第2話

 ガチャと鍵が開く音と共に扉が開く、辺りは夜になっていて、今日一日の疲れがどっときた。現在は人口と都市開発により、ほとんどの人がマンションで住んでいて、マンションが固まっている地域のことを居住区という。僕の家は居住区Aの一角のマンションの43階に住んでいる。

「ここがゼロさんの家ですか。すごく高いですね、まるで空にいるみたい。」

後ろにいた赤髪の少女アンニは、物珍しそうな顔でマンションの外を眺めている。僕が住んでいるマンションは辺りのマンションに比べ、非常に高く飛びぬけている。さらに部屋は最上階にあり、見える景色は絶景と言えるだろう。

「アンニのなりきりはいいから。」僕は呆れた目で彼女を見た。

「なりきりじゃないですよ。何度言ったら解るんですか、本物です。」彼女は怒った顔で言った。

僕はフンと鼻で笑った。アンニはそれを見てさらに怒った顔になった。

開けた玄関に僕は入り、アンニにも入るように促す。アンニは頷き僕の家に入った。家の中はマンションにしては広く、玄関の目の前には廊下ではなく、リビングが広がっている。

「こんな広い家で一人暮らししてるんですか?」アンニは驚いた顔をしていた。

「ああ。」と僕は頷き下を向くと、ヒールが一足置いてあった。

「あらひどいこと言うのね、二人暮らしだろ?」

奥から黒色のTシャツを着た40代ぐらいの女性が、首を撫でながら出てきた。

「おかえりなさい零次。」

「あんたが家にいるなんて珍しいな。」僕は彼女を睨む。

「母さんて呼べよ。」

母さんはニヤリと笑いながら言った。最近しわが増えてきたせいか化粧が濃くなってきている。

「お母さまですか?」

僕の背中からアンニがひょこりと顔を出して言った。

「・・・なん・・・で」母さんが目を見開いて驚いていた。

アンニのことを数秒眺めてから、母さんは口を開く。

「・・・コスプレ?」アンニの修道服を見て母さんは言った。

僕は呆れた顔でため息をつき、アンニの手を引き自分の部屋に向かった。母さんはその様子を眺めてから、浮かべた笑みを消し。

「今日はゲームの練習に行かずに、女の子と遊んでたの?」

「別に関係ないだろ。」僕は足を止めた。

「フン!やっぱりその程度だったのね。」母さんはまた笑い始めた、今度はあおる様に。

「うるさいな、ゲーマーは反対だったんじゃないのかよ。」僕は声を荒立てた。

「そりゃ反対だったわよ。こうなると思ってたからね。」解ってた口ぶりで笑いながら母さんは言った。

「そういうの・・・うざい。」

僕はの睨んでいた目を母さんから背け、呟くようにそう言って部屋に歩きだした。映像で建物も部屋も作れてしまう今では、間取りがぐちゃぐちゃになっていることが多い。この家もその影響でリビングの真ん中にらせん階段になっていて、その上に僕の部屋がある。

先に行ってしまった僕を追うように、アンニは歩き出した。目があった母さんは、アンニに微笑みかける。先ほどまでの僕に向ける笑みではなく、優しい笑顔だった。

「あとでお茶とお菓子持っていくわね。ごめんねあの子、絶賛反抗期中なのよ。」僕には聞こえない様に母はアンニに言った。

「いえ・・・あなたは・・・」アンニは母を眺めながら黙った。

「ん?」

「・・・なんでもないです・・ありがとうございます。」アンニは母に一例をして、僕の部屋に向かった。

僕の部屋には大したものはなく、部屋には映像を施してないので、殺風景というか部屋というより牢屋の様になっている。壁には文字や数字が大量に書いてある、もちろん直接は書いてない、AIRで書いた映像である。

「すごい部屋ですね、この文字は何ですか。」アンニが物珍しそうに指をさした。

「この部屋を出る前に調べものしてたんだよ、物を覚えるのは今でも書くのが一番早いからね。」

「へえー。何の勉強をしてたんですか?」

アンニがそう聞きながら文字を見ていると、壁の文字の中に人のイラストとその下に、数字が並んでいる。その人達はアンニも知っている者たちだった。

「この魔物はカエサル城の・・・」

「明日のイベントで出てくるモンスターの情報と、マップの情報だよ。」

「いつもこんなに調べてるんですか?」アンニは壁一面を見渡す。

「え・・・このぐらい頭に入れなきゃ勝てないじゃん。」

アンニは驚いた顔をし、その後にフッと笑った。

「いつも色々な事を教えてくださいますもんね、ゼロさんの強さのいったんを見たようで嬉しいです。」

「そういうのは・・・やめてくれ。」

僕はそう答えると文字の映像を消した。

「ルーム客間」

僕がそう言うと、床がドミノのように動きだし部屋の真ん中に白いちゃぶ台が出来た。ちゃぶ台の両脇の床からスライムの様なものが出てくる。僕はその上に座った。

「座りなよ。」僕は出てきたスライム状の椅子にアンニを促す。

「いや・・その・・・。」アンニは苦笑いする。

僕は首を傾げた、少し考えてからスライムのクッションが気持ち悪いことに気付く。

「ごめん、俺あんまり内装着けるの好きじゃないんだ。」

無色透明なスライム状の椅子が黒くなるり、表面が布のようになっていく。

「これでいいかい。」

「すごい!魔法みたいですね。」アンニは腰掛ける。

「魔法ね・・・」ぼくは笑いながら言った。

「まだ・・・信じてはもらえませんか。」

「魔法で世界を移動してきたって話しか。コスプレイヤーが何言ってんだ。」僕は笑いながら、しかし苛立ちを残して言った。

「コスプレイヤーて何ですか?お母様も言ってましたね。」

「お母さまって・・・。」

「そういえば、お母さまはしてないのですね・・これ。」彼女は自分の首に着けているオンラインチョーカーを指さした。

「あーあいつはナチュラリストなんだよ。」

「ナチュラリスト?」アンニは首を傾げる。

「ナチュラリストてのは・・・。」

言いかけて僕は言葉を止めた。彼女のその顔と仕草を見て、ゲームの中の彼女と、目の前にいる彼女が重なって見えたからだ。自分の場所が少しずれた気がした。

「はーー。」僕は深く息を吐き、自分の場所を戻す。

僕は彼女を半ば睨みつける様に、目を向けた。彼女は気圧される様に後ろに下がった。

「アンニ・・・僕はAIRを外しても、君がその姿のままなら信じてあげるよ。」

「それは・・・」

彼女が話を発する前に、僕はAIRのフォログラムを使って姿を変えた。今日使ったデータを呼び起こし、金髪の女騎士イルナに姿を変えた。

「ゼロ・・・さん」彼女は呟く。

「違う僕は天野零次だ。AIRを使えばある程度姿を変えれる。つまり君がこれを外さない限り、君が偽物である可能性がある。」

「でも・・・これを外したら私はこの世界にいられなくなる。」

「またそんな・・」

僕はアンニの振りをする彼女に嫌気がさし大きな声を出したが、その言葉の続きは出てこなかった。目の前の彼女が、赤毛の修道服の少女が透け出したのだ。僕はそれを見て声を出せずにいた。

「ただでさえ・・・時間が無いのです。話を聞いてください。」彼女は頭を下げた。

僕は無意識に下げられた彼女の頭を触れようとした。しかし、彼女に触れることが出来なかった。すり抜けた自分の手を見て僕は息を飲んだ。

「先ほど魔法を使った影響です。修正魔法で私を世界から弾かれそうになっています。」

僕は頭が真っ白になっていた。何も言えずただ単語だけが耳に入ってくる。彼女は透けているだけでなく、画像が荒れる様に姿が揺れる。

「私はこのチョーカーを利用して、この世界に転位魔法でやって来ました。」

彼女が何を言っているか解らない。いや、理解は出来るがここじゃない。現実の話しではない。

「あなたに私達を助けてほしいのです。」

「助ける・・・?」

全く入ってこなかったアンニの言葉だったが、その一言だけ自分の中に入ってきた。

「そうです助けてほしいのです。」アンニの顔が笑顔になっていく。

「なにを・・・助けるんだ?」ぼそぼそと僕は呟く。

「もうすぐこちら側の世界で、大規模な魔法攻撃を行おうとしている者達がいます。その者達を止めていただきたいのです。」

「は?」

言われた言葉が、また理解できなかった。

「俺がどうやって・・・無理だろ。そんな俺なんか。」

言葉がうまく出てこない。大きすぎる話し、というよりもあまりにも現実味がない。現実味が無さ過ぎて、ここがあちらのようだ。

「そんなことないですゼロさんは、私が会った騎士の中で一番信頼しているんですから。」

彼女は僕の手を握ろうとした。しかし、彼女の手は僕の手をすり抜ける。彼女はその手を見てから、僕の目を見つめた。その目に映るイルナの姿がはっきりと見えた。そこに見えたイルナの顔は、笑顔だった。目の前の少女を安心させる、そんな笑顔だった。

