第3話

 「何でここにいる?」

彼は困った顔をしながら僕に言った。昨日までの彼なら、怒りながら言ていただろう。

「レイは朝、ここで朝ご飯食べるって・・・」僕は聞き取れるか解らないほどの声で、下を向きながら言った。

「香蓮か?」

彼がその名前を聞いて僕は頷いた。

学校近くの駅とは逆方向のドーナッツ屋さんの前で、僕は彼を待ち伏せていた。このお店は電車で来る彼の学校の生徒が、ほとんど来ないので、彼は好んでこのお店を利用するようだ。

「ごはんはドロップじゃ・・・」

「好物なんだよ。お菓子。」

彼は照れながらそう言った。おそらくこのお店を好んで利用するのも、もちろん美味しいというのもあるのだが、同じ学校の生徒に見られるのが恥ずかしいからだ。

「駅前に有名なケーキ屋さんあるよね、そこには行かないの?」僕は少し意地悪を言った。

「たまに・・・香蓮と行く。」彼は先ほどより照れた様子で言った。

僕はそれを覗きこみ、ニヤリと笑う。

「デート?」

「いや、一人で入るのが嫌なら、私について来たことにすればいい、て香蓮が。」

その言葉を言っている香蓮が用意に想像できる。

「優しいんだね香蓮さん。」

そう私が呟くと、彼は何かを見つめていた。商品に目を向けているが、どこか遠くを見ているようだ。

「うん。あいつは優しいよ。」

目はドーナッツを見たままだったが、口元は笑っていた。僕もそれを見て笑顔になった。

「何か一つ食べるか?奢るよ?」彼はメニューを指さす。

「いいの!じゃあこのキャラメルドーナッツ」

「僕はチョコレートドーナッツとコーヒー。」

僕はまたニヤリと笑い零次を見る。零次は注文した後にそれに気づいた。

「なんだよ?」

「僕を気にしなでカフェラテ頼みなよ。」

僕はニヤケながら言った。それを聞いていた店員さんがクスリと笑う。いつも来ている零次の顔を知っているのだろう、店員さんは零次にごめんねと仕草をする。

「おま・・まあいいや。そんな話するために待ってたんじゃないだろ?あと僕になってるぞ。」

零次はドーナッツの入った袋をもらい、その後カフェラテをもらっていた。コーヒーよりカフェラテの方が値段が高いはずだが、お詫びとしてコーヒーの値段でもらっていた。本当に店員さんと仲がいいようだ。

「別に二人ならいいでしょ!レイと話す時ぐらい僕は僕でいたいよ。」僕は微笑みながら言った。

「そうか・・・そうだな。」零次は考え込む仕草をしたあと、少し口が緩み、小さく呟いた。

「何かあった?」

「最近忙しいからな。こっちでも、あっちでも。」

「そっか・・」

「・・・うん。」

零次は疲れた顔をしていた。しかし、目の奥には最近見られなかった熱が籠っていた。僕は零次のこの目が好きだった。

2人でお店の前の立ち食い用のテーブルの前で、ドーナッツを食べた。

「あのさ・・・レイ」

僕は小さな声で呟く。まるで零次以外と話すように、現実世界の私の様に。

「ぼ・・・私、FAのプロの話し受けようと思う。」僕は真っすぐに彼を見る。

彼は目を見開いて驚いていた。その顔はずるいなと思った。

「本当に皆でプロになりたかったけど・・それは私の身勝手だから。」

僕は下を向き目をつぶる。そして,再び目を開き彼を見る。彼は寂しそうな目をしていた。

「ずるいな・・・」私は彼に聞こえない声で言った。

彼は何て言ったか聞き取れず、不安な顔をしていた。プロを諦めれてない彼の姿を見て、今の自分の言葉に後悔が芽生える。しかし、取り消さない。彼とは夢を追いたいが、私は前に進む。

「うそ・・・僕は戦いたい。自分の人生をかけて、ゲームで僕は生きていきたい。だから僕は一人でもプロになる。」僕は首を横に振り、真っすぐと彼を見た。

彼は下を向き小さくため息を付く。彼はそして何かを言おうとしたが、言えなかったようで口をとじた。

「頑張れよ」彼は絞り出すような声で、笑顔で言った。

僕はその顔を見ていられなかったが、この顔から目を逸らしてはいけないと感じた。

「うん。だから先に行ってるよ相棒。」僕は真剣なまなざして彼を見つめる。

彼は目を見開いて驚いていた。僕はその顔を見て笑ってしまった。彼の目に熱が籠っていたから、僕はそれが嬉しかった。

「僕は鈴音みたいに、鈴音達みたいになれないよ。」彼は手を握り締める。

嘘だ。彼は自分に嘘をついている。そう感じた。握りしめた手がその証拠だ。

「レイはタンクなんだから、僕よりも後ろにいるのは困るよ。」僕は笑いながら言った。

彼はまた驚いた顔をした。開いた口を噛みしめて、ため息をつき僕をみた。

「無理だ。」

「無理じゃない。」

彼の言葉に僕は即答した。僕の視線と彼の視線がぶつかる。彼は僕の目から逃げるように目を逸らした。

「負けなんていくらでも経験したじゃないか、全国2位だよ僕たち。個人でだって、レイはタンクキャラならプロにだって負けないじゃないか。才能が無いとか思ってるなら、レイの勘違いだ。レイにはプロになる実力が・・・。」

