第5話
「大丈夫。」この言葉は夫の口癖だった。
私は記者として日本各地、時には外国に取材に行くことが多く、子育てはホームワークで仕事をしている夫に任せていた。
ゲームを作る仕事をしている彼は、仕事から帰ってくる私に、疲れた様子など見せず。疲れたでしょと言い、お酒や料理を振る舞い、食器なども洗い、私は家に帰ったらごはんを食べてシャワーを浴びて寝るだけだった。
家族の生活のためだ。今の生活や息子の将来のために私はもっと仕事をしなければいけないと、私は仕事を必死に頑張るようになった。
彼は家事をしてくれて、子育てもしてくれて、いつも笑顔で私を見てくれていた。そんな彼に感謝をしているのと同時に、心のどこかで思ってしまっていたのだ。私の仕事の方が大変だと。
そんなある日のことだった。夫が過労で倒れたのは・・・
「ごめんね。」
病室に入った時、彼は私よりも先に口を開きそう言った。
「ずっとしたかったゲームの大きな仕事が来たから、少し頑張りすぎてしまった。」
彼は一時前に過労で倒れたとは思えないほど、いつも通りの彼で私に話かけて来た。彼は疲れを見せないのが上手いのではなく、疲れを見せるのが下手だったのだ。
夫が私より先に寝ることなど、滅多になかった。私は知らなかった。彼の仕事がどれだけ大変なのか、彼がやりたいことが、私は見ていなかった。
その後、彼のその仕事が落ち着くまで私達は別居することになった。夫は心配していたが、過労で倒れたことがあり、私が息子と暮らすことになった。
しかし、今まで仕事だけを見てきた附けはたまっていた。息子とのコミュニケーションが全くと言っていいほどわからなかった。
思い返してみても、息子と関わることは今まで少なかった。小学校から高校まで、息子の授業参観や進路相談には1,2回しか行ったことがない。
普段苦手な家にいない母親に対して、どう接していいかわからず、反抗期の様な態度になってしまった息子に、私はどう話していいかわからなかった。
「一緒にゲームをやったらどう?」
夫にそのことを相談したとき、そう提案された。私は親の教育もあり、AIRをあまりつけないナチュラリストだ。あまりというか、つけたことがなかった。
「大丈夫。零次は優しいから、色々わからないことも教えてくれるよ。」
息子と話すために、私はゲームを始めた。父親が息子に最近紹介したという、ドラゴンアースを始めることにした。
「君・・・ゼロっていうのかい?」
最初にゲームの中で息子と会った時は驚いた。見た目もそうだが、性格も普段家で会う時とは全く違った。これが本当の零次なんだろうか?
「息子さんが大変です。」
そのGPS情報と通知音のしない電話は突然届いた。私の頭の中に病室にいる夫の姿が重なる。私は曇天の空の下を、全力で走った。
「ゼロ・・・・」
そのGPSの場所にはゼロがいた。姿はゼロの姿だが、ゲームの中では見せない悲しげな姿だった。しかし、中身が零次であることは一目でわかった。
「零次・・・?」
ゼロの姿が光と共に、現実の天野零次、息子に変わっていく。
「母さん・・・なんで・・・?」
息子の顔が絶望に染まっている。この顔は前にも見た。
「メールで、居場所と息子さんが大変ですって。」
息子がゲームの大会に負けた時、その絶望の顔があった。多分それは負けたからじゃない、息子とゲームをしていて、その顔の理由が分かった。
「なんだよ・・・そんなメールだけで僕を・・・。」
息子の零次のゼロの、誇りだ・・・その誇りが傷ついた。
「あんた血が・・・。」
「大丈夫傷は・・・。」
大丈夫その言葉で夫の顔と、息子の顔が重なった。表情は全く違うのに、重なってしまった。
「零次、本当に大丈夫なの?」
大丈夫な訳がない。
「何も・・・できなかった・・・結局。守るとか・・・何とかしなきゃ・・・とか、言っときながら結局俺は・・・何もできなかった。」
こんな時、普通の母親なら、こんな姿の息子を抱きしめるのだろう。
「アンニが殺されるかもしれないのに、僕は恐いから戦えないって。」
こんなに苦しんでいる息子に、私は母親として、零次を守らなければいけない。だから言わなければ・・・・母親の私は、
「だい・・・」
零次が今、怪我をするだけでは済まない場所に、行こうとしていることは解っている。そこに行けない時、二度と零次が立ち上がれなくなることも知っている。でも、それでも・・・・
「いいんだね、ゼロ、私達の仲間を君が見捨てられるのかい?」
ゼロの仲間の私は、黙っていることが出来なかった。彼の身を案じて、彼女の心を無視することが出来なかった。