「違う俺は・・・」僕は目を背け同時に姿を戻す。

「ゼロじゃない・・・あれは本物じゃない・・彼女はぼくの・・・」

「本物です!ゼロさんは本物です。」

アンニは立ち上がり、大声で訴える様に言った。ゲームの中でも見られなかった、彼女の表情だった。僕は彼女から初めて向けられる感情に気圧された。

少し間をおいてから彼女は座り、こちらに笑みを浮かべた。

「零次君・・・」

僕の体が震えた。本来呼ばれるはずのない人から、その名を呼ばれた。

「私は変身した貴方の姿を見て、ゼロさんと呼んだのではありません。」

僕は彼女の目を見た。その真っすぐな瞳から僕は目を離せないでいた。

「零士君の戦う様子、今話している時の仕草、私がわからないことは教えようとするところ。あなたは隠そうと、抑えようとしていますが、あなたの中にはゼロさんを感じます。」

「やめてくれ私はそんな人間じゃ・・・」

目を見開く、急に自分の声が少し高くなったのを感じた。「私」自分が発した言葉が頭の中を巡る。

「わ・・・た・・し?」

「零士君?」アンニは心配そうな顔で僕を見つめる。

僕は立ち上がり自分の部屋にあるゴミ箱に走った。

「うおえええええええええ・・・」

「零士君!大丈夫ですか!?」

急に嘔吐した僕を心配し、彼女は駆け寄り肩に触れようとしたが、僕の肩をすり抜けた。一通り吐ききってから顔を上げ、アンニを見る。僕を心配する顔は、情けない僕の姿を映す鏡のようだった。

「俺はやっぱり・・・ゼロじゃない。」呟くように僕は言った。

「そんなことはありません。」静かに、しかし力ずよく彼女は言った。

「でも・・・」

「光よこの者の身を癒したまえブレッシング」彼女の手の周りと僕の周りに、光る文字が現れる。

その光に充てられ、僕の混乱している頭と、ぐちゃぐちゃな心が落ち着いていく。ブレッシングはデバフ解除の魔法だ。

「本当に魔法だ。」

「やっと信じてもらえましたか。」アンニは微笑む。

アンニの姿が先ほどよりも透けて見える。

「修正魔法が強くなっていますね。もうこの世界にはいられえません。」

自分の透けていく体を見つめてから、僕の方を見た。

「突然押しかけてすいませんでした。」アンニは一例した。

「でも、ゼロさんの新しい一面を、私は見れて嬉しかったです。」アンニは続けて笑顔で言った。

「また・・・こっちに来るのか。」

消えていくアンニを眺めながら、ほとんど無意識にぽつりぽつりと僕は呟いた。

「はい、こちらの世界に来るには少し時間はかかりますが。」

その言葉を聞いて僕は、どこか安心した気持ちになった。

「その・・・わた・・僕は役に立た無いけど、こっちに来るなら・・」言葉が最後まで出てこない。

アンニは手を合わせ、顔が先ほどよりも明るくなるのが目にとれた。

「ありがとうございます。頼りにしてます零士君。」

「いや・・うん。」頭を掻きながら僕は歯切れ悪く返事をした。

「もう時間はないので明日、カエサル城のクエストの前に。」もう一度お辞儀を彼女はした。

僕は無言でうなずいた。

「あのさアンニ・・・」

言葉を最後まで言う前にアンニは姿を消した。シャボン玉の様にかすかな余韻を残して。

「・・・ごめんな。」僕はいなくなった彼女への言葉を続けた。

殺風景な僕の部屋に彼女の香りと、体温が残っていた。こんこんと僕の部屋の扉を誰かがノックした。

「あら?アンニちゃんは?」

入ってきたのは母親だった。手元にはもらい物のお菓子と飲み物が厚いった。いなくなったアンニを探す様にきょろきょろしていた。

「帰ったよ。お菓子ありがとう。」

母さんは目を丸くして、驚いた顔をしていた。

「何だか素直ね。」

「この・・・あれ?何でアンニの名前知ってるんだ?」

母さんにアンニを紹介した覚えはなかったが、母さんはアンニの名前を言っていた。母さんはしばらく黙ってから口を開いた。

「部屋の壁にたまに映っていたでしょあの子。本名はわからないけど、キャラ名はそんな感じじゃ無かった?」

確かに一緒に旅をする仲間のデータは、よく壁に映している。

「おい!てか僕の部屋に勝手に入るなよ。」

「掃除しないと汚いままでしょ。今日もアンニちゃん来た時、部屋がきれいで助かったでしょ。」

「・・・ありがと。」聞こえないほど小さな声で呟いた。

「え!なんだって?」聞こえなかっただろうが、多分解ってる顔で聞いてきた。

「うるさい!出てけ!」僕は母さんを追い出した。

「はーい。」母さんは笑いながら出ていった。

誰もいなくなった部屋の窓ガラスに、映る自分の姿を見た。そこにいるのは天野零次だった。


 私の教室は下駄箱が一番近い代わりに、食堂が一番遠い場所にある。そのため私たちのクラスは食堂には行かずに、弁当や売店で食事をとる。教室での食事というのは、クラスのグループ図というのが解りやすくでる。大体の人間は二人から多くても五人ぐらいのグループで食事をしている。しかし、中にはどこにも溶け込めず一人で食事をとる者もいる。私とかね。

〈ねえ。〉

AIRを起動し、居眠りの恰好をしながら、動画を見ているもう一人のソロプレイやーに連絡を取る。

〈うお!いきなり話すなよびっくりするだろ。〉彼は体をびくつかせながら起き、こちらを向いた。

〈コールを待つのがめんどくさいのよ。〉ハッキングをすれば、相手を勝手に電話に出すことが出来る。こうすれば電話に出るのを待つのにイライラしない。

〈昨日の話し、渡辺君は呼んでるから、部室に来なさい。昼食時間に話しましょ。〉

そう彼に伝え、私は席を立ち彼の方を見る。彼がこちらを見ていたのでついてくる様に仕草で伝える。彼はため息をつきながら立ち上がり私の方に来た。彼が私の席に来る前に私は教室の扉に向かう。私の後ろを彼がついていく形になった。

「お!香蓮と零次、一緒にごはん食べに行くのか?」

話しかけて来たのは総勢8人の大グループリーダ、荒川俊だった。この人は苦手だ、悪い人ではなく明るい人間なんだが、クラス全員を友達だと思ってる。自分とクラス全員では無く、クラス全員例外なく、お互いを友達だと思ってると思っている。そんなことは無い、40人近くの人間が、全員プラスの感情を向けあうことは不可能だ。しかし、彼はそれが解らない。全員が身内だから、クラスを客観視することができない。だから彼が苦手だ。

「お二人さん仲いいねー。」

「やだー」

後ろにいる男女が教室に響く様に騒ぐ。なんで明るい人間の周りには、騒がしい人間が集まるのだろうか。というか「やだー」てなんだ、どういう意味だ。騒がしい人間は嫌いだ。荒川だけならば話すだけですむのだが、こういう言葉を聞くとイライラする。

「何?二人で食べて悪い?」

「別に悪いなんて言ってないけど。」荒川は困った顔をした。

「ちょっと、何その態度。」荒川の隣にいた女が口をはさんだ。

「何が?」

口を挟んだ女を睨みつける。怯えて女が荒川の後ろに隠れる。私からしたら、先ほどの発言こそ態度が悪い。大勢でいると軽はずみな発言が増える。盛り上げるためか知らないが、知ったことではない。

「悪い。僕たち部活の話しするために部室に行くんだ。」横にいた零次が話に入ってきた。

「何で誤るの?」零次を睨む。

「いいから行くよ。」零次は呆れた顔で私の肩を叩く。

「あ。零次この前の大会は残念だったな、次頑張れよ。」

零次は目を見開き、立ち止まる。驚いた顔は一瞬で、荒川は多分気付かなかったのだろう、前にいた私だけが気付いた。

「う・・・うん、ありがとう。」零次はかすかに引きずった笑顔で荒川の方を向く。

「何の大会?」横の女が零次ではなく荒川に聞く。

零次の肩がびくりと震える。

「ゲームの大会、零次すごく強いんだよ。」荒川は零次の肩を押しみんなの前にだす。

「へーゲームのー、すごーい。」横にいる女が騒ぐ。

何か感に触る言い方だった。後ろにいる奴らも、クスクスと笑っている。

「もしかしてたまに学校休むのって、ゲームのため?」半分ニヤケながら後ろの男が言った。

「え!マジで!すげー。」もう一人の男が、明らかにバカにした言い方をした。

「でもさー、あと一年で受験なんだよー、勉強しなよー」後ろの女が笑いながら言った。

「ちょ、やめろよ。」いくら荒川でも、いけない流れになっているのが解ったようだ。こいつが作った流れなのだが。

「でもー」女二人が口をそろえる。こうなればもう荒川でも止められない。

ふざけるな、零次がどれだけ努力をして、ゲームの大会に出ていると思っている。今どんな悩みを持っていると思っている。人の努力が想像できない、想像すらしない奴らが、何故零次をバカにする。文句が止まらない、止まらないが、零次より先に私が怒るのは話しが違う。私は零次の顔を確認した。

