第5話 シュレーディンガーのパンツ

「はい。服装検査を実施しましたが問題ありません。彼女達はバニーガールの衣装の下に、キチンと下着を身に着けております。下着姿で接客していたという事実はございません」

「………………」

「過去、水泳部が水着喫茶を実施した際、水着の下にアンダーウェアを装着する事で水着での給仕を可能とした前例があります。彼女達はあの姿で校内や校庭を徘徊しているわけではなく、喫茶店での給仕に限りあの服装、バニーガールの衣装を身に着けております。公序良俗に反する行為ではありません」

「………………」

「この件に関する報告書は後日……いえ、三日以内に提出いたします。資料として服飾の写真を添付します。え? 今すぐですか? 少しお待ちください。二時間下さい。午後二時までには提出します。いいえ、違います。画像編集のための時間が必要だからです」

「………………」

「資料の改ざんではありません。強いて言えば服装の検査、すなわち下着の検査をしその様子を撮影しております。女子生徒の艶姿を資料として提出せよと仰せですか? それこそセクハラとなり公序良俗に反する行為です」

「………………」

「ご理解いただきありがとうございます。では二時間後に伺います」


 内線電話を置いた彩花がふうっとため息をついた。その彩花に椿が声をかける。


「話は通ったの?」

「まあな。しかし、PTAの方からすぐに資料を提出しろと言って来たらしい」

「画像編集しなきゃ。あのままじゃセミヌード撮影会だったから」

「そうだな。画像の方は任せる。すぐにかかってくれ」

「了解」


 椿はニコンの一眼からSDカードを抜き出しデスクトップパソコンにセットする。彩花は長テーブルにノートパソコンを置き、電源コードをセットしてからワープロソフトを立ち上げた。そしてカチャカチャと報告書を書き始めた。


 彩花が報告書の作成を始めて小一時間経過した頃、先に派遣したメイド服の三名が戻ってきた。


「あー楽しかった」

「はあー。しんどい」

「酷い目に遭いました」


 楽しそうなのは玲香一人であり、男の娘の美海と女装した緋色はげんなりとしていた。


「ところで彩花。上手くいったの?」

「ああ、問題ない。彼女達は校則違反でもないし、一般的で公序良俗に反する行為でもないと結論付けた」

「ところでさ。そこの……紙? ペーパータオルは何? 何か折り紙でも?」

「いや、何でもない。片付けようと思っていたんだが忘れてた」

「じゃあ私が片付けるよ」


 床に散らばったペーパータオルは数枚。もちろん星子がパンツの代わりに使用していたものだ。それを一枚一枚メイド服姿の玲香が拾う。


「これ……染み? 何か匂う?」

「匂うな、玲香」

「そう言われると嗅ぎたくなるね。クンカクンカ」

「やめろ」

「禁止されると逆らいたくなるのは人としての性よ……これは……女の子の匂いね。おしっことあそこの。あああああ。ボク、興奮してきちゃった」

「やめろ。美海と弟君もいるんだぞ」

「わかったよ。でもさ、これ何? 女の子のアソコ、これで拭いたの? それにしちゃシワになってない感じがするし……シミの付き方も控えめ……」

「や・め・ろ!」


 やや不機嫌になった彩花は玲香の手からペーパータオルの束を奪う。


「もう一度聞くけど、それ何?」

「これは……シュレーディンガーのパンツだ」

「え? 何それ」

「宇宙には無数の可能性が秘められているんだ。その可能性の中の一つがその、ペーパータオルのパンツだ」

「意味わかんないけど。それがパンツねえ」

「そうだ。ドジっ娘がドジって現出した宇宙の奇跡。そう、奇跡のパンツだ」

「何言ってんの? 本当にわけわかんないよ」

「まあ、このパンツを入手できたならどんな願いでも叶う」

「え? 本当?」

「本当だ。危険なアイテムなので焼却処分とする」


 もちろん、彩花の嘘である。


 彩花は掃除用具のロッカーから金属製のバケツを取り出し、両手で抱えていた〝シュレーディンガーのパンツ〟をその中へと突っ込んだ。そしてマッチで火をつける。

 

 ぼわっとオレンジ色の炎が舞い上がり、そして虹色の光を放つ。ありえない色彩で輝く炎に、その場にいた五名は魅入った。そして、虹色の炎の中に理想の異性を見たのだという。


 シュレーディンガーのパンツ……略してシュレパン。


 生徒会室付近で突如出現するなぞの下着。それを手にいてることができた者は必ず理想の異性と結ばれる。


 シュレパンは竜王学園の都市伝説となり、その後十数年信じ続けられた。そして、「ホワイトデーのお返しにはTバックを贈る」という謎の習慣も登場したらしい。


【おしまい】


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シュレーディンガーのパンツ……シュレパン 暗黒星雲 @darknebula

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