僕はだんだんと早口になった。興奮してきているのが自分でも解る。僕は彼の目を追うように前に出る。

「そういう話じゃ無いんだ・・・プロになれるとか、実力があるとかじゃないんだ。」彼は小さな声で呟いた。

僕は何も言わずに彼を見つめる。あまりに悲しそうな彼の目に何も言えなかった。彼はそんな目を見る私の顔を見てため息をついた。

「昔さ、タブレット型の携帯端末が出たときにさ、その携帯の依存性が問題視されてたんんだよ。」

彼は遠い目で話し出した。

「でも、その携帯が出てから少しして、そんな事は問題にもならなかった。その携帯が予想より使われなかったからじゃない、皆が依存レベルで携帯を使ったら問題にならなかったんだ。ただ、そんな辺り前の中でも、自分の依存性に気付いた人はいると思うんだ。」

彼は自分の手を見つめる。

「僕たちはAIRに依存しているということか?」

僕が彼に問いかけると、彼は首を横に振り少し笑った。

「違うよ、ただ周りが気にしなくても、自分が許せないことがあるって話しだ。僕は私が気持ち悪い。」

彼はガラスに写る自分の姿を見た。

「僕は私でいいのだろうか。」彼は呟くように言った。

僕は彼が言った言葉を否定しようと・・・否定では無いな「そんなことない、大丈夫だよ」と言いたかった。しかし、そんな言葉に意味はない、これは彼の問題だ。こんな言葉で彼の問題は解決しない。

「僕は・・・」だから僕は自分の意見を、言葉を伝える。

「僕はラムネと羽本鈴音の間に境界なんてない。僕の延長線上にラムネがいて、僕の一部でしかない。レイが何でそんな事に悩んでいるか解らない。」正直に思った事を彼に伝えた。

「そんな・・・ことか。」彼は何故か少し笑いながら言った。

「だから、僕はレイとゼロを区別したことはない。」僕は彼を真っすぐ見つめながら言った。

 彼はそんな僕の目を見てから、もう一度ガラスに映る自分の姿を見た。彼は何か勇気を出すような、ボスキャラに挑むような顔だった。

 今までの彼よりも彼らしい表情だった。僕はその顔を見てニヤケてしまった。

「そろそろ学校に行かなきゃな。」彼は自分のドーナッツを食べきり、お店のゴミ箱に包んでいた紙屑を捨てた。

「そうだね。それじゃあ最後に聞きたいんだけど。」僕もドーナッツの包みをゴミ箱に入れる。

彼は僕に目を向ける。。

「レイはどうなりたいの?」僕は彼の方を向かずに彼に問いかける。

「どうなりたい?」彼は僕に聞き直した。

「プロゲーマーにならないなら、ゼロになりたくないなら、何になりたいの?」

彼は目を背けた、言葉に迷っているようだ。いや、答え何て無いのだろう。

「やらなきゃいけない夢なんてない、目標はいつだってやりたいことなんだ。苦しくなることはあっても原点はそこなんだ。」

僕は自分の胸の前に手を当てる。

「僕の原点・・・・」彼は小さく呟いた。

僕は胸に当てていた手を自分の後ろに回し、彼を見てニコリと笑った。

「それを思い出せば君はまた戦える。僕はそう思う。迷路に迷ったらスタートに戻ればいい。」

「それじゃあ進まないじゃないか。」彼は少し笑った。

「でも、正解の道に近づける。自分の目標、ゴールに近づける。」

僕と彼は彼のバイクを止めている駐車場に向かった。

「鈴音は迷わないんだな。」彼は笑いながら私に言った。

「僕の迷路は直線だからね。」僕はそう答えた。

僕と彼は目を合わせ、2人で声を出して笑った。

僕たちは彼のバイクを停めていた駐車場に着いた。彼はバイクのハンドルに掛けていたヘルメットをとり、後輪にあるケースから、もう一つのヘルメットを取り出した。

「学校に送ろうか?」彼は取り出したヘルメットを僕に差し出した。

「ありがとう。」

僕はヘルメットを受け取ろうとしたが、その手を下ろした。彼は僕の顔を見た。僕はその顔を見て首を横に振る。

「大丈夫。」

一直線の僕の迷路を支えていた言葉を、僕は自分と彼に呟いた。

「一人で歩いて行ける。」僕は彼に続けてそう言った。

彼はそう聞いて、片方のヘルメットをバイクにしまい、残ったヘルメットを被った。

「そっか。じゃあ、俺は行くよ。」

僕は頷き手を軽く振った。

「またな。」

彼は小さく呟いた。僕が言葉を返そうとしたが、それよりも先にエンジンがかかる。電動に変わったとは言え、言葉を遮るには十分だった。彼はそのまま走り去っていった。

「またね。待ってるから。」

僕は彼が走り去った道を眺め、小さく彼に届くのを願って呟いた。


僕は駐車場の角にバイクを停めた。エンジンを止めると、バイクの映像が光る数字と共に消えた。

「映像消えないようにしたいな。」

止めてある自分のバイクを見て呟いた。

〈してあげましょうか。〉頭の中に突然言葉が流れてきた。

このくだりは何度もした。そう思いながら僕はため息をついた。

〈香蓮か、どこから電話かけてるんだ?〉僕は辺りを見渡した。

〈部室からよ?〉

〈そうか。・・・ん?なんで俺がバイク降りるタイミングが解るんだよ。〉

〈・・・・〉香蓮は黙った。

〈お前いつから電話つないでた?〉

〈・・・・〉香蓮は更に黙った。

〈まさか、鈴音との話・・・〉

〈鈴音さんと話てたんだ。〉

〈聞いてなかったのかよ。〉

香蓮の言葉に速攻で突っ込む。

〈で?何で僕が学校に着いたタイミングが解ったんだ?鈴音から連絡が来たのか?〉僕は被っていたヘルメットを取外し、バイクのハンドルに掛ける。

〈まさか、彼女がこっちのあなたに話したいことがあるみたいだから、居そうな場所を教えただけ。貴方の場所なんて、彼女から聞かなくても大体解るわよ。〉

こっちのあなたとは、現実世界の僕の事だ。やはり香蓮のおぜん立てだったようだ。

〈恐いよその勘。おれが学校に来るのも、それで解ったのか?〉

〈ふっ。そこまで正確に解るわけないでしょ?でもGPSを使えば・・・〉

〈やめろ!マジで怖い。〉背筋がゾッとした。

〈冗談よ・・・〉香蓮は笑いながら言った。

香蓮が言うと冗談に感じない、現に電話はハッキングしてる訳だし。彼女にとってGPSのハッキングなんて造作もないだろう。実際に出来る悪い冗談は質が悪い。

〈部室であれを使ってたら、貴方が入ってくるのが見えたから話しかけたの。〉

〈なるほどね・・・。〉僕はカバンを肩にかけ歩きだした。

〈部室に行こうか?〉僕は部室に向かう。

〈なんで?〉

〈いや・・・なんか聞きたいから電話かけてきたんだろ?〉僕は部室の窓を見ながら言った。

〈問題ないわ。〉

〈どういう・・・〉

僕は言葉を返す前に下駄箱のを向く。そこには、腕を組み仁王立ちしている香蓮が立っていた。

「おはよう零次。」香蓮は微笑みながら言った。

「わざわざ降りてきたのか?」僕は姿を見て笑ってしまった。

「何?」香蓮はやや不機嫌になった。

「別に・・・で、用事って何だったんだ?」僕は香蓮の言葉を流した。

「・・・。」香蓮は黙ってこちらを睨んでいる。

「どうした」僕はくびを傾けた。

「鈴音さんのこと怒らないの?」

香蓮には珍しい不安そうな、弱気な顔だった。この前、鈴音と会った時に怒ったことを、彼女は気にしているようだ。彼女は人のためなら嫌がる事でも実行するが、それで何も感じない訳ではない。ちゃんと悪いことをしたと思っている。彼女の行いは善意だが、理解しなければそれに気付けない。

「不便な正義だな。」僕は小さな言葉で呟いた。香蓮には聞こえないおおきさで。

「香蓮。」僕は香蓮に目を合わせる。

「ありがとな、おかげで鈴音と話し会えた。多分・・・僕だけじゃ無理だった。」

「そう・・・どういたしまして。」それを聞いて香蓮は一瞬ホッとした顔をして、いつもの顔に戻った。

「やっと自分が見えてきたみたいね。」香蓮が呟いた。

「え?」

「閉じこもっていても自分は見えないのよ。」香蓮は笑った。

「だから、鈴音と僕を合わせようとしたのか?」

「自分を見ている人は鏡になるの。知ってる?自分の顔は鏡が無いと見れないのよ。」

僕はそれを聞いて香蓮の瞳を、瞳に映る自分を見た。僕は下を向いて、ため息混じりに少し笑った。

「鈴音の鏡は魔法の鏡だったけどな。」僕は自分の顎を撫でた。

「美しく映る鏡のこと?」香蓮はそう言って少し笑い、下駄箱の方を向く。

僕は彼女と一緒に学校に入っていく。

「で・・・話ってなんだ?」僕は下駄箱に靴をしまい香蓮を見る。

「別に、昨日の話しを聞こうと思っただけよ。」香蓮はそう言うと自販機に向かう。

香蓮はブラックのコーヒーとカフェラテを買い、二つを僕の前に差し出した。僕はブラックを取ろうとしたが、朝の事を思い出し、カフェラテを受け取った。

香蓮はそれを見て少し笑った。コイツわざとブラックを出したなと、僕は彼女を睨む。

「あっちでアンニさんに会ったのでしょ?どうだったの?」香蓮は自販機の横の壁に、凭れながらブラックの缶コーヒーを開ける。

「それなんだけど・・・」僕は香蓮がもたれた壁の横にもたれた。

そこから昨日の話しをした。リアルであったアンニと、仮想世界で会っていたアンニが同一人物であること。そして、仮想世界でもゲートが現れ、別ゲームのキャラもゲートの事を知っていたこと。

