第十話 足りないクレームブリュレ
移動したカフェのテラスで私と
季節がいいためかテラス席にはポツポツと人がいて、談笑する声が聞こえてくる。木製のテーブルの中央にはベージュのパラソルが刺され、過ごしやすい日陰になっていた。
佐渡はぼーっと通りを行き交う人を眺めていたかと思うと、店員の動きを見たりと沈黙があまり気にならないようだ。今は横に座っているサプリンの頭を撫でている。
気持ちよさそうに目を細めて顔を上げるサプリンに誘われて、佐渡の青白い指が顎の下に移動する。
こうしているとサプリンは完全にただの猫に見える。本人は、その辺の猫と一緒にするなと怒りそうだが。
横に人影が立ち、店員がテーブルに料理を運んできたことに気がついた。
「お待たせしました」
オムライスが私の前に置かれると、デミグラスソースの食欲をそそる香りが漂い今にもお腹が鳴りそうだ。
佐渡の前にはチキンのサンドイッチとアイスカフェオレがやってくる。サプリンは食べなくてもいいそうだ。
伝票を置いて店員が離れたのを合図に、私はスプーンを手に取り話し始めた。
「ナギサさん、少しすっきりした顔してましたね」
「そうですね。うまく力が抜けたようでした」
佐渡がサンドイッチをもぐもぐと頬張りながら応じる。
「普段の私なら自分のことで精一杯だから、こうして少しでも人の役に立てるのは嬉しいような、照れくさいような」
視線を合わせずに頷く佐渡をチラチラと盗み見ながら、私はオムライスを口に運んだ。中身はケチャップ味のチキンライスだった。これは当たりだ。
「前に佐渡さんが、なんで魔法少女になったかって聞いたじゃないですか」
「ええ」
「あの時は答えが見つからなかったんですけど」
「そうでしたね」
手に持っていたサンドウィッチをお皿に置いた佐渡を見て私もスプーンを一旦置く。オムライスを飲み込んだ。
「今日ナギサさんとリョウタくんと過ごして思いました。全然上手くできなかったけど、変身してパワーに満ちた状態の私ならもしかしたら、足りないものを補いながら人助けができるんじゃないかって」
「足りないもの……ですか」
私は深く頷く。
「頼ってもらえて、ありがとうって言ってもらえて嬉しかったんです。なんだか、認められた気がしたっていうか。満たされた感じがしたんです。だから、完全無欠の魔法少女になってもっと人を助けたい」
「なるほど、それが
「なんか、こんなに自分本位でだめですかね」
自分語りをしてしまって途端に恥ずかしくなった私は、誤魔化すようにスプーンを持ち、食べるでもなくオムライスをただ見つめるしかない。
「いえ、私も自分のためにやっているので」
佐渡は気にするでもなく私の言った言葉の意味を考えているようだったが、思い出したように再びサンドイッチを食べ始めた。
しばらくの沈黙が、どこからか小鳥の声を運んでくる。さっきの自然公園から飛んできたのだろうか。
伏目でサンドイッチを噛んでいた佐渡が再び視線を上げる。
「並木さんは魔法少女を引き受けたこと……後悔していないですか?」
言い淀んだ佐渡の意図が私にはよく分からない。
「してないですよ」
言い切った私に佐渡が驚いた顔をする。
「サプリンも私のためだと言っていたし。それに私はきっと自分の現状に満足していなかったんです」
佐渡にここまで話すつもりはなかったが、言ってしまった以上半ばヤケクソである。
「あれも足りないこれも足りない、無理して頑張らないと人の普通にも満たない。でもその足らない現状を打開する努力も気力も足りない。この魔法少女の力は、そんな足りない駄目な私を後押ししてくれるきっかけになると思ったんです。これは私に必要な努力なんです。だから後悔はしません」
佐渡はまた心配そうな目で私を見つめる。彼は何か言おうとしたようだがやめて一呼吸置き、それから口を開いた。
「そうですか。もし少しでも辛くなったら必ず私に教えてくださいね。その……仲間ですから」
辛くなることはないと思うが。しかし仲間だと思ってくれていたのか。普段人と距離を取っている様子の佐渡が少し懐いてくれたようで嬉しくなる。
「もちろん、仲間ですから。佐渡さんも何かあったら言ってくださいよ」
眠たそうに隣の席で丸まっていたサプリンを見ると、何だと言うように顔を上げた。
「サプリンも。みんなで頑張ろう」
変身が解けているのにも関わらず、いつにも増してやる気があるように感じる。そういえば前もそうだった。変身を解いてしばらくは力が余って身体が軽かった。しかしその後にどっと疲れて、沈み込むほどぐったりとしてしまったのだ。
ずっと変身してる時の元気が続けばいいのに。
佐渡はいつの間にかサンドイッチを食べ終え、カフェオレを飲んでいる。
層になったコーヒーとミルクが刻一刻と混ざっていき、その境は曖昧に溶けていった。もはやどこがコーヒーでどこがミルクか分からない。終いにはコーヒーもミルクも消滅し、気がついたらカフェオレになっている。
その様子を眺めながらオムライスを食べていると、彼はおもむろにメニューを開き店員を呼んだ。
「すみません。えっと、クレームブリュレください」
甘党なのだろうか。佐渡が私を見て首を傾げる。
「並木さん、まだ食べれそうですか?」
私が頷くと、にこにこと笑った。
「私が払うので一緒に食べましょう。甘いものは疲れに効きます」
そう言うと注文を2つに変更した。
やってきたクレームブリュレは甘く、食べると全身がほぐれていくのを感じる。
砂糖の染み渡る感覚というのは脳に心地よすぎる。依存するのも分かるような気がした。
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