迫る時間を止められない

 目を閉じて辻和奏に身体を任せている渕上は、感覚で何をされているか今一度再確認した。まず、制服のブレザーを脱がされている。その後、締めていたネクタイを緩ませられている。


(俺……何か、着せられてるのか?)


 下半身のベルトを外す音に思えて、最初こそ興奮が高まった渕上だったが肝心の腰回りには触れられていない事にやっと気付く。感覚を集中させると、ブラウスの上から何かベストみたいな物を着せられているようだ。


 何をされているか全く分からず、辻和奏に尋ねようとしたが、ドキドキするシチュエーションに水を差したくないのは本音のようで、渕上は大人しくしている。カチャリカチャリと何かを取り付ける音が続いた後、急に手を握られる。


「……ッ」


 らしにらしたスキンシップに、渕上はたまらずビクンと反応してしまう。抵抗しない両手は何故か椅子の後ろに回され、手首に何かが通された瞬間にギギギッとアルミ合金が噛む音が耳に違和感を与え、確認を急いで目を開けてしまった。


「え……。えッ? なんだよ——これ!」


 暗い室内にまだ目が慣れていないが、渕上の身体はすぐに状況を理解した。両手は、手錠で椅子に繋がれて身動きがとれない。そしてブラウス上から着せられているのは、何本も入り乱れる導線と筒状の物体がいくつも装着されている軍用ベストだ。


「それはテロで使われる自爆用ベストなの」


 その言葉に渕上の背筋が凍った。目の前にいる辻和奏は、洋服屋で衣類を眺める女子高生そのもの。可愛らしい自己満足の瞳と物騒な言動が奇妙にも調和している。


「自爆……ッ⁉︎ テロ……?」


「そう。通称『F91W』っていうでね。確実にターゲットの懐に入って現地及び周辺の人を巻き込む。自殺攻撃を仕掛ける為の——破壊装備」


「なんの……話してるの? 辻さ……」


 困惑する渕上の唇に辻和奏は右手の人差し指を押し当てた。命令に思えるそれは、友好的な隠し味と奇妙な香りで相手を惑わす。そして場を支配していくのだ。


「自己紹介、するって言ったじゃない?」


 辻和奏はそう言って微笑むと人差し指でするりと唇から顎を撫で、そのままベストの胸元にあるラジオ機械のスイッチを押す。ピッピッと恐怖心を追いかける電子音がした。赤い電子数字が0に向かって進行し始める。渕上の生存本能が叫び出した。


「ちょっと待って辻さんッ! どういう事ッッ、なんで……ッなッ、こんなぁ……!」


「人質ありの訓練一度やってみたかったの」


「なんかの冗談だよね⁉︎ これってマジな奴じゃないよねぇッ!」


「いいや。解体訓練用ではあるが、本物の爆弾だぞ」


 鼻に付く声がした。渕上は視点を辻和奏の後ろに集中させると、開いていたシェルター扉の奥から煙草を吸っている松崎が入ってきた。


「松崎先生……?」

「松崎……?」


「渕上とは仲良くなれそうか?」


「それを今から判断する所です」


「辻さんも、先生まで……一体どういうことなんだよッ!」


 担任教師に対する認識が辻和奏と噛み合わず、渕上は動揺を撒き散らす事しか出来ない。煙草を口に咥えたまま、松崎はブラウスの胸ポケットから縦開きの手帳を出した。顔写真に『警視庁』と書かれたシンボルが、事実を主張する。


「俺ぁただの教員兼、爆発物処理班のリーダーさ」


「爆発物、処理班……?」


「通称EODって言うんだけどよ。手っ取り早い話、辻も俺と同じ立場な」


「え?」


「時限爆弾専門のテロ組織、Jack-in-the-box(ジャック・イン・ザ・ボックス)……通称『JITB』の犯行声明を数多く阻止したアメリカEOD所属の、特別班員——それが、辻和奏だ」


「色々話がブッ飛んでるってッ! 意味わかんねぇよ何で辻さんがそんな事してんだぁッ」


 状況が飛躍し過ぎて声だけ荒げる渕上の目の前に、工具箱を持った辻和奏が椅子を置いて座る。自爆ベスト、爆発物処理班の生徒と先生、謎が凝固する地下室で、彼女はいつも通りだ。

 

「私は子供の頃、ヒューストンで過激派組織のテロに両親と巻き込まれたの」


「あ……」


「両親は犯人に撃たれて——私は手足に時限爆弾を抱えた人質にされた。その時、SWAT所属の爆発物処理班だった女性が解除しようしたけど、一個だけ間に合わなかった」


 辻和奏は淡々と話しながら、工具箱からニッパーを取り出して、渕上の自爆ベストを這う導線に刃を通す。それをパチンと切断した瞬間、潜んでいた緊張感がおどしにかかる。


「私がEODにいる理由は二つ。彼女の意志を継いだ事。もう一つは……死と隣り合わせのがたまらないの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る