「な・・・・」
「しっかりしなよ・・・ネカマ騎士」
零次は驚いていた。それはそうだ、私も隠し続けたかった。だって、息子と話したいからゲーム始めたなんて知られたくない。でも、私の中の彼女は抑えられない。
「・・・・・サヤ二号・・・なのか?」
私は零次の目に映る、母と友の姿を見た。どちらも私だ。息子に向き合えない私も。嘘をつきながら仲間を名乗っていた私も。同じだ。
「どっちでもいいのよ。私がサヤ二号かなんて、本物か偽物かなんてどうでもいいの。」
今、伝えなければいけない。
「どうでもいいのよ。零次なのかゼロなのかなんて。」
私は胸倉をつかむ。
「いい?聞きなさい。あなたは私の息子、あなたは私の仲間、あなたは反抗期の高校生、あなたはネカマの女騎士、あなたはゼロ、あなたは零次。全部が本物。」
私は叫ぶ。
「どちらかなんて選べないの。恥もかいて、失敗もして、後悔も繰り返した。だから何だ?零次は変わらない。ゼロは終わらない。」
私は零次を立たせる。
「今ここだよ零次。選ぶんじゃなく決めなさい。自分を・・・・」
私は零次の胸を指さす。
「なるべき自分を選ぶんじゃなくて、なりたい自分を決めなさい。」
「なりたい・・・自分・・・」
零次は呟いた。
「あなたが誇れる自分を決めなさい。」
私は彼の目をまっすぐに見た。彼の目に映るのは、誇れる自分だった。
「ぼくは・・・誰かのために、必死で頑張れる、自分を掛けて、大切な人を守れる・・・そういう人になりたいんだ。」
息子の言葉を聞き、夫の姿が頭によぎった。
「そうねきっと・・・」
「母さんみたいな。」
私は驚いた。すごく驚いた。いままで現実でもゲームでも見たことがない、恥じらいと、尊敬が混ざった息子の目が、私を突き刺した。
「えっと・・・その・・・・。」
慣れない感情に頭が混乱して、言葉がまとまらなかった。
「父さんが倒れたのは、父さんが頑張りすぎたからであって、母さんが悪い訳じゃない。母さんが僕達のために頑張ってたのは、僕と父さんは知ってるから。」
私は泣いていた。こんなに自然に涙が出るの初めてだった。
「僕はアンニを助けに行くよ。僕はゼロだから。」
零次は立ち上がった。姿は零次なのに、ゼロの時のような、表情・・・空気をしていた。
「やっぱり、ゼロがアンニを放っておける訳ないよ。」
自然と私もサヤ二号になっていた。
「行ってきます。」
零次が後ろを振り向き、私に背を向けた。その背中は誇らしかった。しかし・・・・
「うお・・・何?」
私は息子を強く抱きしめた。
「怪我しないで、帰っておいで。」
心の中から溢れて止まらない感情が、息子を離さなかった。
「うん・・・・大丈夫。」
その言葉を聞き、私は今にも流れ出そうな涙を、歯を食いしばり我慢した。そして、零次を再び自分の方を向かす。
「行ってらっしゃい。」
私は笑顔で息子の顔を見た。零次もそれを見て笑った。こんな時に、こんな状況で息子と笑い合うことに、幸福を感じるなんてひどい親だ。だから零次が帰ってきたあとは、この百倍笑い合おう。
いつの間にか、雨は止んで、雲の隙間から光が差し込んでいた。
零次がバイクのキーのボタンを押して5分ほどたち、零次の前にはバイクが自動で止まった。
「ふっ・・・・」
それを見て零次は笑った。バイクにはいつものフォログラムの上に、「早くこい」と書いてあった。零次はバイクに乗り、AIRを起動した。そして、AIRの運転機能と電話機能を使った。
〈何?今忙しいのだけど。〉電話の先は香蓮だった。
〈ごめ・・・〉零次が言い切る前に電話が切れた。
零次は走り出したバイクを止めそうになった。
〈時間がないの、だから・・・そういうのはやめて。〉
香蓮のいつものハッキング電話がかかってきた。零次は少し安心した。
〈僕もアンニを・・・みんなを守りたい。だから・・・一つ頼みがある、力を貸してくれ。〉
〈わかった。〉
香蓮は内容も聞かずに、即答だった。心なしか少し笑っているように聞こえた。
〈でもそのことはメールして。今取り込み中だから。〉
〈わかった。急いで向かう。〉
香蓮の言葉に零次は頷き、電話を切った。
「誰からですか?」
電話している香蓮に、アンニが問いかけた。
「零次から・・・こっちに来てるって。」香蓮はアンニと他二人の方を見た。
「ヒーローは遅れてやってくるってか?」悟志は隣を見て笑った。
「別に倒してしまって構わないのだろ?てやつだ。」鈴音は笑いながら銃を構えた。
「来ますね。」アンニがつぶやく。
