第1話

 目をつぶっても暗闇の中には無数の光が浮かんでいる、その光が消える前に僕は頭の中でとあるスイッチを押した。すると暗闇の真ん中にAIRの単語が、白い文字で浮かび上がった。

 その文字に意識を向けると、文字が薄っすらと消え始め、暗闇だった空間が真っ白になり、そこにはいくつかの箱が浮かんでいた。

色とりどりの箱の中から僕は、赤色の箱を選び箱を開ける。箱の中にはいくつもの写真の様なものが入っていて、僕は青空の下でマイクを持つ、金髪の少女の写真を選んだ。

その金髪の少女の写真はだんだんと、僕の目の前に近づき、僕の頭上には青空が広がり、目の前には写真の少女が立っていた。

まるで写真の中に吸い込まれたようだった。

 目の前の少女は止まっていた。ただ動かない訳ではなく、髪も靡かない、それどころか少女の上の雲すらも動かなかった。僕が意識を向けると女の子は動きだし、優雅な音楽が僕の周りから奏でられる。

10秒ほどの前奏が終わり、少女が歌いだすその瞬間、突然見知らぬ40代ぐらいのおじさんが、真っ白な空間とともに現れた。

 おじさんの後ろには黒色のチョーカーが浮かんでいてその上には、AIR10と黒い文字が浮かんでいた。

「ついに開発された!次世代オンラインチョーカーAIR10が発売!」と意気揚々と語りだす。

「オンラインチョーカーが世に出てから早10年!今やこの端末は、かつてのタブレット端末の様に、日常の生活に必要不可欠なものになっています。」

おじさんの後ろにあったオンラインチョーカーが消え、図の様なものが出てくる。

「この首に巻く機械は、私達の意識とインターネットをつなげることで、画面もなく映像を目の前に映し出し、コントローラーやキーボードもなく、手を使わずに映像を操作することが出来るこのAIRは、私達のより身近にインターネットを持ってきました。」

