お願い監督!ゾンビになった私を撮り続けて!

影津

第1話 カノンちゃんはセンター

 太陽が垂直に登った時間。芝草の上で私は座り込む。脇の下から出た汗が涼しさのかけらもないピンクのセーラー服に染みを作る。こんな真夏の炎天下で腸詰めウマウマよ? 男のこれはソーセージじゃないよ。あ、エロい意味じゃなくてね、草の倒れている役者さんのね腸。役者さんは上半身の胸までは本物なんだけど、そこから下の部分は穴を掘って埋まってて、その上に偽物の皮膚をかぶせてる。もちろん下半身も。腹から下がダミー人形。腸入りのね。


 それで、役者さんは痛みを堪えきれず泣き叫ぶ演技をするの。私の顔を憎々しげに見つめて腕を伸ばしてね。え? 私? ハルカはほんとに食べてないよ。血肉を歯で引きちぎるんだけど、これは肉っていうよりゴム製の腸のガムだから飲み込めない。噛むだけの撮影だから歯茎が痛くなるまで口に入れる。ずっと終わらないガムで疲れる。うえってなるけど、ベリー味の血糊のおかげでなんとか耐えられる。てかさ、どうして人の臓物に顔を突っ込んで食べないといけないのかなぁ? 


 ゾンビって。こう、もっと他にもかじりやすいところがあるでしょ? 腕とか。まあ、腕を噛まれるのは定番で最近はガムテとか巻いたりして防いでいる映画もチラホラあるよね。まぁ、私の知ったこっちゃない。てかね、私はこんな仕事より歌って踊りたいのよ! どうして私のチャーミングな姿をちっとも活かせない短編映画なんかの仕事を取ってきたのか理解に苦しむわ。




 そういえば昨日、「売れないアイドルは仕事も選べないんだよハルカ」ってマネージャーの宮田さんが夢も希望もないこと言ってた。別に私が今すぐ売れるアイドルじゃないことは分かってるよ。耳が痛くなっちゃう。でも、仕事内容にも色々あるじゃんか。CD出すよとか、ライブするよとか、動画配信するよとか。なんなら、握手会とか! どれだけ私達のグループがダメダメなのかってことだよね。ほんとに、情けなくなる。これでも食事制限ダイエットしたり、へそ出し衣装を着こなすためにフラフープで腰回りのエクササイズとかしてるんだけどなぁ。


 久しぶりに入った仕事が、初っ端にゾンビ化して徘徊して主人公に殴り殺される役とか。ねえ、監督は私達のグループのアンチなの? だっておかしいでしょ、アイドルをゾンビ化させる映画もいっぱいあるけど、即退場させるとか。もうそれ、アイドルでやらなくてもよくない? ほかにも花嫁ゾンビとか警官ゾンビとか変なのがいっぱい出るのならその中の一人なのねって思うけどさ。なんか、普通に私の役名「アイドル2」なんだけど。あんまりギャラのこととか考えたくないけど、これじゃあエキストラと大差なさそう……。


 でもさ、なんでよりにもよってゾンビ。私、ゾンビの何が駄目って、イケメンじゃないこと。ヴァンパイアならイケメンなのにね。


 いきなりへそに指を突っ込まれてほじほじされるわけ。ほんとムカつくよね。私のヘソは、踊りをキレキレにして魅せるための小さなおヘソなのに。相手も無名のおじさんで私はあっさり食べられるの。私がゾンビ化して、こうして鼻から息を吐いて内蔵をハムハムするの。ハムハムって我ながら可愛すぎだよね? ハルカしばらくハムハム! ってしゃべってみよっかな?


 あーあ、馬鹿みたいにふざけてしんどい。今日生理痛なのも相まって中腰で食らいつくのしんどいわー。てか、よく考えたらヤバくない? 下から血を出して、上からは血を飲み込む演技してるの。この状況激ヤバ!

 隣で今三島カノンちゃんがゾンビたちに汚い手でベタベタ触られている。後ろに引き倒されて腕をもぎ取られた。


 カノンちゃんは私達のグループのセンター。私は右のポジション。カノンちゃんは真っ赤なドレスが似合う。衣装さんと会社が勝手に決めたイメージカラー。カノンちゃんは明るくて元気だもんね。私はうじうじしてるから気弱イエローかと思ったけど、萌キャラピンクにされた。似合ってもいないのにね。今日はゾンビ映画なのに事務所がゴリ押ししたのかピンクの学生服を着せるように映画監督に交渉したらしい。おかげでどこの世界にも存在しないようなピンクの制服を着てゾンビ化した。私だけ浮いてることもあって監督は私を早く殺したいんじゃない? 出演時間の合計は十分程度だって聞いてる。

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