彼は笑っていた。自分を笑っていた。

「・・・笑うな。」我慢できなかった。

しかし、中途半端に我慢したせいで、小さな声になった。うつむいていたせいで、皆には聞こえなかった。私の近くにいた零次と荒川を除いて。

私はまだ笑っている奴らにイラつき、前を向く。多分怒りでひどい顔になっていた。

「わ・・・」

「ごめん、僕たち部室に急ぐから。」零次は私の袖をつかみ引っ張る。

「あ・・うん呼び止めてごめん。」荒川が答えた。そのごめんという言葉には、違う意味が込められてそうだ。

零次は私の手を引きながら、急いで階段まで引っ張て行く。外に出たとたん私が騒ぐことを、彼はわかっていたのだろう、教室の人たちに私の声が届かない場所に移動した。

「ちょっと・・・なんで・・」私は零次の手を振りほどき睨みつける。

「ごめん。」零次は苦しそうな顔だった。

「なんで・・・黙ってた、笑ってた、怒らなかった・・・あなたは・・・」

「まあまあ」

言いたいことが多かったが、彼の表情を見て何も言えなかった。彼の感情のない笑顔、最近の自信のない彼のせいで勘違いしていた。彼は言い返せなかったのではない、もう相手にしていないのだ。親や教師、それどころか見ず知らずの大人にすら、似たような事を言われているのだろう。もう同級生の、子供の言葉など彼の芯には届かない。

「ごめんなさい、私が短気だったわ。」

「いや・・別に。」彼は私から目を背ける。

「でも。自分を笑うのは気に食わない。」私は再び零次を睨む。

零次は驚いた顔をしてから、クスリと笑い、笑顔で私に目を向ける。

「ありがとう、香蓮。」

「そう・・・部室に行くわよ。」

私は振り向き、階段を上り部室に向かう。零次も私の後を歩く。

私達のAIRプログラミング研究会の部室は、教室の上の階の奥にある。この階にある教室は、学校の貴重な物を保存している、物置みたいな部屋が密集している。私達の部室も元々は物置みたいな部屋だったが、部活を作った時に中の備品と共にいただいた。

「よ!お二人さん遅かったな。」

部室の中にはすでに、渡辺悟志が座っていた。

AIRプログラミング研究会の部室には、真ん中に長机と、本だなにはプログラミングに関する本が並んでいる。本棚の奥には、私の手入れコーヒーセットが置いてある。さらにその横には、布がかぶっている大きな機械が置いてあった。

「先にもう飯食ってるよ。」渡辺はサンドイッチを食べていた。

「ごめんなさい、休み時間に呼んでしまって。」

「別にいいよ。昨日のことは気になってたし。面白いものも見れたし。」渡辺は零次の方を見ながら笑う。

「黙れよ悟志。」零次は渡辺を睨んだ。表情に恥ずかしさが混ざっている。

零次は自分がいつも座る席に座る。私は自分の席に握っていた弁当を置き、コーヒーセットに向かう。

「渡辺君、零次コーヒー飲む?」

「おう!ありがと」

「ミルク入れてくれ。」

コーヒーセットが置いてある台は、冷蔵庫になっていて、中には零次専用の牛乳と、お菓子などが入っている。彼は甘党だ。

三人分のコーヒー豆を計り、ミルで豆を挽く。ポットを沸かし、コーヒーを淹れる。ゆっくりとのの字を描く。

「はいどうぞ。」二人の前にコーヒーを置く。

「ありがとう」二人は口をそろえて言った。

零次は冷蔵庫から牛乳とお菓子をとりだした。

「あなたお昼をお菓子で済ます気?」私は自分の弁当を開く。中には昨日の残りのから揚げと、カボチャの煮つけが入っていた。

「そうだけど。」零次はきょとんとした顔をしている。

「ごはんはしっかり食べなさい。」そう零次に言いながらカボチャを口に運ぶ。

「別に朝にドロップ食ってるからなー。」零次もチョコを口に放る。

ドロップとは、一粒で一日分の栄養をとれる商品の名前である。そのため零次が食べているお菓子には糖分やカロリーがない、というかなんの成分もないため、味がついているだけのお菓子である。

「おいおい零次、ごはんは人間の幸せの一つだぜ。もっと楽しんだ方がいいだろ。」渡辺は笑いながら零次に言った。

「だからお菓子食ってんだろ。」今度はクッキーを零次は口に放った。

「機械じゃないんだから、ごはんを食べるのは燃料補給じゃないのよ。」

「ナチュラリストみたいなこと言うなよ。実際、社会人は俺みたいな人多いみたいだし。」

「お前の母さんナチュラリストなのに、よくそんな生活許すな。」

「うちは家族に強要まではしないよ、鈴音の家とは違って。」

「だから彼女AIRを持っていないのね。貧乏なのかと思った。」

ナチュラリストとはAIRやフォログラムなどの、ある程度以上のテクノロジーの反対をしている人たちで、もっと人は自然体であるべきだという、思想を持った人たちである。今では単にAIRを着けない人を、そう呼ぶことが多い。

「そういえばあの後、昨日の娘とはどうだったんだ。家で詳しい話しきいたんだろ?俺たちは現場を調べるから、行けなかったけど・・・あの後、黒山がすげー機嫌わるくて・・」

「コホン、それで昨日の娘は誰だったの?」

私は渡辺の話しを遮り、コーヒーを啜る、渡辺も私から目を逸らし、コーヒーを啜った。

「えーと」零次はそう言ってから考え込む。

「何かあったの?」私はコーヒーカップを置き聞いた。

「それが・・・消えた。」零次は呟く様に言った。

「えーと、それは途中でどこか行ったってこと?」私は確認する。

「いや・・・目の前で映像が消えるみたいに消えた。」零次は顔を下に向ける。

部室がシーンと静寂する。何の声も上げない私と渡辺の反応を不審に思ったのか、零次は顔を上げてこちらを見る。私は驚いた顔をして、渡辺は私の顔を顰めながら見ていた。

「どうした?」私達の様子がおかしいと思い、零次が聞いた。

「いや・・・俺たちは昨日ハッキングの影響だと思ってたんだけど・・・それが本当なら・・」渡辺は私の方を向いたまま、零次に話しかける。

「なにがあったんだ?」

「彼女、カメラに映ってないのよ。」

零次が目を見開いて驚き、手にあるチョコレートを落とした。

「フォログラムも映るカメラには映ってるんだけど、映らない方、普通のカメラには彼女映ってないのよ。」私は腕を組み彼に説明する。

「でも・・アンニは・・」零次は狼狽えていた。

「映ってないだけじゃない、サーモグラフィーとか電磁波とかも調べてみたけど、生物らしい反応はなかったわ。」

「AIRの周波数、フォログラムが動くときに出る、意識に働く振動なんだけど。彼女が動く時はその波が計測された。これに関してはコスプレだと思ってたんだが。」

私と渡辺が昨日調べたことを零次に説明していく。

「でも触れた感触が・・・いやそれ以前に・・・」零次は口を抑えた。

どうやら零次も気付いたみたいだ。

「映像なら鈴音が見えないはずだ。」

「そう鈴音さんは赤毛の子、アンニさんだったかしら?その娘が見えていた。」

羽本さんはをAIR着けていなかった。ということはフォログラムの映像は見えないはずだ。あの時も、ゲームのキャラが見えなくなっていた。ということは・・・

「てことはアンニは本物。」零次は嬉しそうな顔をしていた。

零次は私の顔を見て、心なしか後ろに下がる。その後に自分の眉に力が入って、彼を睨むような顔になていることに気付いた。力を抜く様に目元マッサージする。

「でも、もう一つ不審な点があるのよ。」私は人差指を立てる。

「不審な点?」

「アンニさんどこから来たの?」

零次が体を震わして驚く。思ったより零次が驚いていたので何か引っかかる。

「えーと、どこからって、どういうこと?」零次が聞き返してきた。

どういうこととはどういうことだ?

「アンニさんをGPSで足取りを追ったけど、半径10㎞の監視カメラに彼女は映っていなかった。いくら何でもその範囲のカメラが壊れてる何てあり得ない。」

「いくつの監視カメラ調べたんだよ、てかどうやって調べたんだよ。」渡辺が驚いていた。

「それだけならハッキングして調べられるわよ。」私は当たり前のことを聞いてきたので呆れた。

「キーパーなんだから特権使えよ。」零次が苦笑いで言った。

「許可とるの面倒くさい。」食べ終わった弁当の蓋を閉じる。

零次と渡辺が、ドン引きした顔をしていた。問題にならないことなら、問題無いのにこの人たちはどうしたのだろうか。

「フォログラムも映る方で彼女を探したけど、彼女あの黒い球から出てきたの。それで鈴音さんに確認してみたけど、現れる瞬間は見れてないみたい。でももし、本物なら歩く道のすべてのカメラをハッキングして、あの場所までくる必要がある。」私は腕を組み考えこむ。

「あのさ・・・昨日アンニが魔法でこっちに来たって、言ってたんだけど。」零次は苦笑いしながら言った。

私と渡辺は目を見開いて驚く、再び部室が静寂する。

「アハハハハハハハ!どうした零次!」渡辺は大笑いして零次の肩を叩く。

しかし、この話の妙な空気感もあり、肝試しで怖さを紛らわすような笑い声だった。渡辺も冗談に聞こえないようだ。

「アンニがさ、デバフ解除の魔法をかけたんだよ。」

「でばふ?」

「ゲームの相手キャラに、ダメージじゃないマイナス効果を与えること。」零次が説明してくれた。意味は解らなかった。

「その時、なんていうか本当に魔法をかけられてる気がしたんだ。解りやすい魔法じゃないから、何とも言えないけど、心とか気分が落ち着いたんだ。」零次は手を胸の前にあてる。

