第12話 昔話

 

 やっぱり気づくよな……。思わず後頭部を指で掻いた。彼女はここ最近で『僕』に普通に接してくれた貴重な人間だ。その『俺』の変化なら気づいてもおかしくはない。


「あー、違って見えるか?」


「そりゃあ言葉遣いも結構……というか全然違うし……」


「そりゃそうか」


 演技なんて性に合わないからな……。素で話していれば見知ったヤツなら分かるか。


「ギルドマスターにも言ったが……熊との邂逅で吹っ切れる事があったんだ」


「へー、どんなこと?」


「……ぐいぐい来るな。プライベートだって……」


 押し返そうとしたところで、腕を止める。ヴィブラには世話になったし……まあ言っても良いか? 俺が転生していて、人格が混ざった事さえ言わなければ大したことにはならないだろ。そこらに言いふらす人間でもないだろうし。


「まあ……いいか」


「ほほう? お姉さんには教えてくれるのかなー?」


 ニヤリと笑みを浮かべてすり寄ってくる彼女の額にチョップを落とす。


「あだっ!?」


 恨みがましく額を押さえる彼女に苦笑をこぼした。


「もう少し、気後れするもんだと思ったが……」


「だって……」


 と指さしたのは、頭上で眠るライムだった。


「ライムちゃんが変わらずそのままなんだもの。多分大丈夫でしょ」


「……判断基準そこなのか」


「まあね」


 笑顔でさらりと言ってのけるのは、受付で様々な人物を見てきて養った目の自信によるものだろうか。それに眩しい物を感じた俺は苦笑を溢して空を見上げる。


「そうだな。ちょっと短い昔話をしようか」


 『俺』と混ざる前の『僕』の記憶をたぐり寄せる。爺さんに言った吹っ切れたという言葉は別に嘘八百という訳ではないんだ。


 この世界で『僕』は小さな村に生まれた。優しい両親の元に生まれ、裕福でこそないものの愛され幸せに暮らしていた。


 そんな『僕』には様々な才能があった。それこそ村の人間がこぞって神童だと持ち上げるくらいには。


「万年Fランクが言うねぇ」


「……茶化すなら帰るぞ」


「ごめんって」


 ジトリとした目を向ければ、舌を出して言葉を引っ込めた。

 ……ともかく『僕』はやろうと思えば大抵のことは出来た。物心着いた頃には剣を振れば村の衛士くらいになら勝てたし、魔法だって自力で習得した。素直ながらも自信に満ちあふれていて、そこらのヤツよりは自分の方が上だという自負があった。

 そんなだからか歳の近い村の子供は俺に寄りつかなかった。当然と言えば当然だが。だが、二人の幼馴染みは違った。


 そいつらはどんなことがあっても俺への態度は変わらなかった。……周りからは奇異の目で見られる中でそれは結構な救いになっていたと思う。でもある事件が起こってからそれは変わった。


 その日もいつものようにチャンバラごっこをしてそいつらと遊んでいた。笑顔のままいつものように帰って明日もいつものように遊ぶはずだった。でもその日はそうはならなかった。


 気づけば俺とチャンバラごっこをしていたそいつは大きな傷を負って、血を流していた。今思えば未熟な俺が無意識で使った『振動操作』スキルが暴走した結果だったのだと思う。ともかくチャンバラごっこがヒートアップした俺は加減が効かずにそいつに怪我を負わせてしまった。


 すぐに医者に診せたから大事はなかった。次に会ったときもそいつらの態度は笑顔で変わらなかった。変わったのは『僕』だった。

 気づけばそいつらに遠慮をするようになった。ふとした瞬間に怪我をした様子がフラッシュバックして普段通りに過ごせなくなった。怪我をさせることに怯えを抱いてしまったんだ。やがてそいつらとは疎遠になり、気まずくなった『僕』は寧ろ避けるようになった。

 それからはもう昔の『僕』は見る影もなく、落ちぶれていった。


「そうして出来上がったのが昨日までの俺って事だ」


「ふーん。それが吹っ切れて”神童”に戻ったって事?」


「……じゃあな」


「うそうそ! 帰らないでって!」


 踵を返して帰路についた俺を逃がすまいとヴィブラが腕に全身でしがみついてズルズルと引き止めるてくる。俺の方が年下だからかちょくちょくからかってくる彼女にため息を吐いて、脚を止めた。


「……まあ、おおむねその通りだ。今日、ようやくその遠慮から抜け出せたんだよ」


 本来なら『俺』と混ざる前でもあのくそ野郎三人に負けるような実力はしていなかった。遠慮と自身の喪失があいつらにつけいるような隙を招いた。


「……そっか。じゃあこれからの活躍に期待だね」


「とっととランクを上げて家に仕送りを増やすつもりだよ」


「ふ~ん……。名声! とか、豪遊! とか興味ないの?」


「特には」


「じゃあ……女の子は……?」


 悪戯っぽい表情を浮かべて上目遣いですり寄ってきた彼女に、ため息を吐いて手刀を落とした。


「あだっ!?」


「冗談もほどほどにな」


「……むう」


「もう良いか? 帰るぞ」


「……釣れないなぁ。今日は引き止めてごめんね。じゃ、また」


「ああ、爺さんによろしくな」


「……なんのことかなー?」


 わざとらしく目を逸らして口笛を吹くヴィブラ。それについては言及せず、手をヒラヒラと振って宿に向かった。

 欠伸を一つかみ殺す。


『ウジウジしていたら爺さんに尻蹴っ飛ばされたのか?』、彼女はこの言葉を否定しなかった。大方俺を追ってきたのは爺さんの差し金だろう。俺の性格に違和感を覚えていたヴィブラを送り込んで情報収集しようとしたわけだろう。食えないヤツらだ。

 まあ転生関連の話題は隠して話したから問題はない。


 あいつらも特に悪意があるわけじゃないからな。ちょっとした保険のつもりだろう。気づきはしたものの特に気にはしていない。


 ……今日は本当に疲れた。とっとと寝よう。

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気づけば勇者で魔王な転生者~ぷるぷるするだけと馬鹿にされていた外れスキル【振動操作】で成り上がる~ ねむ鯛 @nemutai

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