最終章 恋はテークオフ
────翌日、夜の六時半を迎えると、約束どおりに魔界の巣窟へやってきた。
いや、もう都会の狭間にあるユートピアと言う方が正解かも知れない。
早速、結菜が浩介さん……と目を輝かせ、大きな声をかけてくる。
「今日も元気やな」
「あたりまえ、若いんだもん。ところで、我が校の大学方針を知ってる?」
「読んだけど……。覚えてないよ」
「嘘みたい」
ずいぶんと手厳しい返事が戻ってきた。
でも、怒った顔も可愛いのだ。
「いじわるせず、教えてや」
「ごめんね。正解は、Be free to love♡」
「どういう意味?」
「愛することに自由であれだよ。でも、この言葉には裏の意味があるの。まずは蝋燭を持って、キャロリングにゲスト参加しよう」
初めてのことばかりで驚いてゆく。
照れ笑いしながら、結菜は火が灯るクリスマスキャンドルを手渡してくれる。
裏の意味って何だろうか……。
以前にも謎の言葉があったような気がしてしまう。確か、大学の志望動機で逸らかされていたはず。
結菜はクリスマス実行委員会のメンバーに属しており、皆で彼氏を連れてくる約束をしているという。キャンドルの明かりを頼りに『もろびとこぞりて』のメロディーを口ずさみながら練り歩いてゆく。
今度は彼氏という言葉が気になってくる。
もしかして、自分は一夜限りとなる恋人の身代わりだろうか……。
「今年のテーマは愛を紡ぐなの。キャンドルの灯火は、絶対に消したらダメだから」
今夜の結菜はどこか変だ。
謎ばかりが増えてゆく。
けれど、そんなことどうでも良かった。
今夜の彼女は疑問だらけで、少し生意気だけど、花柄のフレアスカートと赤いリボンが似合っており、とても綺麗だ。
見物の人たちから「お似合いのカップルやないか」という冷やかしまで交わされ、誇らしげな気分となってしまう。
「浩介、本当にお疲れさま。もうすぐ終着駅や。あそこに明かりが見えるやろう。あれ、まほろば食堂や。何か食べて帰ろう」
「丁度、お腹が減ったところや」
「すごく素敵なところなんだ」
「良いね」
レンガ造りの外観に漆喰をまとった壁面、高い天井からシャンデリアが下がり、英国の寄宿舎を思わせる、美しくもクラシカルな雰囲気をもつ洋館が目の前に迫ってくる。入口の扉をこわごわ開けると、著名な哲学者の「魔界の欲望は理性に従うべし」という看板が待ち構えていた。
「まほろばの意味、分かる?」
「全然、知らん」
「魔界は自由と愛があふれる理想郷なの。でも、大学生活はひとりだと寂しくて」
彼女は言葉が詰まってしまい、涙まで感じられる。女性の涙には弱く、驚きのあまりうろたえてしまう。
「結菜、どうしたんや」
「ああ、恥ずかしい。どうしたのやろ……。さっき大学方針に裏の意味があるって言ったでしょう。 もうひとつ、大学の志望動機のことも覚えてる?」
「うん、ずっと謎だったけど」
「あれね、…………。」
謎多き女性は正直に話してくれた。中学高校と女子校だったという。共学の大学に入れば恋人が出来ると思っていたらしい。
けれど、キャンパスには新入生がクリスマスの聖夜までに彼氏ができないと、学生生活の四年間ずっと寂しい生活になる言い伝えが残っているそうだ。本当に魔界の巣窟らしくて笑いたくなる。彼女の涙をそっとぬぐってやりたかった。
「俺、初恋すら知らん」
「笑っちゃうよね、こんなに若いのに。ところが、昨夜天から星が降ってきたの」
一歳年上の結菜は金のわらじ履くように、
どこまでもリードしてくれる女性だ。
自分は石橋を叩いて渡る男だけど、彼女は当たって砕けろタイプでふたりの相性はピッタリらしい。
確かにふたりは昨夜会ったばかり。
けれど、恋は既にテークオフしていた。
恋することに時間など関係ないはずである。大学受験はあと二ヶ月に迫っていたが、彼女との再会を願えばやっていける。
「結菜のいる大学に入る。待ってろや」
「あたりまえでしょう。楽しみにしてる」
Christmas is for two.
キャンパスにはレトロとモダンが調和する世界があったはず。ところが、クリスマスは俺と結菜の為に光り輝いていると言っても過言ではないだろう。
故郷の雪月花の景色はなかったが、空を見上げると星とお月さまが見守ってくれ、決して二日間は無駄ではなかった。
もうひとつのアオハルを見つけられた気がする。
「受験勉強頑張れ」と声援を届けてくれる結菜の眼差しは光って見え、手を振る姿は魔界の巣窟に消えてゆく。
〈 完 〉
都会の狭間に恋人たち集う魔界の巣窟見つけた 神崎 小太郎 @yoshi1449
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