「でもさ、気持ちを落ち着かせるだけなら、AIRでそんな機能あったろ。」渡辺は自分のをAIR指さして言った。

「パニック防止の機能ね。」私がその機能の名前を呟く。

AIRを着けている人が、パニックによる呼吸困難や、運転事故を防止するための機能である。混乱した意識に働きかけ、正常な判断が出来る程度まで意識を落ち着かせる。

「でも、その機能が起動するのは、確か自分の生死すら判断できなくなるほど混乱した場合じゃなかったか?俺は多分そこまで混乱してなかったぞ?」零次は腕を組む。

「いや・・・現場までカメラいじれるやつなら、その機能無理矢理使えるんじゃねーの?ハッキングで。」渡辺は笑いながら私を見た。「お前もできるだろ」という目だった。

「その機能に関しては無理よ。私が知ってるハッカーの中にも、それが出来る人間はいないわ。だってそれフェーズ3よ。」私は首を振って答える。

フェーズとは、AIRにより操作する意識の段階である。フェーズ1知性、フェーズ2理性、フェーズ3感性、数が上がるごとに操作するのが難しくなる。AIRは結局はコンピューターだ、意識の操作も数字で行う。フェーズが上がれば上がるほど、情報量が多くなり、膨大な数字の量になる。それだけじゃなく、人の意識は常に移り変わり、そのたびに膨大な数字が変化していく。今の技術では、フェーズ3の数字の量の変化に、追いつくことができない。それこそ死を目前としたほど、意識が単調にならないと、コントロール出来る情報量にならない。

「魔法ね・・・。」私はコーヒーを一口飲む。

「どうした?黒山まさか、魔法信じてるのか?」渡辺が笑いながら私に言う。その笑顔には不安がかくれていた。

「信じてないわ。でも・・・」私は言葉を止める。

「でも?」零次が私に聞く。

「昨日見たカメラでアンニさんの他に、不思議なことがあったの。」

零次と渡辺の顔が曇る。ここまでの話し、いくら技術が発達しても、あり得ないことが続いている。

「あの黒い球があったじゃない。アンニさんと同じで、フォログラムが映らないカメラにはもちろん映ってないのだけど、その他のカメラには全て映ってるのよ。」

「は?」零次と渡辺が口を開いて驚く。

「サーモグラフィー、電磁波、振動検知、フォログラム、全てのカメラに反応したのよ。でも羽本さんは見えてなかったみたいよ。」

「頭混乱してくるな。」渡辺は笑いながら言った。

「アンニの逆か、両方普通のカメラには映ってないけど。」零次が呟く。

部室にいる三人は静まりかえる。

「あのさ、AIRのメーカーに連絡するのはどうだ?今回みたいな事が出来るのかどうか。」渡辺が沈黙をうばった。

「無理よ。メーカーはこういう新しい事件には、対応できないわ。」

「何で?」

「だって、この機械作ったのメーカーじゃないし、そもそも人間ですらないもの。」

渡辺はきょとんとした顔になっていた。

「AIRを作ったのはAIなんだよ。」

AIRを作りだしたのは二つのAI、アザムとナーブである。メーカーも含めた私達人間は、AIRの構造を理解することはほぼ不可能であり、AIRの機能をすべて使えている人間はいないとされている。そのため今回の様に、AIRが不思議な現象を起こす可能性は、ゼロではないのだ。

「理解してない物を使ってんのかよ、俺たちは。」

「火が付く理屈が判明したの、猿が火を起こしてからどれだけ先の時代よ。人間は便利なら解らないものでも、社会の基盤にするのよ。」私は呆れた声で笑いながら言った。

「アンニに聞くしかないか。」零次が小さな声で呟く。

「今日、アンニに昨日のこと詳しく聞いてくるよ。」零次がコーヒーを飲みほして言った。

「今日アンニさんと会うの?」私は驚きながら言った。

「あっちでな。」零次AIRを指さす。

「なんだゲームの話か。」私はため息交じり言った。

「でも、もしゲームのNPCがこっちのこと知ってたらやばいな。」

「うっ確かに。」

渡辺が言った言葉に、零次が反応した。もう、零次は魔法でアンニがこちらに来たと、思っているようだ。口にはしてないが渡辺も半分ぐらい信じていると思う。

「じゃあ、今日は私と羽本さんで仕事行ってくるわ。アンニさんと話して何か進展があれば明日教えなさい。」

そうつぶやくと零次が私を睨んで黙っていた。どうやら鈴音さんの名前を出したからのようだ。

「まだ昨日のこと怒ってるの?」

「別に怒ってないけど、黙って呼んだりするのやめてくれ。」

「言てたらあなた来なかったでしょ。」

「だからって。」

「それに、一緒にプロになりたかった子の一人なんでしょ、大切にしなさい。」

「だからプロは諦めたんだって。」

「ならそれを一番最初に伝えるのは彼女でしょ、諦めきれてないから中途半端に逃げて、周りに心配かけるのよ。無駄な時間よそんなの。」

零次は黙ってから目を逸らす。

「お前や鈴音みたいな天才にはわかんねえよ。」

零次は笑っていた。よくある天才という言葉でバカにするような笑いではなかった。彼は私と羽本のことを、心のそこから天才だと思っている。この笑いは、教室で見せた笑いだ。気に入らない、自分をバカにする笑いだ。

「あなたって他人の才能を過大評価して、自分の才能を過少評価するわよね。」

「そんなことは・・・」零次は逸らした目を再び私に向ける。

「違うか・・・他人の努力を過少評価して、自分の努力を過大評価してるのか。」私は笑いながら言った。煽る様にいやらしく。

「なんだと。」零次は驚いた顔をしたが、目には怒りが混ざっていた。

「あなたは自分に勝った相手が、自分よりも努力してると考えられない、だから悔しさが残ってるのに、諦めるなんて言葉が出てくるの。違う?」

「お前・・・俺のこと嫌いだろ。」零次が呟く。怒りと寂しさが混ざった声だった。

「ええ。今のあなたは大っ嫌い。」私ははっきりと答えた。

「俺もお前の正しければ傷つけてもいいって考え嫌いだよ。」零次はそう言って部室を出た。

渡辺は黙って残ったコーヒーを飲んだ。

「黒山さあ、あれは零次の問題だからあんま釘刺すなよ。」

「私の問題よ。」

私の一言を聞いて、渡辺は疑問のまなざしを私に向ける。

「零次があのままだと、私がイライラするの。だから私の問題よ。零次がどう思おうが関係ない。私は自分が納得いくまでくぎを刺す」私はコーヒーカップを音をたてて机に置いた。

「お前と零次、何があったんだよ。」

「何もないわ。彼が夢を追わないと嫌なの。」

「何で?」

「知らないわよ。ただ腹が立つの。なんでだろ?」私は渡辺に聞き返した。

「好きとか?」渡辺は笑いながら言った。

私はそれを聞いて深くため息をつく。どうして高校生はこうやってすぐ、恋愛に結び付けたがるのだろうか。私が零次に向けている感情はそんなものでは無い。そう断言できる。そんな二言ではない。

「バカじゃないの。零次を前にして一ミリもドキドキしたことも、気を使ったこともないわ。私も教室帰るわね。」私は部室を出た。

部室には一人、渡辺だけが座っていた。

「好きの手前なのか先なのか、憧れなのか愛なのか。難問だな。」渡辺は一人で笑いながらそう呟いた。

「部員じゃ無い奴置いてくなよ。」そして続けてそう言った。


「ただいま。」

家の玄関ではなく、自分の部屋の扉を開けた時に僕は呟く。これは多分家に一人のことが多く、生活スペースがこの部屋で完結しているからだ。今通った玄関もリビングも、マンションのフロントやエレベーターや通路と何ら変わらない。

部屋の壁には、多くのゲームの資料が映されている。カエサル城の、敵キャラクターのデータを眺めた。そのデータの中に、NPCアンニのデータを見た。

僕の中に緊張が走る。仮想空間のゲームで、アンニと会うのに緊張しているのだ。

深くため息をつき、ベットに僕は飛び込み目をつぶる。

「アンニがゲームの中で、こっちの話ししたら頭痛いな。」僕は小さく呟いた。

手で目を覆った。そして目を開き、視線を横に落とす。その視線の先には、四角い機械があった。

〈リンク〉その言葉で機械が起動する。

僕は自分の胸の前で両手の指を組む。まるで神に祈りをささげるような姿勢をとった。

機械を作動させてから、自分の体が二つに分かれ、片方の体が前に進む。目の前に行った、体の形が変わっていく。鎧を着た金髪の女騎士に、姿を変えていく。残った方の体の目をつぶる。その後、目を開くと目の前にいったもう一つの体、女騎士に私はなっていた。

目の前には、中世ヨーロッパの様な街並みが広がっていた。後ろを向くと教会がそこにあった。

私は教会の扉を開いて、中に入る。そこには神官が一人立っていた。

「神官のアンニさんをお願いします。契約パーティーのゼロです。」私は神官に話しかけた。

「了解しました、転生者様、契約料を。」神官は機械の様な声で言い、手を出した。

私は無言でポケットからコインを出し、神官に渡す。

「アンニをお呼びします。」神官は建物の奥に行った。

奥の部屋から赤い髪の少女が、階段から降りてきた。

「こんにちわ、今日もよろしくお願いします。ゼロさん。」アンニがお辞儀する。

「ええ、こんにちわアンニ。」私もお辞儀をした。

「いつも教会に迎えに来てもらってすいません。それにお金まで。」アンニは申し訳なさそうな顔をした。

「気にしなくていいよ。契約料だからね。」私は笑いかける。

「教会のルールとは言え、町を守ってくれる転生者様から、お金をとるのは気が引けます。私は皆さんの仲間なのに。」アンニは口を膨らます。

「私達もヒーラーがいないと話しにならないから。」

このゲーム「ドラゴンアース」では、プレイヤーは転生者と呼ばれる。よくあるファンタジーのゲームで色々なモンスターが世界にひしめき、私達プレイヤーはそのモンスター達から町を守ったり、強いモンスターのいるダンジョンや城を攻略したりする。