「みんな作戦通りに。」香蓮が体育館のドアを睨む。
体育館の扉が開いた。オーガスは堂々と体育館の中に歩いていく。鈴音は今撃っても躱されるのが分かっていて、撃たなかった。
「まさか、逃げずに迎えうってくるとは思わなかったよ。」
オーガスは三人に槍を向けた。
「この世界を調べたが、この世界、少なくともこの国には命を懸ける努力と、決意をした人間はいないと見た。覚悟のない人間を殺す趣味はない、その赤毛の娘をこちらに渡せ。」
オーガスの目から、声から、槍先から、本物の殺気が四人に向けられた。
「何故・・・魔法はもう完成したのに、私を狙うのですか?」
アンニはオーガスに、恐れながら問いかけた。
「前にも言ったが、俺は命令に疑問を持たない、その質問は無駄だ。」
「フフ・・・・」
オーガスの言葉に、香蓮が鼻で笑った。オーガスは香蓮の方を見た。少し目つきが悪くなった。
「この世界を調べた割には、歴史を見なかったのかしら?原始人さん?その考えが身を亡ぼすのよ。」香蓮は不敵な笑みを浮かべた。
「君たちの世界と、私達の世界は違う。」
香蓮の言葉にオーガスは何か思うところがあるのか、言葉に迷いが見える。
「そうかしら?己が利益のために武力を用いる。世界は違うけど、人は変わらないんじゃないかな?おさるさん。」
煽るように香蓮は、小ばかにするような声で言う。まるで自分の恐怖を振り払うためのようだ。
「我らの世界が、貴様の知る歴史を辿るとでも?」
「あはははは。私達の歴史がモデルで作られた戦争の世界なのよ。あなたの世界。」
空気が緊張をまとっていく。異様な沈黙が続いた。
「時間稼ぎか。誰を待っているんだ?」
香蓮の肩が動く。オーガスが笑みを浮かべた。
「ゼロを待つ必要はないのに、僕が倒すから。」
鈴音が一歩前に出て、笑って香蓮を見た。香蓮はため息をつき、両手を合わせた。香蓮の首にはチョーカーがついていない。しかし、周りに数字とモノドが浮かび上がった。体育館のフォログラムが起動し、形が城に変わっていく。そして、香蓮の姿が変わっていく。姿が青く光り輝き、見た目が機械的な姿になっていく。
「魂だけの姿だったか。今は精霊に近そうだが・・・」
香蓮の姿をオーガスが見て呟いた。香蓮の本体は、今は部室のメイキングチェアーでこの体育館を操っている。
「やっぱりこのフォログラムが魂なのね、安心した。」
香蓮が手を掲げた。この場の全員の頭の上に、ゲームのHPが浮かび上がった。
「なるほどな、空間魔法の一種か、ここにいる人間の魂を表示することで、俺を倒せば魂が分離すると。魂の転移魔法の応用か。」
オーガスは状況を理解し、笑いながらこの空間を作った香蓮を見た。香蓮は苦笑いを返した。
「しかし、今の俺の魂を分離するには、その時とは違って本当に・・・・」
オーガスの言葉を火薬の音が遮った。オーガスは槍で顔の前に飛んできた銃弾を弾いた。
「命を懸ける努力と覚悟が出来てないだって?レイと僕は違う・・・」
鈴音の銃撃をうけたオーガスは、高速移動のスキルで鈴音に距離を詰め、鈴音の左斜め上から槍を突き出す。しかし、鈴音の目はその高速移動を追っていた。鈴音の頬を槍が切り裂く。同時に鈴音は銃口をオーガスに向け、引き金を引いた。
「槍の錆になる覚悟はできてるようだな。」
オーガスは鈴音から距離をとり、高速移動を止めた。オーガスの頬からも、銃弾が掠り血が流れていた。
「僕はレイとは違う、僕にはゲームしかないし、ゲームしかいらない。だから、僕はここで死んでもかまわない。」
鈴音は再び銃をオーガスに向け、鈴音は笑った。
「これは遊びではない、殺し合いだ。戦いを侮辱するな。」
「僕にとってゲームは殺し合いだ。ゲームだけが自分が自分でいられる場所なんだ、相手に勝つ。ここで勝てなきゃ僕は死ぬ。だから・・・・なめるな。」
鈴音から今までとは違い、オーガスに劣らない殺気が発せられた。それを感じたオーガス静かに鈴音を見つめ、穏やかな顔で、しかし、殺気を緩めることは無く、槍を構えなおした。
「失礼した・・・我が名は戦士オーガス、貴様の命をもらい受ける。」
「僕はすず・・・ラムネ、お前を倒す。」
ラムネが銃を構え、銃の射線と槍の矛先が、互いの間の空間で、まじあり合う。それを見守る三人の呼吸ですら、この二人の駆け引きの中にあった。
〈いまの・・・・・〉
香蓮が目線を変えず、AIRでアンニと悟志に指示を出そうとした、その時だった。ラムネが香蓮に銃を向け、同時に銃声が響いた。その瞬間、銃弾を避けるために停止したオーガスが、香蓮の目の前に現れた。
