第八話 ライトブルーの解決

 木漏れ日の映るベンチに座り、ナギサが本を開いている。そこから目の届く正面の芝生で、私は佐渡さわたりと共にリョウタと遊ぶことにした。


 リョウタが気になって仕方がないのだろう。ナギサは本とこちらを交互に見て落ち着かない様子だったが、次第に読書に没頭していった。


「大変、早く変身しないと! 悪いヤツがくる!」


 持参した魔法のステッキを振りながらリョウタが声を発した。私はナギサから視線を外し、彼に向かって答える。


「分かったわ! みんなで力を合わせて戦うのよ!」


 私たち3人は変身ヒロインごっこをしていた。くるんとその場で一回転して変身。それから見えない敵を追いかけて攻撃を放つ。


「くらえ! マジカルビーム!」


 リョウタがおもちゃのステッキについたボタンを押すと、ピロピロと電子音のメロディーが鳴り、ランプが点滅した。「ヒュー、バーン」と攻撃が当たった効果音を口で付け足している。


「やった! 敵は弱っているわ! ほら、パープルも頑張って」


 わたわたと一生懸命ついてくる佐渡に、私は声をかけた。


「は、はい! いけ、マジカル、えっと……ウィンド!」


 なんとかそれっぽいことを言っている。よしよしと私が頷くと、佐渡はほっとしたように肩の力を抜いた。


「リョウタくん、今戦ってるのはどんな敵なの?」

「リョウタじゃない。僕はらいとぶるーだよ」


 ライトブルーとやや舌足らずに繰り返す。彼は水色に変身していたらしい。


「ごめん、ライトブルー。敵はなかなか手強いけど、どんなヤツなの?」

「すごく悪いヤツ。街で暴れてみんなを困らせるんだ」


 リョウタにはそれが本当に見えているかのようにあちこちに魔法を放った。


「どうしてその悪いヤツはみんなを困らせるほど暴れているのでしょうか」


 佐渡が遠くにいる敵に視点を合わせながら、ぼんやりと投げかけた。続けて、ひょっとしたら戦い解決のヒントになるかもと言う。


 敵が暴れるのに理由などあるのだろうか。世界征服のためとかそんなところか。何にせよただの遊びだ。そこまで気にしてないんじゃないだろうか。

 しかしリョウタは意外にも「うーん」と悩んでいる。やがて彼は閃いた顔をして佐渡を見た。


「なんか、寂しいのかも」

「なるほど。寂しくて見てほしいから暴れているのですね」


 佐渡が感心した様子で頷く。


「どうやら困らせたい訳ではないようですね。寂しかった悪いヤツに、ヒーローはどうすればいいのでしょう」

「ぎゅってして、一緒に遊ぼうって言えばいいんだよ」


 リョウタはステッキを振り回していた手を下ろし、空中を抱きしめた。敵は無事大人しくなり、戦いは幕を閉じたらしい。二人は平和が訪れたエピローグをやっている。


 敵を倒さない戦いの終わり方なんてありなのか。私は不完全燃焼である。佐渡とリョウタは案外気が合うこかもしれない。置いて行かれた私は彼らの観客となっていた。

 エピローグを締めくくったらしいリョウタに拍手を送る。


「次はなにしようか?」

「うーん、ドングリ探す!」

「ドングリならコナラかクヌギですかね。あるでしょうか」


 私たちはナギサに合図を送り、手近な木からドングリを探すことにした。

 私と佐渡で葉っぱの形を見上げながらドングリのなる木がないか見ていき、リョウタは木の根元にドングリが落ちていないか探すという分担だ。


 私はコナラのギザギザとした葉を思い浮かべた。丸い葉の木も多いが、コナラと思われる木もいくつかあった。


 木の深く青い匂いを感じ深呼吸したくなる。木の幹には深いシワが幾重にも刻まれ、独特の模様を作っていた。こんなに自然に触れる機会はここ最近なかった。たまにはこの公園に来るのもいいかもしれない。


