第2話 私、監督のこと噛みませんから撮り続けて下さい!

 『花ッピ・ラングドシャ』のオーディションを受けたのは間違いじゃなかったと思える日は来るかなぁ。


 私は一度落選した。一方のカノンちゃんは一発でオーディションに受かったって後で聞いた。


 私は落胆してしばらく普通の高校生として過ごした。恥ずかしいからクラスの誰にもオーディションを受けたことも落ちたことも話したことはない。


 そんなある日、オーディションを受けたことも忘れかけた一ヶ月を過ぎた頃再オーディションが行われた。唇の形を可愛く作って笑って挨拶して、それから課題曲を歌った。オーディションをしてくれた事務所の人は歌はまあ、こっちでなんとかするかと呟いたのを今でも鮮明に覚えている。それで、私は花ッピ・ラングドシャとしてデビューした。


 はい、CDは売れません。今どき握手券だけじゃあ当たり前すぎて売れない。


 で、このゾンビよ。


「カット、今の花ッピ・ラングドシャの人?」


 カノンが監督に褒められてる。思わず私が呼ばれたのかと思って振り返っちゃった。カノンは倒れたときに頭を打ったらしい。それぐらい身体張ってたんだ。あれぐらいなら私もやれるのにね。私は身体を張る演技もさせてもらえないのかなぁ。まあ、張るけど、この後で主人公が工事現場から拾ってきたハンマーで殴り殺される予定。今日の予定が殴り殺されることだけって、億劫ぅ。


 そういえば、カノンってダンスも上手いんだよね。私は親に反対されっぱなしだったからダンススクールに通えなかった。人の夢を邪魔する親ってマジなんなの? カノンはダンススクールにも通ってあっさりセンター。この差は絶対にダンススクール。まあ、試験が歌もあったことを考えると絶対なんて言い切ったらいけない気がするけど。あえて、言わせて。絶対そう!


 休憩時間を挟んで今日の仕事は六時間を越えていた。ゾンビメイクに二時間だもん。そこから四時間かかって、一番いいカットを採用するんだって。つまり圧縮して私の最終的に画面に映る時間は十分になるんだ。


 あっそ。

 って、感じだよね。




 私は夢想してみた。これがカノンなら? カノンなら何ができる? 撮影四時間の中で最大限に自分を活かせる方法。役名アイドル2を花ッピ・ラングドシャの私、ハルカって認識してもらう方法。主人公役の俳優は今売出し中のイケオジ日向十郎太。この人遅咲きらしい。まあ、名字が爽やかなのに下の名前が十郎太って渋すぎだよね。若いうちに大成しないわけだ。


「ハルカちゃん! 共演できて嬉しいよ。俺ハルカちゃんのこと殴る役だけど、気持ち優しめにやるよ」とか冗談めかして言ってた。


 あー、はい! 痛くないようにお願いしますっ! ってテキトーに返しといたけど。


「あ、君君!」


 振り返ると、なんと監督がいた。カノンとのやり取りはいつの間にか終わっていたらしい。あ、いつもの作り笑顔しないと! せっかく私に監督直々の指導が入るんだから。


「日向さんとのシーン、削ることになった」


「えっ? そうなんですぅ?」


 あ、いつものマネージャーに甘えるときの口調になっちゃった。


「その代わり君のシーンはエキストラと一緒に走るシーンになる。五分後に走るシーンを撮影する」


「ありがとうございます」


 ありがとうなのかなぁ。

 まぁ、このまま帰れって言われるよりましかな。

 

 走る。とにかく走る。こんなシーンがあるなら短距離走の練習してきたのに。ゾンビが群れになって人を襲うシーン。監督は足の速いゾンビがお好みらしい。


「カット! もう一回お願いします!」


 念入りに撮り直す監督。なんか、思ってる映像が撮れないのかも。エキストラに指導するのってマジ大変そう。私だって今日はじめて会った人と話すの疲れるもん。監督は二十人以上を相手に指示を出すんだもんね。私の比じゃないかぁ。


