荒波を越えろ
着々と出来上がり、横手に積まれていく部材に対し、
対岸を見れば、
「ジャスミン様! タイムレジン入ります!」
「――レジン!?」
「――あっ、痛っ!」
晴海は理解しがたい動きに気を取られ指を切った。左の人差し指に血がにじむ。
「晴海さん! 集中!」
部員の声に晴海は頷く。手当をしている暇はない。傷口を吸い、作業に戻った。
いったいどれほどそうしていたか。
美舞が動いた。
「タイムレジン!」
ボトルをおよそ五度の角度に傾け、薄青のレジンを流し込む。大量に。大量に大量に大量に。驚くべきことに、入れた端から固まりつつあった。
(そうか! そういうレジンなんだ!)
晴海は自らを強引に納得させる。
「皆! 船底を作っていくよ!」
「はい!」
気づけば、晴海も声を揃えていた。
美舞がロング鉗子を握り、部員が整えた部材を次々とボトルに挿入、レジンに半ば埋め込むようにして組み立てていく。やがて船底は波の上を滑り、新たに加えられた白いレジンによって全貌が現れる。
「船が――波を乗り越えてる!?」
そう。ボトルが水平を取り戻すと、そこには荒波を乗り越えたばかりのジャッカスバークがあった。上甲板の破れは歴戦を示し、畳まれたマストは風に耐える姿を現しているのだ。
晴海がボトルシップに心を奪われているそのとき、
みゅぃぃぃぃぃぃぃん!!
と、モーター音が響いた。
茉莉が作業台に昇っていた。
「あれは――何!? 美舞さん! あの、先っぽにマニ車みたいなのがついてるのなんですか!?」
「マニ車?」
言いつつ、美舞は作業を続行する。
「――ああ。そっか。晴海ちゃん、仏師なんだ」
「へ!?」
頓狂な声をあげる晴海の肩を、副部長が叩いた。
「あれはね。超ロングルーター」
「超ロングルーター!?」
「さすがは闇のボトルシッパー……削り出す気よ」
「――闇のボトルシッパー!?」
新たな謎の単語に、晴海の当初の疑問は吹き飛んでいった。
もはや両者は仕上げに入りつつある。かたや完全フルスクラッチのボトルフィギュア。方やレジンの荒波を越えるボトルシップ。どちらがより優れているのかは分からない。あと少し、もうマストを起こすだけ。そのときだった。
「ふっ、く」
とうとつに美舞が身を捩り、そして。
「ふぇぐしっっ! ぶしっ! ふぁ――ふぁぐしょ!!」
くしゃみを始めた。
副部長が叫ぶように言った。
「ぶ、部長!?」
「くっ、ふっ、こっ、抗ヒスタミン薬が切れた! へぐちっ!」
「えっ!?」
「猫アレルギー! ばぐちっ!」
もはや、美舞の顔は涙と鼻水でドロドロだった。
「ふっ、勝負あったわね! ワルツ! 帆の寝た船は沈むだけ」
「ふぇぶっ! あまいまちゅりっ、ぶしっ! わた、わたしにぁ仲間がいりゅっ!」
美舞はロング鉗子を握り変え、晴海に差し出した。
「――え!? 私ですか!? 副部長じゃなく!?」
「ふぇぶっ! あにゃたにしかできなぶっ! もう、もう目が見えにゃぶしっ!」
「猫飼っててごめんなさい猫飼っててごめんなさい!」
涙目になる晴海に、副部長が言った。
「お願い、晴海ちゃん」
「で、でも――!」
「部長が、美舞さんが言ってたの。あなたにはボトルシップの才能がある。あなたなら、絶対に、光のボトルシップ戦士になれるって――!」
「わたしが……光のボトルシップ戦士!?」
晴海は先輩部員を見回した。皆、一様に頷いた。対岸を見る。
もこが、憎しみすら籠もる目でこちらを見ていた。
ギッ、と歯を食いしばり、晴海はロング鉗子を受け取った。
「晴海、いきます!!」
ほとんど同時に、部員全員が声を揃えた。
「集中ぅぅぅぅぅぅ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます