第2話:登場は鮮烈に


足から伝わる感覚が、頬を撫でる風が、匂いがここが夢じゃないと教えてくれる。


 俺はとりあえず遠くに見えた城壁を目指して歩いていた。


 門から伸びる列。

 俺はそこに並んだ。


 荷馬車を引く馬を見たり、耳が生えた人を凝視して睨まれたり、もちろん剣士や魔法使いらしい人もいて退屈はしなかった。


「身分証は?」

「持ってないんですけど」

「なら入門料銀貨一枚だ」

「無かったら……?」

「ここを通すわけにはいかない」

「なんとか」

「ならん」


 俺は通してもらえず、仕方なく列から離れた。


 主人公ならこんなときどうするんだろうか?


 襲われている馬車を助ける?


 誰かに頼んでみたら怪しまれて逃げられた。


「うーん、詰んだか……?」


 都合よくイベントが起きることもなく日が暮れていく。


(夜になったら魔物が活発になったり、盗賊が出たりするんだろうか)


 この震えは恐怖か、それとも武者震いか。

 行く宛もないのに早足になった。


――がさがさ


 その時、草むらから、


「Guruuu」


 狼ぽい生き物が現れた。


「えっと、ごきげんよう?」


 獣人的な人種で話が通じるという可能性にかけてみたけれど、


「Gyaaara」


 どうやら違うらしい。


――ならば


「死ね」

「Gyao!」


 回し蹴り一撃で狼は吹っ飛び動かなくなった。


「ただの雑魚だな」

「GRUUUUUUUU!」

「ん?」


 唸り声が聞こえ後ろを振り返ると、そこにいたのは口を開けよだれを垂らすドラゴンがいた。

 負ける気はしないが、さすがに素手は厳しい。


「さらば!」


 判断したならさっさと逃げるのも主人公になるには大事なことだ。

 しかしドラゴンは足も速いらしい。


「ついてくるなあああああ」

「DRAAAAAAAA!」


 まだ何も成していない。

 せっかく異世界に来たのに何もできないまま――


――死ぬのか?


「嫌だ嫌だ嫌だ」


 これから俺の物語が始まるんだ。

 ここで終わらせるわけにはいかない。 ならばどうする?


 別の場所に移動する、転移する、ここに来た時のように――脳裏に過ったのは未だ見慣れぬアパートの一室だった。


『戻れ』


 そう強く願った。 次の瞬間、景色が変わる。


「助かった……?」


 アパートの一室。

 追いかけてくるドラゴンもいないことを確認して、俺は安堵のため息を吐いた。



 


異世界に行けるようになってから数日。

 原因は不明だが、俺はどうやら強く願うだけで異世界に行ける体になったようだ。


 ただし場所は毎回変わる。


「さあ今回はどこへ出るかな」


 瞬きの間に空気が変わる。

 景色が変わる。


 体全体に吹き付ける風。

 下に広がる青い海。

 豆粒のように見えるのは島だろうか。


「そらああああああああ?!」


 転移が毎回安全な場所とは限らない。

 洞窟の中だったり、モンスターの目の前だったり、何もない砂漠だったり色々だ。


 けれどパニックにさえならなければ大丈夫。


「もどれえええええええ……はあ、びっくりした」


 念じればアパートの部屋に戻ることが出来る。


 この能力が超能力なのか、回数制限があるのか、未知数だ。

 分かっているのは強く願えば異世界のどこかへ行くことが出来て、元の場所へは確実に戻れるということ。


 今はそれだけ分かれば十分だ。


「そろそろちゃんと異世界ムーブしたいよな」


 最大の問題は転移先が毎回変わってしまうことだった。


 それはまるでセーブできないゲームのようなもので、ちょっとずつ探索することができないため進展がないのだ。


 だから今回は泊まりがけを想定して準備をした。


「よーし、持ち物おっけい」


 キャンプ道具一式に、異世界で金になりそうなこまごました物、そして食料を詰めて――


「さあ、冒険の始まりだ」


 景色が変わる。


 浮遊感。


 眼下に見えるのはモンスターと対峙する杖を構える人物。


「どいてええええ」

「うえ?」

「Gru?」


 見上げた人物の顔は整っている。

 これは神の福音か。 ようやく俺は当たりを引いたらしい。 とりあえず、


「悪霊退散!!」

「Gyaaaaa」


 落ちる勢いのまま飛び蹴りするとモンスターが爆散し、残骸が辺りに飛び散った。


「助けに来たぜ」


 カッコよく決めたつもりだったけれど、美少女の顔色はなぜか真っ青だった。



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