そして、私達プレイヤーには職業があり、大きく分けて3つある。一つは私の様な戦士職、剣や槍、弓矢などの直接武器を使って、攻撃する役職である。二つ目は魔法職、呪文や杖を使い、範囲の広い魔法を使った攻撃や、サポート効果のある魔法を使う。最後にアンニと同じ回復職だ、回復職は、魔法により味方を回復させる魔法を使う。そして、回復職は圧倒的に人気がない。プレイヤーの数は最も少なく全体の一割もいない。だが、レベルの高いダンジョンなどには、回復職が必須である。そのため、このゲームではアンニの様に、回復職のNPCを教会から雇うことが出来る。

「・・・・・・・・。」

私とアンニは黙りこむ。数秒沈黙があった後、アンニはニコリと笑い。

「カエサル城に行くまで時間ありますよね。お茶しませんか?」アンニは教会の前の喫茶店を指さした。

「構わないよ。行こうか。」私は喫茶店に向かう。

アンニは私の後ろを、ニコニコしながらついて来た。何を考えているか想像できない、この少女は本当に現実世界であった、少女と同一人物なのだろうか。アンニはこのゲームのNPCだ、同じゲームをしていれば教会で契約することができ、彼女を知っているプレイヤーはいる。なら、なりすましが居てもおかしくはない。しかし、このゲームでの契約したNPCは同じキャラでも、一人ひとり違うAIである。このAIは私達プレイヤーとかかわるほど成長し、人間味を帯びていく。

「どうしました?」

考え事をしていたせいでアンニの話しに生返事になっていたのだろう、アンニが心配そうな顔で私の顔を除いた。

「いや、何でもないよ。入ろうか。」

「はい。」私達は喫茶店に入り、対面に座った。私はコーヒーをブラックで、アンニはカフェラテを選んだ。

「この喫茶店入るの初めてですね。」アンニがカフェラテを一口飲んでから言った。

「そうだね、来たらすぐに戦いに行くからね。」

「今日はギルドに何時集合ですか?」アンニは首を傾げる。

私の頭に、あちらの世界のアンニがよぎる。私達の育てたアンニだと私は感じた。

「あと15分後ぐらいだよ。」私はアンニを見つめた。

見つめられたアンニは、恥ずかしいのか目を逸らすが、それでも見つめる私を見て、アンニは真剣な顔になった。

「やはり、ゼロさんは零次君なんですね。」アンニはそう言いながら笑顔になった。

「私だと困るかな?」私も笑う。

今日一日アンニが本物だったのか不安だったが、仮想空間でアンニに会ったら、自分でも驚くほど腑に落ちた。今の彼女の発言にも、全く驚かなかった。

「昨日の話しですが、あなたの世界で大規模な魔法を行おうとしている者がいます。」

「それはこのゲームの中の人が?」

「ゲーム?」アンニは首を傾げる。

「あーこの世界の人間が、魔法をしようとしてるの?」こちらで話すと、アンニの話しも自然だ。

「いいえ、この世界の人間ではありません。」アンニは首をふる。

「じゃあ誰が・・・。」

「解りません。ですが、彼らはこの世界を中継して、ゼロ・・・零次君の世界に行こうとしています。」

「ゼロでいいよ。なるほど、だからアンニはその情報を知っていたのか。で、具体的にどんな魔法で攻撃するんだ?」

アンニから言葉が返ってこなかったので、アンニを見ると、彼女が驚いた顔で目をパチクリさせていた。

「どうした?」

「・・・いつものゼロさんだなーと。あちらの世界だとその・・・。」

アンニが言葉を止めた。言いずらい事というより、言葉が見つからないという顔だった。

「頼りなかった?」

「いえ、そんなこと思ってもないですよ。」アンニは慌てながら言った。

「冗談だよ。ごめん少し意地悪だった。アンニはそんな事思わないよね。」私は笑いながら言った。

アンニは顔を頬を膨らませ、カフェオレを飲み干した。私もコーヒーを飲み干す。

「天野零次と私は別人だよ。」

アンニは驚いた顔をしてこちらを見た。

「別人だけど、同一人物だ。もちろん現実で会った時のことも覚えてる。」

「同一人物なのに別人ですか?二重人格?」アンニは首を傾げる。

私はため息をついて首を振った。

「二重人格てほど人格は分かれていない・・・と思う。ただ、ここにいる時のゼロと、あちらにいる時の天野零次は違う。私はそう思っている。」

「それはどういう・・・」

「何て言うのかな、強い私と、弱い天野零次を、私達は分けている。」

その言葉を言った後に注文していたデザートが来た。アンニの前にパフェが置かれ、私の前にケーキが置かれた。

「ゼロさんは天野君のことが嫌いなんですね。」

「え?」

一瞬驚いた。そのアンニの言葉にではなく、その言葉に驚いている私に驚いた。

アンニはパフェを一口食べてから、笑みを浮かべた。

「安心しました。貴方は天野君ですよ。」

「なんでそうなる。」怒りじゃなかった。焦りの声だった。

「あなたは大きく変わる世界と、自分の容姿を見て、強さと弱さの感情を二つに分けているだけです。分かれているのは感情です、人格じゃない。」

「そんなことはない。わたしは・・・。」

「天野君は強い男の子ですよ。」

私の言葉を遮る様に、アンニは強い言葉で言った。その目には力があった。私の心に何か温かいものが籠る。

「話しを戻しますか。魔法攻撃の内容でしたね。」アンニは溶けてきたパフェを見て、グラスの上の部分を食べる。

「そう・・・だったね。」私もケーキを食べる。私も話しを戻したかったので、相槌をうつ。

「攻撃内容はゲートによる世界転移です。」

「ゲート?あの黒い球のことかな?」世界の移動はアンニを見ていれば、なんとなく察しがついていた。

「はい。あれは魔法による世界と世界をつなぐ門です。」

「魔法か、じゃああれはモノドなのか。」私は片手を上げた。手の周りに日本語でも、英語でも無い実在しない文字が光り、回った。

モノドとは、神様が世界を構築するときに使われた、言葉と言われている。世界を構築した言葉は、かつて誰でも使えたが、世界の形が安定しなかったため、この世界の人間はその言葉を失い、現在使われている言語になった。歴史に残った文献などにより、文字の一部が解明され、その言葉で世界の一部を変えている。その行為を、魔法と呼ぶ。

