73話 これからも二人で
仲店通りを通り抜けた俺たちの前に、大きな赤い鳥居が現れた。
鳥居の手前に設置された、大きなしゃもじ型の木製看板には大きく「江島神社」と記されている。
その先には石階段が続いており、この階段を登り切った先に、神社があるのだろう。
俺と詠は、大鳥居の下をくぐって石階段を登っていく。
相変わらず詠は俺にぴったりとひっついたままだ。俺はそんな彼女を急かすことのないように、歩幅を彼女のそれに合わせて、ゆっくりと進んでいった。
石階段を登り切ったところで、開けた境内にたどり着いた。
「到着!」
詠の言葉を受けて、これまで登ってきた階段の方を振り返った。
「うわ、結構高くまできたんだな」
「うん、いい景色だよねー!」
振り返った先には、ミニチュア模型みたいなサイズになった仲店通りに立ち並ぶ建物と、更にその先、太陽の光を浴びてキラキラと輝く湘南の海が広がっていた。
「なんか、すごいな……こんな高いところから街を見下ろしたことないからさ、新鮮で、感動するよ」
「私も。綺麗だねぇ」
その光景にしばし見惚れる俺と詠。
「じゃあ、夜空くん。お参りしていこ?」
「うん」
俺たちは境内の中を進んでいく。
途中、手洗い場で手を清めたり。
神社特有の作法に
その一つ一つのお作法について、詠は丁寧に教えてくれた。改めて、読書によって育まれた彼女の持つ豊かな知識に感心させられるばかりだ。
「夜空くん、神社にお参りするときはね――」
「あ、それは知ってる。神社は手をパンパンして、寺はパンパンしないんでしょ?」
お参りのために
詠はそんな俺の様子に少しおかしそうに顔をほころばせた後、補足説明を加えてくれた。
「正確には二礼二拍手一礼。手を叩く前に、二回。叩いた後に一回、礼をするんだよ」
「はえー、そうなんだ」
唯一知っていた知識もどうやら中途半端だったみたいだ。
俺は結局、素直に詠のレクチャーを受けることにした。
そうこうしている間に、参拝の順番がきた。
詠と並んで
さっき詠に教えてもらった手順通りの
それから、パンパンッと手を打ち鳴らした後、目を閉じて、頭の中でお願いをした。
ずっと詠と仲良しでいられますように。
詠に見合うようなカッコいい男になれますように。
俺が願ったのは、お願いというより、どちらかというと決意表明に近いものだ。
そんなお願いを終えて、最後にもう一度、深く頭を
それから隣の詠の様子を見ると、いまだ彼女は瞳を閉じて、手を合わせていた。
その横顔は真剣で、何かとても強い想いを抱いているように見える。
やがてそんな彼女も瞳を開き、仕上げの一礼をした。
「詠、随分と熱心にお願いしてたね」
お参りを終えて、参列から離れた俺は詠に声をかけた。
「え、そうかな?」
詠はきょとんとした顔で言葉を返す。
「何をお願いしてたの?」
「えっとね、夜空くんとのこと」
「俺とのこと?」
「うん。ずっと仲良く二人一緒にいられますようにって」
てっきり内緒にされると思ったけれど、詠ははにかむような笑顔を浮かべながら、すんなりとお願いの内容を教えてくれた。
「夜空くんは? 何をお願いしたの?」
「俺も、詠と一緒。これからも二人で一緒にいられますようにって」
その言葉を聞いた途端、詠の目はキラキラと喜びの感情で輝いた。
そんな彼女の様子を見ていると、俺もなんだかくすぐったいような、嬉しい気持ちになった。
「えへへ~、嬉しいなぁ」
詠はそう言って、再び俺の腕に自分の腕を絡ませて、ぴったりと寄り添ってきた。
***
「さて、お参りは終わったけど……この後はどうしようか」
「えっとね、実はあと一か所、絶対に行きたいスポットがあるんだ」
「絶対行きたいスポット?」
「うん。ここから、もう少し上に登っていかないといけないんだけど、行っていい?」
「もちろん、せっかくここまで来たんだから、一緒に行こうよ」
「よかった」
俺の返事を受けて、詠は嬉しそうに微笑み、「こっちだよ」と指差しながら、歩き出す。
境内を通り過ぎて、俺たちは再び階段を登り始めた。さっきよりも段数が多く、傾斜も段々と急になっていく。
そうとう高所まで登っていくらしい。
「詠の行きたいところって、絶景スポットって感じ?」
