快感を止められない

 静かに笑いかける辻和奏だが、渕上は落ち着いていられなかった。爆弾を仕掛けられ、命の危険が迫っているかもしれない現状は、恐怖でしかない。


「辻さんが、なんかすごい組織の人ってのはもう分かったよ……でも、俺使って本物の爆弾を解除する必要ってある⁉︎」


「さっきも言ったでしょ。わたしは、スリルを味わいたいって」


「いやいやッ! あと先生も先生だ、こんな危険な事許していいのかよッ!」


「死と隣り合せの世界にいる人間にお近付きになるってこたぁ、覚悟がいる事だぞ」


「なんでだよッ! やっぱこれ、悪い冗談だよなあ……? だって失敗したら、辻さんも巻き込まれる——せっかく、無事だったのに……ッ」


 渕上は彼女の悲惨な過去を掘り返して、事を収めようとする。爆弾部品を眺めていた辻和奏は、ニッパーを一度工具入れに戻すと、椅子の上で膝を丸めた。


「みて」


 妖艶な声に渕上の恐怖心が押さえつけられた。手ばかり気にしていた彼は、今やっと辻和奏の足元を知る。細い足を包む黒ニーソだ。


 彼女は渕上の目の前で、それを左足から脱ぎ始めた。見えそうで見えないスカートから、するりとニーソが縮み、太もも、膝と順番に肌が露出していく。


「私は、失敗の味も知ってる」


 その一言と同時に、辻和奏の左足の全てが晒される。彼女の膝から下は、血が通っていなかった。アメリカの最新技術を形にした足を——ガコッと外して床に転がす。


「義足……だったなんて……」


「言ったでしょ、一個だけ間に合わなかったって。でも私は、あの日生き延びた——そして、スリルを


 辻和奏はよく見えるように、左足の切断部分を渕上に寄せる。足を目に焼き付けた渕上の脳が働いた。席から立つ時、階段から降りる時、ハッチ扉を開ける時。今思えば、彼女の足が絡む動きは、多少不自然であった。


「次は、渕上くんの事を教えてよ。誕生日は?」


「へ……誕生、日……?」


 爆発物の脅威を味合わせながら、辻和奏は握られたニッパーを膝の上に置いて微笑んだ。迫る電子音、消えていくデジタル赤数字。渕上はそこで納得させられる。素直に答えなければ、解放させて貰えないと。


「……くッ、九月二十日だッ! 九月生まれッ!」


【04:04】


「私は六月五日だよ。じゃあ……好きな動物、教えて」


「どうぶッ⁉︎ 猫ッ、猫だ、猫猫猫!」


【03:47】


「猫なんだ。私は羊が好きかなぁ〜」


 返事をする度に辻和奏が導線を切り、ラジオ機器の中身を分解する。緊迫感の無い自己紹介に焦りが加速する渕上だが、目の前の彼女はのんびりと爆発物に向き合う。


「うーんと……、他には何を聞こうかな」


【03:12】


「は……ッ、は……ッは……やく!」


【03:08】


「あ。渕上君の……得意科目って————なあに?」


【02:53】


「現代文ッ! 現代文だってぇ!」


【02:49】


「現代文……渕上くんって——文系だったんだ。私のイメージは…………理系だったけど。私の得意科目は〜……どれかな。どの教科も、テストは同じ位の点数だし——」


【02:27】


「は……ッ、は……ッ、先生ェッ! 頼むよ、俺を助けてくれよォ!」


「ふー……、やっぱヤニ入れねぇと気がもたねぇ。まぁ〜、精々頑張れ。JITBのおもちゃで、のは辻ぐらいなんだ」


「そんなの知らねぇよ! とにかく、信じていいんだよね⁉︎」


「まあ……辻の腕は確かだが、さっき地下で一個爆発させて、校舎揺らしてたしな。それもスリルを高めるルーティンらしいけど」


「はあぁッ⁉︎」


「爆弾ならそこのハッチに投げ込みゃあ、爆風を抑えられる。だが自爆ベストじゃ、どーしよーもねーや」


 喫煙を正当化しながら、いつでも閉められるように、シェルター扉に控える松崎。刻一刻と時間が迫る中、急ぐ渕上と悠長な辻和奏は爆弾を挟んでお互いの事を知っていく。


【01:47】


「JITBってね、時限爆弾を仕掛けるだけの愉快犯グループなの。でも——それを解除出来ないと、犯行声明とは無関係の場所で爆発を起こすのが常套手段でね。結局……危ない組織である事には、変わり無いんだよ」


【01:09】


「全てが謎に包まれてるJITBだけど。私はね、組織のトップが……あの時の機動隊員だといいなって夢見てて。だって……スリルを楽しんでいたんだもの」


「は……ッはぁ……ふ……ふー」


 絶対絶命に抗おうと、必死で口呼吸をしていた渕上の空気の通り道が鼻に変わった。彼の恐怖を癒すのは、すぐそこにある辻和奏の手。傷一つない、異性の綺麗な手。今までにない距離で、時間を忘れて、特等席からじっくり眺めた。


「ふ……、ふ……んぅ……」


【00:37】


「……はい、おわり」


 そこで時計はストップした。残り時間は37秒であるが、もう少しゆっくりやっておきたかったようで、自己紹介の時間配分が上手くいかなかった事に、辻和奏は少々不満顔だ。目の前にいる渕上は顔を上に向けて、を実感していた。


「……たす……かったあぁぁ……!」


「ちょっと物足りないけど……やっぱり人質がいるって、緊張感が増してすごくいい……渕上くんにお願いしてみて、良かった」


「ふー……あまりにも辻を観察すっから、JITBの差金と疑って捜査してみりゃあ……ただの、青二才じゃねえかよ」


 解除が間に合う事の期待値はそれなりにあったのか、松崎はやれやれ顔で向き合う生徒二人を眺めていた。緊張感から解放され、快感が過ぎ去った時間をゆっくり堪能する辻和奏と渕上。


「ねぇ、渕上くん……また、私の為に人質やってくれる?」


「やる…………」


 興奮状態から冷静の域に達した渕上は、思考停止で返事をした。辻和奏とスリルを共有しながら、限られた時間の中でじっくり手を眺める。少年は——目覚めてしまった。



「人質……最高かよ」

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君の中身を知りたくて 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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