頭のてっぺんから足の指先まで、香蓮は何も動かしていない。しかし、オーガスは見えない感情の隙を見逃さなかった。
「無視するなよ」
ラムネは続けてオーガスに2発撃ち、オーガスは三人から離れた。ゼロはオーガスの高速移動を、高い予測能力と天性の感で対応していた。
「いい目を持っている。」
オーガスの言葉通り、ラムネはゼロとは違い、動体視力と反射神経のみで、オーガスの高速移動を捉えた。
「その速度じゃ、僕に距離を詰めるなんて無理だよ?」
「貴様こそ、その銃弾には限りがあるのではないか?」
オーガスの高速移動を見切ることが出来るが、銃弾を躱すことができるオーガスに銃弾をあてるには、ラムネが持っている銃弾はあまりにも少なかった。
警察所から持ち出した拳銃は残弾は残り5発、攻撃手段がこの四人ではラムネの拳銃のみであった。
「敵地の武装レベルを調べるのは基本だ。今この場に俺を殺せる武器はそれしかないだろ?残り5発であててみな。」
オーガスの言葉と共に、ラムネは銃を構えた。その行為にオーガスは驚いたが、ため息をついた。
「無駄なこ・・・」
オーガスは目を見開き驚いた。ラムネの姿が分かれ、六人に増えた。六人のラムネは全員がオーガスに銃口を向けた。
「くそ・・・」
オーガスはとっさに、高速移動のスキルで回避行動をとった。しかし、オーガスは一人のラムネの弾丸ですら、躱すことが難しかった。本物は一つだが、数は六倍、オーガスがこれをすべて躱すことはできなかった。
「く・・・」
オーガスの右肩を、銃弾が貫いた。
〈本当にこの短時間でよく、ここまでのフォログラムが作れるわね。〉
オーガスに聞こえないよう、AIRで香蓮は悟志に通話した。
〈模写ならな、もう少し時間をくれればもっと本物に体系を近づけれたけど。〉
〈・・・・キモ。〉
〈ひど・・・。〉
〈わざわざ体系とか言うな。で、相手は見分けられると思う?〉
香蓮の言葉を聞いて、悟志はラムネの方を見た。
〈立ち止まった状態で本人と並べたらわかると思うけど・・・・〉
ラムネとその分身は常に動き、オーガスを囲むように動いていた。
〈すごいな・・・これがプロゲーマーか、フォログラム六体を同時にマニュアルで操作しつつ、自分も戦闘に加わるなんて。〉
〈私のハッキングや、あなたのフォログラムと同じように、あの人たちも十分超人よね。〉
香蓮は少し笑い、心配そうに悟志を見た。
〈ごめんなさいね、戦えないのに前線に駆り立てて。〉
〈別に、俺が居なきゃフォログラム作れないからな。それに、やばくなったら一目散に逃げるから安心しな。〉
悟志のその言葉を聞き、香蓮は笑った。横で魔法の準備をしていたアンニが、目を開け香蓮を見た。世界転移の魔法が終わったようだ。香蓮はAIRでしゃべるようチョーカーを指さし伝える。
〈魔法が終わりました。私も戦いに参加します。〉
アンニがAIRの通話で香蓮に伝えた。
〈あなたもあんな風に戦えるの?〉
香蓮の質問にアンニは、二人の戦いを見て動きが止まった。それでもアンニは口を開こうとしたが、それより早く香蓮はアンニにメールを送った。
〈これは・・・〉
アンニはそのメールを見て驚き、香蓮を見た。
〈零次からの提案。もしも鈴音さんが負けた時だけど・・・これなら彼も戦えるわ。〉
〈しかし、これは・・・危険です。失敗する可能性が・・・〉
〈可能性なんてないわ。確率なんて100%の途中経過に過ぎない、できるまでやるの。〉
〈無茶苦茶な。〉
香蓮の暴論に悟志は笑った。アンニはあっけにとられていたが、香蓮の目を見て頷いた。
ドン・・・太鼓の様に腹に響くその音で、三人の意識は再びラムネにむけられた。そこには膝をつくオーガスの姿があった。オーガスの太ももを銃弾が掠り、切り傷の様になっていた。
笑っているラムネを見て、オーガスも笑う、戦いを楽しむように。しかし、ラムネの目を見てオーガスは何かに気付く。
「おまえ・・・」
オーガスが何かに気付いたことに気付き、ラムネは銃口をオーガスに向けた。
オーガスは銃口を避けるように左右に動き、悟志に指先を向けた。
「な・・・」
悟志の胸を光が貫いた。隣にいるアンニが驚き、悟志に駆け寄る。ラムネの分身を悟志が作っていることを、オーガスは気付いていたようだ。
「また引っかかった・・・。」
悟志の姿が光る数字と共に消えた。AIRの映像は無の空間に映像を映し出すことができても、有るものを消すことはできない。しかし、重ねることが出来る。
「くそ・・・。」
