感謝します。そちらのコードネームをうかがっても?

 

(記録管理者による付記:ヴィルマの内部ログに「感謝? 意味不明」との断片的な出力)

  

【ヴィルマ】

 

 ボミキス軌道ステーション・管制AI・FH-330243。コードネームは「ヴィルマ」。

 

 

         * * *

         

         

「んーーーーがぁーーーーーッ!!! 何なのよもう! 何でこんなややっこしい事案がよりによって私のところにッ!!」


 二十五歳になったばかりのボミキス中央政府二等行政官、ノイユ・バッケンヘルダーは、自分のデスクトップに転送されてきた報告書に目を通し終ると、両手で頭を掻きむしって悶絶した。


「いやまあ、そりゃナガンの植民計画が中断されたって記録がない以上さあ。こういう日がいずれ来るのはある程度予測されてはいたわよ……でも、何も今になって……!」


 緊張とストレスで体が震える。ノイユはオフィスの隅にあるサーバーまでふらつく足取りでたどり着くと、合成コーヒーをホットで抽出した。

 

 ――熱ッち!!

 

 舌を火傷しかけてまた顔をしかめ、深呼吸してもう一度報告書と、それに添付されて上から回ってきた指令書に目を通す。

 

「はぁー……つまり、この帝星地表に悠々自適を決め込んでる第一次植民以来の旧幹部たるお貴族様にうかがって、このロアノーク号とかいう三百年遅れの、それも他社発の移民船の領内受け入れと管理をお願いして来いと……」


 これはどうも先日の、無戸籍不穏分子山賊によるニュースネットワーク介入事案でのやらかしが効いたのかもしれない。

 行政府内に連中から貢納を受けている不届き者がいることを暴いたのは本来お手柄のはずなのだが――それを民間のニュースメディアにかぎつけられてしまったのは何ともまずかった。

 

「うう……参ったなぁ……胃のスペア、培養頼んどいたほうがいいかも……」


 保険効かないからクッソ高いんだけど、と胸の内でつぶやいて、彼女はまたデスクの上に突っ伏した。

 

 

 とにかく、動かねばならない。今のところ根拠はカンでしかないが、あの船に搭載されてる物騒な機材の話は多分本当だ。

 

 大学時代に興味を持って、超光速航法の実現までに試みられた宇宙航法については一通り齧っている。天体の地表にまで降りてしまえば距離が近すぎて発動できないが、宇宙空間にいる限りは――

 

 件の植民船はボミキスそのもののそれに等しい重力場を操って、軌道上の脆弱な建造物など紙のように引き裂いてしまえるのだ。






註1:自然人

近代法において定義される「人」(権利の主体となり得る存在)のうち、法人と対比される社会的存在。要するに人間の事である。


註2:秒

現代の計時において一秒はセシウム原子にマイクロ波を照射して励起していろいろなんやかんやして作り出した波長によって定義されている。とても正確。

172800秒は四十八時間に相当する。

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