おじさんの後ろの図には、オンラインチョーカーを付けた人が、チョーカーの補助を受けながら料理をしたり、運転をしたりしている映像が流れている。

「さらにこの機械は、完全なる仮想空間に私達を連れてきてくれました。」

四角い凹凸のあるパソコンの本体のような機械が写し出された。

「この機会にオンラインチョーカーを繋げることで、仮想現実に私達の意識を完全に持って行くことが出来ます。そう、まるで違う世界にきた様な感覚になるように。」

おじさんの周りには森が広がり空には竜やペガサスが飛んでいる。

「それではAIR10のせつ・・・」

新商品の説明が始まる前に、僕は広告スキップをした。

 青空の下で金髪の少女が歌いだす。

途中で水を差された僕は、時間を巻き戻して曲を最初からに仕切りなおす。

やっと待ち焦がれた彼女の曲が聞けると、思ったその瞬間、僕の肩を誰かがさすった。

 擦られた瞬間僕の視界が四角く区切られ写真の様になり、小さくなり端に寄せられた。

瞳を上げると僕は教室にいて、窓からは夕日が差し込み、中には数人の生徒が残っていた。

「よ、なんか動画見てたのか、もう最終下校時刻だぞ?」と男が横から話しかけてきた。

 ぼくが男の方を向いた、そこには眼鏡をかけた少年、渡辺悟志が立っていた。

「悟志か、もう部活は終わったのか?」

「だから最終下校だっての、お前の部室探してもいなかったから、探したんだよ。」と悟志が隣の席に腰掛ける

黒板型のスクリーンを見ると「生徒の方は帰宅してください」と映し出されていた。

「部活サボってこんな時間まで動画見てたのか?」

「レポート書いてたんだよ、俺の部活自由参加だからサボりじゃねーし。てか、動画なんも見れてねーよ。」

「なんの動画見ようとしてたんだ?」悟志は眼鏡をかけなおす。

「星野鳴海のpv映像見ようとしたけど、10の広告入ったんだよ。」はーと僕はため息をついた。

「そしてお前に邪魔された・・・。」と僕は悟志を睨んだ。

「下校時間ギリギリに見だすお前が悪い。」悟志は笑いながらそう言うと、カバンを指さし、僕に帰るよう促す。

僕は机の上にあるタブレットをカバンの中に入れ、カバンを肩にかけた。

「星河鳴海てお前、本当に金髪長身の女、好きだよなー。」悟志は腰を上げながらそう言った。

「昔から金髪美少女は王道だろ?999のメーテルとか、宇宙戦艦ヤマトの森雪とか。」僕は笑いながら席を立つ。

「何で全部松本零士の作品なんだよオタクが。」

「その名前出る時点でお前も相当オタクだろ。俺の名前も零次だし。」

二人で笑っていると、教室の中にもう自分達しかいないことに気付き、教室の出口をくぐると、僕らが最後の二人だったので、扉が自動で閉まりロックがかかった。

「これ中に忘れ物があったらどうすんだ。」僕はふいにそう思った。

「タブレットぐらいしか学校に持ってくるもんないのに、何忘れるんだよ。」

カバンを背中にかけた悟志の手首に、腕時計がついていた。

「その腕時計フォログラムじゃないのか?」僕は腕時計を見てそう言った。

「いいだろ、ジーショックていうんだぜ、この前骨董屋で見つけてよ。」

悟志は自慢げに腕時計を見せつけてきた。

「お前実物すげー集めるよな、靴とか身に着けるものは映像でいいじゃん。」と呆れた顔で言った。

「フォログラムじゃこの重みとメタリックはでねーんだよ。」

「フォログラムデザイナーが言うことじゃないよな。」

それを聞いた悟志は左手の腕時計を外し、自分の目の前でゆっくりと時計を回して見るとその後に目をつぶる。そして、何も無かった右手首を前に出し、僕に見せた。

「ダウンロード」悟志がつぶやくと、前に出した左手首の周りに光る数字が浮かんだ、その数字がみるみる腕時計に代わり、先ほどまで着けていたジーショックになった。

「お前この一瞬で腕時計コッピたのか?」僕は驚いてそう言った。

「摸写なんてこんなもんだろ、てきとうに作ったから画像荒いし。」悟志は当然だろと言わんばかりに言った。

「見分け付かねえよ、その特技あるなら実物いらねえだろ。」僕は感心しながら映像の腕時計を見た。

「実物があるからここまで忠実に再現出来るんだよ。」と言って悟志は、映像の腕時計に手をかざす。

映像の時計は再び光る数字が包み、形が変わっていく。ジーショックの見た目に数多くの時計のデザインが組み込まれ、かつスマートになっていく。

「かっこいいじゃん」完成品を見た僕は思わずニヤケながら言った。

「だろ?最近買った時計を組み合わせてみた。」悟志は誇りながら言った。

「モデルにしてる時計の画像見つけて来るだけじゃダメなの?実物は高いだろ。」本物の時計と悟志がアレンジした時計を見比べながら僕は聞いた。

「リアリティーが、落書きを芸術にするんだよ。」悟志は振り返ってカバンを背負いなおす。

「大げさだな」僕もカバンを背負い直し悟志についていく。

「ダ・ビンチだって女を見ずにモナ・リザは書けないだろ。」悟志は笑いながら言った。

僕と悟志は他愛のない会話を続けながら、中央階段を下りていく。中央階段を降りるとすぐに下駄箱があり、生徒達が入り乱れてていた。

僕達はそれぞれ自分の下駄箱に行き、僕は白い外履きに履き替え、外履きの横にある丸いボタンを押した。靴の周りに光る数字が現れ、靴の形が変わっていく。

靴は紺色のコンバースに姿を変えた。

「待ちなさい。」後ろから鋭い女性の声が聞こえた。

僕はぎくりとして、後ろを向くとそこには黒髪ロングの少女、黒山香蓮が、こちらを睨んで立っていた。

「何故今日は部活に来なかったの。」香蓮は腕を組みながらそう言った。

「わざわざ下駄箱で待ち構えてたのかよ。」僕は呆れてため息交じりに言った。

「答えなさい。なぜ来なかったの。」顎を上げ僕を見下げながら香蓮の声に凄みが増した。僕の言葉は無視する要だ。

僕は気押されて片足が半歩後ろに下がる。目を背け声がのどの奥で詰まる。

「部活は自由参加のはずだろ?難癖付けられる筋合いはないぞ。」僕は逸らした目を下に向けた。

香蓮はその言葉を聞いて、大きくため息をついてからこちらを睨んだ。

「用事があるなら休んでもいいというだけよ。休むのとサボるのは違うの。連絡がなければサボりとみなすわ。」

香蓮の鋭い目線が僕をさす。彼女はクラスなどでも委員長をしている。

真面目系というよりはリーダー系の委員長で、リーダーシップがあり、クラスの男子すらも彼女にビビる。

「僕以外の幽霊部員達は部室にほとんど来てないんだろ。」僕は訴えるように香蓮に目を向ける。

「安心しなさい、ちゃんと幽霊達にはイラついてるわ。ただ、来る気のない人に時間をかけるのが無駄なだけ。」香蓮は耳にかかった髪を払った。

「なら・・・・。」

「あなたはちゃんと罪悪感を感じてるわ。ただ、今は無気力感の方が強いだけ。違う?」

彼女は真っすぐにこちらを見ながら、真っすぐな言葉を向ける。彼女がリーダーと認められるのはこういうところなんだと思った。

「あなたがゲームの大会で負けてそうなっているのは解かるわ。」

「ちが・・・」

「どれだけ本気でやってるか知ってるから恥じなくていいわ。私はあなたを尊敬してるもの。」

「本気でなんか・・・」

「じゃあ・・・」

香蓮はこちらを睨みながらゆっくりと僕の手を指さした。

「その拳は何?」

僕は自分の手に目を向ける。そこには強く握りしめられた自分の手があった。それをを見て僕は驚いた。

僕は目をつぶり深呼吸をして、ゆっくりと強く握った手を開く。

「あんなのはただの遊びだ、負けたから飽きたんだよ。暇になったから部活は明日から出るよ。」

「何その理由。」

香蓮の声に怒りが混じるのが聞き取れた。あまりの空気に僕は香蓮を見ることができない。

「ご…ごめん。」僕は小さな声で誤った。

沈黙した二人の間に、完全下校時刻をすぎてほとんど人がいなくなった下駄箱の静寂が重なる。

「はー・・・」香蓮は大きくため息をついて僕を見た。

「あなた今日は暇でしょ?」香蓮は組んだ腕を解いた。

「え・・・いや練習が・・・」僕はとっさにいつも部活を休む時の言葉を言ってしまった。

「あそび。なんでしょ?」香蓮は笑顔になった。

その笑顔の裏には、お前いい加減にしろよというメッセージが込められていそうだ。

「は・・・はい。」あまりの恐さに、腰を抜かしそうになるのをこらえながら、僕は聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。

「なら私の仕事を手伝いなさい。」香蓮は床に置いてある自分のカバン拾い肩にかける。

僕が驚いた顔をすると、香蓮がまだ何か?という顔で僕を睨みつけた。

僕は無言で頷く。それを見た香蓮が外に歩き出す。

「おーい遅いぞ、どうしたんだよ。」

下駄箱から出ると悟志が僕を待っていた。外

は夕方になっていて、夕日が沈み始めていた。

「お!黒山じゃんどうした?」

悟志は僕の後ろにいる香蓮に気付いて手を振りながら彼女を呼んだ。

「あら、渡部君こんにちは。」香蓮は悟志とは反対に礼儀正しくお辞儀をした。

「ちょうどよかったわ、あなたも私の仕事手伝いなさい。」頭を上げた香蓮は礼儀正しさとは裏腹に、急な注文を投げかけた。

「おういいぞ。」

即答だった。悟志は仕事の内容も聞かず香蓮の注文を承諾した。そして僕の方を向いてニヤリと笑った。どうやら面白そうだと思ったらしい。

「は~」僕は大きくため息をして赤みがかった夕方の空を見上げた。


 夕日がさらに沈み徐々に暗くなる街中に、ライトのついた車が増え始めた道路を、二台のバイクが走りぬける。

先頭には僕の乗っているホンダのCBR400Rの映像を映しかたどる電動式フレームバイクが、静かにbuuuuというモーターの音だけを鳴らし走っていく。

最近の乗り物はどれも音が鳴らず毎日数万台が通る道路でも、走る車の音が気にならないぐらいだ。

僕の後ろに乗っている香蓮も、おそらく僕のバイクの音は気にならないだろう。

ばばばばばばば僕の後ろから悟志の乗るヤマハのSR400の本物が、かん高いエンジン音を静かな道路に轟かす。

「また本物かよ。」僕がつぶやく。

「すごいわね、実物は今高いのに。」

香蓮が後ろから話しかけてきた。今の道路ではあまりの静かさに、バイクで走りながら後ろの人と話すのに苦労しない。まあ後ろの奴のせいで今は少し声を張っているが。

「これで儲けてるんだよ、あいつ。」僕は自分の乗っているバイクを指さした。

「フォログラムデザイナーなの?」

「かなりいい腕してるよ。あいつは金属とかガラスの反射とかの映像の出し方が上手いんだよ。色んな会社から仕事をもらってる。」

己の意識で操作し、思考を映像にできる装置AIRは日本で生まれた。

開発から製造まですべてを日本で行い、技術を独占することで、海外へのAIR輸出により日本は大きく経済成長を遂げることになる。

勢いづいた日本は更にAIRの技術を伸ばし、回復した経済により、瞬く間に世界一の技術先進国となっていた。

そんな日本の乗り物や服装、さらには建物までもが、象られた骨組みの上に映像が覆いかぶさっている状態になっていて、町の建物は近代的な建物が紆余曲折し、近未来版のガウディみたいになっている。