「なるほど、一応ゲームの運営に確認はとった?」香蓮は僕を見る。

「一応とったが、原因不明だそうだ。もともとゲームの運営はそういうの隠す傾向にあるからな。」僕はカフェラテを開けようとしたが、さっき飲んだばかりなのでカバンにしまった。

「確認はしたけど、原因不明みたいね。最近何件かそういう報告があるみたい。」香蓮は目をつぶっていた。AIRで、ドラゴンアースの運営の記録を調べたようだ。許可を取っているかは聞くまでもなかった。

「バグか?それにしは・・・」

「規模が大きすぎる。というより広すぎる。」僕の言葉に香蓮が続いた。

「仮想現実と現実で使うAIRのプログラムは、全くと言っていいほど違うからな。同じところがあるとすれば、映像を映す方法ぐらいか。」僕は腕を組んだ。

「なのに、同じバグが同時に起きる事なんてあるかしら?」香蓮は首を傾げた。

「あり得ないだろ。起きたとしたら天文学的確率だ。」僕は首を横に振った。

「そうなると、やっぱり人為的に誰かが、あちら側と、こちら側で事件を起こしているっていう事ね。でも何のためにどうやって?」香蓮は持っている缶コーヒー眺めながら、僕に話しかけているというより、自問自答の様に話した。

「あちらの世界の人間が、こちらに来るために魔法で・・・・」僕は自分が言った言葉を聞き少し笑って「冗談だごめん。」と続けた。

「本当に?」香蓮は僕の前に立ち顔を覗き込む。

眉間に皺が寄っている。僕はその言葉を聞いて驚いた。

「いや・・・。うん、僕はアンニが言ってることを信じてる。信じてしまってる。」僕は歯切り悪く答えた。

こちらの世界とあちらの世界のアンニと会い、そして、黒い球体を目にした僕はアンニの話しを信じてしまっている。しかし、それがあまりにも現実離れしていることを理解している僕は、他人にそれを言うのが恥ずかしかった。