 しばし各自で黙々と任務を遂行していたが肝心のドングリはなかなか見つからない。


「まだ早いのかなあ」

「どうでしょう。まだ青いかもしれないですけど、あるとは思います」


 リョウタは木の根元にしゃがみ、枝で地面にガリガリと絵を描いている。疲れたのだろう。


「私も休憩しようかな。ほら、佐渡さんも」


 そう言ってリョウタの側にしゃがんだと同時に、佐渡が「あっ」と目を輝かせて私とリョウタを手招きする。駆け寄った私たちに佐渡は、秘密をそっと打ち明けるように地面を指差した。


「ドングリの帽子だ!」


 リョウタはつるりと丸い小さな帽子を拾い、指に被せている。

 帽子があるということは実がなっているということだ。地面には他に落ちていない。どこかに転がってしまったか、動物に食べられてしまったのかも。木を見上げて葉の辺りに目を凝らすと、まだ少し青いがドングリがあった。


「あれね」

「でもあれ、さすがに届かないですね」


 佐渡も手をかざしながら仰ぎ口を開けている。

 2人で困り果てていると、リョウタが木をペタペタと触り始めた。そのまま腕を伸ばして木に抱きつき、幹の窪みに足をかけるべく右足を持ち上げる。

 登ろうとしていると気が付き、急いで止めなければいけなかった。


「リョウタくん! 待って!」


 リョウタは一旦幹から手を離したが、どうしてもドングリを手に入れたいのだろう。恨めしそうにしている。


「欲しいのは山々ですが、リョウタくんに怪我をして欲しくないですし、木も傷つけてしまうかもしれません。今回は諦めましょう」


 佐渡の説得も虚しく、リョウタの顔はどんどん曇っていく。機嫌を損ねたことに焦ったのか、佐渡は視線を泳がせて固まってしまった。


 何か方法はないだろうか。届きさえすれば、枝を折るのはダメだろうが実だけを丁寧に一つ二つ取るくらいは許されるのではないか。木を傷つけず、取りすぎない範囲で。

 しかし幹に触れて登ることなく遥か頭上のドングリに届けば、という前提だ。


「あんず」


 耳元でヒソヒソとささやく声がする。肩に乗せていたサプリンの声だ。すっかり存在を忘れていた。あまりにもぬいぐるみだった。


「あんず、魔法を使うんだ」

「魔法……そうか!」


 今にも泣き出しそうなリョウタと佐渡に声をかける。


「ねえ、届くかもしれないよ! 佐渡さん、ステッキ貸してください」

「良いですけど、どうするんですか?」


 差し出された紫色のステッキを受け取り、自分のステッキと並べて横向きに持つ。

 幹の傍に立ちステッキを2本、同じ膝の高さで地面と平行にした。


「浮いて」


 そう唱えると、手で押してステッキが固定されていることを確認する。よし。


「佐渡さん、少し手を貸してください」


 訳もわからぬまま寄ってきた佐渡を横に立たせて、ステッキに片足をかける。


並木なみきさん、危ないですよ。何するつもりですか」

「ステッキの上に立って、そのままドングリの高さまで上がるんです。乗ったまま」

「確かにそれなら届くかもしれませんが」


 佐渡は心配そうにしている。彼は時々私を心配そうに見る。少し心配性というか、過保護気味かもしれない。それか私がよっぽど危なっかしいのだろうか。


「大丈夫ですよ。ほら」


 私は佐渡の心配をよそに、支えてもらいながらステッキに立つ。ステッキは少し不安定だが、2本は少し間を開けているため立つ分にはさほど問題なかった。ちょうど、間隔の狭いうんていに登っているような感じだ。

 これならいけそう。ステッキに願いを込めて唱える。


「ゆっくり、上がって」


 私を乗せたステッキが少しずつ持ち上がっていった。

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