AIRを着けている人間からは、映像溢れる色とりどりな街だが、着けていない人間からは、皆似た服を着ている工場の様な街に見える事から、張りぼての国などと呼ばれている。

このようなことから今の日本では、AIRによる映像のフォログラムをデザインするフォログラムデザイナーが、至るところで活躍している。

「すごいわね。自分の技術が仕事になるなんて。」

「そんな事言ったら君も今から仕事じゃないか。」

ぶぶぶぶとバイクとは違うバイブ音が耳元で鳴った。自分の視界端に映し出されている速度計の上に、電話マークが映し出される。

〈どうした?〉

〈そう言えばさ、黒山ってどんな仕事してるの?〉電話の主は悟志だった。

〈お前知らずについて来てたのか?〉僕は呆れた声で言った。

背中から服を引かれる感覚がし、僕が後ろを向くと香蓮が「誰から」という顔でこちらを見ていた。

AIRでの会話は外には聞こえないようになっていて、昔はテレパシーテレフォンなどと言われていたが、今は普通に電話と言われている。

「悟志から。」僕は口で彼女に伝える。

〈香蓮はキーパーの専属ハッカーだよ。〉

〈は?キーパーてあの?てかハッカーてマジ?〉

〈マジだよ、こいつはこう見えて凄腕ハッカーで、AIRを使ったハッキングなら日本で五本の指に入る。〉

〈キーパーて、AIR直属の警備会社だろ?どっちかて言うとハッカー捕まえる方だろ、何で専属のハッカー抱えてんだ?〉

〈ハッカーじゃない、ホワイトハッカーよ。〉

〈・・・・・・・え?〉

少し間を開けて僕らは驚いた。僕と悟志の通話中に突然香蓮の声が割り込んできたのだ。

〈何を話しているかと思いきや、やっぱり大事なところを言ってなかった。〉

何事もなかったように香蓮はつなげる。

〈いや、待て何で俺達の電話に割り込んできてる。〉

〈は?別に大したプロテクター無いし、話しが気になったから〉香蓮は「それが何か?」という顔で言う。

〈すげーマジでハッカーじゃん。〉ドン引きし、しかし、少し笑った声で悟志が言った。

〈ホワイトハッカーて対ハッカーのハッカーのこと?〉悟志が続ける。

〈そうよ、零次君がいつもハッカーと呼ぶけど、勘違いされるから嫌なのよ。〉

香蓮が怒った顔をしているのが、背中越しでも僕には解った。

現実世界とネットの世界が、映像と意識で重なりあってしまったこの社会では、ハッキングやサイバーテロなどが、直接的に社会に被害を及ぼすようになった。そのため昔に比べネットに対する防衛意識は強く、ネット関係の治安維持組織キーパーは、警察とほぼ同等の権利を持っている。

しかし、キーパーは民間の会社であり、ハッキングやプログラミング能力が高ければ、年齢関係なく会社に入ることが出来る。

悟志もそうだが、AIR関係の会社は能力が高ければ高校生でも入る事が出来る。

キーボードの頃にもタイピング速度などの才能の差などがあるのだろうが、airは操作が感覚だよりな点が多く、特に才能が顕著に出る。

そのため、高校生でも稼げる奴はいるが、逆もまたしかりである。

「はー。」

「どうしたの?」

聞こえない程度の小さなため息だと思っていたのだが、聞こえてしまったようだ。

「君達は仕事してるのに僕はだらしないなと、思っただけだよ。」

「あなたもプロゲーマになるんでしょ?」

香蓮がその言葉を口にした時、走っている道路にレジェンドパーティーと書いてある看板が写し出されていた。僕の目はその看板に吸い込まれていった。バイクで時速60キロ以上で走っているのに、その看板に映し出されている映像や文字が、まるでスローモーションの様に隅から隅まで頭に残った。

レジェンドパーティーは、5対5のpvpのオンラインゲームで、20種類以上のキャラクターが、剣や銃や魔法などを駆使して戦うゲームである。日本のみならず、世界でも大会が行われるゲームで、総プレイヤー数は5000万人を超える人気ゲームである。eスポーツにも認定されていて、多くのプロゲーマーがプロチームに所属している。

このゲームのプロになるには、プロチームを抱えている会社に、入団テストに行くか、多くの大会で結果を出し、会社からスカウトを受けるかの2パターンがある。前者は個人でプロになることが多く、後者はチームでプロになる事がある。看板に映し出された映像は、新しく大会で優勝したチームが、プロチームになった宣伝広告だった。そして、決勝で僕が負けたチームでもあった。

「そこ左よ。」

「うお!」

「きゃ!」

僕は目の前にあった交差点を、左に思いきっりハンドルをきった。後ろに香蓮がいるのに危うくこけるところだった。

〈あぶねえな!ちゃんと運転補助着けてんのかよ。〉

〈ごめん、ぼーとしてた。〉

AIRの運転補助は、映像によるナビゲーションや危険探知だけでなく、バイクとairの連動により、僕の意識を読み取り、バイク自体が自動でバランスをとる様になっている。このシステムがなければ僕はさっきの交差点で、こけていただろう。

〈バイクは車に比べて運転の自動化進んでないんだからよそ事考えて運転するなよ。〉

〈本当よ、私後ろに乗ってるのに。〉

〈〈だから、勝手に電話に入ってくんな!〉〉

僕と悟志は口をそろえて叫んだ。


「ここよ。」香蓮が言った現場までは、ナビをセットしていたが、その場所にはバイクは入れないので、そこに行くまでの小道の前にバイクを停めることにした。

ピ!という音と共にバイクのエンジンが止まり、映し出されていたCBR400Rの映像が消え、中から凹凸も何もないスマートな白いバイクが出てきた。

「電源落とすとやっぱダサいな。」

「別に走っている時にかっこ良かったらいいだろ。」

「乗り物のかっこよさは走ってる時と停まってる時で別にあるのだよ。」得意げに悟志は語る。

「行くわよ。」香蓮は親指を小道に向け、僕らを促す。

その小道はビルとビルの間で、小道に入ると流石にここまでは映像は届いておらず、みすぼらしい建物が姿を現す。経済成長の影響で、都市開発が進み、数多くのビルが、街には立ち並んでいる。そのせいで、この様な小道がつながり少し進むと迷路になっていて、まるでゲームのダンジョンの様になっている。

「こんなとこで何の仕事があるんだ?」

頭の後ろに手をまわし、だらけた様子で悟志は香蓮に聞いた。

「無許可の大型フォログラムの削除よ。最近似たようないたずらが多くて、何故か人目につかないとこに、フォログラムを映す迷惑行為が多発してるのよ。」

「何故か?」僕は首を傾げた。

「フォログラムの迷惑行為は人が多いとこでやりがちなんだよ。あいつらは目立ちたがり屋が多いし。」

「私はフォログラムの知識があまり無いのよ。」

「だから俺が呼ばれたんだ。」

ハッキングしてフォログランムを削除するだけなら、香蓮だけでも出来るが、キーパーの仕事は迷惑行為の犯人特定までらしく、映像の癖などを知りたく、フォログラムデザイナーの意見を聞きたいらしい。

「で、何で俺は呼ばれたの?」

「それはあなたがウザ・・・・面倒くさかったからよ。」

言い直してもひどくね?と思ってもなくもないが、香蓮もイラついた声だったので言うのをやめた。

「その迷惑なフォログラムに、珍しい防衛システムが組み込まれてる事があってね、その対策にゲーマーが必要なのよ。」

「ゲーマーが必要な防衛システム?」

そんな防衛システムは聞いたことが無いが、どんな事があればゲーマーが必要なのだろうか。

「零次がいない時その防衛システムはどうしてたんだ?」悟志が香蓮に聞いた。

「それは、彼女を・・・・」香蓮の声が途中で途切れる。

理由は僕が足を止めたからだ。悟志と香蓮がこちらを向いているが、僕は二人のことを気にもかけずに自分の進行方向を見ていた。彼女だけを見ていた。

小道の壁にもたれながら、今では珍しいタブレット端末を操作している彼女は、立ち止まる僕らに気付いてこちらを向いた。

「レイ・・・」

前髪が長く目元まで伸び、後ろ髪は肩までの長さがあり、革ジャンとその下に、白いワンピース着た目の前の少女は、羽本鈴音だった。彼女はオンラインチョーカーを着けておらず、しかし、首筋にオンラインチョーカーを着けていた跡がある。

「こっちでその名前を言うな。」

「レイなんで練習に来ないの?みんな待ってるよ。」鈴音は呼び方を変えずに、おどおどした声で僕に聞いてきた。

僕は眉にしわを寄せ、鈴音を睨んだ、鈴音は怯えた様子で一歩下がる。その後に僕は香蓮の方を向いた。香蓮はそれに気づき腕を組んで睨み返してきた。

「何で鈴音がここにいるんだ。」

「言ったでしょ仕事を手伝ってもらってるって。彼女を無視しないであげたら。」

香蓮の声にも怒りがまじる。単純に僕の鈴音に対する態度への怒りだった。だが僕はその言葉すらも無視をした。

「香蓮、説明してくれ。」真っすぐに香蓮を見ながら僕は彼女に頼む。

香蓮は僕と数秒目を合わせた後に、僕が目を逸らさないのを確認してから。

「まあ、説明責任は果たすわよ。」と組んでいた腕をおろす。

「あなた達を仲直りさせたいの。」彼女は続けて言った、真っすぐ僕を見ながら、真っすぐな言葉を僕に投げかける。

「俺こいつのお節介なとこ好き」悟志はこの状況で笑いながら言った。

「俺はこいつの気が使えないとこが嫌い。」僕は呆れながら言った。

「使えないんじゃないわよ、気を使ってないだけよ。」香蓮は胸を張る様に言った。

僕は誰も聞こえない様に、深呼吸に近いため息を吐く。そして僕は鈴音の方を向く。鈴音は香蓮と僕が話してる間もこちらを見たままだった。

「俺はもう練習には・・来ない、俺はプロゲーマーにはなれ・・・ならない。」歯を食いしばるように言った。

「何で・・・」鈴音は悲しそうな声で呟くように言った。

僕は鈴音から目を背けて、少し下を向く。自分の手がまた拳を握っているのに気付いて、僕は拳をゆっくりと解いた。そして目を背けたまま答えた。

「お前はプロになれるんだから。fullAIMでスポンサーから声かかってるんだろ。」

「え!あのFAから声かかってんの?」

驚いたのは悟志だった。香蓮は何の話しか解らない様子だった。

fullAIMは通称FAと略されるFPSゲームで、世界でも有名なゲームで、プレイヤー数は1億人を超える超大人気ゲームである。FPSゲームと言えばFAと言われるほどである。

この目の前にいる少女の羽本鈴音は、プレイヤー名ラムネでFAをプレイしている。プロも合わせた日本サーバーのランキングで常にトップ10をキープしている。その成果もあり、スポンサーの目にも止まったようで、彼女のルックスもあり、顔出しありのプロとして売り出したいようだ。

「私はみんなでプロになりたいんだ。この前も大会惜しいとこまで行ったじゃないか。」鈴音の小さな声がだんだんと大きくなる。

「でも・・・俺のせいで負けたじゃないか。」

彼女もレジェンドパーティーをやっていて、僕と同じチームに所属していて、チームみんな一緒にプロになる事を目標にしている。しかし、前回の大会で僕は30分の試合で同じプレイヤーに16回倒された。その結果、みんなでプロになる一世一代の大会で、僕が原因で大敗した。

「僕たちはそんなこと思って無い。」

「僕?」

大きくなった鈴音の声を僕は遮った。鈴音はびっくりした顔で我に返った。

「ごめん、わたしは」

「別にいいよ。でもお前は金が必要だろ、一人でもプロになるべきだ。」

「でも・・・」

鈴音が言葉を続けるよりも先に僕は笑顔を何とか作って、一言だけ言った。

「大丈夫。」

鈴音は口を開け何かを言おうとしたが、下を向きもじもじと指を動かす。

言葉がどちらからも出てこずに、沈黙が続いた。それを見ていた香蓮がため息をついてから、僕を睨んだ。そして、目をつぶってAIRを起動したようで、数秒してから目を開けた。