ラムネの分身の一つの姿が悟志に変わった。オーガスの光線はラムネ達の不安要素だった。そのための分身作戦。
ドドンと、続けて二発の弾丸がオーガスに打ち込まれた。
「くっ・・・・」
頭を狙った弾丸をオーガスは槍で防ぎ、胴体の一撃は急所を避けた。弾丸を喰らい血を吐くオーガスは笑った。
「保険に一発残したのか?甘いな。」
オーガスは高速移動をした。足を撃たれても、スキルでの移動速度に影響はなかった。胴体に二発、もしくは足にもう一発、それでオーガスは倒せなくとも、戦闘不能になる可能性があった。
一発の弾丸をオーガスは隙と捉え、背後に高速移動をした。剣と違い、銃は振り向き構える必要がある上に、槍を防ぐことが出来ない。
「もらった・・・」
槍を構え、勝を確信し、ラムネの背後に移動したオーガスを、ラムネの銃口は捉えていた。
ゲームがスクリーンを使っていた時代と、仮想現実ででゲームの違いは、操作する体ではなく、動かす体があるということだ。例えば、視界の中にのみならず、脇の隙間から背後の敵に銃口を向けるような、体を利用した動きが、仮想現実ではできる。
経験の差、確実にオーガスを倒すための誘い。仮想現実により死を許された者の、圧倒的な実践の差を、オーガスは知らなかった。彼らが己の時間をどれほどゲームに賭けているかを、彼は知らなかった。
ズドンと決着の銃声が、体育館に鳴り響く。
しかし、ラムネは見誤っていた。経験も実力も上回り、読み合いも制した。それっでも彼女は見誤った。一度の生で戦い生き延び続けた男の、死への嗅覚を・・・
「な・・・」
声を出し驚いたのは、避けた本人のオーガスだった。ラムネも目を見開き驚き、焦りの顔を浮かべる。
「ぐ・・・・」
オーガスが突いた槍を躱そうとしたラムネの足を、オーガスの槍は貫いた。
「ラムネさん。」
「来るな。」
アンニが怪我をしたラムネに駆け寄ろうとした。しかし、ラムネはそれを止めた。痛みで声が荒げ、膝をつき貫かれた足の傷を抑えている。
「待ちなさい・・・」
「でも・・・」
アンニがそれでも駆け寄ろうとすると。香蓮はそれを止めた。香蓮の顔は曇っていた。しかし、ラムネを見捨てるような顔ではなかった。どこか遠くをみて、AIRで誰かと連絡を取っている。
「ぐ・・うう・・・」
痛みを堪え、立ち上がろうとするラムネの目の前に、オーガスは槍を向けた。その槍先を見て、ラムネは笑い、オーガスに目を向ける。
「無理して笑うな。」
「え?」
顔を見たラムネは、それを聞いて驚いた。その言葉と一切の笑いのないオーガスの目に、口元だけ歪に笑った鈴音の顔を、ラムネは見た。
「君が戦士なのは認める。しかし、戦いを楽しめないなら笑う必要は無い。」
オーガスのその言葉に答えず、ラムネはオーガスの目を静かに見る。口の笑みは消えなかった。
「何故笑う?」
再度オーガスは問いかけた。痛みを我慢しながらラムネは立ち上がった。
「僕のヒーローが笑っていたからだ。」
「・・・・・。」
ラムネの言葉と心を、オーガスは静かに聞いた。
「どんなに傷ついても、僕の前で笑って戦うんだ・・・」
ラムネは歯を食いしばり、足を刺され消えていた殺気・・・いや、戦意が戻ってきた。
「だから、今度は・・・僕があいつの前で、戦うんだ。」
オーガスは槍の刃先を、ラムネの額の前に向けた。
「安心しろ、貴様の思いは、例え死んでもその者に届く。我が届けることを誓う。」
その言葉を聞き、ラムネは笑った。心の底から、無理して笑った。口元が笑っていても、目の奥には恐怖があふれ出ていた。
「さらばだ・・・お前と戦ったことを誇りに・・・・。」
その時、聞こえてきたのは鉄の板、壁が壊れる音だった。体育館の窓の向こうの高速道路から、その音と瓦礫が降ってきた。
パアン・・・・・。
瓦礫の中から、一つの陰が、窓ガラスを突き破った。その陰の招待はバイクだった。
「シイラ・・・!」
バイクに乗っている男がそう叫んだ。オーガスの目の前に、光る壁が現れた。バイクの勢いと共に、壁はオーガスにぶつかり、オーガスの身体は吹き飛んだ。
「貴様・・・何者だ?」
吹き飛んだオーガスは、倒れることなく着地し、バイクの男を睨んだ。そして、怒りと高揚が混ざり合った声で、男に何者か問いかけた。
男はヘルメットを外し、顔を表した。口元には笑みを浮かべ、目元は戦う意思を見せる。恐怖を乗り越えた戦士の顔だった。
「僕は・・・ただのネカマ騎士だ。」
不思議なことに、僕は落ち着いていた。目の前には本物の殺気を向ける戦士、横には血を流す仲間がいるにも関わらず、まるでこれから学校で授業を受けるような落ち着きが、今の僕にはあった。
