第4話 カツダンソウ

「イシグサレは昔の多摩川の洪水の跡。ということは、この場所は川と同じ高さにあった」


 まあ、それは分かる。

 問題は、今はなぜ山腹の神社にあるかってことだ。


「家からここまで五十段近く石段を上ってきたよね?」

「つまり、それくらい高くなったってことか?」

「そう。それはね、活断層の影響なの。立川断層っていう」


 ――立川断層。

 名前は聞いたことがある。

 が、詳細は知らない。


「立川断層は、今から三十から四十万年くらい前から活動を開始したの」

「じゃあ、さっきの火山灰と同じというか、それ以下じゃん。だって四十万年で十メートルくらいだろ? 火山灰は四十万年で四十メートルだったぜ」

「と思うでしょ? でも全然違うのよ」


 何が違うのだろう。数値は火山灰の方が大きい。

 にもかかわらず、涼音は不気味な笑みを俺に向けている。


「火山はここから遠く離れてる。一番近い箱根でも五十キロはある」


 だよな。

 だから、あまり危機感を抱かないんだ。


「でも立川断層は違う。ここから五キロしか離れてないの」


 ええっ、五キロだって?

 それってすぐ近くじゃん。


「東大和市の地域防災計画によると、予想される揺れの強さは市内のほとんどで震度六強」


 市内ほとんどが震度六強!?

 マジか、それってかなりヤバい。


「全壊が千軒以上、死者も百人を超えると予想されている」


 おいおいおいおい、俺んちは大丈夫か?

 確か、じいちゃんが昭和に建てたって聞いている。

 震度六強に突然襲われたら、とても無事とは思えない。


「なに青ざめてんのよ。そんなに怖かった?」

「いやな、今朝は地震の夢で目覚めたんでマジでビビってんだよ」

「子供の頃、オバケの話を聞いた時と同じ顔してるよ。そういえばその後、この神社にも一人で来れなくなったんだっけ?」


 そういえばそんなこともあった。

 本殿の裏にはオバケが隠れている、なんて聞いたら来れなくなるに決まってるだろ。


「また一緒に行ってあげようか? 神社とか」


 不敵な笑みを浮かべる涼音。

 子供の頃なら間髪入れずに「余計なお世話だよ」と突っぱねていただろう。

 が、ふと思う。これは渡りに船なんじゃないか――と。


「ああ、お願いするよ。実はな、武蔵野中の神社を巡ってカナメイシの状態を見て回りたいと思ってたんだ」

「えっ?」

「付き合ってくれるって今言ったよな」

「い、言ったけど……」


 顔をしかめている割には涼音の頬が赤い。

 その上目遣いにドキリとした俺は、二人の関係が一歩進みますようにと強く願ったんだ。

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災い転じて台地成す つとむュー @tsutomyu

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