「フォログラムはこの先よ、みんな付いてきなさい。」香蓮が僕たちを先導する。

「マイペースかよ。この空気でよく仕切り直せるな」悟志は呆れた顔で言った。

「ある程度お互いに言いたいこと言ったみたいだし、避けて何も話さないよりはましよ。」香蓮は道の先に歩き出す。

「仲直りさせたいんじゃねえのかよ。」悟志は香蓮についていく。

「一言二言で仲直り出来るのは小学生まで、でも話さずに仲直りできるのは赤子ぐらいよ。」自分の髪をなびかせながら振り返り、僕達を見る。

僕と鈴音はお互い目を合わせてから、僕はアイコンタクトで「行くか」と鈴音に伝えた。鈴音は静かにうなずいて歩き出す。僕は歩いた三人の背中をみて、動かない自分の足を見てから息を吐き、真っ暗な小道を歩く三人の後を追った。

8分ほど歩いた先に、小道がいくつかつながり開けた場所に僕たちはは出た。今まで歩ていた小道は真っ暗だったが、ここには月明かり通っており割と周りが見える。だが、この空間が明るいのには別の理由があった。

開けた空間の真ん中に、青白い光を放つ黒色の球体が浮いてた。球体の外郭は虫の様にうにょうにょと動いており、よく見ると英語でも数字でもない文字が飛びかって、球体の形を象っていた。

「なん・・・だこれ?」僕は息を飲む様に言った。

「抽象画みたいだな。」

「ちゅうしょうが?」

「感情とか形にならない絵のことだよ。あんまりAIRのフォログラムでやる人は少ないけど。」

鈴音が呟いた言葉に悟志が答えた。二人とも浮いている球体から目が離せないでいた。

「これで私が見るのは三個目ね。だんだん大きくなってる気がするわね。」

人差し指に顎を乗せ、考えるようなそぶりをしている香蓮は、そう呟いてから悟志の方を向いた。

「で?こういったフォログラムに覚えはある?」

「変な文字で象った球体か、こんだけ特徴があれば覚えてそうだけど」

「見覚えは無いってこと?」

「ないね」

悟志はあっさりと答えた。しかし、悟志は学生切手のフォログラムデザイナーで日々技術の向上のため研究をしている。そんな彼が見覚えが無いというなら、本当にないのだろう。それを知る香蓮は呆れではなく、残念というため息をついた。

「そう、じゃあこのフォログラムは消すわね。」

そういった香蓮は目をつぶりAIRを起動し、目の前に手をかざし、「スキャン」とコンピューターの様な声で彼女は呟いた。

彼女が呟いた後に黒い球体の周りに、悟志がフォログラムを作った時と同じ、光る数字が浮かんだ。しかし、あの時とは違い数字が並んで球体の周りに円を描き列をなす。

「すげー俺AIRでハッキングするとこ初めて見た。」

「頭の中で計算してるみたいですよ。」

「暗算で計算してんのかよ。」

「暗算じゃない、AIRでのハッキングやプログラミングの計算は、感算ていうんだよ。」

AIRでの計算は、頭の中で数式を組み立てて答えを出す暗算ではなく、無意識に行われる計算である感算を使う。例えば、バスケットボールを投げて、ゴールに入れるという行為も、無意識に感覚として距離や重さを計算して投げている。こういった人間の感覚に近い計算を、AIRはインターネットでの仮想の感覚により、ハッキングなどの計算を体感で行う事が出来る。AIRでの操作により、一部のハッカーやプログラマーはパソコンどころか、AIやスーパーコンピューターの計算速度を超えている。

「ちっ、面倒くさいわね。」

舌打ちをした後に、イラついた声で香蓮は呟いた。

「どうした?」

彼女の能力ならば、フォログラムを消すのに時間はほとんどかからない。しかし、何か問題起きたようで時間がかかっている。

「毎回フォログラム以外のプログラムが邪魔なのよ。何よこの数字。」

「邪魔て、防御用のプログラムか?」

「いえ、プロテクターじゃないわ。ただ何に使うプログラムか解らないのよ。」

「消せそうなのか。」僕は心配になり、香蓮に声をかける。

香蓮は目を開き、僕を見た。そして何故か睨むのではなく、不適に笑みを浮かべた。

「私を誰だと思ってるの。」

そう言った香蓮は再び目をつぶり、両手を自分の前で合わせた。まるで神様に祈るようだった。その姿勢をとると彼女の周りに光る数字が円を描き回る。

「神頼みか?」

「ハンドルーティン使ってないのかお前?」

悟志の言葉に僕が答えた。悟志はきょとんとした顔で、ラグビーの五郎丸のポーズをとった。

「人間は手がフリーの時よりも、何かを握ったり動かしている方が集中できるんだよ。だから彼女みたいに、AIRを深く操作する時や、仮想現実に意識をつなげる時は、両手を合わせてAIRを操作するんだよ。」

僕は悟志に説明した。AIRを深く操作するとは、人間の一番の情報量を誇る視覚をシャットダウンし、AIRを操作することだ。簡単に言えば目をつぶってAIRを操作することを言う。

「仮想現実のゲームとかやらないからなー俺。」

「ゲームをやらないんですか?」

「仮想現実のはやらないなー、普通のアプリゲームとかはやるけど。」

仮想現実が実現し、ゲームの技術がこれだけ上がり世間では、eスポーツは盛り上がりを見せている。しかし、だからと言って100パーセントの人間がゲームをしている訳ではない。かつて「ゲームが現実に近づき過ぎて、人間が本当の世界に興味を無くすのではないか」という説もあったが、決してそんな事はなく。ゲーム廃人も一定量はいるが、みんながみんな廃人にはならなかった。

「流石AIRプログラミング研究部。」

悟志が僕の肩を叩きながら言った。

「僕はプログラミング始めてまだ一年だけどね。」

「プログラミングの勉強してるの?」隣で話を聞いていた鈴音が言った。

「僕と香蓮でね、一緒に作ったんだよ。香蓮は色々あって高校上がる前からプログラミングやハッキングを勉強してたんだけどね。」

「わざわざ部活を作ったの?」鈴音が首を傾げる。

「うちの学校の備品で香蓮がどうしても使いたい物があって、部活名義じゃないと使わせてもらえないから仕方なく。」

「使いたいもの?」

「いや・・・・・」

鈴音の質問を聞いて僕は喋り過ぎたなと思い、香蓮の方を見たが、AIRを深く操作している時は、音もあまり聞こえないくらい集中するので、聞こえてないだろうと僕が思った時だった。