そして、僕は香蓮を見た。香蓮は僕の顔を見て嬉しそうな笑顔を浮かべた。しかし・・・僕は眉間に力が入った。
「近道があるって言うから、言った通りに来たけど。高速道路飛び降りさせるって、どんなナビだよ!」
「よく飛び降りたわね。」
「お前の指示だろ!」
「何?タイミングばっちりだったでしょ!」
「めちゃくちゃ怖かったんだぞ!」
「でしょうね。」
僕の言葉に即答で香蓮が答えていく。僕はため息をつき、ラムネの方を向いた。
「ごめん遅くなった・・・」
その言葉を聞いて、ラムネは僕の顔を見た。ボロボロになったラムネを見て僕は顔をしかめた。反対にラムネの目には光が戻った。
「レイ・・・。」
「・・・もう大丈夫。」
僕はその言葉を言い、前のオーガスの方を向いた。すると、ラムネが僕の袖を引っ張った。
「ラムネ?」
「・・・・・・・」
僕が再びラムネの方を向くと、ラムネは何も言わず立ち上がろうとした。ふらふらするラムネを、僕は支えようとしたが、ラムネは首を振りそれを拒んだ。傷がかなり痛いのか何も言わなかった。
「・・・・大丈夫!」
痛みを我慢して、振り絞るように口に出したラムネの顔は、目元は睨みつけるように僕を見て、口元は引きつった笑みを浮かべていた。この顔を見たことがある。以前の僕の表情だった。あの時のラムネの目に映る僕の顔だ。
「アンニ、ラムネを治療してあげて。」
「はい!」
ラムネは、何か悲しげな顔をした。その顔の意味を、僕は理解していた。だから、僕は拳をラムネの目の前に向けた。
「行くぞ・・・ラムネ。」
ラムネは驚いた顔で僕を見た。僕はその顔を見て、笑いかける。ラムネはその顔を見てニコリと笑い、僕の拳に拳を合わせた。
「おう!任せろ相棒!」
ラムネを治そうと駆け寄ってきたアンニに、僕は頷き、アンニも頷き返した。
そして、僕はオーガスの方を向き、ニヤリと笑った。
「待っててくれるなんて、優しいじゃないか。」
オーガスは僕の目を見て笑う。
「ふん・・・隙を一切見せなかったのによく言うな。見違えたな、いい顔だ天野零次。」
僕の膝は震えていた。何故かその震えに、安心のようなものを感じた。
「そんなことないよ、僕は戦うのが恐い・・・ただの天野零次だ。」
「なら、何故笑う?」
僕の言葉にオーガスが笑う。自分のその表情に、誇らしさを感じた。
「強い敵にはわくわくするんだよ、ゲーマーだからね。」
「恐怖を闘争心が上回ったのか、立派な戦士だよ、お前達は。」
オーガスはラムネをちらりと見て、僕の目を見た。僕とオーガスは、笑い合いつづける。まるで、授業中に友達と顔を合わせたような、そんな空気が、僕たちの間にはあった。
「そうだね、でも・・・僕らはそれだけで戦ってない。」
僕はそう呟き、目を閉じた。そして、再び目を開き、オーガスを見た。感情と思考が混ざりあった冷たい刃のような空気が、僕の中からにじみ出てきた。
「・・・そうだな、それだけなら、楽しいだけなのにな。」
オーガスは、寂しそうな笑みを浮かべ、僕に槍先を向けた。お互いが、腰を落とし、戦闘態勢に入る。お互いの出す、殺気という名の刃が、僕たちの前で交じり合う。
混じり合った瞬間、僕の目の前にオーガスの槍先があった。一直線にオーガスは高速移動で、僕に突進してきた。隙の探り合いも、読み合いもない、一切の迷いのない、最速の一突だった。
「っ!!」
僕はヘルメットでその一突きを受けた。読んでいたと言うより、解っていた。その一突きが来ることが、それが僕では躱せないことが、僕には解っていた。
しかし、オーガスの一撃は僕の想像を超え、ヘルメットを貫通し、ぼくの右腕を突き刺した。突き刺された槍は、僕の目の前で止まった。恐らくヘルメットがなければ、僕の頭を貫いていた。
「くっ・・・・か・・ハハ!」
おかしくなって、しまったのだろうか?腕は死ぬほど痛いのに、楽しんでいる僕がいる。
「ぐっ・・・」
僕はラムネに撃ち抜かれた、オーガスの足の傷口に、蹴りを入れた。オーガスは声を上げ怯み、僕はその瞬間に、槍から腕を引き抜いた。
僕は左手で拳を握った。オーガスはそれを見て、その拳を防ごうとした。
「ぐわ!」
僕は貫かれた右腕で、オーガスを殴り飛ばした。拳の軌道に血が飛び散る。
「が・・・・あ・・あ。」
右腕の痛みで、言葉にならない声が、僕の喉の奥から、吐しゃ物の様に流れ出てきた。しかし、その口元は笑っていた。自分がおかしくなっているのが解る。
でも、それでいい・・・みんなを守れるなら・・・
