第6話:一時帰宅/動画配信


 想像よりもハードな魔法を学ぶ日々だった。


 俺は宙に線を描くように指を滑らせる。


『高校の時の自己紹介で低クオリティーな物まねをしてめちゃくちゃ滑った―――――マーカー』


 今でも時々思い出しては苦しくなる過去の過ちにメンタルを削られる。 しかしそれと共に魔力の高まりを感じた。


 花火を振ったような残像が揺らめく。


「どう……?」

「おめでとうございます」


 視覚に分かりやすく変化のある魔法じゃないから成否が分からない。 けれど心配する必要はなかったらしい。


 ミリリが拍手して「百花さんは今日から二級魔法師です」と言ってほほ笑んだ。


「ありがとう、次はミリリの番だね」

「はい、よろしくお願いします」


 これでようやく自宅に帰ることが出来る。

 持ってきた食料も減って来たので助かった。


「一度試してみるよ」


 ミリリのお墨付きがあるとはいえ、転移するのは少し緊張する。

 もし失敗すれば二度と戻れなくなる。


『転移』


 景色が変わる。 懐かしい匂い。


「帰ってきた」


 そしてもう一度、


『転移』


 目の前に不安そうな表所のミリリがいた。


 主人公のような気の利いたセリフなんて浮かばない。


「今日の晩御飯なに食べたい?」


 そう言うとミリリは真剣な顔で悩み始めるのだった。





 現実に戻ってみて、俺は安心した。 安心したのだ。


 異世界を夢見ていたが、現実を完全に捨てて異世界で生きていく覚悟は俺にはまだなかった。


 手元には母から渡された金が残っている。

 しかしこれが尽きたら、家賃は、ご飯はどうする。 現実を捨てず異世界を楽しみたければ最低限の金が必要だ。


「バイトでもするか……?」


 けれどバイトをした残り時間だけでB級冒険者にたどり着けるほど甘くはないだろう。 時間にとらわれず、簡単にお金を稼ぎたい。


 そこで俺は思った――異世界系配信者になろうと――





「これなんですか?」

「ビデオカメラという道具。 これで映した景色はそのままここに動画として保存され、好きな時に見ることができるんだ」

「ほぇー」


 電機屋で買って来たカメラのスイッチを入れ、不思議そうに眺めるミリリに向けた。


「はい、自己紹介お願いします」

「あ、ああ私は天才魔法師ミリリと申します! これから異世界のガイドをします! よろしくお願いします!」

「ガチガチじゃん。 りらーくす、りらーくす」


 男の俺が映るより視聴者受けはいいだろう。

 美しいエメラルドグリーンの髪に、赤い瞳。 まるでアニメから出てきたような現実離れした容姿だ。 魔法使いのコスプレと思われたとしても人気になること間違いない。


「それでは異世界の町へ! ゴー?」





 撮影を終えたミリリは慣れない事をしたせいか疲労困憊で座り込んだ。


「うんうん、いい感じ」


 町の大通りを歩き、魔道具店、ドワーフの武器屋、冒険者ギルドなど視聴者が食い付きそうな場所を軽く回った。


 今後どういう方向で配信するかは、動画の反応次第で決めていこう。


 そして今日はもう一つやりたいことがあった。


「ミリリ悪いけどもう一軒付き合って」

「え~」

「今日はもう動画は回さないから」


 憂鬱そうなミリリを連れて向かったのは商人ギルド。 ここでは登録するば商品を売り買いできる。

 まだ値段が付けられていない珍しい商品などはここに持ち込むと、仲介料は取られるが適切な値段で買い取ってもらえるらしい。


「では商品を拝見させていただきます」


 持ち込んだ物は異世界モノでテンプレな砂糖やら菓子など保存の効く食べ物と百均で買った雑貨やおもちゃなど。


「これは……?!」


 驚愕するギルド職員の表情に俺は期待に胸を膨らませたが、しかし――


「なんか思ってたのと違う」


 買取金の入った小袋を揺らして俺はため息を吐いた。


「ななな何言ってるんですか!? 大金じゃないですか! それだけあれば一年は食べていけますよ!?」

「まあ、そうだけどさあ」


 物語では一生食べていけるくらいの大金になっていたからと、俺が期待しすぎただけなのだろう。

 現実では砂糖が真っ白だからといって以上に値が上がったりしないし、美味い菓子と言っても所詮菓子。 値段が上がっても上限はあるだろう。


「リアルは都合よくいかないか」


 それでもそれなりの金になったのだから喜ぶべきなのかもしれない。

 これでようやく異世界で自由に使える金が出来たのだから。


「今日は町で食べようぜ! おごるからおすすめの店教えてくれよ」

「……私ここに来てから外食したことないです」

「なんかごめん」


 この後、適当な店に入って食事したけれどその味はとてもユニークであった。



***


@ハーレムマスター:

すげーリアル


@夢見る底辺:

魔女っ子かわいい


@引きこもり:

コスプレのレベルたけぇ。 雑音(男声)を消して欲しい


――――――


――――


――



「いいな、私も行きたいよ」


 真っ暗の部屋で少女が呟いた。


「私を誰も知らない世界に行きたいよ」


 現実はつまらない。

 学校も、両親も、友人も、将来もトキメクものがない。


 何がしたいか分からない。 けれど何かしたい。 普通の人生はつまらない。


 そんな若者にありがちな逆張り的な欲望が、少女の心を黒く濁していた。


 少女は所謂、引きこもり。

 何をするでもなく、一日中寝るかネットか動画を見て過ごす。


 そんなある日、不思議な動画に魅入られた。


 人生で初めてコメントを書いた。


『私も行きたい』


 何かが変わるなんて都合の良いことは考えていない。

 けれどその日はいつもよりほんの少し苦しくなくなった。



***

  

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