〈聞こえてるわよ〉香蓮の声が電話で響いた。

〈悪い話し過ぎた。〉電話のアイコンが出なかったのは触れないことにした。

〈別に話して悪い事ではないからいいわよ。それよりあなた達、仕事よ。〉

〈え?〉

僕の驚きの声の後に「ジジジジジジジジ・・・・」という警報音が僕達のいる空間に響いた。

「何のサイレンだ?」

僕が周りを確認していると、隣にいる鈴音が眼鏡とイヤホンの様な物を取り出し、自分の目と耳に着けていた。

「珍しいな空幻だ。」悟志が呟いた

空幻とは海外で作られたAIRの様な、視界内に映像を映し出す機械で、眼鏡のレンズに映像を映し出す。AIRとの違いは直接映像を映し出すので、目をつぶると映像が見えないことである。AIRの映像技術は、光を使った映像ではなく、頭の中の想像や妄想のイメージを利用した映像技術で、人のイメージを特殊な波で誘導して、狙った映像を見せる事が出来る。これにより、AIRは目をつぶっていても映像を見る事が出来る。

「AIRは高くて買えないんですよ。」鈴音は苦笑いしながら言った。

「だからスポンサー契約しろよ。」

「でも・・・・」

僕の言葉に鈴音が何かを言おうとしたて止まった。鈴音が僕の後ろを見て、目つきを変えた。いつも仮想空間のなかで見る彼女の目だった。

僕はゆっくりと後ろを振り向く。そこに黒い球体と同じ文字が、形を持たずに集まり始めた。やがてその文字の集合体は小さな人や、大きい犬の形を象りはじめた。

「おおおおおおおおおお・・・・」雄たけびと共に文字が弾けた。

中から出てきたのは小学生ぐらいの身長の緑色の人間と、大型犬よりも大きい白色の狼が20体現れた。

「ゴブリン・・・」

「とハイウルフね。」

僕の呟きに鈴音が続いた。その時、鈴音の頭の上に緑色のバーがあるのが見えた。周りを確認すると悟志と香蓮の頭の上にもバーがある。そして、僕の視界の左上にも1000と書いてある緑のバーがあった。

「HPバー・・・?」

〈そうよ、ここにいる人間は全員プレイヤーとして、ゲームに参加させられるプログラムよ。〉

〈何のために?〉

〈知らないわよ。でも、HPゼロになるとAIRの接続が切られて、ハッキング出来なくなるのよ。〉

何だその意味不明な防御プログラムは、直接ハッカー止めればいいだろ。何でわざわざゲームを使うんだ?

〈ゲームのシステムのハッキングは難しいのよ。ゲーム専門のプログラミングやチーター対策のプログラムのせいで、同時進行でハッキング出来ないのよ。〉

「じゃあどうすれば・・・」

香蓮の言葉に僕は顔を曇らせた。その顔を見てもいないのに想像つくのか、香蓮は不適に笑みを浮かべた。

〈あら・・何のため用心棒を二人も呼んだの?〉

その瞬間、隣にいる鈴音が,目を隠すほどの前髪と周りの髪を一緒に後ろにまとめた。髪で隠れていた横は、刈上げられていて、刈上げられている場所には渦の様なラインが入っていた。

僕は見慣れていたが、悟志は目を丸くして驚いていた。

「ソフト、バレットガンズ」

鈴音が低い少年の様な声で呟いた。すると彼女の腰に二丁のリボルバーの銃と、それを留めているフォルダーとベルトが現れた。

「ヒューかっちょいい。」悟志が口笛を吹きながら言った。

「バレットガンズてAIRのソフトじゃなかったか?」

バレットガンズは外用の体を動かすシューティングゲームで、仮想空間ではなく目の前に映像を映し出すタイプのシューティングゲームである。

〈私が空幻を改造してAIRのソフトを出来るようにしたのよ。〉

僕の質問に香蓮が答えた。彼女は機械系統は大体何でもできるようだ。

「ていうかスペックオーバーだろ、充電やばくね?」

「5分しかもたない・・・」

僕の言葉に今度は鈴音が答えた。5分で20体のモンスターを倒すという制限が付いた。そんな無理難題な縛りを受けた鈴音の表情は、笑っていた。

彼女がフォルダーから拳銃を二丁同時に抜くと、瞬く間にフォルダーに戻した。ドンという腹に響くような重なった音と共に、8体のモンスターの顔が吹き飛んだ。

「こいよ・・・雑魚ども。」鈴音は笑ったまま人差指を動かしてかかってこいとジェスチャーした。

「え・・・キャラ変わり過ぎじゃね?」悟志は苦笑いしながらドン引きした目で、僕に聞いてきた。

「ラムネは・・・鈴音はいつもゲームだとこんな感じだぞ。」僕は鈴音の名前を間違えそうになった。

〈そんなことより用心棒仕事しなさい。〉香蓮が怒った声で言った。

〈いや・・・僕は外用のソフト持ってない。〉

〈は?何で?〉

〈体動かすの苦手なんだよ。というか・・・〉

僕が鈴音の方を見ると、モンスターは残り5体ほどになっていた。

〈俺いらねーだろこれ。〉

〈そうね・・・でも。〉

だが、モンスター達は着々と鈴音に近づき、距離を詰めてきた。流石に距離を詰められると、ガンナーは苦しいという事は、香蓮でもわかるようだ。

またドンという音と共に、二体のモンスターが吹き飛ぶ。

「ガガガ・・ぎギギギ・・ググ。」ゴブリンの合図と共に残り三体は、三方向に分かれながら距離を詰めてきた。

「ちっ、面倒くさいな。」

鈴音は笑いながら呟くと、左右別の方向にほぼ真横に銃口を向け、球を放つと、真ん中のモンスター以外の二体が弾けた。しかし、真ん中のモンスターは鈴音の目の前に来ていた。

〈あ・・・!〉香蓮が焦った。

「大丈夫。」僕は呟いた。

「おせーよ・・・」鈴音は歯をむき出しにして笑った。

ゴブリンが振り下ろす剣を紙一重で、しかし、余裕をもって相手の剣を躱し、踊るように一回まわってゴブリンと距離をとり、こめかみに銃口を向けた。

「バン・・・」

その言葉と同時に銃声が鳴り、ゴブリンの頭が吹き飛んだ。

「二分三十秒か、思ったより時間かかったな。」鈴音は一人事の様に呟いた。

「すげーこれがFA日本ランカーか。」関心と驚きの混ざった顔で、悟志が言った。

「いや・・・その・・・そんな大したこと無いです。」鈴音は恥ずかしがりながら小さな声で言った。素に戻ったようだ。

「流石はラムネだな。」僕は笑いながら言った。

その僕の言葉はこちらを向き、笑いながら、しかし、どこか寂しそうな表情を鈴音はした。

「レイがいたらもっと早く終わった。」鈴音は小さな声で、拗ねたように言った。

「どうだろうね。」僕は目を逸らした。

逸らした目を香蓮にむけた。ひたすらと目をつぶって削除作業をしている。そういえばどうやって外の音や様子が解かるのかと思ったが、広場の端にマイク付きの監視カメラを見て冷や汗をかいた。

