第七話 日曜日の日差しとは

 いつもと同じどんよりとした平日を繰り返し、また日曜日がやってきた。


 そのかん職場で何度か佐渡さわたりを見かけた。ある時は待合に来て患者さんを穏やかな声で呼び、またある時は相変わらずボヤボヤと一人で歩いていた。他のスタッフに話しかけられて焦ったように返事をしていることもあった。


 私が佐渡を観察していたためか目が合うこともあったが、彼はこちらを見て微笑むだけで会話は特になかった。


 仮にも仲間なのに少し寂しい気もしたが、職場で魔法少女のことを知られる訳にはいかないからそんなものだろう。それに、急に距離を詰めてこないところには好感が持てた。


 しかし、もし佐渡が人見知りなのだとすれば私から積極的に関わっていくべきだろうか。一緒に活動するのにあまり他人行儀なのも良くないかもしれない。


 そこまで考えた所で、私は着替えとメイクを終えた。服装は、おしゃれし過ぎてもおかしいかと思い、綺麗めのジーンズと薄手のニットにした。仕上げに髪をひとつに縛る。


 今日はいよいよナギサ達と会う約束をした日だ。

 やはり変身してから行くのは気が引けるため、早めに公園に行って人目につかない場所で変身しようと決める。


 鏡の前に立ち身だしなみをチェックすると、覇気はきのない瞳が鏡の中から私を見つめていた。両手で頬を軽く叩いて切り替えるように気合いを入れる。


「よし!」


 目にぐっと力を込め、口角を持ち上げる。

 変身のためのサプリと水を手に玄関へと向かい扉を開いた。朝の空気を肺いっぱいに吸い込む。変身さえすればまた力が湧くだろう。元気になって身体も軽くなるのだ。そう思うと魔法少女も案外悪くないかもしれない。


 鍵を閉めて公園の方へと歩いていく。

 今日待ち合わせた公園は、この辺りで抜群ばつぐんの人気を誇る自然公園だ。新しくできた公園で、休日にはランニングをする人やピクニックをする家族連れなど多くの住民の憩いの場となっている。

 遊具はないが、芝生と高低様々な木々が豊かにしげり、ベンチもたくさん備え付けられていたはずだ。リョウタが遊具で怪我をする心配がないし、本を読むのにも最適。


 私は今まであまり利用する機会がなかったが、ナギサ達はたまに遊びに行くことがあると言っていた。彼女達が行き慣れている場所の方が良いだろうという佐渡の提案もあり、その場所になったのだ。


 待ち合わせは10時だが今は9時半。ここから公園まで歩いて10分ほどだから、まだ時間には余裕がある。

 ゆっくりと歩きながら、すれ違う散歩中の柴犬を目で追うと、ぷりっとした後ろ姿に思わず頬が緩む。


 日曜日の朝はいつも眩しい。白い光が澄んだ空気で輝きを増している。私はその眩しさに目を細めながら、居心地の悪さを感じるのだ。


 公園に着くと、佐渡とナギサ達はまだ来ていないようだった。入り口に近い、人のいない木の陰まで移動しカプセルを取り出す。


 改めて考えるとこのカプセルは何なのだ。変身できるカプセルとは何とも怪しげである。変な副作用とかあったりしないだろうか。今度サプリンに訊いてみよう。


 私はペットボトルの蓋を捻り、カプセルを飲み込んだ。いざ、完全無欠の私に。


 カプセルが喉を通る感覚は変わらず不快だが、そのすぐ後に訪れる変身はとても心地よい。

 無数の光の粒に包まれ、一瞬外の世界と隔絶される。サラサラと音を立てるカプセルの光はよく見ると黄味を帯びている。

 私はサプリイエローだから黄色の光だとすると、サプリパープルの佐渡は紫色の光なのかもしれない。それも綺麗だろうなと光を眺めながらぼんやり考える。


 光はすっと消滅し、スカートがふわりと風にはためく。右手にはステッキが現れた。


「お、あんず。もう来てたのか。早いな」


 サプリンが変身後の佐渡と並んでやって来る。

 佐渡は軽く会釈えしゃくした。私も「おはようございます」と挨拶を返す。


「佐渡さんは変身してから来たんですか?」

「はい。30代の男がひとりで日曜日の公園にいる方が不審なので」


 そんな事はないと思うが。しかし佐渡は至って真剣な顔で危惧きぐしている。最近は見慣れない人に敏感な住民も多いのかもしれない。


 公園の木々は様々な緑が複雑に重なり合っている。同じ葉でも日の当たるところもあれば、陰になっているところもある。風が吹く度に一枚一枚が日と陰を行き来して、その色を目まぐるしく変えていた。

