第二章
第一話 やさしい依存
日曜日の朝、いつものように重い腰を上げようとベッドから我が身を引き剥がす。
今日も魔法少女に変身して街に出るのだ。起き上がる瞬間はずっしりと重いものの、変身することを考えると少し気分が晴れる。
私は洗面所にペタペタと素足で歩いていき、歯磨きをして髪を解かした。メイクと着替えも済ませるとやる気が顔を出してくる。
一応外に出ても良いくらいの小綺麗さになっただろう。変身している時は元の見た目が関係ないとはいえ、やはり身だしなみとして気になってしまう。
さあ、サプリを飲んで変身しよう。
最初でこそ魔法少女姿が恥ずかしくて現地近くで変身していたが、最近は慣れもあり、家で変身してから外に出る方が楽だと気がついた。
道中困っている人に出くわして焦る必要もないし、道すがら疲れてしまうこともない。それに、身体の芯からパワーが湧く状態に早くなれると思うと、待ち遠しいような気もした。
キッチンに移動して冷蔵庫を開ける。電気をつけていないため薄暗いキッチンが、開けた冷蔵庫の明かりでわずかに照らされる。
ペットボトルを一本掴みパタンと閉めると、キッチンは再び薄暗く沈み込んだ。
サプリンにもらった変身用の錠剤が入ったピルケースを取り出しカシャカシャと振る。まだたくさん入っていると思うと何だか安心した。
そういえば、まだこのカプセルのことをサプリンに訊いていなかった。今日訊けるかな?
サプリンは私の家にはあまり来ない。私たちが変身していない時にも姿があるから、居なくなっているわけではないようだ。ずっと
仲の良い二人をイメージし、
この不安をかき消したい。
カプセルを一粒取り出して口に入れ、追いかけるように水を流し込む。すぐに心地よさに包まれるだろう。
光に覆われるとスッと心が軽くなるように感じる。さっきまでの黒いモヤモヤが薄れて、うるさかったざわざわがマスキングされていくのが分かる。
光が消え、私は魔法少女になった。これで大丈夫。ダメな私はもういない。
軽くなった身体の感覚を楽しむように大きく伸びをしてから玄関へと向かい外に出る。遥か頭上には気持ちの良い秋晴れが広がっている。雲はいつの間にか、圧を持って迫ってくる入道雲ではなく、薄い膜を張ったようなウロコ雲になっていた。
佐渡と合流するのは最初に変身した公園。どちらかが予定がある時以外は、ほとんど佐渡と共に活動している。
以前、それぞれ別のところで活動した方が効率がいいんじゃないかと提案した私に、サプリンはノーと答えた。数をこなす類のものではないし、一人では何かあった時にカバーできないからという理由らしい。それに、サポートマスコットもサプリン一匹しかいない。
私は
公園に着くと、佐渡とサプリンが既に到着して待っていた。
「おう、あんず。来たか」
サプリンがしっぽを立てて反応したのを見て佐渡も私に笑顔を向ける。
「おはよう。二人とも早かったのね」
「ああ。佐渡が朝からプリンが食べたいだとか言い出して買いに行ったからな。おかげで俺まで起こされたんだ」
「プリン……」
佐渡を見ると、慌ててサプリンの口を塞ごうとして華麗にかわされている。
「佐渡さんって甘いものお好きなんですか。前もクレームブリュレ頼んでましたよね」
「えっと、好きっていうほどでもないんですが……ええ、好きです」
観念したのか恥ずかしそうに俯いて答え、すぐに話題を逸らそうと次の話をし始めた。
「さあ、今日もほどほどに頑張っていきましょうね。まずはどこに向かいますか?」
佐渡は、ほどほどに、を強調する。
例の如くサプリンが辺りの気配を窺うように耳をそば立てて情報を集めはじめる。この実に便利なレーダーのおかげで私たちはむやみやたらに歩き回って困っている人を探さなくてすむのだ。
サプリンのヒゲがわずかに震える。
「……聞こえる。こっちだ!」
まるで糸に引っ張られるように空中を歩き出すのを二人でついていく。サプリンには他にも不思議な能力があったりするのだろうか。
子鴨になった気分でしばらく歩いていると、辿り着いたのは雑貨屋だった。北欧テイストのシンプルな店構えで、オープンと書かれた看板が扉の横に掛けられている。
「この中であってるの?」
「ああ。間違いない」
役目を半ば終えたサプリンが私の肩に乗るのを待って扉をくぐる。
この格好で雑貨屋にいるとなんとも似合わない。膨らんだスカートが商品に当たらないように注意しながら中へと進んでいく。
店には店長らしき女性とバイト風の女の子がいる。大学生くらいだろうか。二人ともが困った顔をして小さな声で話し合っていた。
私たちは商品を見る客を装いながら店員二人に少しずつ近づいて話に聞き耳をたてる。こういう時はスパイみたいで楽しいと思ってしまう。勝手に話を聞くのは申し訳ないが心が踊るのだ。どうやら女性が女の子を説得しようとしている。
「バイトよりおばあさんの方が大事にしなきゃだめよ。行ってあげて」
「いやでも、シフトが入ってる以上責任もってやりたいので」
「それは偉いけど。でもお誕生日なんでしょう?」
「しょうがないです。プレゼント配送し忘れたのが悪いんです。それに、今日お店忙しくなるって店長言ってたじゃないですか。あー、早くに買っといたのになー」
二人して落ち込んで肩を落としている。
会話から想像するに、女の子がおばあさんの誕生日プレゼントを送り忘れてしまったが、バイトのため渡しに行くことができないということだろう。
店長も行かせてあげたいが、どうも人手が足りないようだ。
ここは私たちがお店を手伝って、彼女をおばあさんの所に行かせるのが最良だ。私はタイミングをはかって二人に声をかけた。
「すみません、お話し聞こえてしまって。もしよかったら私たちがお店を手伝いましょうか?」
突然の提案に驚いた人の顔と独特な間は、何度経験しても慣れない。佐渡なんかはいつも、居心地悪そうな、いたたまれないような感じでソワソワとしている。大体提案するのは私なのにだ。
「いや、それは流石に申し訳ないというか。君たち中学生?」
女の子が私たちを信用していいものか疑っている。それはそうだろう。見知らぬ魔法少女だ。私でも不審者だと思う。
強いて言えば、無害で弱そうな少女だということが警戒心を緩ませることに一役買っている。
「私たち、困ってる人を助けるボランティア活動をしているんです。魔法少女部、みたいな。この服はその制服なんです」
学生のボランティア活動には、なぜか協力しなければいけないような圧力を感じる時がある。断ればこちらが冷血な悪者になったような感じがする。人助けは良いことなのに、なぜその良いことに協力しないのかという少し暴力的な正義。
私は今、それを逆手に取っている。
人助けのためとはいえ、こんな騙すようなことをしてもいいものかと思うが、こうでもしないと誰も助けさせてくれないのだ。
これが私の魔法少女活動で得た悪い学びの一つだった。
□ □ □ □
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日曜日の朝、変身した私達は足りないものを探す〜サプリメント・メタモルフォーゼ〜 雪坂りこ @riko-y
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