第九話 ドングリは誰が為に
ステッキが上昇すると少しぐらつき、急いで木の幹に優しく手を当てて体を安定させる。
下を見ると
ドングリはもう手を伸ばせば届きそうなところまで来ている。
「もう少し」
バランスを崩さないよう慎重に手を伸ばしながら、ドングリに触れる高さで「止まって」とステッキの上昇を止める。
なんとか艶やかなドングリに指をかけることができた。枝を折ってしまわないように気をつけて、実を一つ、二つと取っていく。
怒られないかな? ごめんなさい、少しだけだから。今更ながら公園のものを取ることへの不安が押し寄せてくるが、ここまできたら仕方がない。
良心に従って取るのは3つだけにした。帽子も綺麗に残っている。
さて、後は降りるだけだ。
「ゆっくり、ゆっくり降りてきてくださいね。絶対気を抜かないでください!」
佐渡がもう直視に耐えられないと半分悲鳴のように叫んでいる。
私は言われた通り、上がるよりさらにゆっくりと降りることにした。後少しで足を下せそうな高さまで下降し、佐渡の安心した顔が見えると私は途端にほっとした。それがいけなかったのだ。
気が緩んだ私は案の定バランスを崩し、バタバタと腕を振る。片方の手にはドングリを握っているため上手く立て直せない。
「わわっ」
「
佐渡が一瞬どうしようか
間一髪佐渡の手を掴んだ瞬間ステッキから飛び降りる。柔らかな着地で足が着き、なんとか転ばずに地面に降りることができた。
「大丈夫ですか! もう絶対に無茶はしないでください」
佐渡は安堵と緊張で引き
バランスを崩した時の高さはそんなになかったのだが、まさかこんなに心配されるとは思わなかった。悪いことをしたなと佐渡を上目で見る。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
しかしさっき、佐渡は私の手を掴むのを
「でもドングリはちゃんと取れましたよ」
リョウタに向き直り、「ほら」と手を広げる。
「ほんとだ!」
嬉しそうに私の手からドングリを拾うリョウタを見ると、こっちまで嬉しくなる。取ってよかった。公園の人に怒られるかもしれないことが頭をよぎるが諦めることにした。
「ドングリどうするの?」
「ママにあげるんだ」
そうか、ナギサへのプレゼントだったのか。それでどうしても手に入れたかったのかもしれない。
公園にある時計を見るとそろそろ時間だ。
「ママにドングリ渡しに行こうか」
「うん!」
誇らしげにドングリを握りしめ、ベンチに座るナギサへと向かって走る。
「おかえりなさい」
本を読み終わったのか、ぼんやりと景色を眺めていたナギサがリョウタに気づき迎え入れた。
抱きついたリョウタからドングリを受け取りながら、何をして遊んでいたかを聞いている。
「あのね、変身ごっこして悪者と戦って。ドングリはね、ママにあげる。いえろーのおねえちゃんが、ステッキでぴゅーって上がって取ったんだよ」
「そうなの。ドングリ嬉しい、ありがとう。遊んでもらえて良かったね」
リョウタの頭を撫でたあと、顔をあげ私たちを見た。
「ありがとう。大丈夫だった?」
「はい。すごく楽しく遊べました」
私は少し名残惜しい気持ちで親子を眺める。リョウタはまだナギサに引っ付いていて、寂しかったのかもしれないなと今になって思う。
そんな素振りはなかったと思う。気づいてあげられなかったのは私の余裕のなさと未熟さだろう。佐渡は気づいていたのだろうか。
「ゆっくり本は読めましたか?」
「ええ。おかげで一冊最後まで読めたわ。ひとりの時間もたまには必要ね。リフレッシュできたみたい」
「少しでもお役に立てたならよかったです」
気分転換になってまた少し頑張れたら良い。私のできたことはナギサの大変さからしたら焼石に水かもしれない。それでも一滴の水も無いよりはいいと思う。そう思うのは単なる自己満足だろうか。
「ねえ、お腹すいたー」
「そうね、もうお昼だし帰ろうか」
私も佐渡と視線を交わし、同意した。
公園の出口まで4人で歩きながら昼の日差しを浴びているとポカポカと体温が上がっていく。
「また何かお手伝いできることがあったら連絡ください」
「ありがとう。リョウタも楽しかったみたいだし良かったわ」
集合した公園の正面で手を振り、2人を見送った。
私と佐渡は公園の茂みに引き返し、すぐに変身を解く。
ふっと一息つくと充足感が満ちてくる。それにお腹も空いた。
「佐渡さん、この後予定ありますか?」
「いえ、特にないですよ」
元の男性姿に戻った佐渡が小首を傾げながらこちらを見る。仕草や表情は美少女姿の時と変わらない。それは当然のことなのだか、そのギャップにまだ慣れない私はなんだか面白くなってしまう。
「ランチ行きませんか? 少し行ったところにカフェがあるんです」
まさか誘われると思っていなかったのか、佐渡は少し驚いた表情をする。
「……ええ、いいですね。喉も渇きました」
すると佐渡がはっとしたように私の肩の辺りを見た。何だろう。
「あの、そのカフェってペットOKでしょうか」
私の肩の上ではサプリンが不機嫌そうにしっぽをパシパシと動かしていた。背中を叩かれるがしっぽの勢いは柔らかい。
「おい、いったい誰がペットだって?」
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