「・・・これでいい・・僕は・・・これでいい。」
その言葉が漏れ出たその時、腹部に何かが当たった感覚がした。少ししてから内蔵が熱くなり、痛みが背中にまで染み渡る。
「零次!」
「レイ!」
「ゼロさん!」
悟志と鈴音とアンニが、僕の名前を呼んだ。
オーガスの光線が、僕の腹部を貫通していた。やはり、リアルとゲームは違った。痛みで、冷静に戦えていなかった。リアルの僕では、オーガスには勝てない。地面が、僕の目の前にあった。僕は倒れた。
倒れる寸前まで、僕に槍を向けていたオーガスは、僕が倒れたのを見て、香蓮達に目を向ける。戦いの終わりを、オーガスは悟っていた。
「・・・ば・・・・待・・てよ。」
どうやって、立ち上がったのか、どうやって立っているのか、僕には解らない。自分の身体の感覚が全くなく、糸でつるされているようだった。
「何故立つ?何故戦う?」
オーガスは驚きをかくせずにいた。僕ですら驚いているから、当然か。
「な・・ぜ?・・・・なんで、だろうな・・・・」
僕は下を向き、自分の血が出ている腹と、下に垂れている、血の水溜まりを見た。死ぬかもな、と思いながら。何故戦うかを考えていた。
「でも・・・これが・・うん・・・正解だ・・・・わかるんだ・・・わかったんだ・・・これでいい・・・これがいい。」
僕は口から血を流しながら、微笑んだ。僕の中の私に。
「羨ましいよ・・・天野零次。」
オーガスは悲しそうな、寂しそうな顔をした。
〈プレイヤー名ゼロのデータより、キャラクター名イルナの魂を、作成、作成完了〉
「世界よ、我が声を聞け、人よ、我が心を見よ、勇者の意志は、歩みは揺るがない」
アンニの周りにモノドが、香蓮の周りに数字が、円を描きながら混ざり合い、お互いの円が八の字を描く。同時に、僕の周から、モノドと数字があふれ出し、僕を覆い隠す。
「何だ?この魔法は?」
オーガスは驚き、僕と二人を交互に見る。
〈個体名イルナの魂を、天野零次のボディーにインストール、魂に合わせ、ボディーを再構築、魂の安定のため、人体を数字で作成、魂装プログラム完了〉
「勇者の剣は折れない、勇者の鎧は貫けない、勇者の心はくじけない、たとえ器がなくとも、その魂は砕けない、人は言葉で生きる、ノア・ルノ・ワース」
オーガスは僕に向かって走った。この状況が危険だと感じたのか、かなり焦った顔をしていた。
「おらああああ!」
オーガスの周りを、六人の悟志が取り囲み、とびかかる。
「・・・・ちっ!」
オーガスは、自分の周りに槍を振り回し、六人の悟志を同時に切った。
「痛って・・・。」
「無粋な横槍を!」
痛みで尻もちをついた悟志に向かって、槍を振り下ろした。恐怖と痛みで悟志は目をつぶった。
キンッ・・・・鉄と鉄がぶつかる、甲高い音が響いた。
「お前は・・・・誰だ?」
それが誰か、その正体も知った上での、オーガスの問いかけだった。その笑みに、私は答える。
「ただの・・・ネカマ騎士だ。」
そう言ったのは、金色と、白色の混ざり合った、ドレスのような鎧を着た、青い目をした金髪の少女、イルナの姿をした私、ゼロだった。
「チッ・・・」
オーガスは槍を止めている私の剣を弾き、連続で槍をついた。まるでマシンガンの弾丸の様に、打ち出されるその槍の悉くを、私は撃ち落とした。
「・・・何?」
自分の槍を完全に見切られ、驚くオーガスの顔の目の前に、私は剣を振り下ろす。
驚き、剣を躱したオーガスは、体をひねりながら槍を振った。僕は立ち止まった。目の前を、槍の刃先が通り過ぎる。
「・・・シイラ、光よ我が刃となれ、セイバー!」
高速移動で距離をとるオーガスは、同時にビームを放つ、アンニの目の前で、ビームがシールドで弾ける。そして、同時に香蓮の目の前に高速移動したオーガスが、セイバーで吹き飛んだ。
「すご・・・。」
「やば・・・。」
香蓮と悟志が驚く、ラムネとアンニは無言で私を見守っていた。
「全部、読まれているのか。」
オーガスは驚きと感心の混ざった、高揚した声で、私に問いかけた。まるで、遊び相手を見つけた少年のような瞳で、オーガスはこちらを見た。
「昔からね、一度戦った相手の動きは、なんとなく解るんだ。」
私も楽しんでいる。いつからだったか、ゲームが苦痛になったのは、敗北が嫌ではなく、恐くなってしまったのは、戦いの中で笑えなくなったのは、いつからだろう?勝利の喜びにこだわり、戦いの楽しさを忘れたのは、いつからだったか。
「楽しいな、天野零次」
その名前で、ここが現実だと再度認識した。でも、もう大丈夫だ。僕はここにいる、私と一緒に、ここにいる。だから大丈夫。
