海林! ボトルシッパー!

λμ

第一話『ウォー・オブ・ボトルシップ』

海林女子中等部ボトルシップ部

 ここは隠遁いんとん修道院ですか? が鉄板ネタの、陸の孤島の林の奥の山の下。近隣唯一の女子高の、中等部の、工作室兼部室。

 焦げたヒノキと接着剤の匂いに満ちた部屋は今、緊張に支配されていた。

 部長の美舞みまが作業台に固定された古いシャンペンの大瓶と向き合い、部員が見守っている。


「慎重に……慎重に……!」


 美舞は唇を尖らせ、息を吐いた。手には精密ロング鉗子かんしびんの中には船首像の欠けた帆船。


 ボトルシップである。


 代々の部長が引き継ぎ三年。思いが結実しようとしていた。

 残すは妖精ナニーを模した船首像を取り付けるだけ。


「いざ……!」


 美舞のゴム付きロング鉗子が、ぶるっ、と震えた。

 部員たちが微かな悲鳴を漏らす。

 美舞は右手で左手首を握りしめた。そのまま作業台の角に右肘をつけ固定、パーツを注ぎ口から挿入していく。

 ゆっくりと、ゆっくりと――。

 鉗子にしておいて良かったと美舞は思う。

 ピンセットでは握力がもたなかっただろう。

 折れずに暗闇を抜けた夢の欠片が、船に近づく。古い硝子の歪みが光線を曲げ、道を惑わせようと美舞を揺すぶる。

 

「負けない……! 私が、繋ぐ――!」


 先輩たちの熱を、私が。

 美舞は我知らず呟き、鉗子を進めた。接着。

 部室にさざめきが広がる。皆が丸めた両手を重ね、肩を抱き合い、目を輝かせた。

 まだ、と美舞は思う。

 接着剤が安定するまで。

 眼光鋭く圧力を一定に待つ。

 ふいに感じる鼻のむず痒さ。

 これは――。


「ね、猫いる!?」


 美舞が叫んだ。部員たちが顔を青くした。美舞は猫アレルギーだ。今くしゃみをすれば三年間の思いが吹き飛ぶ。


「ふぐぁ……!」


 美舞の口が半開く。気合と根性で震えに耐える。顔が赤くなった。部員たちは慌てて周囲を捜索。猫などいない。

 美舞は目が潤んでくるのを感じた。もう無理だ。出る。


「誰か変ふぁ――」


 息を吸った。早すぎる。

 副部長が叫んだ。

 

「口押さえて!」


 ざっ! と部員たちが動いた。副部長がロングピンセットを追加で入れ、ふたりが美舞の鼻と口を覆った。

 瞬間。


 ぶぼん!!


 抜け道を無くしたくしゃみが美舞の耳孔を貫いた。

 ガラッと開く部室の扉。

 

「え、えと……見学を……え?」


 初々しき新入生の顔が歪んだ。顔面を抱え込まれた美舞。ピンセットを手にあられもない姿で作業台に寝そべる副部長。寸前で鉗子を抜いた部員と瓶を支えるもう一人。

 カオス。

 

「ま、また後で――」

「新入生だ! 逃がすな!」

 

 副部長が叫んだ。

 涙と鼻水まみれで耳奥の痛みに耐えつつ美舞は思った。

 その子、たぶん猫飼ってる。

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