第二模型部の誘い
ボトルシップ部で入部届を渡された次の日の放課後、
「ボトルシップ部かぁ……」
ぼんやりと呟く。あのあと、簡単にボトルシップの作り方を教えてもらい、さっそく初心者向けキットに手をつけた。船を組み立て、いくつかのブロックにわけて解体し、瓶の口から挿入、マストを起こすだけだという。
しかし、最初の組み立てから難儀して、結局、完成までには至らなかった。
手に残るニッパーやヤスリの感覚。はじめは邪魔した申し訳なさに由来する苦笑から。談笑まじりに手を動かすうち、意識のすべてが船にもっていかれた。外界から遮断され、船と自分だけが残る――あの奇妙な高揚感。
晴海はぶるっと震えた。
「……でもなぁ……」
いくら山と森しかない全寮制の中学とはいえ、さすがにボトルシップ部はどうなのか。部員も四人しかいないし。もっと華やかな部活動があるのでは。
「悩んでるね、晴海ちゃん」
「ひわっ!?」
急に話しかけられ、晴海はびっくり飛び起きた。
悲鳴に驚いたらしく、声をかけた少女もメガネの奥で目を丸くしていた。
「……なんだ……もこちゃんかー……」
もこ、というのはメガネの少女のあだ名だ。入学初日で晴海が名付けた。髪がもこもことウェーブしているからもこちゃんである。
「ご、ごめんね? 驚かせちゃった?」
もこはわたわたと手を振った。愛くるしい。
晴海はふぇぇ、と息を吐き、
「大丈夫ー……じゃないかもなー」
手元の入部届に重い息をぶつける。昨日はつくりかけで部屋に戻った。そのままにしておくのは引っかかる。けれど、わざわざ部室にいって作るだけ作っておいてごめんなさいは、あまりにもハードルが高い。
自然、晴海の口から魂まじりのため息が出る。
「悩んでるね。……部活?」
もこが晴海の手から入部届を引き抜いた。
「あっ、それはその! 昨日ちょっと見学にいっただけで――」
晴海は慌てて弁明した。恥ずかしがることもなかろうに。そう思い直し、もこから入部届を回収しようと手を伸ばしかけ――晴海は首を傾げた。
もこが、入部届を睨みつけていたのだ。
「えと……もこちゃん?」
「晴海ちゃん、ボトルシップ部に入るの?」
「え? えっと……まだ考え中で――」
「やめたほうがいいよ!」
鬼気迫る怒声に、晴海は凍りついた。
「も、もこちゃん……?」
「……ごめん、大っきな声だしたりして。でも、やめたほうがいいよ。ボトルシップ部なんて。時代遅れだよ。なんだか暗いし、かっこ悪いし、時間の無駄だよ!」
なにもそこまで言わなくても、と晴海は頬を引きつらせる。
もこはがっしり晴海の両肩を掴み、叫ぶように言った。
「私と一緒に、第二模型部に入ろう!」
「だ、第二模型部!?」
晴海は内心に呟く。
(模型部……そんなにいっぱいあるの……!?)
もこは力任せに晴海の手を引き、教室を飛び出した。
「ちょ、い、痛いよ、もこちゃん! もこちゃん! 待って! ちょっと待って!」
「いいから! こっち!」
ふたりはバタバタと廊下を駆けていく。
「あれは……晴海ちゃん!?」
その様子を、ボトルシップ部、副部長が見ていた。
「もこちゃん! 痛いってば!」
晴海はもこの手を振り払った。手首に赤い痣ができていた。
もこが息を整えながら、片手を広げた。
「ここだよ、晴海ちゃん。ここが第二模型部」
「え?」
作業室を部室として転用しているボトルシップ部と異なり、立派な部屋が与えられているようだった。
からりと引き戸をあけると速やかに、健やかに、
「おはようございまーす!」
と、大勢の部員が振り向いた。
壁に、部屋の中央に、いくつも並ぶ個別仕切りの作業机の上で、部員ひとりひとりが瓶に様々な器具を差し込んでいた。
しかし、瓶のなかにあるのは――
「ふぃ、フィギュア――!?」
彼らは、瓶にやっと収まり切るくらいの、人形を作っていた。
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