 風に揺れる葉の動きに合わせて、木陰にいたはずの私たちにも木漏れ日が落ちてくる。顔やスカートに光のかけらがチラチラと差した。


 秋に差し掛かる季節とはいえ、日差しは少し暑い。サプリンは私の影に入って涼んでいるようだ。


 程なくしてナギサがリョウタに手を引かれながらやってきた。

 サプリンが慌ててぬいぐるみのふりをして固まる。私は彼を肩に乗せてやった。


「おはようございます。お待たせしてごめんなさい。リョウタ、挨拶は?」

「おはよーございます」


 リョウタは既に公園に興味を引かれ、気もそぞろという感じで挨拶をした。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 私たちも笑顔で応える。リョウタが早く遊びたそうにしているので腰を据えられる場所を探すことにした。


「どこにしましょう? 日陰になっている場所がいいかなと思ったんですけど」


 私の言葉にナギサは頷いている。やはり読書に暑さは大敵だろう。それに日が当たると本のページは白く反射して読みにくくなる。

 目につく良いスポットには先客がいたため、場所を探してみんなで歩く。


 ナギサは大ぶりのバッグを持っていた。おそらく飲み物やウェットティッシュなど、リョウタの荷物が入っているのだろう。


「ナギサさん、荷物持ちましょうか?」


 ナギサは首を横に振った。


「重いし大丈夫よ。そこまでしてもらうのは悪いわ」

「いえ、迷惑でなければ持たせてください」


 ナギサからバッグを受け取ると、確かに重い。これをいつも持ち歩いているのか。そうだ、と思いつき、魔法のステッキをバッグの持ち手に通す。私の行動をナギサは不思議そうな顔で見ていた。


「浮いて」


 私が唱えるとステッキは宙に浮く。そのままステッキを少し上に引っ張り、荷物ごと持ち上げる。まるで風船を付けたようにフワフワとバッグが浮かんでいく。


「何で浮いているの? 凄い……」


 驚くナギサと嬉しそうにするリョウタを見ると、妙な高揚感がある。マジシャンはこんな気持ちかもしれない。

 私はなんて事ないというように「行きましょう」と浮かんだステッキを引っ張りながら歩き始める。佐渡は心配するようにオロオロと横について来た。

 佐渡が後ろを歩くナギサに話しかける。


「あの、今日はどんな本を?」

「私ミステリーが好きなの。でもぶつ切りじゃ中々読みにくいでしょう? ハラハラする場面で中断されたり」


 彼女はまだ驚きに唖然あぜんとしてステッキを観察している。何かトリックがあるのだ、とうまく納得してくれるだろうか。まさか本当の魔法とは思うまい。

 私は少々冷や汗をかいた。別にバレたらいけないことはないだろうが、怖がられて警戒されると困る。話を促そうと声をかける。


「確かに、流れが重要だったりしますもんね」

「そう……だから買ったきり読めていなかったミステリーを持ってきたわ。文庫本だから2時間くらいで読めるはずよ」


 ナギサはなんとか目の前で起きた現象を受け入れたのか、トリックだと諦めたのか、久しぶりの自分の時間を楽しみにするように場所を探し始めた。


 左斜め前にちょうど芝生の脇に大きな木が立ち、その下に空いたベンチが見える。あそこなら涼しいし、目の前でリョウタも遊びやすいだろう。


「あの木の下辺りはどうですか?」


 ナギサが頷く。


「早く遊ぼ!」


 リョウタが木に向かって駆けていき、佐渡が慌てて後を追いかけた。


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