それがこのゲームの魔法の設定である。

「はい。おそらくまだ解明されてないモノドです。」

「世界転位の魔法は完成してるのか?」

「いえ、完成していません。今回のあなた達の戦いを見て、そう考えています。この魔法には段階があります。」

「段階?」

「はい。おそらく三段階ほどに分かれています。第一は魂の転位、次に魂の憑依、最後に肉体の形成です。」

「転位、憑依、形成?ただモンスターが移動してくるんじゃないのか?」

思っていたより複雑な魔法のようだ。ゲートをくぐれば現実世界というわけではないようだ。

「何でそこまで解るんだ?」

「私もこの魔法を使用しましたから。」

だから彼女は現実世界に現れたのか。しかし、何故敵の魔法をアンニが知っているのだ。

「内通者がいました。」

「内通者て、その敵の中に仲間がいるのか?」

アンニは首を振った。

「違います。内通者は貴方の世界にいます。」

「現実世界に?」

「現実世界からチョーカーをいただき、この魔法を開発しました。」

アンニは服からチョーカーを取り出し、机の上に置いた。

「これは誰から?」

またアンニは首を振った。

「わかりません。転生者様の一人でしたが、何かゼロさんやサヤ二号さんとは違う感じがしました。」

「何で相手はその魔法が使える。アンニが開発したんだろ。」

そしてアンニは再び首を振る。

「わかりません。敵にも内通者がいて、私と同じ魔法を開発した者がいるとしか。」

敵の正体と、内通者の正体がつかめない。つかめないが。

「つまりアンニは、私に敵のゲートの妨害をしてほしいのか。」

「流石、ゼロさんは話しが早くて助かります。」

アンニはニコリと笑顔になった。私はその顔を見て目を背ける。

「敵のゲートの妨害はどうすればいい?」

「昨日と手順は変わりません。魔法返しをしてもらえば大丈夫です。ゼロさんはのお知り合いに、腕のいい魔法返しのかたがいるようですし。」

アンニは何故か目を横に逸らす。

「魔法返し?ああ、ハッキングのことか。大丈夫、香蓮とその所属してる組織全体で、そのゲートを消してるみたいだから。」

「彼女、香蓮さんて言うんですか。彼女ほどの魔法返しの腕がある人がいるなら心配ないですね。」

「てことは香蓮の護衛を続けるのが、私の仕事か。」

「その次に犯人の特定と制圧です。」

「え!犯人を捕まえるの?現実世界で?」

「はい。まあ、こっちの世界か、あっちの世界で捕まえるかは犯人の行動次第ですね。」アンニは残ったパフェを口に運ぶ。

「できればこっちで見つけたいな。」私はため息交じりに言う。

私は残ったケーキを食べきり、視界の左上にある時計を確認した。待ち合わせの時間まで5分になっていた。

「そろそろ時間だね。行こうか。」

「教会の前にもう皆さん来てますね。」

喫茶店の窓から教会の方を見ているアンニにつられて、私も教会に目を向ける。そこにはいつもの仲間達が三人並んでいた。


 レンガに包まれた壁の中、鋭い金属がぶつかる音が響き渡る。その音に合わせ、暗闇に火花が飛び散る。

「全然、敵が見えねー。」少年が叫んだ。

「お前が暗闇のトラップ踏んだんだろ。」低い男の声が、ぼやく様に呟いた。

「ここまで暗いと魔法が仲間に当たっちゃうなー。」少女が笑いながら言う。

「アンニどうにかなる?」私と少女を守る様に、立っている女性が私に聞いた。

「光よ、我らを明るく照らしたまえラント」

私は手をかざし、言葉を唱える。腕の周りに光る文字、モノドが回る。かざした手の先に、光る球体が現れ、その球が広がり暗闇が払われる。

暗闇が晴れたとたん目の前にいたのは、鎧を着た骸骨だった。

「きゃあああああ。」

急に目の前に現れた骸骨に驚き、私は悲鳴を上げた。そんな私に骸骨は容赦なく、持っていた剣を振り下ろす。

「シーラ」

その言葉と共に、私に振り下ろされた剣は、光の壁に弾かれた。

「ゼロさん!」私は声の主の方を向いた。

「大地よ我が弓となり、岩よ我が矢となれ。ノムカノル」

隣にいた少女サヤ二号が、持つ杖の周りにモノドが回る。杖の先端を地面に叩きつけると、叩いた地面が割れ、その破片が勢いよく骸骨に飛んで行った。その岩は骸骨を貫いた。

「よそ見はよくないよー、アンニ。」サヤ二号が笑って言った。

「すいません。」

私がサヤ二号に謝っていると、貫かれた骸骨は倒れることなく踏ん張り、私に剣を振り下ろす。しかし、剣を振り下ろす骸骨の腕が消えていた。私の後ろの壁に、剣が刺さる音がした。私が振り向くよりも早く、骸骨の首が飛ぶ。

「二人ともよそ見しない。」ゼロが剣を鞘に納めながら私達に言った。

「さすがの剣の腕だね。君は通常攻撃だけでも、そこらのアタッカーより強いんじゃない?」サヤ二号は笑いながら茶化すように言った。

「スキル攻撃なしはさすがにきついよ。」ゼロさんも笑いながら言った。

ゼロの後ろの柱の影から、小さな光が反射した。

「ゼロさんうし・・・」

私が叫ぶよりも早く、影から矢が放たれた。

「シーラ」ゼロは後ろを向き手をかざすと、腕の周りにモノドが展開し、手の前に光りの壁が現れる。

光の盾シーラは、光魔法の一つだ。私が使う魔法と同じで光魔法は、教会で習得が出来る。シーラは盾の面積と、術者からの距離に強度が反比例される。術者から遠く、大きいほど盾の強度が低くなる。盾は何度でも展開できるが、壊れた場合、展開するのに時間がかかる。ほかの防御系の光魔法に比べ、汎用性は高いが、能力がどっちつかずになり、魔法を使うたびに距離と面積を考える必要があるため、使用がとても難しい。

「おい!仕事遅いぞ二人とも。」ゼロが後ろにいる敵を見ながら言った。

「すいません!今終わります。」

髪を一つにまとめた白髪の大男マーボーが、自分の背ほどある骨の様な大剣を振り回し、周りの鎧を着た骸骨をバタバタと倒しながら低い声で叫ぶ。

「まあまあ、慌てなさんな。」

柱の陰に隠れて弓矢を放ったであろう骸骨を、倒しながら陰から出てきたのは、盗賊のソンだった。

「君のせいでこうなったんだがな。」やれやれという顔でサヤ二号は呟いた。

「マジでクビにするよ?カールソン。」ゼロは笑いながらカールソンを睨みつける。

「簡便してくれよ二人とも。」カールソンはへらへら笑いながらこっちにきた。

「お前ら・・・手伝えよ。」マーボーが息を切らしながら叫ぶ。

ゼノンの方を向くと、敵はあらかた片付いていた。

「全部倒したのか、結構数が多かったろ。お疲れさま!」ゼロがマーボーの肩を叩く。

「あ、ありがとうございますゼロさん。」マーボーがテレながら頭を掻く。

不思議な光景だ。どう見ても年上のマーボーが、女性のゼロさんにペコペコしている。転生者の人たちにはよくあるが、見た目と年齢が一致しないことが多い。これはゼロと天野零次を見てて何となく理解した。

「仲間なんだから敬語使わなくていいよ。」

「いえいえ憧れてる人にそんな。」

「キメ~」

「あ?」

「お?」

マーボーとソンが睨み合う。いつもの光景だった。

「ゼロさんはレジェンドパーティーで・アマチュアのタンクのプレイヤーの中で、一番強いんだぞ。プロも入れて一番のイルナ使いだ。そんな人を尊敬して何がキモイんだよ。」

「ごめんごめん、別にゼロさんを尊敬してるのがキモイんじゃなくて。オッサンの姿で女の子に照れるのがキメ~んだよ。」

「あ?オッサンかっこいいだろ。」

「お前絶対FPSマシンガン持ってるだろ。」

「悪いかよ。俺的には異性のアバター使える方がキモイよ。」

「あ?」

「お?」

私はゼロの方を見る。いつもの顔だ。こういう話をソンとマーボーは良くする、今までゼロは、この話をどう聞いているのだろうか。

「お前、ソンの事バカにしたらマジでキレるぞ?」

「自分のキャラ溺愛しすぎだろ。」

「見ろこのかわいさ!私のこだわり!この黒髪の少年を!かわいさの中に強さを秘めたこのアバター!」

「やべ、地雷踏んだ。」

ソンが自分の容姿について熱く語っている。マーボーはそれ押される様に後ろに下がっていく。

「なんかオタクのアバターて性癖でるよな。」ゼロが呟いた。

「そういう君もだろ。金髪女騎士。」サヤ二号は笑いながら言った。

「かっこいい女性が好きなんだよ。」ゼロはため息交じりに言った。

サヤ二号はゼロが男だと知っているが、他の二人はおそらく知らない。というか、ゼロがマーボーに隠している様に見える。サヤ二号がゼロの事をネカマといじる時も、いつも二人の時だけにしている。このパーティーも最初は二人ではじめ、私と契約した時も二人でパーティーを組んでいた。

「ほらほら、ソン、ストップ。先行くから偵察に行ってくれ盗賊。」

「あ、了解。」ソンはそのまま城の奥に行こうとした。

「またトラップ引っかかるなよ。」マーボーが笑いながら言った。

「あ?」

「お?」

二人とも先ほどと同じ様ににらみ合う。喧嘩している様に見えるが、サヤ二号曰く、あれはスキンシップだと言っていた。見ていても微笑ましい。

「この先ボス部屋かい?」サヤ二号がゼロに問いかける。

「だろうね、城の広さからして、もう敵はいないだろうけど。いたとしても一二体だろうね、骸骨系は数いないと意味ないから、いたとしたら中型の獣かな。あとはボスだけだ。」ゼロが剣を研いでいた切れ味が落ちたようだ。

「すごい、そこまで解るんですか。」私は驚いた。

驚いた後に、天野の部屋の壁に書いてあった情報を思い出す。私はゼロの方を向き、笑顔になる。ゼロもそれに気付き照れて目を逸らした。

「ゼロさんいたら盗賊とかの探索系いらなくね?」マーボーは笑いながら言った。

「そんなこと無いよ。どれだけマップの間取りとか、出てくるキャラとかを調べても限界がある。マップのどこに敵がいて数はどれだけいるのか、罠の位置とかも現地じゃないとわからない。だから強いパーティーには、探索系のキャラが一人はいる。」ゼロは研ぎ終えた剣を鞘にしまう。

「確かにこのゲームの上位は、みんな探索系のキャラがパーティーにいるな。」マーボーは頷く。

「まあ、うちの盗賊はいつも罠に引っかかるけどね。」サヤ二号は解りやすくため息をつきながら言った。

「あははは」私は苦笑いした。

「聞こえてるぞ。」

「ひゃ!」

後ろからソンが幽霊の様な声で呟いた。

「傷つくなー、二号さん。ロリショタ同盟の仲間だと思ってたのに。」

「そんな歪な同盟入った覚えないんだが、それで探索どうだった?」

サヤ二号はカールソンの言葉を軽く受け流し、本題に話しを進めた。

「あとはボスの部屋だけだね。いつもと同じボス戦前の扉だった。」

サヤ二号はそれを聞き頷き、ゼロの方を見る。

「じゃあ、ボスカエサルについておさらいしてから、アンニのバフ魔法を全員にかけて部屋に突撃しようか。」

「了解。」

カエサルの情報をゼロが確認した後に、全員それぞれに私はバフ魔法をかけていく。その後、魔法使い組の私とサヤ二号は瞑想をし、魔力を回復させていく。その間、戦士職組は装備を整えていた。