「そうね。」香蓮は小さくうなずいた。

以外だった。香蓮は現実主義だ。魔法とか幽霊とかそんなフィクションな事は信じていないと思っていた。

「まさか・・・香蓮、魔法を・・・」

「信じてないわ。」

香蓮は僕の言葉に即答した。一瞬、間が開き、ため息交じりに香蓮が話し始めた。

「魔法は信じていないけど、アンニさんの話しは信じているわ。」

香蓮の言葉を聞いて、僕は首を傾げた。

「ゲームのキャラて今はAIだったわよね。」

香蓮は僕を向き確認を取った。僕は無言で頷いた。

「例えば、この前の話しなら、アンニさんというAIが、魔法というプログラムを使って、こちらの世界に影響を与えてると考えたらどう?」

香蓮は首を傾げながら僕に話す。彼女もこの考察に自信がないようだ。

「ゲームの魔法は、運営が作ったプログラムをキャラに割り振ってるに過ぎない。でも・・・AIがディープランニングを使って・・・」

ディープランニングはAIが独自に学習していくシステムだ。それを利用して魔法のプログラムから、独自にこちらの世界に現れるプログラムを組み立てた。

「でも、世界に現れるプログラム・・そんなことが・・・しかも匂いも感触も再現して・・・」僕が一人事の様に呟いていると、香蓮が静かだった。

僕が香蓮の方を向くと、香蓮は怒ったような顔でこちらを睨んでいる。

「・・・変態。」

「は?」

「匂いとか・・感触とか・・・変態!」香蓮が身を守るような仕草をした。

「ちが・・・」

僕が香蓮の言葉を否定しようとした時に、後ろから平たいもので頭を軽くたたかれた。

「朝から子供が何の話してんだ。もうすぐ朝礼の時間だぞ。」

僕は後ろを振り向く。そこには白衣を着た中年の男が立っていた。

「佐久間」僕が中年の名前を呼ぶと、もう一度頭を叩かれた。

「先生を着けんか。」中年は呆れた顔で僕に言った。

佐久間先生は僕と香蓮のクラスの先生で、先生の中では生徒と距離が近いため、クラスの生徒から呼び捨てにされている。僕はあまり先生を呼び捨てないのだが・・・

「そういえば天野!見ろAIR10!買っちゃった!」佐久間が僕に満面の笑みを浮かべた。

こういう大人げないことを言うから、僕からも呼び捨てされるのだ。

「公務員は儲かるんだな、新型かなり高かっただろ。毎回カメラだの何だの新しい機械自慢しやがって。」僕はため息交じりに言った。

「お金をかける相手がいないだけだよ。お前と違って。」佐久間は笑いながら僕と肩を組んだ。

肩を組みながら、佐久間は香蓮の方に目をやる。まるで生徒のような絡みかただ。

「佐久間先生は感性がお若いですね。」香蓮はニコリと笑いながら佐久間を睨んだ。

「え!先生若く見えるー!最近老けたって言われるんだけど、やったー!」佐久間は両手を上げて喜んだ。

香蓮は頭が痛いような仕草をして、ため息をついた。

「嫌味が通じね。」僕は笑いながら言った。

「そういえば。」佐久間は何かを思い出し、僕らを見た。

「お前ら機械に詳しかったよな。」僕と香蓮の肩に手を当てた。香蓮は少し嫌な顔をした。

「別に詳しくないけど、何かあったのか?」僕は佐久間の手を払った。佐久間は同時に香蓮の肩からも手を離した。

「このAIR10、変な音がするんだよ。原因解らないか?」佐久間は耳を指さした。

「初期不良じゃないか?」

「初期不良ね。」

僕の言葉に香蓮は続いた。

「お前らもう少し真面目に考えてよ。」佐久間は肩を落とした。

僕と香蓮は佐久間の反応を無視して教室に向かった。

「本当に別の世界があるのかもな。」僕は小さく呟いた。

「それって。」香蓮は首を傾げた。

「もしかしたら僕達がゲームだと思ってるだけで、AIRは世界を移動する事の出来る機械なのかも。」僕はAIRを触れる。

香蓮は真剣な顔で考えこんでいた。そして、考えがまとまったようで僕の方を見た。

「あなた胡蝶之夢て知ってる?」

「いや・・・」僕は首を横に振った。

「中国の説話よ。ある日蝶になって飛び回る夢を見て、その夢から覚めた時。人が蝶の夢を見ていたのか、それとも今、蝶が人の夢を見ているのか。て言う話。」

香蓮は廊下の窓を見た。窓の外の世界を見たといってもいい。

「ゲームとか、プログラムで深く思考したりとか。それこそ今は仮想空間に潜った後に、ここがその続きかもしれないと感じたことはない?」

僕は香蓮につられて窓を見た。窓に映る風景と窓に、反射する僕達が見えた。

「僕達の世界がコンピューターの中の再現かもしれない。むしろそっちの確率の方が高いて、聞いたことがある。」僕は拳を強く握った。自分の感覚を確認するように。

もしも、僕達の世界がコンピューターで作られていて、その中でさらに僕達が仮想現実を作っているのなら。

「仮想現実が仮想現実に移動しただけか・・・」僕はため息をついた。

僕はふと香蓮の顔を見てみた。彼女はまだ何かを考えているようだ。微かに口元が笑っている様に見えた。

「香蓮?」僕が香蓮を呼ぶと香蓮はハッとして僕を見た。

そして、コホンと一度咳ばらいをした。

「私達が今どれだけ考えても、答えは出ないわ。もっと情報を集めましょう。」香蓮は一刺し指を立てて僕に言った。

「そうだな・・了解。」僕は頷いた。

僕と香蓮と、そして教師の佐久間が教室に入った瞬間に、チャイムが鳴った。学校の朝礼が始まった。チャイムの音も、目の前にある教室の風景も、隣にいる香蓮の温度感も、作り物の様に見えた。それを考えている僕すらも。


 朝礼からホームルームが始まった。内容は卒業後の進路について、進路の内容について記載するプリントが配られる。高校二年生の一学期では、まだ真剣に考えている人間は少ない。よそ事をしている生徒や、隣の席と喋っている者、挙句には居眠りしている者もいた。

