女子高生の仮面

大隅 スミヲ

女子高生の仮面

 コーヒーの良い香りが漂っていた。

 午前中の喫茶店。ちょうど昼前ということもあって、店は空いていた。

 外からは見えない一番奥のテーブル席。

 そこにはスーツ姿の男性と制服姿の女子高生がいた。


「そろそろ辞めたいんですけど」

「本気で言ってる?」

 女子高生の言葉に、男性は驚いた顔をした。


「もう無理かなって」

「大丈夫だよ。違和感とか全然ないから」

「無理ですって。わたし、アラサーなんですよ。それなのに女子高生っていうを被り続けるなんて、無理です」

「じゃあ、今回で最後。ね、これで終わりだから」

 男の方が拝むように両手を合わせて女子高生風の女性にいう。


「本当に最後ですよ」

「ありがとう。助かる」

 男はほっとした顔をすると、伝票を持って立ちあがった。


 テーブルの上にはホットコーヒーとプリンアラモードが残されている。

 シャツの上に紺色のセーターとチェック柄のスカートという女子高生風のファッションをした高橋たかはし佐智子さちこは、小さくため息をついた。

 仕事とはいえ、なんでこんな格好をしているんだろ、わたし。


 佐智子は警視庁新宿中央署刑事課強行犯捜査係の巡査部長だった。

 しかし、いまは生活安全課の内偵捜査に協力するために女子高生になりきっている。


 現在、生活安全課は歌舞伎町かぶきちょう周辺の未成年売春組織を撲滅するために、内偵捜査を展開している。

 しかし、生活安全課員では歌舞伎町の風俗業界では顔割れしてしまっているため、あまり顔が知られていない人間が必要だった。

 そこで白羽の矢が立ったのが佐智子だったのだ。


 佐智子はナナという偽名で、デートクラブ「」に出入りしていた。

 ここで佐智子は女子高生として、客に指名されるまで部屋の中で漫画を読んだり、スマホを見たりしており、客の指名が入ったらデートに出かけるというものだった。


 佐智子たちが待機する部屋にはマジックミラーが貼られており、外側から客が中のたちを品定めのするのだ。

 その説明を聞かされた時、佐智子はゾッとしたが、これも仕事なのだと自分に言い聞かせて我慢した。


 待機部屋には、佐智子と同じようにどう見ても女子高生じゃないだろという年齢の人間もいれば、本当に女子高生なんじゃないかと思えるぐらいのもいた。

 そして、マジックミラーの向こう側ではエロ親父たちが舌なめずりをしながらこっちを見ているのだ。

 この部屋をと呼ばずに、何と呼べばいいのだろうか。


「ナナさん、指名が入りました」

 シャツの上に黒いベストを着たボーイと呼ばれる店の従業員が、待機部屋にいた佐智子に声を掛けて来た。

 最初、自分のことだと思わず、佐智子は反応に遅れてしまった。


 待機部屋から出ると別室で待っていたのは、人のよさそうな小太りなおじさんだった。年齢は40代半ばぐらいだろうか。

 こんな人でもデートクラブに来るのかと、佐智子は少しショックを受けた。


「はじめまして、ナナです。よろしくお願いします」

 佐智子は出来る限り可愛い声を出して言ったが、声はかなり震えていた。


「あ、ああ。よろしくね。じゃあ、行こうか」

 男は佐智子と目を合わせることもなく言うと、店の外に出た。


 店はあくまでデートクラブだった。

 そのため、客は店のを外に連れ出してデートを楽しむ。

 デート中に何をするかは店の管轄外であり、もし売春などがあったとしても店は関与していないというのが店側の逃げ道であった。

 しかし、売春があれば店は女の子から報告を受けて、何割かのバックマージンを取る。結局、やっていることは管理売春なのだ。


「なんか、お腹空いちゃった」

 佐智子は何とか自分のペースに持ち込もうと男に言った。


「何か食べたいものある?」

「ラーメンかな」

 そう言った佐智子の指した先には、行列のできるラーメン屋があった。


 この店は金魚鉢にラーメンを入れて出すというちょっと変わった店で、SNSで人気の店だった。その見た目はということで写真映えすると人気なのだ。


 ふたりは最後尾につき、自分たちの番が来るまで順番を待った。

 結局、それだけで時間は60分経過してしまった。

 男は60分コースで佐智子を指名していたのだ。


 さすがに怒るかと思っていたが、男は待っている間のトークが楽しかったと満足して帰っていった。


 佐智子は、また待機部屋に戻った。


 それから数時間後、店に大勢のスーツ姿の男たちが大挙してやってきた。

「警視庁新宿中央署です。全員、動かないで」

 生活安全課によるガサ入れだ。


 内偵捜査で佐智子はこれといった成果を挙げることはなかったが、色々な情報を掴むことが出来たということで生活安全課長からは感謝された。


 制服を脱いだ佐智子は、いつものパンツスーツ姿に戻り、靴も動きやすいスニーカーに履き替えた。

 やっぱり、わたしはこっちの方がいい。

 鏡に映った自分の姿を見ながらつぶやいた佐智子は、脱いだ制服を紙袋の中へと放り込んだ。

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女子高生の仮面 大隅 スミヲ @smee

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