「何か聞きたいのかい?」サヤ二号が目をつぶりながら私に聞いた。

「え?何故ですか?」私はサヤ二号を見る。

「何となくだよ。目を開けたら瞑想にならないよ?」サヤ二号は笑いながら言った。

私は急ぐように目をつぶり、瞑想に入る。そして自分の中で聞きたかったことを思い浮かべる。

「サヤ二号さんはゼロさんの・・リアルをどれぐらい知っているんですか?」

その言葉を言った後に、沈黙が続いた。私は気になりサヤ二号をまた見た。そこにはサヤ二号の驚く顔があった。

「珍しいね、教会の人が転生者の元の世界を知りたがるなんて。」サヤ二号は急いで目をつぶった。

「そうですか?そうですね、教会の人の中では珍しいと思います。あまり転生者様は私達に話しかけませんから、興味持たないんだと思います。」

「なるほど確かに、」NPCに話しかけるプレイヤーは少ないからね。」

NPCは多分、私達のことだ。たまに私達をそう呼ぶ転生者達がいるので覚えてしまった。

「リアルをどれくらい知ってるか。どれくらいだろうね。彼女が男だとか、プロ目指してるとかは知ってるよ。」

珍しいと思った。サヤ二号の声にはいつも明るさが満ち溢れているのだが、少し顔が曇った。

「リアルで会ったことはあるんですか?」

その言葉を聞いてサヤ二号は、黙りこんでいた。私は薄っすらと目を開き、サヤ二号を見た。何かを考えているというより思い出す様に下を見ていた。

「サヤ二号さん?」

「あ・・・ごめん。会ったよ・・何回かね。」サヤ二号の声と表情が戻った。

「どこで会ったんですか?」

「えーと。学校では1・2回会ったかな。」

「学校でお会いしたことがあるのですか?」

サヤ二号は何も言わずに立ち上がり、仕草で行こうかと促す。私もサヤ二号も魔力が十分に回復した。

「彼をどう思っていますか?」

私は立ち上がり、サヤ二号に問いかける。何を聞きたいのか、私にも解らない。しかし、リアルの世界で天野と会った私は、彼女にこれを聞かずにはいられなかった。

「仲間だよ。」サヤ二号は笑いながら答える。

「リアルでです。」私も立ちあがり言った。

サヤ二号はまた言葉を止める。何を考えているのか、時が止まったような笑顔だった。

「何でアンニが、そんな事を気にしてるかは解らないが・・・」サヤ二号は笑いながら、しかし目は真剣に言った。

「支えたいと思ってるよ。私はあの子とはここでしか語れないから、背中を押せない私は、支える事しかできない。」

「支える?」

「間違えたら教えたり、悩んでたら激励したり、私はそういう事しかできないからね。もっとうまく支えられたらいいんだけど。」

サヤ二号とゼロな関係の話しには聞こえなかった。これはリアルの二人の話しなのだろうか。

「あなたはゼロさんの・・・」

「行くぞーお前ら。」

誰という言葉をマーボーの大声が遮った。サヤ二号はそれを聞き振り返る。多分その表情はいつもの笑顔だろう。

「何をしゃべってたの?」後ろからゼロがやってきた。

「いえ・・・世間話ですよ。」

「そうか。あの人は色々語る癖があるからな。」

「あちらではどんな人なのでしょうか?」私はゼロの方を向く。

「さあ、どんな人なんだろ。気になるね。」ゼロさんは笑いながらこちらを見た。

その言葉を聞き、私は少し固まったが、すぐに笑顔になりゼロに笑いかける。

誰もが何か隠してる。恥だったり、自尊心だったり、優しさだったり、いろんな感情の重ね着をして、私達は人とかかわり、見せたくない自分をひた隠す。転生者も、そして私も大切な人達を騙している。偽物だ。


 ゴゴゴゴゴゴゴと重低音が空間に響いた。このボス戦前の緊張感はいつになっても慣れない。しかし、敵の攻撃を受け、味方を守るのが仕事の私は先頭に立つしかない。メンタルがプレイスタイルに合ってないのは、自分が一番感じていた。

「大丈夫」私はその言葉と共に、部屋の中に入った。

私に続き、攻撃担当の戦士マーボーと盗賊のソン、その後ろに後衛のサヤ二号とアンニがいた。

中は驚くほど静まりかえっていて、私達が入っても数秒それが続いた。

「なんだ姿を隠すボスか?」

「ボスの演出もなしに?」

あまりの静かさにソンとマーボーが喋りだした。いつもは部屋に入った途端にボスそれぞれの登場演出があるのだが、今回はその演出が全く始まらない。

「光よ我らを照らしたまえラント。」

アンニの魔法で部屋を明るくする。暗闇だった空間が急に晴れる。

「うわ!」ソンが声を上げた。

私達の目の前に、十五メートルほどの鎧が倒れていた。

「これって・・・」アンニが口を押える。

「巨人カエサル?何でボスが倒されてるんだ。」マーボーが私達の方を向く。

「他プレイヤーが倒したとかじゃない?」ソンが呟いた。

「ステージは各プレイヤーで、分けられてるはずだよ。じゃないとボス部屋に人が溢れるからね。何かの手違いかなゼロ?」

その言葉に私は答えられなかった。答える余裕がなかった。ボス部屋の中央、巨人カエサルの死体の上にそれはあった。

「アンニあれって・・・」

私が呟く様にそう言うと、アンニは私の見ている方を見た。アンニは目を見開き驚いた。

「何で・・・ここにゲートが・・・。」

そこには黒く輝き流動する球体が、現実世界で見たあの球体があった。

「なんだあれ?」他のメンバーもそれに気付き、ゲートを見る。

皆が上を見た瞬間、カツとカエサルの死体から音がした。それは死体に潜んでいたのだろう、それに反応できたのは私と、盗賊のソンだけだった。

「正面!」カールソンはその言葉と共にナイフを投げた。

しかし、それは難なくナイフを躱し、黒いマントをなびかせながら反応できてないメンバーに向かい、槍を突き出した。すさまじいスピードで突っ込むそれの槍を、私は剣で受け止めた。

剣を受け止められると同時に素早く片手を槍から離し、人差指をアンニに向けた。その指先が光る。

「シーラ。」私はそれと同時に手を後ろに向け、自分の背後にいるアンニの顔の前にシールドを張る。

指先から放たれたビームは、私のシールドに阻まれた。相手がそれに驚く瞬間に、私は低い姿勢から槍をくぐる様に間合いを詰め切りつける。

相手は後ろに飛びそれを避けた。

「すご!ノールックで相手の攻撃防いだ。」

「よく見るじゃん。動画で。」

「凄技の動画でな。」

そう喋りながらソンとマーボーがマントに向かって走りだす。

「うおおおおおお」

叫びながらマーボーはマントに大剣を振り下ろす。マントはそれよりも早くマーボーに槍を突くが、マーボーの足元の影からソンが飛び出し、ダガーで槍を弾いた。

爆破の様な音と共に地面が叩き割れる。

「危ないなー私ごと斬る気?」ソンがマーボーの影から出てきた。

「うるせーなちゃんと避けろ。」

そう言ってマーボーは下を向いた。自分が振り下ろした大剣の下には誰もいなかった。

「あ?いねー?」

「あのタイミングで躱したの?」

「シーラ」

カキンと二人の横で鉄が弾かれる音がした。マーボーとソンはそれに反応して、音の方を向くが光の壁しかなかった。

「なん・・・」マーボーが言葉を言う前に槍が肩を貫く。

「マー・・・」それに反応したソンも左足を貫かれた。

「ソンさん、マーボーさん。」アンニが叫ぶ。

二人はお互いの背中を合わせた。しかし、体にどんどん傷が増える。

「くそ・・・加速スキルか?」マーボーは苦笑いしながら言った。

「だとしても早すぎるだろ。目で追えないんだけど。」ソンは半ギレだった。

マントは二人の周りを飛び回り、攻撃していた。早すぎて二人では捉えられなかった。二人では・・・

「光よ我が刃となれ・・・」私の構えた剣が光りだす。

「セイバー」

光輝く剣を私は振り下ろす。それと同時に剣から光が放たれた。

「く・・・」マントはその光を槍で受けるが吹き飛ばされた。

セイバーは光により斬撃を飛ばす技で、前衛職の剣士に大人気のスキルだ。見た目も派手で、手軽に遠距離攻撃を打てるうえに火力も高い。あまりの優秀さに私は、攻撃スキルをほとんどこれしか使わない。

「あれに当てるのかよ。」マーボーが笑った。

「光よ彼らの傷を癒したまえキュア」アンニが二人に駆け寄り回復させる。

「強いねーあのマント。私達じゃ力不足だね。」サヤ二号は笑いながら言った。

「そんなことないよ。私が守るから。」私は笑いながら言った。

「やれやれ、君はかっこいいなー。仲間のお荷物は嫌だよ。」サヤ二号はそう言うと私以外の三人の真ん中に行った。

「岩よ我が盾になれ、大地よ我が城となれ。ノムカマン」

サヤ二号がモノドを唱えると、三人の周りの地面が盛り上がり、岩が三人を包む様にドーム状に形を作っていく。

「ゼロさん!」アンニが叫ぶ。

「・・・気を付けてください。」アンニが心配そうな顔でこちらを見る。

私の背中が熱くなった。こうなると足はもう後ろに下がらない、ここから後ろには誰も行かせない。私は前を向いたまま言った。

「大丈夫。」私の顔は笑っていた。

サヤ二号の魔法により、三人は岩に筒まれた。この魔法は内側を守るのに秀でているが、魔法の外のにいる仲間とほとんど連携が取れない。今魔法の外には私しかいない。

「さしでやりあうか。まるで決闘だな。」マントが吹き飛ばされた瓦礫から出てきた。

「今の戦いで分かった。お前が一番強いな。」マントで顔が隠れていても笑っているのが解る。

「聖騎士ゼロ。」

マントは首を傾げた。

「名乗る文化は無いかな?君の国・・いや・・・世界に?」私は剣を構えた。

マントは驚く仕草をした。

「そうか知っているのか。修道服の少女を連れ帰る任務だったが。」マントは考え込む仕草をする。

「フッ・・・ハハハ」マントが震える。

私は構えたまま怪訝そうな顔をする。

「いやすまない。名乗る文化はあるのだが事情故、姿を隠していてな、でも・・・・」マントは槍を構えた。

「安心しな、全身全霊で勝負してやる。赤毛の嬢ちゃんを守りたきゃ殺す気で来な。」

空気に緊張が走る。互いの動き一つ、視線一つが隙となるこの空気。一対一ならではの緊張感だ。まあ、私は距離を詰める手段が無いので、相手が攻撃してきたのを迎撃するしかない。そのため、後の線に全神経を注ぐ。

