第2話

 暴力はいけない。

 なんやかんやあって旅に出た私は、そんなことを考えていた。


「うっ!?」


 ひょいと投げ込んだ投げ縄が、男の首にかかる。

 縄の先っぽが輪っかになった投げ縄は、ぱっと見ただけではあまり戦闘力がありそうには思えない。

 しかし、実際に戦闘に使われた記録もあり、何気に……いや、普通に矢撃った方が強いんじゃないかな。

 なにせ首に縄がかかっただけで勝手に絞まって、相手を倒してくれるわけではない。

 ここから一手間かける必要がある。


「頼むよ」


 と一声かけると、縄が首にかかった男の身体が一気に持ち上がった。

 ぼき、という枯れ木をへし折るような音は人間の、頚椎が折れた音だ。

 絞首刑は窒息させて長々と苦しめる刑ではなく、頸椎を折って即死させる慈悲に満ちた刑だとよくわかる。

 もちろんのことながら、大人一人を持ち上げられる力は今世では女で子供の私にはない。

 全身の力と体重をかけたところで、少し浮く程度だろう。

 しかし、さらっと木にかけておいた縄の先を、駄馬がくいと引けば絞首刑が簡単に成り立つ。

 ようするに必殺仕事人の処刑方法だ。


「なっ!?」


 もう一人、小汚い、いかにも山賊という風体の男の視線が、持ち上がった相方の姿を追う。

 人として当然の、だが戦いの中では致命的な間。

 ささっと近づいた私は、短剣を抜く。

 子供のちいさな手で持つには少し大きな、だが私にとってはショートソードとでも言えそうなサイズだ。

 山賊といえば、ようやく鞘から剣を抜こうとする体たらく。

 上手く近付けた。


 少女の身でこうやって動けるのも、まぁ前世知識というやつだろう。

 ようは手品だ。

 右手で派手な動きで目を引きつけ、今回は投げ縄で相方を吊った。

 左手で本命のトリックを、今回は大人の体格と武器の差から生まれる距離の不利を削った。


「なんだテメェはぁ!?」


「さて」


 そうは言っても私が持っているのがちいさな短剣とはいえ、相手は大の大人だ。

 私が頑張って短剣を振り回すよりも先に剣を振り下ろすことは可能だろうし、なんなら蹴りの一つでもくれてやれば、私の矮躯は吹っ飛んでいくだろう。

 ここでも一つ、前世知識だ。


 柳生宗矩むねのりという人物がある。

 柳生宗矩は将軍家兵法指南役、つまり将軍様の剣術の師匠だ。

 つまり、すごい強い。

 日本人なら誰でも知っているだろう宮本武蔵と同時代の人だが、武蔵が出世という意味ではいまいちだったのに対し、宗矩は小なれど大名として成り上がってみせたりしている。

 そのせいで宗矩をモデルにした創作物では剣客としてはいまいちだが、政治力で成り上がったような描き方がされることが多い人でもあって、作品ごとの宗矩を見るだけでなかなか面白みがあったりもする。

 いや、今の我が身ではなにも見れないが。

 もう二度と炎に包まれながら熱演する沢田研二が観れないのは、悲しいものだ。


 関係ない話はともかく、六十四度の勝負に無敗であり、(本当かどうかはわからないが)数十人に襲われてもそれを破ったとされる宮本武蔵と、政治力で栄達を掴んでみせたと言われる柳生宗矩には共通点がある。

 それは著作物だ。

 宮本武蔵の五輪書、柳生宗矩の兵法家伝書を読んでみれば驚くほど共通点が多い。

 それまでの剣豪といえば技術的な、こういう風な技があるぞ、という奥義をまとめた兵法書が主だ。

 しかし、この両名が記した兵法書は大部分が心の在り方について書かれていて、武道の精神修養の始まりとでも言うような内容だ。

 後年の綺麗事を並べるようなものではなく、戦国時代の終わりを生き抜いた剣豪たちの心の在り方で、実用性しかない。


『兵法とは人を切るとばかりおもひはひがごと也』


 相手を絶対に斬ってやろう、とこだわるんじゃないよ、という一節だ。

 そう、相手を絶対に斬ってやろう、と意気込むのはとてもよろしくない。


 半歩横にずれた私の足元に、刃が落ちる。

 焦りに急かされ、力任せに落ちた剣をコントロールするには、大人の筋力があっても難しい。

 山賊の剣は地面を叩き、前屈みになった上半身は、私のすぐそばに、手が届く距離にあった。


「人は簡単に死ぬ」


 力はいらない。

 少し、ほんの少しでいい。

 首の横を通る頸動脈に切り込みを入れれば、人は死ぬ。

 それがわかっている私は、するりと山賊の背後に回った。

 その直後、噴き出す鮮血が地面を汚す。

 この辺りを失念していた、生まれて初めての戦いはえらい目にあった……。

 血塗れで歩き回る少女とか、見る人がいたら普通に怖いだろう。

 まぁそんなわけで高名な剣豪の術理、そして人体の急所。

 そういう秘伝の知識が簡単に手に入った日本という国は、今にして思えばとんでもない世界だった。

 今生で人体の急所を学ぼうとしたら、それこそたっぷり人を斬るしかないし、私は殺人鬼ではないし、なにより途中であっさり負けそうだ。

 そして、知らない相手と知っている私なら、当然私の方が有利ということであるし、こんなことは誰にでも出来る作業でしかないだろう。

 すごい身体能力や、無限に魔法が撃てるだの、そういうチートもない。

 恐らくは十二か、十三歳ほどか。そのくらいの少女である私の身ではなんでも斬れる名剣があっても振り回せない。

 私の有利な点は知識くらいなものだ。

 そして、その前世知識で考えた上でら暴力はいけないな、と私は再確認していた。

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聖女なはずなのに、花の騎士と呼ばれております 久保田 @Kubota

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