 うん? エキストラ増えてない? 腸ウマウマしている。走ってるのに。すごいなぁ。走りながら口に何か入れるって、脇腹痛くなるやつ。走ったら脇腹痛くなるのって未だに謎だよね。


 ああ、脇腹痛い。え? 私の脇腹に穴開いてる。誰かに食べられたみたい。気づいてしまったら、ちょー痛い。


「い、いったぁ」


 思わず立ち止まって傷口を確認する。噛まれた痕がある。


 マジでゾンビなっちゃうじゃん。監督、マジ勘弁してよ。本物のゾンビ混ざってるじゃん。



 その瞬間走馬灯のように記憶が蘇ったのは、アイドルごっこをしている中学生時代。夢って叶わないから夢なんだと思っていたあの頃。


 私、このまま死ぬのかな。走ったら、気分が良くなってきた。手はカサカサになってシワシワ。この数分で一気に老けたみたい。


 アイドルのままで死にたい。ゾンビ化して死ぬんじゃなくてアイドルのままで。


 監督、今頃逃げ出してる。マネージャーが私の異変に気づいて何か叫んでいる。


「そんなぁ! カノン!!!」


 そっかぁ。私じゃなくて、心配なのはセンターのカノンだよね。


「宮田さん……助け」


 助けてなんて言っても聞いてくれないんじゃない? あなたはもうゾンビよ? 誰の声か分からないけど脳内に木霊する。きっと、私の声。私、花ッピ・ラングドシャのハルカは、命乞いなんかしない。アイドルらしく死んでやる! アイドルは夢を叶えるもの。だから、映画撮影を続行してもらわないと! これが初の短編映画なんだから! 


 真っ先に監督を見つけた! 逃げてる。スタッフと数人で。行き先は裏の楽屋かな? 先回りしちゃお。ゾンビ化しつつある身体。もう誰にも襲われない。もしかして臭うのかな? やだなぁ。メイクも落ちてきた。鼻がムズムズするなぁと思ったら血出てるみたいだし。顔が崩れたりするのかな?


 楽屋に誰よりも早くたどり着いて、メイクを直す。ファンデーションだけ塗るだけでもだいぶマシかな? でも、アイライナーも入れとこ。

 よし、メイクもバッチリとまではいかないけれど、可愛さは八割ほど回復したかな。


「ちょっとハルカ!」


 後ろからドアを開け放ったのはカノン。突然、何を騒いでるの? あれ? カノンはゾンビになってないの?


「ねえ、その血糊って」


「カノンん! 無事で良かった。私はたぶんもう駄目だからね、こうしてメイクし直してるの。ねえ、お願い、監督がこっち来るでしょ? 撮影続行お願いしてくれる?」


「ハルカ……何言ってるの?」


「私、このままだとゾンビ化しちゃうでしょ。うわ、また鼻血だ。だからね、私の最後の菅田、ドキュメンタリー映画でもなんでもいいから撮影して欲しいの」


 面食らったカノンの後ろから生存者が逃げ込んでくる。そして、先着の私に向かってぎゃあああ! と叫ぶ。ちょっとふざけないでよ。私の顔、ちょっと白く塗りすぎたけどこれくらいの方が可愛いでしょ?


「カノン! こっちへ来るんだ」


「あ、宮田さん! ハルカもそっちに呼んでくれないんですか?」


「な、なにを言ってるんだハルカ! き、き、君はもう」


「まだ、自我持ってるでしょ?」


 自我ってアイデンティティーって言うんだっけ? アイデンティティーってかっこつけた方が良かったかなぁ?


 ねえ、どうしてそんな恐ろしい顔するの? ゾンビの私から思うに、人間てほんとブサイク。容姿がおかしくなった途端に私を仲間外れにするのね? でも、奇麗なものでしょ? 色白、鼻血、裂けた腹以外はおんなじ構造なのに。感染怖い? 今はコロナじゃん。みんなすでに怖い思いはしたでしょ? ゾンビが何よ。コロナで死ぬのとゾンビで死ぬのも一緒じゃん。死は平等ってやつ。


「あ、監督! 私、監督のこと噛みませんから撮り続けて下さい!」

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お願い監督!ゾンビになった私を撮り続けて! 影津 @getawake

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