1225 綾鳥さんは逃げる
都内ではホワイトクリスマスなんて騒がれているけれど、私はわざとなんじゃないかと考えている。
時雨沢の挙動不審は今朝から二重にも三重にも拍車をかけてひどいものだ。口を開けば脈絡がないことを言っているし、階段を転げ落ち、湯飲みに箸をつっこみ、味噌汁に醤油を入れる。
恐らく、彼が原因で都内だけ豪雪地帯になっていた。しんしんと降っているかと思えば、吹きすさぶ嵐に変わる。異常事態だ。雪国育ちの私も目が遠くなるようなありえないレベル。
都内の公共交通機関は運休が相次ぎ、私や絹田には休講の知らせが入り、時雨沢のバイトも休みになったらしい。
何とか出勤した保村や斑尾、遊馬は仕事が早上がりになったと昼過ぎには帰ってきた。斑尾が物凄い形相で時雨沢を睨んでいるのは見物だった。主に三津に怒られると反省しない所が。
三津や榊山はテレビのニュースを見ながら、寒い寒いと暖房のきいた部屋でぬくぬくとしていたので、いろいろな人間から反感を買うだろう。しかし、二人とも減らず口を容赦なく叩くので、心配は無用に思える。
外は雪ということもあり、やることもないのでクリスマスパーティーは予定より早く始まった。早く抜け出せるので願ったり叶ったりだ。
クリスマスツリーはないが、食堂はパーティーに向けて飾りつけが増えていたことは知っていた。折り紙の輪っかを見たのは小学生以来な気がする。誰がそんな幼稚なことを始めたのか。
興味なんて一ミリもなかったが、たそがれ荘でなればこそのパーティーが催される。
保村が火を吹き、三津がその火を万華鏡のように七色に広げた。遊馬の水で火が消え去り、一瞬で暗闇になる。
蒸発した水が霧のように広がり、周りは無数の光に埋め尽くされた。プラネタリウムの中に放り込まれたようだ。光の粒が雪の結晶に転じ、星に変わり、集まると巨大なツリーになる。微動だにしない絹田によって展開される幻術に感心した。さすが、四国の古狸の子孫というべきか。
「ハッピーバースデー トゥ ユー」
三津と榊山が声を揃えて歌い始めた。誕生日と言えば誕生日だが、何か勘違いしてないだろうか。
歌う二人以外は困惑顔。当然と言えば当然だ。歌は一番の盛り上がりへと進んでいく。
「ハッピーバースデー ディア ほむらー」
皆の視線が保村に集まった。豆鉄砲を喰らったような顔だ。
「保村さん、いっつも誰にも祝われてないから、気になってなぁ。今年は私らが祝福してあげようと思うて。クリスマスはついでなんよ」
三津の口から明かされるドッキリに、榊山以外が驚いていた。保村の誕生会がメインで、クリスマスがついで。
強制参加だから、何のパーティーでも構わないが、隠す必要はなかったように思う。
私が呆れている内に、三津は保村にプレゼントをあげていた。受け取った保村はマスクでは隠せないほど赤面している。慌ててプレゼントを渡す姿も普段の落ち着いた様子からはかけ離れていた。
斑尾が絹田に耳打ちすれば、絹田は目を丸くした後、嬉しそうに微笑む。
時雨沢は窓から空を心配そうに見上げ、榊山はその窓に下手な絵を描いて笑わせていた。
遊馬がこっそりとケーキを頬張っているのに、私以外は気付いていない。
とんだ茶番に付き合わされた。幸せで何よりだ。悟られないように息を吐けば、榊山が訳知り顔で振り返る。
ああ、本当に面倒な。
私は断りも入れずに、食堂を後にした。
「もう少ししたら、ビンゴすると思うよ」
遊馬の引き止めにも応じなかった。好き勝手に楽しんでくれ。赤の他人の誕生日を祝う気もさらさらない。
いくら祝っても、願っても、サンタからもらえるような願いではないのだから。
たそがれ荘はとしのせにつき、 #アドベントカレンダー2022 かこ @kac0
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