神様のアメ玉
木春凪
神様のアメ玉
私の通っている女子中学校は、どこかロマンスやファンタジーを追い求めている節があり、メルヘンな雰囲気が校風になっている。
毎朝、「ごきげんよう」といった挨拶が交わされるわけでもないが、おとぎ話なような噂は毎日流れてくる。
昨日の噂は、校庭に妖精が現れる。だった。
昼休みには、みんなお昼ご飯そっちのけで妖精探しをする始末。
もちろん見つからなかったわけだが、「妖精さんもこんなに大勢で探されたら、恥ずかしいに違いない」といった結論でみんな納得していた。
別にわたしは、こんな学校がいやだとか、そういったことをいいたいわけではない。
実際に、おもしろそうだなと思って、受験することに決めたのはわたし自身だ。
ただ、この学校が変わっていることを理解してもらえたら、それだけでいいと思う。
いまも、それなりに楽しくやれている。
一つ、困ったことがあるとすれば、通称、メルヘン課題と呼ばれている宿題だ。
今日のメルヘン課題は、いつもよりもシンプル。「わたしの夢」だった。
この課題が指す、夢とは、先生になりたいといった、実現可能なものでなくてもいいことがポイントである。
そして、みんなの前で発表するものであること、ある程度、これを理解した上で考えなければならない。
私は困っていた。現実的に、なりたい職業も、空想の夢もいますぐ思いつかない。
宝くじを当てたいといった夢は御法度だ、メルヘンな校風に釘を刺してしまう。
「う~ん、どうしたものかなぁ」
わたしはリビングにある机の上にノートを広げ、頭を悩ませる。そこに、
「明日は台風が日本列島に大きく接近し……」
テレビから、気象予報士の台風への注意喚起の声が聞こえてきた。
そうか、確か台風が近づいているんだった。
わたしはテレビに映った日本列島に近づいていく白い渦を眺めながら、ぼそりと願望を口にする。
「あした、おやすみにならないかな……」
お休みになれば、課題の発表日も引き延ばされる。
わたしは広げたノートにおでこをくっつけ、その場で眠りについた。
☆ ☆ ☆
わたしの願いは、半分だけ叶う形になった。
学校自体は休みにはならなかったが、登校したのち発令された警報によって、午後からお休みなったのだ。
ちなみに、こんな日でも、メルヘンな噂は相変わらず流れてきた。
今日の噂は、「神様のアメ」。
雨が降る日に、神様がイタズラで一つだけ、虹色のアメ玉を落とすらしい。
そのアメ玉をなめた人の夢が叶うという、今日の台風にちなんだなんともメルヘンな噂だった。
帰り道、途中で友達と別れ、それぞれの帰路につく。
メルヘン課題、「わたしの夢」の授業は午後からだったので、わたしは消化不良の夢を発表せずにすんでいた。
傘にあたる雨の音がすこしずつ強くなる中で、わたしはなぜか、「神様のアメ」の噂が頭に残っていた。
それが原因だろうか、帰り道にある草原の上に、わたしはある光輝くものを見つけた。
「うそ……」
少し気になり、それに近づきじっとみると、虹色に光るアメ玉だったのだ。
いや、まだ、アメであるかどうかはわからない。ただのビー玉かもしれない。
それにしても、こんな偶然。もしかして、学校の誰かが仕組んだものだろうか。
わたしはそっとその玉を広いあげ、匂いをかいでみる。
かすかに甘い香りがする。なんとなく、これはアメ玉だと感じた。
夢なのだろうか、現実なのだろうか。
なめてみる? でも、草の上に落ちていたからばっちいのはばっちい。
それに、
「なめても、わたしには叶えたい夢がないや」
苦し紛れに、昨日ノートに書いた夢を思い出す。
「わたしと、家族や友人、みんなが幸せになれますように」
本当は自分の身近な人だけでよかったけど、それだとメルヘン度が足りないと思い、みんなを追加した駄作。
それでも、本気の夢ではある。みんなで、幸せになりたいし。
神様のアメは、そんなわたしのつたない夢でも叶えてくれるのだろうか。
そこに、傘が飛ばされそうになるくらいの、びゅっと強い風が吹く。
わたしは、神様から、欲張り過ぎだよ、と言われた気がした。
そこでわたしは、いま台風が来ていることを思い出す。
この台風をなくしてほしいってお願いしたら、叶えてくれるのかな。
でも、それはわたしの夢じゃない。それに、雨が降らない地域には、多少雨が
降ったほうがいいってきいたこともある。
それでも、台風の被害で、かなしい出来事が起きてしまうことも事実で。
わたしは、この台風で、わたしと家族や友人、みんなが少しでもかなしい思いをしないようにしてほしい。そう思った。
わたしの駄作な夢の縮小版。
わたしは近くの公園の蛇口で軽くアメ玉を洗う。さすがにそのままはなめたくなかった。
ゆっくりとアメ玉を口に含む。すると、まるでわたがしのようにアメ玉は口の中から消え
ていった。
「夢……だったのかな」
いつの間にか、自分もメルヘンな感情をもっていることに気づき、顔が熱くなる。
「はやく帰ろう……」
いまの経験を、ちょっとメルヘンチックに脚色して発表すれば、みんな喜んでくれるかもしれない。
メルヘン課題の題名はなににしようか。できるだけ、いい感じに。そうだ。
「かなしい思いを少しでも」
なんかいい感じな気がする。儚げなところとか。これで発表しよう。
台風はまだまだ続く。その中で、かなしい思いをする人が、少しでも少なくなることを祈って。
おしまい
神様のアメ玉 木春凪 @koharunagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます