第4話
「どうして彼が取り調べを受けるの?」
香蓮の声が廊下に響いていた。取り調べ室まで聞こえるほど大きな声で騒いでいる。
警察所の中は騒がしく、先ほどからパトカーが、サイレンを鳴らしながら何台も出動していく。今日の事件は何件も起きていいるようで、何人もの人間が警察所で事情聴取をうけている。
あまりの事件数の多さから、取り調べ室の前が順番待ちになっている。香蓮は僕の次に取り調べを受けるので、今順番待ちをしている。
「いやーごめんね。なんか逮捕したみたいなって。」40代ぐらいの警察官が、僕に笑いかけ、目の前に進む。
逮捕されていないのか、かつ丼出てくるのかと思った。
「何せ前代未聞の事件が各地で起きてるからね、なるべく事件にあった人に話しを聞いているんだ。」
警察官は常に笑いながら、こちらの空気をやわらげる様に話しかけて来た。僕が緊張してるからだ。こんなところでは、僕じゃなくても緊張する。
「あの、この事件は一体何なんでしょうか?」僕は警察官の方を見る。
警察官は笑みを少し緩めた後に、視線を机に向けた。机に資料を表示する。
「見ても大丈夫なんですか?」
「大丈夫なものを映している、お茶。」
警察官が注文すると、横にあるアンドロイドが机にお茶を置いた。
机に映し出された資料には、白目をむき出しにして暴れる人たちの写真と、AIRで映し出された凶器の写真が写されていた。
「すまない、出来るだけ血の映っていなものを選んだが、平気かね?」警察官がお茶を啜る。
僕は頷き、資料を順番に見ていく。
「君は何か知ってるね?」警察官は僕を見た。笑顔が無かった。
「え?」僕は資料から顔を上げ警察官の顔を見た。
僕を疑っているわけではない、写真を見せる時、血が映ってないものを選んだと言った。つまり、血が映っている、死傷者が出た事例も・・荒川の様な、いやもっとひどいことになっている人もいるだろう。
一刻も早く事件を解決するために、今は情報がいるのだ。僕は警察官の目を真っすぐに見た。
「廊下にいる彼女を入れてくれないですか?その方が説明しやすいです。」
「わかった中に入れよう。」
警察官は立ち上がり、扉から香蓮を入れた。香蓮は僕を見てホッとした様子を見せた。そして僕の横に座り、机の上の資料を見た。
「黒い球体が無い?」香蓮は呟いた。
僕もハッとし机の資料を見渡す。しかし、黒い球体に関する写真も資料も見渡らなかった。事件当日、空にあんな大きなフォログラムが映し出されていれば、警察に何かしらの映像が送られてきてもおかしくない。
「黒い球・・・確かに通報はいたるところから来ていたが、この事件のせいで手付かずになってるな。」警察官は腕を組んだ。
僕と香蓮は目を見合わせ、僕が頷く。香蓮はそれを見て頷き、警察官の方をむいた。
「今回の事件、私が追っていた・・・というよりキーパーから依頼された事件とつながっているかもしれません。」
「君は?」
「キーパー専属ホワイトハッカーの香蓮です。」
「君があの・・・」
警察官は香蓮を知られているようだ。ハッキングの腕で有名なのか、違法ハッキングで有名なのか・・・・しかし、これで香蓮の言葉の信憑性が上がった。
香蓮はここ最近の僕らの出来事を、警察官に説明した。
「ふむ・・・仮想現実からの攻撃か・・・・」警察官が頷く。
僕も香蓮も驚いた顔をした。実際、笑われると思ったからだ。そんな様子を見て警察官が笑う。
「仕事柄、真面目か、ふざけているかは顔を見れば大体わかるよ。」
話しが解る警察官で助かった。
「警察は、この事件どう考えているんですか?」香蓮が警察官に尋ねた。
「どう?・・・とわ?」警察官が首を傾げる。
「貴方が私達の話しを信じてくれたのは良かったですが、こんな話に警察官全体が動くとは思えない。警察は警察で事件の原因を考えているはずです。」香蓮は腕を組んだ。
「それは・・・」
言えないと警察官は続けようとしたのだろうが、香蓮の目を見て警察官はため息をついた。
「俺達はAIR10の初期不良だと考えている。」
「AIR10の?」僕が首を傾げる。
「今回、暴れだした人間のAIRは、どれも新型の10だった。今、開発会社の取り調べも行っている。しかし、いまだに何故10が暴走しているかはわかっていない。」
「10の人全員が暴走しているんですか?」
僕の言葉に警察官は首を横に振る。
「全員じゃないな。僕も10だけど何ともなかった。」
「佐久間先生も10を装着していたわね。何か変な音がするとか。」香蓮は口を押え考え込む。
「AIR10の新機能・・・」僕が呟いた。
香蓮は僕の方をむいた。驚いたというより、それだという顔をしていた。
「しかし、あれはどこでも仮想現実が体感できるものだろ?」警察官も僕の方をまじまじと見る。
「はい、10より前のチョーカーでは、専用のデバイスを使わないと仮想現実には行けなかった。でも、10があればどこでも仮想現実とつながれる。言い換えれば・・・」
「仮想現実から攻撃対象になりかねない。」警察官は驚きながら僕の言葉に続いた。
「確かに、黒い球が出現し始めたのも、10が市場に出始めた時期ね。」香蓮は机に黒い球の出現時期のデータを表示した。
「では・・・10のその機能を止めることが出来れば・・」警察官が呟く。
そして、僕達の方に警察官は顔を向け、頷いた。
「ありがとう。君達の情報はとても参考になった。」警察官が扉の方を見ると、扉が開いた。
「どうやって止める気?」香蓮が立ち上がりながら警察官に聞いた。
「それは、今後キーパーと情報を交換しながら考えていく。また会うかもなお嬢さん。」警察官は笑った。
「そう・・・わかりました。」香蓮は一礼した。
僕もそれに習い一例し、二人とも取り調べ室を出た。そして、警察署の出口に向かった。
「話しが解る警察官でよかったな。」僕は隣の香蓮を見た。
香蓮は深刻な顔をしていた。
「どうした?」
「・・・・後手にまわり過ぎてるわね。」
香蓮は前を向いたまま言った。僕もつられて前を向く。そこには大勢の怪我人が警察官から治療を受けていた。ここの警察署は、病院の横にあり、そのため何人かの怪我人がここで治療を受けている。荒川の様な重傷者は病院に運ばれるが、軽症のもの・・・いや、普段なら軽症では済まされない者もここにいた。
「ここまで・・・」僕は足を止めた。
「解っているだけでも今は50件以上、この町で佐久間先生の様になった人がいるのよ?私達は運がよかっただけよ。」
僕は息を飲んだ。確かに僕達は運がよかった。あのままでは荒川は死んでいたし、その後クラスの誰が死んでいてもおかしくなかった。
「あのさ・・・」
「ねえ・・・」
2人とも同時に話しだし、目を合わした。変な間が開いた。
「あの光る文字・・・」
「あの光る壁・・・」
また二人同時に話し出した。しかし、目を合わせ互いに続きが解った。僕も香蓮も無我夢中だったと答えることが分かった。また少し変な間が開いた。
「何とかしなきゃ・・・」香蓮は呟いた。
「ああ・・・何とかしなきゃな。」僕も呟いた。
香蓮は驚いた顔でこちらを見た。その後、すぐに目を逸らした。
僕達はそのまま階段を降り、出口に向かったが、出口前の窓口を見て僕は足を止めた。
「零次・・・」そこには母親が立っていた。
母は最初は不安な顔をしていたが、僕の顔を見た後、いつものニヤリとした笑顔に戻った。
「誰?」香蓮は僕に訪ねた。
「何であんたがここにいるんだよ。」答えたくなかった。僕は母を睨みつける。
「母親が息子の心配して、来てやったんだぞー。」母は首元を撫でながら笑う。
僕は母から目を逸らし笑った。バカにするように、憎たらしく笑った。
「心配?あんたが?俺にかかわろうともした事ないあんたがか?」僕は母を再び睨んだ。
「あな・・・・」
「いやーさすがに警察にお世話になったりしたら、様子くらいわね。」
香蓮が僕を注意しようとするのを防ぐ様に、母は明るく笑いながら言葉をはさんだ。
「それにアンニちゃんが零次に会いたいみたいだからさ。」母はそう言うと、後ろを振り向く。
出口の自動扉の外に、赤毛の少女アンニが立っていた。修道服ではなく白いパーカーを着ていた。修道服だとこちらでは目立つからだろう。
「鈴音と悟志?」外のアンニの後ろに、二人が立っていた。
「学校にアンニちゃん連れていったら警察が来てて、渡辺君が連れてきてくれたんだよ。」母はアンニを指さした。
渡辺がいる理由は解ったが、何故鈴音がいるのだろうか?
「私が呼んだの。」香蓮が僕の心を読んだ様に答えた。
僕が香蓮を驚いた顔で見る。
「この後、キーパーとして調査があるから呼んだの。アンニさんがいるならちょうどいいわね。」香蓮は僕を見て、同意を求めた。
「あ・・・俺も?」僕は自分を指さした。
「当たり前でしょ?」香蓮は即答した。
僕らの会話を聞いて母がクスっと笑った。
「なんだよ・・・」僕は母を見た。
「なんだろうね?」母は嬉しそうに笑った。
僕は首を傾げた。母は何故笑っているのだろうか?久しぶりに母が笑っているところを見た気がする。
「私は仕事に戻るね。」
母はそう言うと、香蓮に手を振った。香蓮はそれを見て母に一例した。
「悪かったな、仕事の邪魔をして。」僕は母から目を逸らしながら言った。
「まったく・・・あんま心配かけんなよ。」母は振り返り、僕に手を振った。
母は警察署からでって行った。扉の外でアンニ達と挨拶を交わしているのを僕は眺めていた。
「どんな仕事してるの?」
「記者だよ。ナチュラリスト専門で取材してる。」
「いいお母さんね。あなたに言いたい事言わせて・・・」香蓮も外の様子を見ていた。
「・・・・・。」僕は外を見たまま黙った。
「反抗期何てそんなものよ。私もそういう時期があったわ。」香蓮は遠くを見るような目をしていた。
「ああ・・・解ってる。」僕はため息をついた。自分に対してのため息だった。
僕と香蓮は、アンニ達のいる外に出た。そこには母の姿はもうなかった。
「ゼロさん・・・」
警察署から出てきた僕を見て、アンニが僕を呼んだ。アンニは申し訳なさそうな顔をしていた。
「すいません・・・まさかこんなに早く仕掛けてくるとは・・・・」アンニは頭を下げた。
「いや・・・アンニが悪い訳じゃないし・・・頭上げて・・・」僕は慌ててアンニにそう促した。
頭を上げたアンニと、僕は目を合わせ、沈黙が一時続いた。アンニはその後、香蓮の方を向いた。
「ごめ・・・」
「いいわ。それより今回の事件について、そちらの世界からの情報が知りたいわ。」香蓮は腕を組む。
アンニは頭を上げなかった。
「ですが・・・私のせいで・・・お友達を傷つけてしまって。」
アンニが頭を下げたまま沈黙が続く。香蓮が組んでいた腕をとく。
「で。どうするの?今から病院に行って被害者やその知人全員に謝ってくるの?無駄なことはやめなさい。」
「無駄ですか?」アンニは頭を上げ香蓮を見た。
「ええ。意味がないもの。貴方の手の届かないところで起きたのだから、貴方のせいでは無いわ。善意で止めようとしていたなら、罪悪感を背負う必要はない。」
「ですが・・」
「彼らも私達も、あなたに傷つけられていないわ。だから、アンニさんは悪くない。それでも納得できないなら・・・」
香蓮はアンニに頭を下げた。その場にいた全員が驚いた。
「お願い、力を貸して。」
アンニは驚いた顔のままでいる。だが、少しアンニは笑い、香蓮に手を差し出した。
「頭を上げてください香蓮さん。こちらこそ力を貸してください。」
香蓮は頭を上げると差し出された手を見て、彼女も笑いアンニの手をとり、固く握手をした。
その後、僕達は警察所の前では邪魔になるので、裏の駐車場に移動した。
「で・・今回は何が起きたんだ?」僕は話しを切り出した。
僕と香蓮、そして、悟志と鈴音もアンニの方を見た。
「今回は魂の憑依の魔法実験を兼ねた攻撃です。」
「実験?」
アンニの言葉に香蓮が訪ねた。アンニは香蓮に頷いた。
「まだ、魂の憑依の魔法は、開発したばかりの段階の魔法なので、安全確認を兼ねてゴブリン40体を使って実験したんです。」
「それで佐久間があんな状態になったのか。・・・40て少なくないか?」
僕はアンニの話しを聞き、香蓮に尋ねた。
「ええ、今回の事件は判明してるだけでも50件以上あるわ。」香蓮は頷いた。
「はい、敵の先遣隊です。腕のいい兵士が何人か、憑依魔法の安全を確認してすぐにこちらに来ています。」
「なら、発見されずに潜伏している兵士もいるかもね。」
アンニの話しを聞き僕は呟いた。
「フォログラムがかかって見えたり、奇声あげたりするんだろ?なら監視カメラとかで見つけられね?」悟志は香蓮を見た。
「家の中にも監視カメラがあれば全員解るけど、全員が公共の場にいる訳じゃないから。」
「お前みたいのがいるなら、絶対に自分の部屋にカメラ着けないわ。」
「あなたの部屋なんて見たくない。」
香蓮が悟志を睨んだ。悟志は惚けるような仕草をした。
「なら・・・この街のAIR10所有者を調べるのはどうですか?」アンニが提案した。
「全員を調べるのは無理だろ。この街の人口から考えて、50人で済むか?」悟志が首を傾げた。
「以外と少ないかもな、まだ発売して日が立ってないし、あの値段だからな。」
「89人ね、被害区域に限定した場合のAIR10の購入者は・・・これぐらいの人数なら・・。」香蓮は目をつぶりAIRを起動した。
AIRを使用して調べている香蓮の邪魔をしないよに、皆は静かになった。
「すごいですね、89人の情報をすぐに調べられるなんて。」アンニは感心した。
「全員は調べる必要ないんじゃないかな?50件は素性が割れている訳だから、あと39人を調べればいいんじゃないか?それに全員に憑依してる訳ではないから、もっと人数は少ないだろ。」
僕はアンニの方を見た。アンニが曇った顔で僕を見ていた。
「憑依魔法の対象は全員ですよ?実験としてはサンプルが多い方がいいですし、攻撃としても人数が多い方が効果があります。おそらく全員憑依させられるだけの人数を、ゴブリンで用意しているはずです。」
僕は目を見開き驚いた。アンニの話しを聞いて僕も考えた。これは現実世界での攻撃だ。仮想現実でもゲームでもない、相手は僕が考えるよりずっと真面目にこの世界を攻撃している。
「おい・・・香蓮。」
「ねえ・・・零次。」
僕は香蓮の方を見た。香蓮も不穏な顔をしてこちらを見ていた。
「いたいた・・・君達。」
その言葉に僕と香蓮は肩を震わした。声の方を見るとそこには、僕達の取り調べをしていた警察官がいた。
「さっきの話しだけど。」
警察官が笑顔でこちらに近づくが、僕と香蓮は後ろに下がる。その様子を見て警察官は立ち止まり、頭をかいた。
「なんだ・・・ばれちゃったか・・・」
そう呟き警察官はアンニの方を見た。
「久しぶり・・・いや昨日ぶりか?赤毛の嬢ちゃん。」
「え?」
その瞬間、警察官は腰にあった銃を引き抜き、アンニに銃口を向けた。
「らっ!」
しかし、銃を撃つよりも早く、鈴音が拳銃を蹴り飛ばした。
「いい反応だ!」警察官は笑った。
「殺気だしすぎだぜおっさん!」鈴音も笑った。
警察官は、拳銃を蹴り飛ばされた手の一刺し指を、鈴音に向けた。警察官の指先が光を放った。
「な・・・」
その光は、僕とアンニにとっては記憶に新しい魔法だった。警察官は鈴音にビームを放った。その光に恐怖しているのか、驚いているのか、それとも高揚しているのか、鈴音は笑い動けずにいた。
「うわっ・・・・」
僕は鈴音に飛びつき、ビームから庇った。ビームが僕の肩を貫いた。
「いっ・・・・」
貫かれた肩を抑える。抑えた手は赤く染まっていく。
「レイ!大丈夫?」鈴音が僕の傷を見て驚いた。
その声を聞いた時、僕は鈴音が眼鏡をしていないことに気が付いた。
「うがあああああああ!」
痛い、熱い、自分の傷を今、理解したように、僕はあまりの痛みに膝をついた。視界がぼやけ、周りの音や声が理解できなかった。
「うるせーな。」
その声は、まるで繋がらなかったラジオが急に繋がったように、その男の声は、耳にすんなりと入ってきた。
僕と鈴音は、驚いた顔で警察官の方を見た。
「オーガス・・・」僕はかすれる声でつぶやいた。
そこには、白髪の槍を持った男が、昨日あちらの世界で戦った男が、こちらの世界の目の前にいた。
「なん・・・で。」僕はオーガスをかすむ目で見た。
「赤毛の嬢ちゃんは信じれるのに、俺は信じられないのか?」男は笑いながら僕を見た。
僕は固まった。黒い球と関係があったのは解っていた。しかし、目の前に、こちらの世界の現実で現れるとは、考えていなかった。考えたくなかった。
「傲慢だな。・・・お前は世界を移動できるのに、こっちは出来ないと思ったか?」
「僕が・・・世界の移動?」
オーガスが何を言っているかが、理解できなかった。僕が世界の移動をした?反射的にアンニの方を見たが、アンニに驚くような仕草は無かった。
「昨日も世界を移動していたろ、そして、俺と戦った。女の姿だったがな。」
僕は目を見開き驚く。貫かれた肩が、どんどん痛みが強くなっていく。
「あれは・・・ゲームのはずだろ。」僕は訴えるようにオーガスを見た。
その言葉を聞いたオーガスは、動きを止めた。驚いたように僕を見た。
「お前は、まだそんな事を考えているのか?」オーガス馬鹿にするような顔で笑いだした。
「足りないなーゼロ。まったく覚悟が足りていない。そんな気持ちじゃあ・・・・」
顔を抑え笑っていたオーガスの指の隙間から、ギロリと目が僕を捉えた。
「すぐ死ぬぞ。」
その瞬間、オーガスは僕と鈴音に襲い掛かろうとした。しかし、オーガスは動きを止めた。
「はい、ストープ。」
オーガスのこめかみに、拳銃が突きつけられた。
「動いたら撃っちゃうよ。」
拳銃を構えていたのは悟志だった。鈴音が蹴り飛ばした拳銃を拾ったようだ。
「フッ・・・」
オーガスは鼻で笑った。悟志も銃を構えて笑っている。
「武器を構えてそこまで余裕でいられる者は少ない。」オーガスは呟いた。
「は?なんだって?」悟志は聞こえないとジェスチャーする。
「嘘が下手だと言ったんだ。」
オーガスは悟志の方を向き、一歩前に出た。悟志が持っていた拳銃が、オーガスの額にめり込む。フォログラムで作った拳銃だ。
「悟志逃げろ!」
僕の言葉よりも早く、悟志の腹をオーガスの槍が貫いた。
「聞こえないって、遠すぎて。」
悟志の腹からは、血が一滴も出ていなかった。
「ふぉ・・・ログラム。」
僕の間抜けな言葉と共に、オーガスは後ろを振り向く。そこには鈴音とアンニのとなりに、悟志が立っていた。
「こんな距離・・・」
オーガスは姿勢を低くし、クラウチングスタートのような構えをした。その瞬間、オーガスの姿が消えた。昨日、戦った時の加速スキルだ。
悟志の目の前で、オーガスの槍が止まる。悟志は全く反応出来ていなかった。
「ちっ・・・。」
オーガスはそのまま後ろに飛び、車の陰に隠れた。
何故オーガスがそんな行動をしたか分からなかったが、自分のそばに、鈴音が居なくなっていたことに気付いた。
周りを見渡すと、鈴音がオーガスに拳銃を向けていた。先ほどの悟志とオーガスがやり取りをしている間に、鈴音が拳銃を拾ったのだ。
「何故撃たなかった?」
オーガスは物陰から、鈴音に問いかけた。鈴音の顔が曇る。
「さっきの射線ならば、俺を打ち抜くことが出来たはずだ。打つ勇気がなかったか?」
鈴音が持っている拳銃の一部が赤く光り、側面にセーフティーと英語で表記されていた。
「それとも撃てないのか?」
警察官の拳銃は、警察官以外が拳銃に触れると、引き金がロックされる。今の状態では、鈴音は拳銃を発砲することが出来ない。
しかし、その確証が持てないオーガスは、迂闊に飛び出すことが出来ないでいた。
「別に、一度目は見逃してやっただけだ。次きたら頭をぶち抜いてやる。」
鈴音は拳銃を構えたまま、強い口調でオーガスに答えた。
「ならば、脅しでも一度発砲しておくべきだったな。」
オーガスが物陰から飛び出そうとした時、鈴音の拳銃が青く光り、セーフティーの文字が消えた。それを見た鈴音はニヤリと笑った。
パアンと、火薬が弾ける音がした。その瞬間、オーガスが隠れている車の窓が割れた。
「な・・・。」
躊躇なく拳銃を発砲した鈴音に驚き、僕は鈴音を見た。鈴音の顔はゲームの中の様に、戦いを楽しんでるような、笑った顔だった。
僕と鈴音の近くに停まっていたいた、自動運転の車が走り出し、僕らの前で止まり、後ろのドアが開いた。
「二人とも乗って。」
中には香蓮、悟志、アンニが乗っていた。
「この車・・・ていうか拳銃も・・」悟志が香蓮に尋ねる。
僕は車に乗りながら、香蓮を見た。
「非常事態だからしょうがないじゃない。」
「お前何でもありだな。」悟志が驚きながら苦笑いしていた。
車の扉を閉め、車が走りだす。鈴音が窓の外のオーガスを警戒していた。しかし、車の陰からオーガスは出てこなかった。
「香蓮!車を右にずらせ!」
僕がそう叫ぶと、香蓮がAIRで車を操作し、車を右に曲げる。車の左を光が通過した。
「どうやって・・・」
「隠れてる車越しに、ビームを貫通させて狙ってきたんだ。」
香蓮の言葉に僕は答えた。
「違うわ・・・撃ってくるタイミングの方よ。」
香蓮は驚いた顔でこちらを見た。
「リキャストタイムが過ぎてたから、僕ならいま撃つ。」
そう答え、ぼくは鈴音の方を見た。鈴音は追いかけて来ないことを確認し、僕を見て頷き、車の椅子に座った。
「大丈夫ですか?」アンニが僕の顔を覗きこんだ。
「え・・・いや、痛いよ。」ぼくは自分の肩を力強くつかんだ。恐らく顔色も相当悪かったと思う。
アンニはそっと僕の傷口に手をかざした。
「光よ、この者の傷を癒したまえキュア」
アンニの手の先にモノドが円を描き、僕の傷口が光に包まれる。
「暖かい・・・。」思わず声に出てしまった。
僕の傷がみるみると、まるで時間が巻き戻るように傷口がふさがっていく。痛みも暖かさも感じるのに、自分の体だと感じなかった。
「ありがとう・・・」
僕は傷口が治り、痛みの消えた肩を見た後に、アンニの顔を見た。アンニは不安そうな目で僕に笑いかけた。
「零次さん、香蓮さんここまでで大丈夫です。あとは私が何とかします。皆さんと町の外に出てください。」
「え?」僕と香蓮は声をそろえた。
「あの男の狙いは私です。私と離れればあなた達は狙われません。」
アンニは僕の目をじっと見ていた。
「でも・・・」
「わかりませんか?あなた達では足でまといです。」
アンニの表情が厳しくなる。僕は気おされて表情が固まった。
「なんだと、僕たちは・・・」
鈴音が立ち上がろうとした。それをアンニが目線と手で制した。そして、アンニは僕を見た。
「敵を前にして、その程度の傷で動けなくなる人とは戦えません。」
ゲームで会うアンニとは思えなかった。まるで別人のようで、知らない人間の様に感じた。僕は思わず目を背けた。
「そ・・・うか。そうだね。僕たちは離れた方がいいな。」
背けた目で一瞬、僕はアンニの顔を見た。寂しそうな、期待を裏切られたような顔が、僕の目に焼き付いた。僕は再びアンニから目を背けた。
背けた目の先に、香蓮の顔があった。香蓮はため息をついた。
「そうね。零次は逃げなさい。」
「何で!」
鈴音が大声で立ち上がった。僕を心配そうに見た後に、アンニと香蓮を交互に睨んだ。
「レイがいなかったらこの車はビーム撃たれていたし、僕もビームで殺されていた。君たちだって・・・」
香蓮が鈴音を睨み、鈴音は黙ったが、香蓮と鈴音が睨み合う構図になった。アンニが気まずそうな顔をしていた。
「私達を危険にさらさないために、強がっているアンニさんから目をそらす人は、一緒に来なくてもいいわ。」
「いや・・・僕は・・・。」
「あなたが悪いわけでも、責めているわけでもないわ。ただ、覚悟がないならくる必要が・・・来ないでほしいわ。」
香蓮は怒っているわけでは無かった。しかし、僕にとっては怒りよりもショックな感情が、その顔に写っていた。
「降りなさい零次。」
何かを言おうと香蓮を見たが、香蓮の目に映る僕の顔を見て、僕は何も言葉が出なかった。
「じゃあ、俺も降りようかな。俺は覚悟なんて無いし。」
悟志が挙手して、明るく笑った。
「あなたね・・・」
こんな状況で明るくしている悟志に、香蓮はため息をついたが、悟志の目を見て香蓮は頷いた。
「そうね、二人とも降りなさい。」
自動運転の車が停まり、僕の横の扉が開き、僕は車を降りた。皆の顔が見れずに、下を見下ろす。後ろから悟志も降りてきた。
「頼むわね。」
「優しいなー。」
「うるさい。」
後ろで悟志と香蓮がやり取りをしている。何も僕の耳には入ってこなかった。
僕らを乗せていた車が走り去っていく。
「何でお前も降りた?」僕は悟志を見た。
悟志は驚いた顔で僕を見て、バレてたかと呟き、頭をかいて笑顔になった。
「落ち込んでたから。」
僕は悟志のその言葉を聞いて、悟志から目を背けた。
「君は・・・君たちは、何で戦えるんだ?」
僕は問いかけるというより、訴えかけるように悟志に言った。
「俺は別に、友達が戦ってるのに、俺だけ戦わないのは嫌なだけだよ。」悟志は後ろを振り向き、自分のバイクのキーのボタンを押した。
「命がかかっていても?」
僕はそらした目を再び悟志に向けた。悟志は僕の目をしっかりと見た。
「他人に理由を求めるのはやめたら?」
「え?」
悟志の言葉に僕は確信をつかれたような感覚だった。
「俺が命を懸けても、香蓮が、鈴音さんが、アンニさんが命を懸けて戦っても、それはお前が命を懸ける理由にはならないよ。」
僕は何も言えなかった。言葉が喉で詰まるような感覚だった。
「ぼ・・くは、君たちとは違う。」歯を食いしばり、途切れながら僕は呟いた。
「お前は俺じゃない。でも、俺もお前じゃない。ましてや、香蓮でも鈴音でもない。俺は俺だ。」
悟志がキーのボタンを押し呼んだ。自動運転で警察所に停まっていた悟志のバイクが、悟志の前に停まった。
「自分が戦う理由は、自分で決めるしかないだろ。」
僕はバイクに乗った悟志が、走り去っていくのを、見守ることしかできなかった。空を見上げると、曇天が広がり額にしずくが降ってきた。
僕はゆっくりと歩き出した。体がふらふらしている。治った傷の上の服に、血の跡がついているからか、町を歩く人達が僕を避けていく。人を避けるように、僕はふらふらと歩き出した。
情けない姿だな。
「うるさい・・・」
何もしない、戦わない、なのに何で苦しそうな顔をしてる?
「うるさい・・・」
これが私だと思うと、恥ずかしくて仕方がない。
「うるさい・・・」
私はこのまま何もしないのは嫌だ。
「そんなこと言われても僕は君じゃ・・・」
私はあなた。
「・・・・。」
いつものその言い訳は、私には通用しない。
「僕は戦えないんだ。」
何故?
「・・・・弱いから、みんなの様に僕は戦えない。」
何故?
「僕は現実にいるんだ。偽物は黙ってろよ。」
私はあなたで、あなたは私。だから、あなたが戦いたいと、仲間を守りたいと思っていることは、私は知っている。それでもあなたが戦えないのは・・・
「勇気がないからだろ。」
そう、戦うのに必要なのはそれだけ。
「こんな自問自答は意味ないだろ。」
そうだね、意味なんてない。でも、意味が欲しい訳じゃない。
「もう、代わってくれ。君なら戦えるんだろ・・・ゼロ」
知ってるでしょ。代わるとか、私はそういうのじゃない。
「前は君が戦ってくれただろ。」
あれはあなた。そして私。今、会話しているのも、あなたが私を切り離してるだけ、私が別にいる訳じゃない。
「そんな・・・僕は君みたいに・・・」
・・・やっぱり、私はあなたが嫌い。
「僕は君になりたい。」
なれないと思っているクセに。
零次と悟志を置き、走り去った香蓮、鈴音、アンニは学校に帰ってきていた。
「あの敵は貴方を追って来れるのよね?」
「はい。」
車を降りる前に、香蓮はアンニに確認した。
「あんな事件が起きたのに警察が一人もいない。」
鈴音が周りを確認しながら、不審な顔をしていた。
「私が情報操作してどかしたわ。邪魔だから。」
「え?」
鈴音は香蓮の言葉に、ドン引きした。
「警察官て、安全を守る兵士さんですよね?何で邪魔なんですか?」
「警察官は兵士ではないのだけれど、あの刑事の他に、何人敵が混ざっているか分からないもの。それに、たぶん警察官では対処しきれないわ。」
アンニの質問に香蓮が答えた。
「警察官でも対処できないことを、僕たちで何とかできるの?」
「何とかするわよ。」
鈴音の言葉に香蓮は即答し、アンニと鈴音を睨んだ。
「はい。」
「おう。」
鈴音とアンニは返事をした。
「何か作戦は無いのか?」
彼女達の後ろから、男が話かけた。
「あら。悟志君早かったわね。」
振り向いた香蓮は、悟志を見て驚きもしなかった。
「零次さんは?」
アンニが悟志に詰め寄り、心配そうな顔で問いかけた。
「大丈夫だと思うよ。」悟志は笑顔で答えた。
「・・・そうですか。」アンニは寂しそうな顔をした。
「大丈夫でしょ。」
「大丈夫だろ。」
香蓮と鈴音がアンニの肩に手を置き、笑いかけた。
「で、作戦はあるのか?」
悟志が香蓮の方を見て、問いかけた。口元はいつものように笑っていたが、目は真剣だった。
「あるわ。あの男の魂を体から引きはがす。今日、佐久間先生を助けたみたいに。」
「それは難しいと思います。」
アンニが心配そうな顔で香蓮を見た。
「その時の状況は、詳しくは解りませんが、まだ魂が完全に形を成す前だから、分離させることが出来たのだと思います。」
「佐久間先生と怪物が姿を重ねた、映像の乱れみたいなあれね。」
教室で起きた事件を、香蓮は思いだし、学校の中に歩いた。他のメンバーもそれに続く。
「あの男の姿には乱れがなかった。恐らく、すでに肉体の形成まで終わっています。」
「魔法の三段階目の事ね。」
アンニの説明を聞き、香蓮は零次から聞いた話を繋げた。
「じゃあどうするんだ?アンニさんが言うならその分離は難しいんじゃないか?」
「魂の憑依までの二段階までなら、止められたのですが。」
アンニと悟志が香蓮を見た。
「確認するけど、アンニさんも肉体の形成まで終わっているのよね?」
香蓮がアンニに確認した。
「はい。私は第三魔法の段階を終えています。」
「なら。あなたはどうやって世界を移動してるの?」
アンニは香蓮の言葉を聞き、考える。
「あまり詳しいことは、私も分からないのですが、あちらの世界の魔法やスキルを使うと、この世界からはじかれて元の世界に戻るんです。」
「それならさ!」
アンニの言葉に、悟志が何かを言おうとしたが、アンニは何を言おうとしていたか分かっていたかのように、首をよこに振った。
「それで世界に戻ってしまうなら、もう少しビームを撃つのを渋るか。」その様子を見た鈴音が呟いた。
「おそらくそれを防ぐための、黒い球の魔法なんだと思います。」
「そうね・・・」
鈴音の言葉を聞き、呟くアンニに、まるで他人事のように香蓮は呟いた。三人が香蓮の方を見た。
「・・・何?」三人の様子に気付き香蓮が首をかしげる。
四人はAIRプログラミング研究会の、香蓮と零次の部室の前についた。
「いや・・・何じゃなくて。万事休すじゃん。」
扉を香蓮が開け、部室の中に四人は入っていった。
「万事休す?誰が?」
香蓮は笑いながら悟志を見た。悟志を含め、三人は何も言えなかった。
「私はただ、アンニさんがちゃんと世界を移動できるか聞いただけ。」
「何か手があるのですか?」
アンニは香蓮に尋ねた。香蓮はそれを聞き、冷蔵庫横の機械にかぶせてある袋をとった。そこには、椅子の先にヘルメットのついた機械が置いてあった。
「それ・・・メイキングチェアーか?」悟志がつぶやく。
「何それ?」
「仮想現実を作る時に使う機械よ。映像の映し方は、フォログラムと変わらないけれど、情報の量は全く違うわ。物じゃなくて世界を作るのだから。」
香蓮は椅子を触りながら、三人を見た。
「これを使って、あの男を元の世界に戻すわ。」
香蓮の言葉を聞き、三人は驚いた顔で、疑問の顔を浮かべた。
「どうやって?」口を開いたのはアンニだった。
「相手が使った、世界を移動する魔法を使うわ。」香蓮は真剣な眼差しでそう答えた。
三人は更に驚いた顔をした。
「それこそどうやるんだよ?」悟志が腕を組む。
「仮想空間にあの男の分身を作り、その体に男の魂を移すわ。魂の体への出し入れは佐久間の時にやったわ。」
「・・・・ですが・・・。」
アンニは何かを言いかけたが、香蓮を見て言葉を止めた。
「それで行きましょう。魂の世界の移動は私が魔法で行います。しかし、この世界であの男の魂を引きはがすには・・・」
アンニの顔が曇り、下を向く。
「それは私がやるわ。悟志君。」
香蓮は悟志の方を向き、悟志は香蓮を見た。
「仮想現実のあの男の分身と、この建物のフォログラムをお願い。」
AIRで送られてきたデータを悟志が開く。
「これ体育館に城?のフォログラムを着けるってことか?」
「そうよ。それはレジェンドパーティーのステージよ。体育館の広さに近かったからそこにするわ。あの男の分身はそのステージの仮想現実に置くわ。」
「何のため?」
悟志と香蓮の会話に鈴音が首を傾げた。
「あなた達としていた黒い球の仕事覚えてる?あの時のプログラムを使うわ。」
「HPゼロになった時に、AIRが使えなくなるあれか。」
悟志は思い出したようにつぶやく。
「あの時の魔法が魂の転移、次に起きた佐久間の魂の憑依の魔法。私は両方経験してる。そこから魂の分離のプロフラム・・・魔法を作ったわ。」
「え!」
アンニは驚いた声をだす。鈴音と悟志はこいつなんでもありだな、という顔をした。
「三段階目の肉体の形成を支えるのはオンラインチョーカー、実際にはチョーカーのフォログラム機能だけど。」
「そのためのHPのプログラムか。」
「そう。レジェンドパーティーのステージとシステムを使って、あの男のAIRを使用不能にする。」
「でも、建物のフォログラムは作れるけど。フォログラムを映し出す方が問題だぞ?物ならAIRの出力で何とかなるけど。建物だと出力が足りない。」
悟志がそういうと、香蓮が首を傾げた。
「まあ、お前ならどうとでもなるんだろ?」悟志は笑いながら言った。
「メイキングチェアーを使ってリアルミラーを行うわ。」
「まじかよ。」
香蓮の言葉を聞いて、悟志は今日一番驚いていた。その様子を見た鈴音とアンニが、きょとんとしていた。
「仮想現実に現実と全く同じ情報を作りだして、その世界を意識で操作する。そして、仮想現実と現実のコンピューターを連動することで、本来自分の周囲でしか行われないAIRの操作範囲を、連動させた現実の範囲で行うことが出来るようになるのが、リアルミラーよ。」、
アンニと鈴音を見て、作戦に関わることなので香蓮は説明した。
「確かにそれを使えば、建物のフォログラムも操作できる。それどころか範囲内のありとあらゆるコンピューターを操作できるな。ちなみに操作範囲は?」
悟志は頷きながら香蓮に確認した。
「あまり広くないわ。まだこの学校全体しか作れてないもの。」
「お前な・・・まあいいや。お前と零次はこんなもん作ってたのか。」
実質学校を支配できてしまうことに、悟志はため息をついた。恐らく学校にも許可を取っていないことも踏まえてのため息だ。
「これは私の研究テーマよ。零次は普通にこれでゲーム作ってるのよ。ゲームクリエータになるために。」
香蓮が鈴音の方に目を向けながらつぶやいた。鈴音の顔が驚いている。しかし、どこか安心した寂しそうな顔をした。
「そっかゼロは次の夢を見つけたんだ。」
「違うわ。」
鈴音の言葉を遮るように香蓮は言い放った。
「両方なるの。彼はプロゲーマーとゲームクリエーター両方になるの。それが彼の夢よ。」
香蓮の声が、表情が必死に鈴音に訴えた。鈴音はその様子を見て笑った。
「レイがそんなことを・・・。」
「彼は意外と欲張りよね。」
鈴音に対して香蓮も笑いかける。
「お二人ともゼロさんのことがお好きなんですね。」
アンニも笑顔で彼女達にそう言った。香蓮と鈴音が固まる。
「おい。それよりそろそろ動かねえとやばくね?」見てられないと苦笑いしながら、悟志は二人を急かす。
香蓮は何かを否定するように、首を横に振り、悟志に対して頷いた。
「そうね。悟志君フォログラムの準備はあとどれくらいでできる?監視カメラの映像からあの男は、あと20分ほどでここについてしまうのだけど。」
「もう出来てる。」
香蓮の言葉に悟志は即答した。香蓮は驚き再び笑った。
「そう。なら、ここであの男を迎えうつわよ。皆、覚悟はいい?」
「ああ。」
「はい。」
「おう。」
僕の自問自答、自問私答という感じだったが、気づけば最初に黒い球を見た路地裏に僕は立っていた。
空を見上げると雨が降り初め、頬を水滴が流れた。
あの時の様に、僕はフォログラムでイルナの姿になった。
「あの時は戦えたのにな・・・」自分をあざ笑うように僕は呟いた。
僕はイルナでもゼロでもない、天野零次だと確認した。
「ゼロ・・・」
その声を聞いた僕は、驚いて固まった。こんな格好を見られたという驚きではなく、そう呼ぶハズのない、こんな所にいるハズのない人の声だった。
僕はゆっくりと、横の声の主の方を見た。
「零次・・・?」
その人は、僕が天野零次を確認するようにそう言った。その言葉と共に、返信が解けるように僕の姿が、ゼロから天野零次に変わる。
「母さん・・・・なんで・・」
そこにいたのは僕の母だった。
「メールで、居場所と息子さんが大変ですって。」
「なんだよ・・・そんなメールだけで僕を・・・。」
いつもの様に僕は母に悪態をつこうとした。しかし、母は僕に駆け寄り打ち抜かれた方の腕をつかむ。
「あんた・・・血が・・・。」
「大丈夫、傷は・・・・・」
心配している母に僕は説明しようとしたが、自分の頬を涙が流れた。言葉がなにも出ない。
「零次。本当に大丈夫なの?」
僕の涙と、顔を見て母が心配そうな声を上げる。
「なにも・・・できなかった・・・結局。」
自然に、口から弱音が溢れる。
「守るとか・・・何とかしなきゃ・・・・とか、言っときながら結局僕は・・・何もできなかった。」
みっともない、母にあんな態度をとっておきながら、僕は母にすがろうとしている。
「アンニが殺されるかもしれないのに、僕は恐いから戦えないって。」
僕は下を向き、膝をつく。自分がどれだけみじめか、情けないかが痛いほど自分の身体を覆う。
「だい・・・・」
下を向く僕に、母は手を伸ばし、何かを言おうとした。たぶん大丈夫と言おうとしたんだろう。僕が今求める、私が聞きたくない言葉だった。しかし、母は僕の両肩をつかみ、僕の顔を上げさせた。
「いいんだね、ゼロ。私達の仲間を君が見捨てられるのかい?」
空から雨が本格的に降り始めた。雨で濡れた首の化粧が落ち、母の首にオンラインチョーカーを着けた跡が浮かび上がった。
「な・・・・?」
僕は驚き、何も言えずに母の目を見た。母がまるで別人に見えてしまう。
「しっかりしなよ・・・ネカマ騎士。」
母の言葉で時間が止まったような感覚になった。雨の音がしっかりと聞こえる。
「・・・・サヤ二号・・・なのか?」
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