「ほら!皆、自分の進路なんだから真剣に考えな。」佐久間が手を広げ皆に話した。

「これ絶対書かなきゃダメですかー。」クラスの男子がプリント片手に佐久間に大声で笑いながら言った。

「別に進路がまだ無いなら未定て書いていいぞ。」佐久間は笑いながら軽く言った。

また佐久間が適当言ってると、僕はため息をついた。皆いいのかよて顔をしている。佐久間はそんなみんなの様子を見て笑顔になった。

「進路を今から絶対に決めろなんて言わない。もちろん決まっていたら頑張ればいい。でも、一度しっかりよく考えて、それで未定なら仕方ない。」佐久間は教卓に手をついた。

「なーに安心しろ!慌てる事はないさ。ゆっくりやりたい事を探していこう。」

僕のやりたい事は何だろうか、少し前まではプロゲーマーになりたいと思っていたが、今はならなくてはと考えてしまう。僕がやりたい事って何だろか。

「プロゲーマーって書かないのかー。」隣の席の男子生徒が、クラス全体に聞こえる声で話しかけてきた。

「俊から聞いたぜ!プロ目指してるんだろ?」男子生徒はにっこりと笑っている。

「いや・・・俺は・・・。」僕は男子生徒と目を合わせず、呟いた。

「いいよなー自分のやりたい事を楽しくできてー。」僕の呟きなど気にも留めず大声で話す。

「いや・・・別に。」僕の声はますます小さくなる。

「なんだよーやりたくないのかー?」男子生徒は首を傾げた。

僕は答えられなかった。僕が黙ってしまうとクラス全体が静かになってしまった。隣の男子が困った顔をしてしまった。

「今、頑張っていることを絶対に続けなければいけない訳じゃない。」佐久間は笑いながら腕を組んだ。

僕はその言葉を聞いて下げていた顔を上げた。

「でも、今の感情が全部じゃない。よく考えて決めるといい。」佐久間の目は真剣だった。

クラス全体が静かになっていて、僕はその中で声を出せなかった。僕は無言で佐久間に頷いた。

「よし、それじゃあホームルームをしゅう・・・」佐久間が急に黙り、みんな佐久間に注目した。

佐久間の顔から笑顔が消え、耳を押さえて周りをきょろきょろ見た。

「先生どうしました?」荒川が佐久間に問いかけた。

佐久間は荒川の方を向かずに、辺りをきょろきょろする。まるで何も聞こえていないようだ。

「佐久間先生どうなされたんですか?」後ろの席にいた香蓮が大きな声で、聞こえる様に立ち上がり言った。

佐久間は立ち上がった香蓮を見て、自分が何も聞こえてないことを理解したようだ。

「あ・・さい・・てた・・お・・とが。」自分の声が聞こえないからか言葉が片言だった。

「佐久間オンラインチョーカー外せ。」僕も立ち上がりチョーカーを指さした。

佐久間は僕を見て頷き、チョーカーを外そうと指をかけた。しかし、佐久間はそこから動かなくなった。

3秒ほど動かなくなり、クラス全員が異常だと気付いた。しかし、誰も佐久間に近づけなかった。僕も動かなければと半歩動いた時だった。

「何で・・・。」香蓮が小声で呟いた。

教室全体が静まりかえったので、香蓮の言葉が耳に入った。僕は香蓮の方を振り向いた。香蓮は教室の外を見て、僕もそれにつられて外を見てしまった。

「な・・」僕は息を飲んだ。

窓の外の空に、例の黒い球体が浮かんでいた。まるでもう一つの太陽のようで、今までで一番大きな球体だった。

「きゃああああああああ。」クラスの女子が叫んだ。

クラス全体が騒ぎ出す。僕はみんなの反応に驚き、佐久間の方を見た。僕は目を見開き驚いた。

佐久間は意識がなくなった様に脱力し、宙に浮いていた。佐久間の周りには黒い数字や文字が回っていた。

〈ロックルーム〉佐久間の声で、しかし、機械的な声色でAIRから聞こえてきた。

佐久間の声と同時に、黒い数字と文字が、より早く回りだした。その瞬間、教室の扉が同時に閉まり鍵がかけられた。

「自動の施錠機能が!中に人がいるのに?」香蓮が僕を見ながら言った。

ロックルーム、ドラゴンアースの部屋を閉じて中のモンスターや、プレイヤーを閉じ込める魔法だ。

〈これより魂の憑依を始めます。ソフトドラゴンアースより、ホブゴブリン個体№1305を佐久間英明の体にダウンロード〉機械の様な佐久間の声がAIRから流れる。

その言葉と同時に、佐久間の頭に向かって、黒い数字と文字が降ってきた。まるで頭の中に吸い込まれているようだった。

「がああああああ・・・・・・・!」佐久間が白目をむき出しにして、体を痙攣させて叫んだ。

クラス全体が後ろに下がり、佐久間から距離をとる。

黒い文字と数字が止まった。宙に浮いていた佐久間が、教室の床に落ちて倒れこむ。

「せ・・・先生大丈夫ですか?」静まり返ったクラスの中で、荒川が飛び出した。

荒川が佐久間の肩をゆする。荒川に続いてクラスの何人かも駆け寄り、佐久間を取り囲み声をかける。

僕も駆け寄ろうとしたが、膝が震えて動かなかった。僕が後ろを向くと香蓮が目をつぶり、AIRを起動しているようだ。深刻な顔をしている。

「佐久間先生良かったー」

その声を聞いて、佐久間の方を向き直すと、佐久間が立ち上がっていた。体がフラフラしている。

「佐久間、大丈夫?」女子生徒が安心したような顔で、佐久間の腕をつかみ体を支える。

佐久間がゆっくりと、腕をつかんだ生徒の方を向いた。

「ギギギ・・・・グ・・・ゲゴ」佐久間は白目をむき出し、歯を強く噛みしめた表情だった。

「さ・・・くま?」腕を掴んでいた女子が後ずさる。

佐久間の様子がおかしい。ゴブリンの鳴き声?魂の憑依・・・ホブゴブリン・・・第二段階、アンニの言っていた計画。

