第5話:魔法とは


 明確に魔法の習得条件は判明していないが、この世界においてスタンダードな方法は存在する。


 まず、本を読む。


「はい」


 渡されたのは分厚いハードカバーの本。 それを開くと辞書のように細かい文字が並んでいた。


「全部読むの?」

「はいと言いたいところですが、とりあえず空間属性のページだけでいいですよ」


 読みたいのは山々だが、俺は困ってしまって苦笑いした。


「ごめん、文字読めないや」


 異世界の文字がなぜか分かるぜ――そんなご都合主義は存在しないらしい。





「次はこれを模写してもらいます」


 渡されたのは複雑な幾何学模様、いわゆる魔方陣というやつだ。


「これは空間属性二級魔法マーカーが発動させるスクロールのレプリカです」


 スクロールとは魔力を込めるだけで誰でも簡単に魔法を使用できる使い捨ての道具だ。


 この世界には鉛筆も消しゴムもないので、書き損じるたびに書き直しになるから大変だ。


「う、腕がいたい」





「続いては目隠しをして生活をしてもらいます」


 ミリリ曰く、目隠しをすることにより空間を脳内にイメージする能力が鍛えられるという話だ。


「空間魔法の使い手は少ないのですが、よく行われる訓練だそうですよ」


 本当にこんなことで魔法が使えるようになるのか不安だが、ミリリがいうことを信じる以外に方法もない。


「いってえええええ角に足ぶつけた!」





 

 強力な魔法とは魔力量と強い感情の発露によって生まれる。


「魔法の発動を容易にするため詠唱をしてもらいます」


 この世界において詠唱は必須のものではなく、あくまで魔法の威力を高めるまたは発動しやすくするためのものに過ぎない。


「魔法は感情に左右されます。 悲しみ、憎しみ、殺意など強い感情を抱けば魔法は発動しやすくなり、威力も強力になっていきます」


 優秀な魔法師には感情のコントロールが必要らしい。


「ですから恥ずかしがりやだったり、怖がりだったりする魔法師は能力的には優秀である場合が多いんです」


 そう聞くとミリリの自称天才も嘘ではないのかもしれない。 恐怖は意識してできることではないし、才能といえば才能なのだろう。


「それがどう詠唱に繋がるの?」

「詠唱の自作をしてもらいます」


 たとえば誰にも知られたくない秘密や、心の奥底にしまっておきたい感情を詠唱にすることで強い感情を生み出そうということらしい。


『昨日私はモンスターが怖くてお漏らしをしました――クリエイトウォーター』


「こんな感じで、最後だけ魔法名にしてくださいね」


 身を削って手本を見せてくれたことには感謝するけれど、あまりの居たたまれなさに俺は掛ける言葉が思い浮かばなかった。






 魔法の訓練と並行して俺はミリリの手伝いをする。

 そのためにまずは冒険者ギルドへ登録。


 目標はB級冒険者になること。


 参考までに掲示板にいくつか貼られた依頼を見てみると、


『採取:レッサードラゴンの血』

『討伐:オークの集落殲滅』

『指導:貴族の子供への戦闘技術指南』


 などかなり難易度の高そうなものが多い。


「もしかしてB級冒険者ってかなり凄い?」

「そうですよ……Dで一人前、Cでベテラン、Bまで到達できる冒険者は一握りしかいません」

「それを授業の一環でやれとか……ミリリの学校鬼畜過ぎない?」

「魔道師を志すならこれくらい出来て当たり前、だそうです……ハハハ」


 一部の魔法師界隈では冒険者を下に見る層がいるそうで、ミリリの学園の教師がまさにそうらしい。

 あいつらにできるんだから容易いだろう、と。


「ちなみに期間は……?」

「今年度いっぱい。 あと半年ほどですね」

「……出来る限り協力はするよ」

「はい、お願いします」


 悩んでいても仕方ないので、とりあえず俺たちは依頼をこなしていった。


 D級までは依頼の達成件数でランクアップできる。






「昇格おめでとうございます」


 一つランクを上げるのは簡単だった。

 こなした依頼は町でのおつかいや採取、低級モンスターの討伐など。 俺としてはゲームをリアルで体験しているみたいで楽しかった。


 依頼をこなしているといっても未だ駆け出しの俺たちが受けられる仕事の依頼料は雀の涙。 故に町に繰り出すことなくいつも直帰して、家で魔法の訓練をするという生活だった。


「ちょっと付き合ってくれませんか?」


 しかし今日は珍しくミリリに誘われ寄り道することになった。


 やってきたのは武器屋。

 店内はゲームのイメージそのままで見ているだけ楽しい。


「杖でも買うの?」

「あ、いえ」


 店内の一番隅、中古の剣やら槍やらをまとめて突っ込んでいる樽の前までミリリに手を引かれてきた。 俺が首を傾げていると、


「いつものお礼にプレゼントしたいんです。 さすがにD級から素手は厳しくなると思うので……安物で申し訳ないんですけど」


 俺が武器ずっと欲しかった。

 しかし無一文。 相棒は貧乏。 依頼料は雀の涙で買えなかった。

 

 だからめちゃくちゃ嬉しい。

 異性からのプレゼントと思うと微妙な気分になるが、今最も欲しかったものだ。 何よりその気持ちが嬉しい。


「じゃあこれにする!」


 やっぱり初めの武器は剣がいい。


 装飾なんてないし、剣がしゃべったりもしないし、実は業物でしたなんてこともないだろう。 けれどそんなご都合主義なんてなくても俺にとっては特別な剣に思えた。


「ありがとう、明日からもっと頑張るよ」


 ミリリのために絶対B級冒険者に――


「喜んでもらえて良かったです」


 




 

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