〈これで終わりか、香蓮あとどれくらいで削除終わる?〉

〈まだ54パーセント・・・半分くらいね。〉

「そうか・・・じゃあ・・」と僕が話しだす前に「ジジジジジジジジ・・・・」とまたサイレンが鳴った。

〈また・・・?〉香蓮が驚いた声で言った。

「第二覇なんて今まで・・・」鈴音も驚いた声で言った。

黒い文字が僕らの目の前に集まり、2メートルほどの山になっていく。さっきのモンスターの様に文字が弾ける。中からは豚の顔をした、全身鎧の大男が出てきた。

「今度はオークか。」

「全身鎧のモンスターか。」鈴音の口が再び笑う。

「お!やっちまえ!」悟志がにぎやかしの様に騒ぐ。

鈴音は再び銃を抜き、八発弾丸を放つが、ガガガと鎧が弾丸を弾いた。鈴音はそれを見るや否や、弾丸をフォルダーに戻し、弾丸をチャージし再び銃声を鳴らした。オークはそれを見るや体を丸め、ガードの姿勢をとった。すると再び弾丸が弾かれる。

「関節部分を守った?」

「面白れぇ。」

僕が驚いているのを横目に、鈴音は笑顔のまま高揚感溢れる声で言った。

「まずいな・・・」

「え、何?倒せないの?」

〈あの豚さんと鈴音さん相性悪いの?〉

僕の呟きに二人が反応した。ゲームや漫画を見ない香蓮はオークを知らないようだ。

「いやタンク相手でも鈴音はキルとれるよ。」

〈タンク・・・?〉

〈タンクはゲームの役職のこと。防御力が高いのが特徴だよ。〉

香蓮の疑問に僕が答えた。タンク職は相手を倒すのを狙うキャラではなく、その防御力を利用して、敵の攻撃を自分に集める事と、仲間を守り立ち回るキャラである。

「時間が足りない。」そのため倒すのに時間がかかる。

〈ならあんたも戦いなさいよ〉

〈いや・・だから外用のソフトが無いんだって。〉

〈はー。あんた一番使ってるゲームのキャラは?〉

〈え?レジェンドパーティーのイルナだけど。〉

香蓮の意味不明な質問に、思わず反射で答えてしまった。イルナはレジェンドパーティーのキャラクターで、金髪の騎士であのオークと同じタンク職である。僕がメインで、大会などで使っているキャラだ。

〈そう・・・〉香蓮はそれを聞き頷く。

〈渡辺君聞こえる?〉

〈うお!電話!通知音は?〉

香蓮は悟志にも電話をかけ・・・電話をつなげた。悟志は最初の僕の疑問を代弁してくれた。

〈このデータのフォログラムを作って。〉

〈了解!何でメアド知って・・・まあいいや。〉いきなり来たメールにツッコミを入れようとしたが、もう諦めたようだ。

悟志はメールを見てニヤリと笑った。心なしか香蓮も笑っている。

〈なんだよ。〉

〈〈べつに。〉〉香蓮と悟志は口をそろえて言った。

ドンという銃声を聞き、僕らは鈴音の方を向いた。

鈴音が放つ弾丸をオークはくらいながら前に進み、腰にある斧を手に取り鈴音に振り下ろす。それをまたもやスレスレで躱した彼女は、バックステップと同時に構え、兜の隙間に銃口を向け、引き金を引いた。しかし、頭の位置をずらし、兜の厚い部分に弾丸をあて防いだ。

「やるなー、豚野郎。」更にバックステップを踏み、オークと距離をとり銃弾を放つが、やはり鎧に弾かれる。

兜に食らった弾丸の衝撃で、口元の鎧がはがれる。中から出てきたオークの顔が笑っていた。

「てめえ・・・」鈴音がそれを見て睨みつけるが、口元は笑ったままだった。

「でもあと数発で・・・」鈴音が途中で言葉をやめた。

「あれ・・・・・・?」鈴音は周りをきょろきょろしながら、段々と顔が青ざめていく。青ざめ、怯えた顔でこちらを向いた。

「ごめんなさい・・・電源が・・切れました。」小さな声になった鈴音が、泣きそうな顔で頭を下げ誤ってきた。

鈴音はどちらかと言うと感覚派のゲーマーで、技術や反射神経は優れているが、時間やダメージの計算が苦手である。更に戦っていると、テンションが上がってしまうタイプで、今も敵を倒すのに夢中になって、制限時間が頭から抜けたようだ。

というかまずい事になった。唯一の戦闘員である鈴音が、戦闘不能になってしまった。オークもゲームモードが切れてしまった鈴音が見えなくなっているようで、あたりを見回し僕らを見てニヤリと笑った。

僕は近づいてくるオークを見て後ろに下がろうとしたが、足が後ろにも下がらなかった。情けないと自分でも思う。背中が熱い、まるで誰かが後ろにいるような感覚がした。

僕は体を前に向けたまま、後ろに首を回し香蓮達の方を向いた。その時香蓮から一通のデータファイルが入ったメールが来た。

〈これをインストールしなさい。〉

〈何・・これ・・・?〉

〈い・い・か・ら・入れろ!〉

〈はい!〉

僕の疑問には答えずに、急かす様に大きい声で香蓮が言った。僕は言われるがままにデータを開いた。データを開いた瞬間に、僕の周りに光る数字が溢れて、光が僕を覆った。

オークは戦えない僕らにゆっくりと近づき、ハッキング作業をしている香蓮を見て狙いをすましたみたいで、香蓮めがけて大股で近づき斧を振り上げた。

「おらー!」横にいた悟志が刀を振り下ろす。外用のゲームを今インストールしたようだ。

それを見たオークは鎧で刀を受けた。カンという音と共に剣が弾かれた。

「うお!硬てー。て、うわー!」刀を弾かれた悟志は自分の手元を見てしまい、そのすきに斧を振り下ろされやられてしまった。

「マジでAIR起動しねーじゃん。」

本当にAIRとの接続が切れ操作できなくなったようで、手元の刀が消えていた。しかし、映像は見えるのか、オークを目で追っている。

オークは悟志を倒した後に、香蓮に向けおのを振り上げ、思いっきり振り下ろした。

「危ない!」悟志が叫ぶ。

香蓮は薄っすらと笑みを浮かべていた。

キーンという鉄と鉄がぶつかるかん高い音が、この空間に響き渡る。オークは目を見開いて驚いていた。

オークが振り下ろした渾身の斧を受け止めたのは、金色と白色のドレスの様な鎧を着た、青い目をした金髪の長身の美少女、レジェンドパーティーのイルナ・・・の皮をかぶった僕だった。