「やばい・・・みんな佐久間から離れろ!」僕は叫んだ。

皆が僕の方を向いた。その瞬間だった。

「きゃあああああ・・・」

佐久間が腕を掴んでいた生徒につかみかかった。

「ギギギ・・ガーーー。」佐久間は叫びながら、女子生徒の首を絞める。

「さ・・・くま・・やめ・・・」首を絞められた女子が、じたばたと抵抗する。

荒川が佐久間に飛び掛かり、羽交い締めにし、首を絞められた女子から佐久間を引き離した。女子はゲホゲホとせき込む、命に別状はないようだ。

「先生どうしたんだ!」荒川は佐久間に叫び訴える。

それでも襲い掛かろうとする佐久間を、周りの男子も止めにかかる。

「ガア!!!」佐久間が叫ぶというより吠えた。

その瞬間、佐久間を取り押さえていた男子生徒たちが吹き飛んだ。男子数人が吹き飛ぶ様子を見てみんなが驚く。

「ガガガ・・ギギギ・・・」佐久間の姿が壊れた映像の様に荒れる。一瞬ゴブリンが映り込む。

佐久間はゆっくりと、僕の目の前に吹き飛ばされて、倒れている生徒に近づいていく。近づく途中で机の脚を掴み、引きずりながら近づいていく。

「痛てえ・・」倒れた生徒が、上半身を起き上げると前を向いた。

目の前には、机を振り上げた佐久間が立っていた。「ひっ・・・」短い悲鳴と共に、男子生徒の頭が机で叩きつけられた。

「きゃああああ。」「うわ・・・」「マジで・・・」「嘘・・・」教室全体が目の前の光景で騒ぎ出す。泣き出す生徒までいた。

目の前で男子生徒が血を流して倒れている。背中が熱くなっていき、足が前にも後ろにも動かなかった。

何で動かない、僕は何もできないのか、目の前で血を流してる人間がいるのに、助けにも動けない。

佐久間がもう一度机を振り上げる。動けない!動けよ!机をもう一度振り下ろすのは解っているのに、足が少しも動かない。

「うわあああああああ!」荒川が佐久間にタックルをした。佐久間が吹き飛ばされた。

「みんな離れてろ。」荒川がみんなに支持を出す。

教室のとびらが閉まっていて、クラスのみんなが出ることができない。

「天野!吉岡を頼む。」荒川が僕に叫ぶ。

荒川の言葉を聞いて、男子生徒を見る。吉岡は血を流している男子生徒の名だ。頼む?何をだ?決まってるだろ助けろ。どうやって?

誰かが後ろから僕の肩にぶつかった。

「邪魔・・・。」香蓮だった。

香蓮は倒れている吉岡に駆け寄った。吉岡の頭に手を当てる。

「治療ナビゲーション起動。検査開始。止血を開始。」AIRによる応急処置を香蓮が始めた。

「くそ・・・チョーカー外せばいいか?」荒川が呟いた。

「やめた方がいいわ。」香蓮が治療を続けながら答える。

「さっき調べたら佐久間先生と同じ事例が、今34件あったわ。その内18件でAIRを外したみたいだけど、外した人はみんな意識不明の昏睡状態になったわ。」おそらく佐久間の様子がおかしくなってから調べたのだろう。

「じゃあどうすれば・・・」荒川の顔が曇る。

佐久間の姿にみるみるホブゴブリンの映像が映り込んでいく。白目むき出しの佐久間の顔と、緑の肌で牙をむき出しにする怪物の姿が重なっていく。

香蓮が覚悟を決めた顔で、深呼吸をした。

「零次、後、任せていいかしら?」香蓮は僕には目を向けなかった。

僕は何も言えずに岡本をみていた。

「もう処置はほとんど終わってるから、あとはAIRの指示に従ってればいいから・・・お願い。」香蓮は僕の方を見た。彼女の手は震えていた。

「・・・うん、解った。」僕は頷き、香蓮と変わる。AIRの治療プログラムを起動し、目の前に吉岡の状態と治療方法が表示される。

香蓮は立ち上がり、佐久間の方を見た。

「私が何とかする。荒川は時間を稼いで。」

荒川は香蓮の方を見た後に、頷き佐久間の方に向き直す。

「解った。頼むぞ。」荒川は身を構えた。

「誰に言ってるの?」香蓮は目をつぶり手を合わせ、AIRを起動した。香蓮の周りに光る数字が円を描く。

佐久間は香蓮を見た。彼女を標的にしたのが、僕も荒川も理解した。

「ギギギ・・・ガアアアア」佐久間は叫びながら、香蓮に飛び掛かる。

「させねえ!」荒川が佐久間を殴り飛ばした。

「助けるまで歯を食いしばってもらいますよ・・・先生。」荒川が殴った手を、力ずよく握りしめ再び構えた。

荒川と佐久間が攻防を繰り広げる中、香蓮はAIRの操作を続ける。香蓮の周りに数字だけでなく、ローマ字に似た文字が浮かび上がる。

「モノド・・・・?」僕は呟いた。

「モノド解析。魔法を作成・・・」香蓮は呟いた。彼女の周りにモノドが増えていく。やがて数字がすべてモノドになる。

「作成完了、モノドを数字に変換。」周りのモノドが数字に代わっていく。

香蓮が何かのプログラムを組み立てている。黒い球体のモノドを解析し、新しく魔法を作っているのだ。おそらく魂の憑依を防ぐ魔法を。

「きゃああああ。」女子生徒が悲鳴を上げた。

僕は驚き佐久間と荒川の方を向く。

荒川は腕から血を流していた。殴られた様なケガではなく、切り裂かれたような傷口だった。

「いって・・・・え?」荒川は何が起きたか解らない様子だった。

荒川は自分の腕の傷口を見た後に、佐久間の手元を見た。

「ほ・・・包丁?」荒川の顔が青ざめていく。

佐久間の手元には、刃渡り40センチ以上ある、大きな包丁が握られていた。

「ゴブリンチョッパー・・・」

佐久間が握ってるのは、ドラゴンアースのゴブリンが持っている武器だった。包丁は荒い映像の様に波打つが、そこから滴る荒川の血と、彼の傷口が、その包丁がフォログラムではないことを物語っている。

