三百年遅れの開拓団、帝星ボミキスへ入植す
冴吹稔
序章:追い抜かれた先行者(パイオニア)
第1話 長い旅路の終わり
居住区とレクリエーションルームは不発。定例スクーリングも今日は休講――ソルは次に訪れた
「キーラ、ここにいたのか! 探したよ、展望室に行こうぜ。もうみんな集まってるはずだ」
「あ、今日だっけ? うぅん、この指関節の調整位置出すの、もうちょっとなんだけど……」
「アクティブ・ローダーの組み上げなら、降りてからでもいいだろ? きみだけの仕事でもないしさ。ボミキスの全景、観とかないと後悔するかも知れないよ」
整備士見習いの少女は、そこまで言われてようやっと顔を上げた。
「わかった。じゃ、展望室まで連れてって」
「おう」
ソルはほっとして彼女に右手を差し出した。
本当はこれから住む惑星の全景よりも、その瞬間を親友と一緒に迎えたい、というのが本音なのだ。
〈スピードウェル開拓団の皆様にお知らせします。本船は間もなく
若い女性を模した合成音声が船内に響き渡る。展望室に集まった非番の団員たちの間に、押し殺したような緊張が高まり満ちた。
体感で約半年。四三〇〇時間ほどに及ぶ長い長い宇宙の旅が、ようやく終わりを告げようとしている。
ナガン・スタンウェイ社がその命運をかけて送り出した植民船、ロアノーク号が採用する「
だが、それは超光速宇宙航法への手掛かりを求めて時間と空間の構造を探り続けた人類が、その過程でどうにか掴んだ極々不完全な手がかりでしかない。
ロアノーク号の出発以来、船外の通常空間で経過した時間は三百と四年少々。
社会、親族、仕事、友人――彼らが後に置いて来た一切のものは既にこの世から朽ち果てて消え失せ、もはや追憶の中にしかなかった。
――通常空間復帰まで、あと十秒――八……七……六……
ソルはキーラと共に展望室の耐Gシートに体をうずめ、固唾をのみながら目の前のモニタースクリーンを凝視した。彼の手を握るキーラの指が、信じられないほどの力で彼の肉と骨を圧迫してくる。
――三……二……一……
船全体が、途方もなく巨大な鐘を撞いたように腹に響く唸りを上げ、減速に伴う逆Gは中和装置を作動させてなお、ソルたちの胃袋を無気味に締め上げた。
だが、彼らの目は次の瞬間には、スクリーンに現れたものに釘付けになった。
画面いっぱいを埋め尽くすような、光り輝く円盤。その辺縁にあわく輝く大気の層をまとい、表面の半分以上を青い海に覆われた、貴重この上もない宇宙の宝石――
「すごい……」
誰からともなく声が上がる。
「アザーエデンよりずっと綺麗に見える……スペクトル分析で出発前から予測されてはいたけど、これなら本当にテラフォーミングの必要もなさそうだ」
「あの海には、美味い魚が居るに違いないぞ。楽しみだな」
開拓団の人々がボミキスの美しく壮麗な姿に心打たれ、これから待つ開拓の手ごたえと享受する生活を思い描いて歓声を上げかけた、その時だった――
〈スピードウェル開拓団の皆様にお知らせします。たった今、惑星ボミキスの静止軌道上から大容量の電波通信によるアクセスを受けました。内容は侵入に対する警告と、所属確認、そして退去若しくは拘束受け入れの指示、です〉
――なんだって!?
瞬く間に混乱と不服の声が展望室に拡がった。
「何、これ。どうしちゃったっていうの? ボミキスは人類未踏の新天地だって聞いてたのに――」
キーラが声を震わせる。ソルは彼女の肩を抱き寄せながら、奥歯を噛みしめた。
展望室にはロアノーク号の総合管理AI、アンビエント級A-010の発する合成音声がなおも響いていた。
――発信者の帰属をヴィーダー・ヘンケルGmBH(※)の後身と推測。交渉を試みた結果、ひとまず対応を決めるために時間的猶予を獲得しました。開拓団代表者との緊急討議を提案します。
※
GmBH:
Gesellschaft mit beschränkter Haftungの略。ドイツ語で「有限会社」を意味する。
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