⑥
「今日は一日を通して雲が目立つものの、午後になるにつれて次第に日差しが届きます。最低気温は昨日よりも3℃低く、朝晩は過ごしやすくても昼間は暑さを感じられそうです。降水確率は20%と雨の心配はなさそうです。一日の体感差で体調を崩さないようご注意ください」
私はベッドの上で食パンをかじりながら黒いボディのポータブルラジオから流れているFM放送に耳を傾けていた。
不意に掛け布団に埋もれながらも小刻みに震え出したスマホが目に入ると、私は食パンを口に咥えてゴミ箱の上で手を払い、付着していたパンくずを落としてからスマホを掴んだ。
画面にはシイちゃんの名前とお祝いのメッセージが表示されている。
『カンちゃん、お誕生日おめでとう!』
『ありがとう』と私は返信した。
するとその直後に既読がつき、またすぐにメッセージが送られてくる。『ところで、今日ひま?』
『なんで?』
『流行ってる映画があるんだけど一緒に観に行かない?』
『どんな映画なの?』
『去年刊行された小説が原作になってるみたいなんだけど、結構キャストが豪華なんだって』
私はしばらく熟考し、食パンを食べ終えたのちに『ごめん。実は今日、両親の墓参りに行こうかと思ってたの』と嘘をついた。
『そっか。それなら仕方ないね』
『うん、ごめんね。せっかく誘ってくれたのに』
『全然よきよ。また今度誘うから』
『はーい。ありがとねー』
そこでメッセージのやりとりは途絶えた。
私はスマホを掛け布団の上に放り投げ、しばらくベッドの上からぼうっと部屋の中を見渡した。カーテンを開けた掃き出し窓から差し込んでくる光はどこか濁っていて、照明を消している室内はそれほど明るくなかった。
勉強机の上に平積みしていた小説はどれも私と同姓同名の作家が書いた本で、両親の遺品整理をしていた時に母親の本棚に残されていたものをなんとなくそのまま受け継いでいた。当時、まだ小学生だった私は亡き両親の顔を思い浮かべながらひたすらにそれらを読んでは涙を流していたのを今でも覚えている。小説の世界に没頭するようになったのはそれがきっかけだった。
そして、いつしか私も自分の子供に有名な作家と同じ名前を与えてあげたいと思うようになっていた。そうすれば自分の子供と母親を本で繋ぐことができるような気がした。とはいえ、そもそも恋人もできたことがない私には少しばかり気が早すぎるような気がして、その小さな夢は誰にも言わず、心の中だけにとどめておいた。
やがてFM放送が午前十時を知らせてくれると、私はようやく重い腰を持ち上げてベッドから下り、寝巻きから外出着に着替えた。タンスの一番上の段に手を伸ばし、生活費の入った茶封筒から千円札を一枚抜いてそれを今度は財布の中に仕舞う。
それからラジオの電源を落とし、カーテンを閉めた私は程なくして新品の白いスニーカーを履いて家を出た。
曇天の空の下、天気予報を信じた私は通い慣れた古書店までの道のりを傘を持たずに歩いた──
シナリオ(No.6) ユザ @yuza____desu
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