キングオブホビー

 放り出された晴海はるみは慌てて辺りを見回す。


「う、宇宙!?」

 

 そう。天に宇宙。足元に大理石の石畳。


「作業台――と、工具!?」


 そう。晴海たちの前と、茉莉たちの前に作業台。そして無数の工具たち。

 美舞が振り向き、申し訳なさそうに言った。


「ボトルシップ・ウォー・フィールドだよ。晴海ちゃん」

「……なんですかその――」

「こんなことに巻き込んじゃってゴメンね」

「え、あの……聞いてます?」

「でも、お願い! いまだけでいいの! 力を貸して! ――あの子を救うために!」


 言って、美舞みまがピッと正面を指さした。


「あの子って……もこちゃん!?」

「晴海ちゃん……信じてたのに……もうボトルシッパーになっちゃったんだね……」

「ボトルシッパー!? っていうか……なにその……きわどい水着!」


 もこはいつの間にやら頭にレジンキットで作られたティアラを被り、装飾のついた水着らしき服に着替えていた。いや、よく見れば第二模型部所属と思わしき他の三人も揃いの衣装だ。そして、茉莉まつりは――。


「よ、鎧……?」


 鎧というほかないスーツを着込んでいた。飛び出た棘は工作には明らかに不向きに思える。しかし、本人は勝ち誇るかのように口の端を吊った。

 

「ふん……堕ちたものねワルツ……もうボトルシップスーツも呼び出せなくなったの?」

「変な名前で呼ぶなと言ってる!」


 美舞が腕を払った。


「皆! やるよ! サモンボトル!」


 言うなり、作業台の中央に細口の巨大ボトルが生成された。


「えっ、すご!?」


 驚く晴海をよそに美舞は手にノギスを召喚、口経を測定し、指示を飛ばす。


「四本マストのジャッカスバーク! ――ボトルの中に、浮かべてみせる!」

 

 その鋭い視線の先で、悠々と茉莉が呟く。


「サモンボトル・ロングノーズ……!」


 直立した状態で現れたのは、異様に長い喉を持つ瓶だった。それを酒の空き瓶などではない。ただ己の技術を誇示するためだけに用意された模型用の瓶だ。


「ウィステリア。レジンの用意を。それから――」


 次々と飛ばされていく指示。

 二人の部長は腕組みして睨み合う。

 晴海は、副部長に尋ねた。


「あ、あの……部長は何もしないんですか……?」

「シッ」副部長は唇に指に添えて言った。「組み立てに二人も三人も加われないでしょ? だから部長は今、頭の中のボトルに船を描いているの。私たちは可能な限り正確に部材をつくる。みんなのイメージの統一がウォー・オブ・ボトルシップの勝利につながる。いい?」

「えと、でも私――」

「晴海さんは甲板をお願い。正確にね。できるでしょ?」

「いえ、そうじゃなくて――」

「もう戦いは始まってる。見て。時間は少ない」


 副部長の指さした空間に、デジタル表示で残り時間らしき数字が光っていた。

 

「わからないことはどんどん聞いて! もう引き返せないんだから!」

 

 言って、副部長は作業台に戻っていた。


「……私、まだ一隻もつくったことないんですけど……」


 晴海の呟きは頭上の宇宙に溶けていく。対岸に視線を感じ振り向くと、もこがこちらを見ていた。その手にはプラスチックプレート。

 もこが目を切り、作業台に飛び乗った。


「ジャスミン様! 参ります!」

「うん」


 腕組みする茉莉の目の前で、もこが超ロングピンセットでプレートを瓶の中に立てていく。普段の穏やかな表情とはまるで異なる戦士の顔。


(――負けてられない――!)


 晴海は闘争心に駆られ、作業に取り掛かった。


「材質は!?」

「ナラの木よ、晴海ちゃん! 口径は分かる!?」

「分かります! 上甲板、いきます!」


 晴海はナラの板を召喚、板目を見つつジグソーで切りにかかった。どういう勝負なのか検討もつかないが迷っている時間はない。やれることをやるだけだった。

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