35.あの日の罪
「反逆者に死を!」
「神の贖罪を!」
群衆が騒ぎ立てる。広場には身動きが出来ないほどの人で溢れかえっていた。ギロチンの刃の存在を感じ取りながら、ミゲルはその群衆を黙って見ていた。両手と首は木製の枷によって拘束され、ギロチン台の下に膝をついた形で座らされていた。足にも同様に枷がついている。逃げる術はなく、そして逃げたところですぐに捕まるのはわかっていた。
レンに嵌められたのだとわかった時には、もう全てが終わっていた。短刀は詰所に置かれていたものだと騎士見習いが証言し、扉の前に落ちていた布は同じく詰所に置かれていたミゲルの着替え用のシャツだった。
騎士団によって拘束されて地下に連れて行かれるミゲルを、他の巫女や司祭も見ていた。ラミーが彼らを起こしたのだろう。「僧正陛下の命を奪うという神託を聞いた」とでも言って。彼らがミゲルに向けた目はリューミルと同じように軽蔑に満ちていた。
それを見て、ミゲルは己の過ちに気がついた。最後の最後でラミーを信じてしまった。恐らくラミーは自分の神託全てをミゲルに信じさせるつもりはなかったのだろう。たった一度、最後の「神託」をミゲルに信じさせれば良かった。しかし今更気がついたところでどうすることも出来なかった。全てはずっと前から仕組まれていたのだと、同時に悟ったためだった。
「非常に残念です」
ギロチン台の前に立ったレンがそう言った。声からは感情が読み取れない。わざとそうしているのかもしれなかった。
「まさか貴方が。しかし神への冒涜を見過ごすわけにはいきません」
どこで間違ってしまったのか。ミゲルはレンを見上げながら考える。その目を見たレンは口角を緩く持ち上げた。
「少しだけ話をしようか」
「……人生最後の会話だな」
ミゲルは自嘲して言った。
「無実だって言えばよかったのに。どうして受け入れたの?」
「レンが俺をそこまで憎んでいるなら、俺は受け止めるべきだろう」
「……わかってないなぁ」
どこか失望したようにレンは溜息をついた。
「僕はね、ミゲルや陛下が憎いわけじゃないよ。ミラスマ教が憎いんだ」
「ミラスマ教が?」
「だから全部壊してやろうと思った。十年かけてラミーという理解者を得て、二人で中央教会に入り込むことが出来た。でもそこにはミゲルがいた。ミゲルがいるとね、僕の計画は上手くいかないんだよ。だって小さい頃から好きで好きで仕方なかった人だもの」
レンはその場にしゃがみ込み、ミゲルの頬を優しく撫でた。薬指に嵌めた指輪の冷たさが同時に伝わる。
「ミゲルの胸に飛び込めたらよかったのにね。でもミラスマ教への憎しみは、ミゲルへの想いくらい強くて。どっちをとっても苦しいなら、一番苦しい道を選ぶことにしたんだ。ミゲルが生きていたら僕はどんどん弱くなる。憎しみを愛で塗りつぶしてしまう。その前に終わらせようと思った」
周囲から見て不自然に思われない程度顔を近づけてレンは続ける。子供同士が親に隠れて内緒話をしているように。
「それにミゲルはミラスマの教えの中で育った。今更それが壊されるなんて耐えられそうになかったし、それを僕がやったとわかったら、軽蔑されそうな気がしたしね。だからこれが一番いい道なんだよ」
「俺は、そんなことでレンを嫌いになったりしない」
「ありがとう」
レンは微笑んだ。だがミゲルの言葉を信じていないことは、頬を撫でた指先が一瞬硬直したことでわかった。
「そろそろ時間だね」
誰かが後ろに立ち、ギロチンの刃を支えているロープを引く音がした。群衆は興奮した声を出して、その瞬間を待ち構える。
「司祭長、お離れください」
司祭の一人に促されて、レンは頷いた。一度立ち上がろうとして、しかし思い出したように再びミゲルの顔を覗き込む。最後に見るのがレンの顔であることに、ミゲルは少しだけ安心した。
「前に言ったこと覚えてる? 僕が罪を犯した話」
「あぁ、覚えている」
「何だったと思う?」
ミゲルは少し考え込んだ。脳裏に河原で交わした言葉が蘇る。
「俺と友達になったことか?」
「違うよ」
レンは屈託の無い笑みでそう言うと、ミゲルの頬から手を離して立ち上がった。
「あの日、生まれて初めて溺れる振りをしたことだよ」
ミゲルがその意味を理解する前に、ギロチンの刃が落とされた。脳裏に浮かぶ美しいファーティ川が真っ赤に染まり、そしてそれはミゲルの意識と共に闇の中へと消えていった。
終幕
聖少年 淡島かりす @karisu_A
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