慈しみの聖女と笑わない処刑人
@kanityazuke
第1話 笑わない処刑人
「【笑わない処刑人】の正体がこんな冴えない男とはな」
偉そうな中年おやじが家に押しかけて来たと思ったら、俺と絵本を見比べて小バカにしてきた。
【笑わない処刑人】とは絵本のタイトルだ。
笑い方を忘れた魔族の少年が人間の命を奪うときだけ笑顔を取り戻すお話で、絵本にしては過激な内容となっている。
「1年ぶりの来客が小太りのおっさんとか死にたくなるね」
「口の利きかたに気をつけろ、小僧」
器の小さい中年おやじが部下に命令して銃で脅してくる。
めんどくさ。早く帰ってくれませんかね?
「なんの用もないなら戻りますよ」
「待ちたまえ。隠れんぼはお終いにしようと思ってね」
「隠れんぼ?」
「貴殿が姿を消してから8年になる。これ以上、【笑わない処刑人】を遊ばせておく余裕は帝国にない」
中年おやじが部下に合図を送り、白い紙切れを持って来させる。内容を見るに令状のようだ。
嫌な予感がする。
「帝国の危機を救え。貴殿に拒否権はない」
「は? バカじゃん?」
思いの丈をぶつけた俺に、軽い破裂音が返ってきた。
左脚の太ももがじんわりと熱い。
「口の利きかたには気をつけるよう言っておいたはずだが?――連行しろ」
タバコの匂いが染み付いた車内。
乗っているのは3人だ。
俺、中年、部下。会話はない。
拘束されて後部座席にいる俺は、窓を見るくらいしかやることがない。
曇り空と傘を持った通行人から察するに、雨が降りそうな気配だ。
急に連れて来られた俺はもちろん傘など持っていない。服も財布もオマケに替えのパンツすらない。
うん。家に帰ろう。
何も言わず出ていった俺を、きっと家族も心配してる。してるよね? 自信がない。
なんせ俺は引きこもりだ。親の脛をかじると決意してから8年目になる。
そんなお荷物が消えて悲しむと思う?
間違いなく喜んでる。
毎朝起こしにきてた弟なんか小躍りしてるよ。
俺のことが嫌いな姉なんかガッツポーズしてるよ。
だが――残念だったなあ!
俺はここまでの道のりを記憶してるんですう!
窓の外を見る以外やることなかったんですう!
意地でも帰ってあげますう!
さて、そろそろ目的地に到着だ。
なぜって? ナンバー見てたからな。
高級車に見えたけど乗り心地は最悪だった。
原因は主に前2人。楽しめる人はいないと思う。
オマケに足は痛いし肩は凝るし。
「ここだ。降りろ」
車を道路わきに停めて中年が命令してくる。
逆らっても痛い目をみるだけなので逆らわない。
外はすっかり雨だ。
中年は傘を差してるが俺にはない。
お陰でもう替えのパンツが必要になった。我慢しろって? 漏らしたみたいで気持ち悪いんだよ。
連れてこられたのは大きなお屋敷。
庭だけでマイホームの10倍はありそう。
剪定中の庭師がお辞儀してきたので真似しておく。雨の中ご苦労様です。
中年が舌打ちした。わかったよ。いくよ。
「ここで少し待っていろ」
広い客室に通された俺は高級感のあるソファに腰を落ち着ける。
雨でずぶ濡れだけど気にしたら負けだ。
他人の家なんだから遠慮はいらない。
「待たせたね。――災難だったようだ」
「あとでシャワー借りますね」
入ってきたのは中年ではなく黒髪オカッパのゴリラのような男だった。
ゴリラは向かい合ってソファに座ると頭を下げてきた。
「手荒な真似をしてすまない。彼らには私からキツく言っておこう」
「足を撃たれました。クビにしましょう」
俺が憎しみを込めて制裁をお願いすると、ゴリラは何がおかしいのか手を叩いて笑い出す。
「【笑わない処刑人】殿はジョークの腕も立つようだ。その程度の傷ならば唾でもつければ治るでしょう。どうか許してやってほしい」
は? 治るわけねーだろ!
なに笑ってんだこのゴリラ!?
驚愕している俺をよそにゴリラは話を進める。あとで覚えとけよ。
「では、本題に入る。貴殿には内通者を殺してもらいたい」
「内通者?」
殺すとか物騒。
「ああ。こちらの動きが筒抜けのようだ。無視できない被害が出ている」
「スパイを見つけて殺せと? 無理すぎる」
帝国民だけで何人いると思ってんの?
見つける前に寿命がきそう。
「心配はいらない。こちらで大体の目星はつけた」
そう言ってゴリラは書類とペンを机に置く。
どうやら学校の入学手続きのようだ。
スパイは学校関係者らしい。
「根拠は?」
「探りを入れていた教師が殺された。これで2人目だ。まず間違いない」
「勘づかれないよう今度は学生を送り込むと?」
「話が早くて助かる」
――無理だな。
8年間引きこもりしてたヤツになに期待してんの?
行ったところで返り討ちにされるのがオチだ。
俺は凝り固まった身体をほぐして立ち上がる。
「別に俺でなくてもいいだろ」
「貴殿が断るならば、貴殿の弟に頼むしかあるまい」
「頼めば? 引き受けるかもよ?」
なんたってあいつ優しいからな。
困ってる人を放っておけないたちだ。
その優しさを少しくらい兄ちゃんにも向けて欲しい。
できれば毎朝起こしに来るのをやめてもらいたい。
俺がそのまま部屋を出て行こうとすると、本日2度目の銃声が鳴った。
両脚を負傷した俺は立つことすら出来なくなる。
「銃は人に向けちゃいけないって習わなかったの?」
「脅しの道具ではないと教わったが?」
ゴリラは銃口を俺の額に押し当ててくる。
めんどくせー。
「これが終わったら家に帰してくれるんだろうな?」
「約束しよう」
俺が書類にサインするのを見届けたゴリラは扉を開けて誰かに合図した。
するとゴリラとは似ても似つかない黒髪ロングの少女が入ってくる。
年は同じくらいか。
清楚な感じだが騙されてはいけない。
「紹介しよう。私の姪だ。学園でのサポートは彼女を頼ってくれ」
「ソフィアです。よろしくお願い致します」
ソフィアと名乗った少女は、笑みを添えながら柔らかくお辞儀した。
【笑わない処刑人】が去ったあと。
ローデンハイド伯爵――オカッパ頭のゴリラとソフィアは向かい合っていた。
「聞いてはいたが厄介な男だ。銃弾を目で追うなど。不意をついたのだがな」
伯爵が苦い顔をしながら窓の奥を見つめる。
「お前も気をつけなさい。ヤツを仕留めるのは一筋縄ではいかんだろう」
「出来るでしょうか、わたしに……」
「まあ、焦ることはない。内通者を見つけ出してからでも遅くはないのだ」
ローデンハイド伯爵が元気づけるが、ソフィアは顔を曇らせている。
ソフィアはまだ誰も殺したことがない。
『人間を殺しなさい』というのが帝国の教えだ。
教えに従って周囲や知り合いは続々と成果をあげている。
ソフィアだけが遅れていた。
それは魔族にとって恥でしかない。
「まだ実感がないだけだ。ヤツに殺意が湧くのも時間の問題だろう」
ローデンハイド伯爵は一息つくと、しわを寄せて声を低くした。
「――お前の家族を手にかけたのだからな」
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