「そうだなオーガス」
私はニコリと笑い、剣を構えた。それを見たオーガスは槍を構えづ、地面に突き刺した。
「我が血が躍る、さあ、決戦の時だ、神速の槍、光を超え、わが身と共に、天を貫け、ラジオース」
赤い光が、オーガスの周りを包み、目が赤く発光する。血管が膨れ、体のあちこちに浮き上がっていた。
「アンニ、ウルトだ!皆を守ってくれ!」
「はい!・・・星は回る、円を描き、球体の城は、地上に浮かぶ、アスシーレ」
ウルトとは、そのキャラが持つ必殺技である。そのゲームにおける、キャラクターの最大奥義、技によっては、戦いの決着を決めることがある。オーガスのウルトはシンプルだ。15秒間の高速移動、ただし、先ほどまでの高速移動の倍は早い。
アンニの最大の防御魔法アスシーレ、ドーム状のシールドを出し、シールド内の仲間を回復する。しかし、オーガスが本気でこのドームを攻撃すれば、シールドは壊れる。
「光よ我が鎧となれ、アトラ」
私は前に出て、光の鎧を纏った。オーガスは今までの戦いで、私を無視できないでいるはずだ。攻撃を引き付けるのがタンクの仕事、私が選んだ、私の仕事。しかし、早すぎだろ、全く見えない。
「来いよ。」
私は剣を強く握った。恐怖が私の全身を包む、越えなければならない、恐怖だ。今は、後ろに仲間がいる、背中が熱い、私の誇りがここにある。
前か後か、右か左か、それとも上か、私の360度が攻撃範囲、私は、考えなかった。自分の感と反応を信じ、体の全神経に、意識を巡らせる。自分の身体が、空気に溶けて、体育館全体に広がっていくのを私は感じた。自分の背後にいる仲間が解る。
パリッ・・・
私の光の鎧に亀裂が入り、肩から出血した。オーガスの姿が全く見えなかった。自分の血も、痛みも、どこか他人事のような、流れる血を感じるのに、痛みすらも感覚が遠い。周りが見えすぎて、まるで、ゲームみたいだった。
キン・・・・キン・・キン・・・・
何かが剣にあたる。気づいたら相手の攻撃に、身体が動いた。周りからくる攻撃を、最小限の動きで捌き、防ぐ。
パキ・・・パキ・・パキ・・・
私の鎧がどんどんとひび割れ、体のあちこちに、傷が増えていく。15秒、ウルトを耐え抜く。
そこからは無我夢中だった。躱したのか、反らしたのか、防いだのか、喰らったのか、わからない攻撃を、15秒間耐え続けた。
「見事だ・・・」
その言葉を聞いて、私は前を見た。意識が戻ったといってもいい。気づいた途端に私の膝が折れ、私は地面に剣を刺し、自分の身体を支えた。
オーガスのウルトの15秒が、終わっていたのだ。耐えきったが、私の身体は動かない。身体のあちこちから、血が流れ出る。先ほどまでとは違い、痛みを感じる。痛みが全身を縛る鎖のようだった。
「誇れ・・・天野零次。お前は強い。」
「そうか・・・ありがとう。」
嬉しかった。戦った相手に認められるのは、命がかかっていても嬉しいのだと、初めて知った。
倒れそうな私に向かって、オーガスは槍の突きを放った。
その時、オーガスは私の目を見て気付いた。勝負がまだついていないことを、私が負けていないことを、自分が勝っていないことを、彼は気付いた。血しぶきが舞う。
「ここで・・・反撃をするか。」
お互いの武器が、お互いの身体を貫き、頭と肩がぶつかる。この時、私の意識はほとんどなく、オーガスの身体にもたれかかり、辛うじて立っていられる状態だった。
「また・・・・・一手足らなかったな。」
オーガスは人差し指を、私のこめかみにあてた。身体が動かない、もう剣を握るのもつらかった。身体が横に倒れる。その身体を支えるために、オーガスの胸倉をつんだ。そして、顔を上げ、オーガスを見た。
「足りる・・・さ。」
私は最後の力を振り絞り、オーガスをつかんだ。二人の血が、床で交じり合う。
「私・・・には・・・仲間がいる。」
私はとうとう、立っていられなくなった。横に倒れる、オーガスはそんな私の後ろを見て、笑った。
「そうだったな。」
後ろには、銃を構えるラムネがいた。横眼でオーガスは、壁にある銃痕が、消えていることに気付いた。外した弾丸のどれかが、偽物だったのだ。ここまでの戦いは、この最後の一手のための戦いであったことを、オーガスは今、気づいた。
「・・・・見事だ。」
オーガスはその人差し指を、鈴音に向けた。
パアン・・・・・・一発の銃声が体育館に響き、外では木から、鳥たちが飛び立った。
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