僕は合わせた剣を少しずらして、オークの体勢を前に崩してから、合わせている剣を腕だけでなく体を使って思いっきり押した。オークの体が後ろに吹き飛んだ。

吹き飛んだオークが転がっているのを確認し、僕は香蓮の方を、恥ずかしさと怒りの混ざった顔で向く。

「かーれーん。」多分顔が真っ赤だったと思う。

香蓮は必死に笑いを堪えているが、クスクスと笑いが漏れていた。

「あははははははははは」悟志がお腹を押さえて笑っている。

「悟志!お前がこのフォログラム作ったのか!」

「おう!表情とか体の動きの連動の設定も込みでな。体格がほとんど変わらなくて助かったぜ。」悟志は額の汗を拭く仕草をして、一仕事終えたようなポーズをとる。

〈そのフォログラムに、貴方のキャラのステータスを移したわ。これであなたも戦える。〉

〈フォログラムいらないだろ、俺の体にステータス移せば女装する必要ないだろ。〉

〈似合ってるわよ。〉笑いながら香蓮が言った。

〈おい!〉

〈ごめんなさい。でも、さっきも言った通り、ゲームのプログラミングは特殊なの。だからこのフォログラムは必要なのよ。〉

本当かと疑うが、彼女は嘘をつかないので、信じるしかない。しかし、家用のゲームソフトのキャラを、無理やり外用のゲームに持ってけるなら、対外何でも出来そうだろ。

僕はチラリと鈴音を見たが、鈴音はきょとんとした顔でこちらを見ていた。空幻が切れて、僕のこの痴態が見えてないようだ。この姿を見ていない人が一人でもいてくれて、僕は胸をなでおろした。しかし、鈴音はポケットにあったタブレット端末を取り出し僕に向けた。

「ゼロだー!」鈴音は目を輝かせ子供の様な顔で、タブレット越しに僕を見ていた。

「かーれーんー!」

〈なんでわか・・・私が犯人の証拠は?〉香蓮が焦ったような言葉で、笑いながら言った。

前言撤回、黒山香蓮は嘘つきであった。

「まあ、渋谷とかだったらそういうフォログラムのコスプレの人は、いっぱいいるから。」悟志が仲介に入った。

「悟志、いつからここはしぶ・・・」

最後まで言う前にオークが仕掛けてきた。

オークが斧を振り下ろす。僕が剣で斧を受けると、間髪入れずに二発目、三発目と斧を振り下ろしていく。どうやら先ほどの押し合いで、鍔迫り合いは部が悪いと判断したようだ。カンカンと斧を振り払っていく、みるみる僕は後ろに下がっていく。

〈押されてる。〉香蓮が呟いた。

「タンク同士の戦いは、泥試合になるって聞くけど、一方的にやられてるな。」香蓮の通話に悟志が答える。

激しい連続攻撃により、下がり続けた僕の背中が壁にあたる。オークがニヤリと笑う。

香蓮も悟志も心配する様に顔が曇っていく。

「ゴオおおおおおお!」オークが叫びながら振り下ろす。

「バーカ、演技だよ。」鈴音はゲームをしてる時と同じ笑顔になった。

オークの動きが止まる。壁まで押されたので、香蓮と悟志はオークの背中で何が起きたのかが解らないでいた。

「やられてるふりをして大振りを誘い、カウンターを決める。それがゼロの戦法です。」悟志と香蓮に鈴音が小さな声で説明する。

オークが後ろに下がる、するとオークの鎧を僕の剣が貫いていいた。

「すげー、俺の刀は軽く弾かれたのに。ステータスの差か?」悟志が驚く。

「違いますよ。私の弾丸で削った箇所をピンポイント貫いたんですよ。」鈴音が目を輝かせて食い気味に悟志に言った。

彼女の情緒に悟志は動揺したが、鈴音の戦っている時の「あと数発で・・・」の発言を思い出した。

僕は剣を大きく振り上げ、剣を思いっきり振り下ろした。しかし、剣はオークの目の前に振り下ろされた。

〈外した?〉香蓮が驚いたというよりきょとんとした顔で言った。

一瞬時が止まった様にオークすらも動かなかった。

「あの・・・技が出ないんだけど・・・。」僕は香蓮の方を見る。

〈いや・・・技用のフォログラム作ってないから出ないわよ。〉香蓮が棒読みで答えた。

僕を遠ざけるためににオークが斧を振り払った。

「最初に言えー!」と叫びながら僕は後ろに飛んで躱した。

オークの斧が光輝き、その斧を投げた。斧は僕に届く前に大きくなり、二メートルほどの大きさになった。

「あっちは技使えるんかい。」僕は躱そうとしたが、後ろの射線上に香蓮がいた。

「くそ・・・おおおおお。」僕は叫びながら技を剣で受けた。

左上にあるHPがみるみる削れていく。三分の二が削れたところで斧を弾くが、斧はオークに戻り大きくなった斧のままこちらに突っ込んできた。

「二段がまえか・・・」僕は呟きかわそうとするが、普段運動してないのもあり、足がもつれる。

オークが目の前に来て、大きくなった斧を両手で振り下ろした。足がもつれたせいで躱せず、技を受けられるほどHPも残っていなかった。

僕は目をつぶってしまった。しかし、一時たってもHPバーが減らなかった。ゆっくりと目を開けると、地面から生えた光る鎖がオークに絡まり、動きを止めていた。

「ゼロさん、早くとどめを。」聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

僕は後ろを振り返り、声の方を向くとそこには赤髪の聖女が立っていた。

「アンニ・・・・。」僕は目を見開いたまま、彼女の名前を言った。

「早く!もう抑えられない。」アンニはきつそうな声で訴える様に言った。

僕はオークの方を向き、まるで魚でも捌くように、鎧と兜の間に剣をいれ首を切り離した。

「流石ですね、ゼロさん。」アンニが後ろで言った。ゲームの中で聞いた彼女の声そのままだった。

「なんで・・・」僕が振り返りながら聞こうとした言葉は、途中で途切れた。

「会いたかった。」アンニが僕に抱き着いてきた。

僕はその衝撃でしりもちをつく。彼女の香りと彼女の体温と彼女の心音が、仮想現実でもフォログラムでも感じられない情報が、僕の頭に流れてきた。

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