第2話 実家よりもいい暮らし

ここはマクフォード魔族学校の会議室。

間近に迫る入学式の打ち合わせをしている。


「先生方、式典の段取りについてなにかご質問はありませんか?」


片眼鏡をかけた背の高い男性が全体に問いかける。

目が合った女性がオロオロしながらひかえめに手をあげた。


「クラス発表のことなんですけど。騒ぎになると思います。対策しなくてよいのでしょうか?」


不安そうにするのは着任したばかりの若い教師だ。


「クオリア先生は本校の入学式は初めてでしたね。多少、騒ぎにはなるでしょうが伝統ですので。面白いものがみれますよ」


「面白いもの?」


「ええ。期待していてください」


片眼鏡の男性にはなにか秘策があるらしい。

その自慢げな様子をみて、だらしない恰好をした男性が悪態をつく。


「タールマン家の跡取りがなぜ俺のクラスなんだ? アイツは問題を起こしてばかりだろ」


「またその話ですか。彼の素養と家柄は一級品だと何度も……」


「性格はねじ曲がってるがな。人間を家畜にしてたんだぞ」


「噂はあくまで噂です」


「いくら積まれたんだ?」


「なんとでも言いなさい」


会議室に沈黙が流れる。

悪態をついた男性は不満そうな顔をしていたが言い返しはしなかった。


「他に質問はありませんね? それでは当日もよろしくお願いします」


解散の合図とともにぞろぞろと教員が退出していく。

それを見送りながら片眼鏡の男性はとなりに話しかける。


「理事長。【笑わない処刑人】が入学してくるそうです」


「ほう」


それまで発言をしなかった豊かな髭の老人がピクリと眉を動かす。


「ヤツが承諾するとは思わなかった。再会できるのが楽しみだ」


理事長は髭を触りながら笑みを浮かべている。

その様子が意外だったのか、片眼鏡の男性はやや驚く。


「私は彼をよく知りませんが、どのような人物なのですか?」


「――あの絵本を読んだことはあるか?」


「ええ。家族を失ったことで笑顔をなくした少年の復讐劇でしたね。絵本の彼は冷酷そのものでした」


「ああ。私もその認識だった。だが、会ってみればなんてことはない。ただの生意気な小僧だ」


理事長の口は悪かったが、声音から嫌っていないとわかる。

むしろ彼のことをどこか信頼しているように片眼鏡の男性は感じた。


「クラス対抗戦が楽しみだな」


理事長はわざと鼻で笑って会議室を出て行った。




ローデンハイド伯爵家。

俺が連れてこられた屋敷はそんな名前らしい。

入学までの間はここにいろってさ。実家より快適。

俺が居間のソファで寝転んでるとゴリラがにらんでくる。

なんだよ。口に出さないと伝わらないよ。ゴリラくん。


「――あなた? ガラくんを怖がらせないでっていったわよね?」


そんな可哀そうな俺をかばってくれるのは伯爵夫人のアメリアさん。

小さいころから世話好きらしく、今みたいにゴロゴロしながらよくお喋りしている。


「ガ、ガラくん? 随分と仲がいいようだな」


「ガラくんはとってもいい子ですから」


俺の本名はガラシャという。なのでガラくん。

俺とアメリアさんの仲の良さに慄(おのの)いたゴリラは情けなく去っていった。

ふん、他愛もない。

ぷりぷり怒っているアメリアさんをしばらく眼福にしていると、なぜか俺が怒ってると勘違いしたようで、お詫びに膝枕してくれることになった。


なにこのラッキー展開。後が怖い。


後頭部に柔らかい感触が広がり、アメリアさんの優しい匂いに包まれる。

メイドさんからの視線が痛いが気にしない。

ひんやりした手でおでこを撫でられながらまぶたを閉じる。


働かないって最高だよな?


心地いいまどろみに浸りながらいると、誰かの足音が近づいてきた。

メイドさんかな? そろそろお叱りがきそう。


「……すごく気持ちよさそう」


「ふふ。ソフィアちゃんもされたいの?」


ん? ソフィア?

まさかソフィアさんとは意外な人物がきたな。

屋敷にきて一週間近くになるが彼女とはまだほとんど会話していない。

その数少ない会話も、朝の挨拶と被害者の調査を頼んだくらいしか思い出せない。

……あ、そういえば報告聞くの忘れてたな。


「ソフィアさん。このまえ頼んだやつ終わってる?」

「ひゃっ」


ん?

俺が目を開けてたずねると、目と鼻の先にソフィアさんがいた。なんで?

とても驚いたのか可愛らしい悲鳴をあげてすかさず顔をそむける。

こんなにも赤くなるんだって感動するくらい耳が赤い。


「驚かせてごめん。この前さ、被害者の調査を頼んだと思うんだけど」


気にはなるが何をしてたのかはあえて聞かない。

だって聞いても教えてくれそうにないし。


「す、すぐに資料をお持ちしますので少々お待ちください」


ソフィアさんは顔を赤くしたまま足早に取りに行った。




「死体はどっちも校内で発見されたんだっけ?」


「伯父様からはそう聞いています」


俺は部屋に戻って落ち着きを戻したソフィアさんと資料を眺めている。

思えば、女子を部屋に招くのは初めてだ。

あまり感動はないな。むしろ気まずいだけだ。


「校内で死んでいるのに死因は溺死。内通者は水系統の能力者ってのが濃厚か」


資料によると二人は溺死している。この不自然さが犯人への手がかりだ。


今さらだが、俺たち帝国民は人ではなく魔族と名乗っている。

普段は人とほとんど変わらないのだが、魔族には魔人化という人にはない力が備わっている。

簡単に説明すると、魔人化によって火や水を操るといった特殊な能力を使うことができる。

ここで大事なのは人によって使える能力が違うこと。

つまり、内通者の正体は溺死させられる能力をもった学校関係者ってわけだ。


「わたしもそれは考えたのですが……」


どうやらソフィアさんは敵の能力が本当に水系統なのか確信が持てないらしい。

まあ、この資料をみれば誰だって首をかしげるだろう。


「死体の服や髪に水が残ってなかったのが気になる?」


ソフィアさんがこくりとうなずく。

資料には、服や髪に水が残っていなかったと特筆されている。

溺死って聞くと水浸しだもんな。普通。


俺は改めて資料に目を通す。

ソフィアさんが指摘した部分も気にはなるが、実はこの事件にはもう一つ重大な矛盾が隠されている。

そこに気がつけば能力の特定もさほど難しくない。


「資料ありがとう。おかげで能力は絞り込めた」


「え? うそ」


ソフィアさんがぽかーんと口を開けている。

まあ、絞り込めただけなんだけどね。戦って勝てるかは別問題。

はあ。学校なんて行かずこのままの暮らしができないもんかね。




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慈しみの聖女と笑わない処刑人 @kanityazuke

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