「ふう・・・・。」お互いの呼吸が聞こえる。

マントは足を横に運び時計回りに動く。それに合わせ私も時計周りに足を運ぶ。間合いの詰めあい、こんな小さな動きですら、数多の攻撃が予想される。相手の足に注意がいった一瞬だった。

マントが手元から最小限のモーションで槍を投げた。

「くっ・・・」

意表を突かれたが、剣で後ろに投げられた槍を弾く。しかし、弾いた直後に目の前に閃光が走る。

「シーラ」正面に手をかざした。

狙われてるのは頭じゃない。直感で腰を守る様に直径30センチほどのシールドを作った。相手の光線を防ぐ、そして、私は正面を見たまま腕を背中に回し、持っていた剣で背後から来た槍を弾いた。

「何!」

マントは光線を撃った直後に加速スキルを使い、私の後ろに回り込み投げた槍を掴んで背後からの攻撃を狙ったようだ。

私は流れる様に相手の方を向き、両手で上から剣を振る。背後を狙った攻撃がカウンターされた時の、アタッカーの行動は限られている。

「ちっ・・・」マントはすぐに後ろに飛ぼうとした。

「シーラ」

「何!」

私はマントが後ろに下がるのをシールドで阻んだ。下がれなかった相手に距離を詰める。この距離では槍の攻撃が難しい。

しかし、マントは人差指を私に向けた。至近距離のビームだ。

「連続で打てるのかよ。」

速度の速い遠距離攻撃なら、連続では打てないと考えていた。剣で頭を守る構えをとる。

「おら!」

「ぐ・・・」

マントは守られていない腹部に、けりを打ち込んだ。私は後ろに下がる槍の間合いだ。マントは槍を連続で突く。私は何とか剣でそれを逸らすが、槍の間合いに入れない。手練れの槍使いの間合いに入るのは難しい。特に機動力の低い私の様な剣士は相性が悪い。

「光よ我が鎧となれアトラ」

私の体に光りが満ちる。全身にシールドを纏う。相手の槍をシールドで食らいながら、無理矢理間合いを詰め斬撃を放つ。何とか剣の間合いまで詰めたが、マントは更に間合いを詰め、持っている槍を捨てた。

「な・・・」

マントは私の腕をつかみ、私に背を向け、背負い投げをした。地面に投げつけるのではなく、遠くに投げ飛ばされた。

「チッ・・・」私は何とか着地をする。

前を見たとき加速スキルで一直線にマントは突っ込んできていて、目の前に槍先があった。近すぎて剣でのガードもシーラも間に合わない、空中に血しぶきが舞う。

「逸らしたか。」

私の腕はシールドごと槍で貫かれた。しかし、狙われた頭は、何とか貫かれた腕で攻撃を逸らした。私は貫かれながら前に出る。

「痛くないのかよ。」

「悪いな。私達はそういうの鈍いんでな。」

私はマントを切り裂いた。しかし、マントは切り裂かれながら人差指を私の額に当てた。

「詰めが甘かったな。」マントの口元が笑っていた。

その笑いを見て私もニヤリと笑い、相手を睨みつける。

「見事だ。」指先が光る。

決着がつくその瞬間、私とマントの足元の地面が割れる。地面から人が飛び出し、マントの腕を弾く。放たれたビームが私の頬を掠る。

飛び出してきたのはサヤ二号だった。サヤ二号はマントに杖を向ける。

「風よ、わが敵を退けたまえシルエル」

杖の先に風が集まり空気が圧縮され、それをマントに打ち放つ。

「ぐあ!」マントは吹き飛ばされ壁に激突する。

私はサヤ二号を見た。サヤ二号はこちらを見てニコリと笑う。ほかの三人もドームから出てきた。

「ゼロさん大丈夫ですか?」アンニが私に駆け寄り回復魔法を使った。腕の傷がみるみる治っていく。

「勝負に横やりをいれて申し訳ない、しかし、仲間がやられるのを黙って見てるのわね。」サヤ二号はマントに話しかける。

「いや・・・ありがと」私は笑いながら言った。

「いつも守られてますからね。僕達だって。」マーボは前に出る。

「あんたじゃ役不足だよ。」ソンは隣に並んだ。

サヤ二号の魔法により舞った土煙の中に、人影が立ち上がる。吹き飛ばされる時にマントが接がれたようだ。

「いい仲間を持ったな。イルナの戦士ゼロよ。」

土煙の人影の言葉に、目を見開いて驚く。イルナは私のレジェンドパーティーでの使用キャラの名前だ。それを知っているということは相手もプレイヤーか、それとも・・・

「お前は・・・」

土煙が晴れる。その中からは白髪の黒い鎧を着た男が立っていた。

「オーガス」声を上げたのはマーボーだった。

「オーガス?」アンニが首を傾げる。

「オーガスはレジェンドパーティーのキャラだよ。」私は答えた。

指先からのビームにモノドが無かったことから、このゲームのキャラでは無いとは考えていた。しかし、レジェンドパーティーのキャラだとは思わなかった。

「何かのイベントかな?」ソンがマーボーを見る。

「イベントだったら妙じゃないですか?オーガス何てマイナーキャラ使いますかね?」マーボーが私の方を向く。

「マイナーなの?」サヤ二号も私を見る。

「オーガスはプレイヤーが使うキャラじゃないんだ。スキルのテストキャラで、期間限定のNPCだ。」

オーガスは去年の二か月限定で、一対一の挑戦イベントで使用されたキャラクターだ。新しいプレイヤー用の技が強すぎたり弱すぎたりしない様に、NPCとの対戦イベントでその技を試し、プレイヤーからの受けが良かった技は新キャラに使用される。オーガスの指先ビームは採用されたが、加速スキルは早すぎるとのことで採用されなかった。

「何で私がイルナだと?」私はオーガスに問いかける。

「使っている技がイルナの技に似ているのでな。彼女はそちらの世界の人間が乗り移っているのだろう?」

オーガスは笑いながら言った。その笑顔にはどこか怒りを感じた。設定ではイルナと敵の軍のキャラだったが、戦場での友情というやつだろうか。

「あちらの世界?」サヤ二号が私とオーガスを交互に見る。

「あなたの目的は何ですか?」アンニがオーガスに問いかける。

「目的は赤髪の嬢ちゃん、あんたを連れ去っることだが?」オーガスはアンニを指さす。

「違います。何故、私を連れ去り、ゲートを作り、リアル世界を攻撃するのですか。」アンニは睨みつける。

オーガスは驚く顔を見せ、手で顔を抑えて笑いだした。

「それを戦士に聞くな。戦士は戦う意味を考えても、戦いの意味は考えない。そんな事は足を引っ張る事しかしない。」オーガスは笑いを堪えながら言った。

「そんな無責任な。」アンニはオーガスを睨みつける。

「責任を感じて戦わずにいれば、この戦いが終わるとでも?」オーガスは笑いを止めた。

「そんな事は断じて無い、この命令は仲間に引き継がれ、戦いは続く。故に戦士の責任は戦いに意味を見出すものでは無い、それは我が王が考えることだ。私の責任は仲間の命と敵の命を背負うことだ。その命に恥じない誇れる戦いをする事だけだ。」オーガスの顔が険しくなる。

「そんな考えでは戦いは続くだけです。そんなものは正義ではない。一人ひとりが考え動かなければ、良き方向には進みません。」アンニも負けじと睨みつける。

「国は一人では動かない。そこに必要なのは個人の意思ではなく、大勢の志だ。」

「間違った志を止めるのは個人の勇気です。」

アンニとオーガスが睨み合い、己の正義をぶつけあう。しかし、オーガスの体が突然透け始めた。あの時のアンニの様に。オーガスは自分の体を見て笑った。

「どうやら時間のようだ・・」オーガスはアンニを再び見る。

「強いなお嬢さん。私達は相容れない正義を持っているようだ。ならば後は戦うのみ。」

オーガスはアンニに槍を向ける。それを見て私はアンニの前に立つ。

「あちらの世界でまた会おう。」そう言ってオーガスはゲートと共に姿を消した。

先ほどまでの激しい戦いが嘘の様に、静まりかえった私達は互いに目を合わせるが、誰も話そうとしなかった。カエサルの死体が光り宝箱が出てきたが、誰も嬉しそうな顔はしなかった。

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