「うん、きっと景色は綺麗だと思う。でもそれだけじゃないんだ」
「それだけじゃないって?」
「ふふ、着いてからのお楽しみです」
詠は少しだけ含みのある言い方をして笑った。
一体どんな場所なんだろう。
疑問に思いつつも、俺は詠と一緒に石階段を上っていった。
そうしてしばらく登ると、道脇に案内看板が見えてきた。
「
その看板の先は
「ふふーん、もうすぐ目的地です。早く行こ?」
詠は、もう待ちきれないといった様子で、俺の腕を引いていく。俺たちはそのまま道を進んでいった。
すると程なくして、開けた場所にたどり着いた。
そこはちょっとした展望広場のようになっており、フェンスで仕切られた向こう側にはどこまでも青い海が広がっている。
かなりの絶景。
だけど、俺の視線はその景色よりも、フェンスの手前側、広場の中央に立った大きな鐘に吸い寄せられた。
「これが、さっき看板にあった――龍恋の鐘ってやつ?」
「そうだよ! 江ノ島に行くって決まってから、絶対に夜空くんと来たかった場所」
詠はそう言って、俺に笑顔を向けた。
「この鐘をね、一緒に鳴らした恋人たちは、ずーっと一緒にいられて、幸せになれるんだって。そういう言い伝えがあるの」
「そっか、だから詠はここに来たかったんだ」
「うん。私ね――」
詠はそこで一度言葉を区切って、俺の瞳を見つめた。
「私、夜空くんと、恋人になれて。毎日がとっても幸せで……でもたまにちょっとだけ怖くなるときがあるんだ」
「怖い?」
「うん。夜空くんは優しくてカッコよくて、それにすごく素敵な人だから。いつかもっといい人が現れて、私の前からいなくなっちゃうんじゃないかなって」
詠は少し寂しそうな顔をして、そんなことを言った。
「そんなことあるわけないだろ……!?」
俺は思わず語気を強めてしまう。
それは聞き捨てならない台詞だった。
詠は俺にとって一番大切な人で。
こんな相手と出逢えるなんて、例えば俺の人生をあと百回繰り返したとしても、あり得ないと断言できる。
それくらい、俺にとって詠に出逢えたのは奇跡なんだ。
「詠以上の人なんていない。俺はずっと詠と一緒にいるよ。だから安心して」
まっすぐ詠の瞳を見つめて、自分の本心をそう伝える。
「あはは、そんなに真っ直ぐ言われると照れちゃうな……」
詠は頬を赤く染めながら、そんなことを言った。
「ありがとう、すごく嬉しい。うん……わかってる。ただ私が勝手に、たまに不安になっちゃうだけなの」
詠は、安心したような、優しい表情を浮かべて、ゆっくりと言葉を紡いでゆく。
「だから、そんなつまんない不安に負けないように、これからも色々なところに二人で行って、二人だけの時間を沢山重ねたい。夜空くんとの楽しい想い出を、これからもいっぱい増やしていきたいな」
詠は、俺の腕に絡める手の力を強めて、ギュッと寄り添うと、俺の顔の方を見上げて、にっこりと微笑んだ。
「夜空くん。
優しい笑顔とは裏腹に、詠の言葉には強い決意が込められているように見えた。
そんな彼女の顔を見て、俺は改めて思う。
俺も詠に相応しい男になりたいと。
こんなにも素晴らしい彼女の隣にいても、全然恥ずかしくないように。
胸を張れるような男になれるよう、頑張ろうと。
「俺の方こそ、よろしくお願いします」
その言葉は、詠に対する俺なりの決意表明。
その言葉と共に、俺は詠に微笑み返した。
二人で笑い合ってから。
俺たちは龍恋の鐘の下へ歩み寄った。
俺は左手で。
詠は右手で。
鐘から吊り下がった紐を二人で握りしめる。
それから、大きく息を吸って、一拍間を置いた後――タイミングを合わせて鐘を打ち鳴らした。
カランカランッという音が辺りに響く。
その音は澄み切った青空に溶け込むように消えていった。
******
これにてアウトロも完結です。
皆さま、ここまでお付き合い下さり、本当に本当にありがとうございました!
人の頼みを断れない優しい美少女を助けたら、彼女の全部を独り占めすることになった 三月菫@錬金術師コミカライズ @yura2write
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