「はっ、・・はっはっ・・・・。」荒川の呼吸が浅く早くなっていく。

荒川は膝をつき、チョーカーを外した。AIRが映し出し、痛みを再現したのだと考えたのだろう。しかし、その傷口も痛みも消えることはなかった。

佐久間は荒川を見降ろし、再び香蓮の方をむいた。

「かれ・・・・」

香蓮の手が、体が震えていた。下唇をかみしめて、恐怖と戦っている。佐久間を助けるために。

「ああああああああああ!」

叫んだのは荒川だった。出血している腕を押さえながら、立ち上がり佐久間を睨みつける。佐久間も荒川の方を再び見た。

荒川は佐久間と香蓮の間に立つと、両手の手のひらで自分の頬を叩く。両頬が血で赤く染まる。

「びっびてるんじゃねえ!」

荒川が叫ぶ。クラス全体、僕もそして、佐久間・・の中のゴブリンですら気圧される。

「があああああああああ!」今度は佐久間が、ゴブリンが叫ぶ。

ゴブリンが荒川に向かい走りだす。荒川もそれに反応して走りだす。荒川がゴブリンの間合いに入った時、武器を振り上げた。その刃を見た時、荒川の足が止まる。

「だめだ!止まるな。」

僕の言葉は遅かった。荒川の肩から下に向かい、刃が切り裂いた。荒川は切り裂かれた肩を押さえながら倒れこむ。

「があああ・・・うう。」痛みで声にならない声が漏れる。

倒れこむ荒川の顔の前に、ゴブリンが刃を向ける。荒川を介錯する気だ。そしてゴブリンは刃を振り上げた。

「やめろおおおお!」

僕は走りだした・・・遅すぎる。走り出すのが、動き出すのが遅すぎる。恐怖で動けずにいたくせに、勇気なんてないくせに。私は・・・・死なせたくない。

私は手を伸ばした。届くはずのないその手を。

「シイラ!」腕の周りに光る文字が円を描く。

無意識にそう叫んだ。ここでは意味のないはずの、その言葉を・・・ガっと鉄がぶつかる音がした。

光る壁が刃を弾き、荒川を守った。ゴブリンは荒川から距離をとる。

私は荒川の前に立ち、自分の手の前に盾ぐらいのサイズのシイラを展開する。おかしいここではないようだ。

「私が相手だ。」私は笑った。

私はシイラを盾に、ゴブリンに正面から突っ込んだ。ゴブリンは反射で私に刃を振る。私は懐に飛び込み、盾をゴブリンに押し当て、そのまま教室の壁まで押しこみ、盾と壁でゴブリンを挟みこみ動きを封じた。

「動きを封じたよ。」私はクラスの方を見た。

そこには血まみれで倒れる荒川を助けようとする生徒と、こちらを恐怖しながら見ている生徒達がいた。この光景への恐怖だけでは無い、佐久間に対する恐怖だけではない、今彼らが恐怖してるのは、私だった。

僕はその時・・・私が笑っていることに気付いた。

こんな時に、佐久間を痛め着けて、荒川が血まみれになっているのに笑う私に、皆は恐怖した。

「ちが・・・ぼくは・・君じゃない。」

シイラが消えかける、ゴブリンの拘束が少しずつ緩んでいく。

〈これより魂の保護を開始〉香蓮の声がAIRから聞こえた。

その言葉と同時に、シイラが消える。僕にゴブリンが襲い掛かる。

「うわああああ」僕はしりもちをついた。

〈個体名佐久間英明から、ホブゴブリン№1305の魂をデリート。〉

香蓮のその言葉と共に、佐久間の持っていた包丁も、重なっていたホブゴブリンの姿も消えていった。佐久間は僕の横に倒れた。

教室の時間が止まったようにみんな固まる。教室の扉のロックが開く音がした。

「大丈夫?」香蓮の言葉にぼくは振り向いた。

香蓮は荒川の止血を始めていた。

「何とか・・・」荒川は香蓮に笑い掛ける。

「無茶したわね。」香蓮も笑う。

「君がさせたんだろ・・・」そう言い荒川は目を閉じる。

「誰か!警察と救急車を!後佐久間先生を見てあげて。」

その香蓮の言葉を号令に、止まっていた生徒たちが動きだす。荒川と佐久間に人が集まる。

皆、僕を避ける様に動いた。まるで水が石を避けて流れる様に。僕のことが気味悪いのだろう、僕はうつむいて座り込んだ。遠くからサイレンの音がたくさん聞こえ、外を見ると、黒い球体は消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る