あいつの仇だ

 上にはレオもいるだろう。

 決着をつけようぜレオ。

 階段を上がり切った所で、廊下の奥から銃声が響く。


「うおっ!」

 油断してたぜ。誰かが待ち伏せしていやがった。

 銃弾は僅かにズレ、階段の手すりを削って飛んで行った。

 くっそ、弾だけは売るほどあるんだよ。

 負けじとFNP-9Mを乱射する。

 マガジンの15発を撃ち尽くし、リリースボタンを押す。


 やったか?

 廊下の奥は静かになったが、壁の陰に隠れて、空になったマガジンを落とす。

 消耗品ではあるが、通常は使い捨てにするもんじゃない。

 無意識に生き残る気がなかったのだろうか。

 空のマガジンを再利用する考えが、全く無かった事に気付く。

 そんな事に気を取られた所為か、反応が遅れる。

 新しいマガジンを取り出した瞬間、大きな人影が脇から飛び掛かってきた。


「ぐぁっ!」

 油断した!

 廊下の向こうに居た奴が、部屋の中を周って来てたのか。崩れた壁から飛び出してきた、そいつのタックルを躱せなかった。

 取り出したばかりのマガジンが、哀しい音を立てながら階段を転げ落ちていく。

 俺を押し倒した影が馬乗りになって俺を見下ろし、勝ち誇って笑ってやがる。


「はっはぁ~。こんなとこで会うなんてなぁ、ジョニィ」

「よぉ、久しぶり。昼休みぶりだなレオ」

 俺の上に乗っていたのはレオナルドだった。

 こいつだけには殺されたくねぇな。


「お前を拾ってから何年経つかな。わからねぇが、そこそこは踏み台として役には立ったぜ。褒美をくれてやるから、ゆっくり眠りな」

 レオが拳を振り上げる。

 けっ。散々利用して、最後は殴り殺そうってのか。

「I'm gonna shove my bullet up your fucking jaw」

 レオナルドの目を見上げ、最後の言葉を奴にくれてやる。弾丸と共に。


 全弾撃ち尽くしたと思い込んでいるレオに銃口を向け、引き金を絞る。

 最後の言葉通り、銃弾はケツのようなレオの顎先を貫き、頭頂から抜けて天井へ突き刺さる。熊と呼ばれた獅子は、鯨のように頭から潮を吹き、仰け反るとゆっくりと後ろへ倒れて行った。

「じゃあな……アニキ」


 マガジンは確かに15発だが、FNP-9Mの装弾数は15+1。

 薬室には一発残っていた。

 新たな弾倉を取り出し、装填するとスライドを引き、薬室に弾丸を送り込む。

 どういうつもりだったのかは別として、ストリートのチンピラだった相棒のエディと共に、俺達を拾ってくれたのはレオだった。

 一応は兄貴分として10年、ついてきた男との別れだった。



 あの日の記憶が蘇る。

 レオからの最期の仕事。

 相棒を失うきっかけ。

「頼むぜジョニー。これが上手くいけば、お前らも幹部だ」

 美味い仕事があるからと、組織の幹部になった兄貴分のレオが家に来た。


「何度か聞いた文句だなレオ」

「そ、そうだよ。ずっと俺たちの手柄はレオだけのものじゃないか」

 騙され続けて10年だからな。

 いくらバカな俺達でも、いい加減に気付くさ。

「クリスが新しくボスになる事が、正式に決まったんだよ。これからは、お前たちにもおいしい思いをさせてやるさ」


 ボスの所為だというが、新しいボスとなるクリスは気に入らない。

 腕っぷしも頭も威厳も人望も魅力も、何もない卑屈で偉ぶってるだけの男だ。

「屋根のある場所で暮らしていられるのは、アンタのおかげだ。それだけは感謝してるよレオ……報酬はきちんともらうぞ」

「あぁ、あぁ。もちろんさ。お前なら、そう言ってくれると信じてたよ」

 俺も甘いバカなんだな。つくづく思うが、今回も仕事を受けてしまう。


「簡単な事さ、耄碌爺を一人殺るだけだ」

 簡単なら俺達に頼みにくる事もないだろうに。

「……わかった。誰だよ」

「ジェフ・ヴォイトさ」

 聞いた事のある名だ。

「金庫番のジェフか? 実在したのか」

「あぁそうさ。奴は色々と知り過ぎている。クリスには邪魔なんだとよ」


 名前だけは誰でも知っているくらいに有名だが、誰も見た事はないという組織の古い金庫番がジェフだ。

 先日病に倒れたウォーレンが若い頃、どこかから拾って来たって噂だ。

 実在するのなら、クリスには邪魔だろうな。

 あいつじゃ、組織の金も自由に出来ねぇだろうし。


「じゃあ、頼んだぞ」

 ジェフの情報を渡したレオが、片手をあげて出て行った。

 信用は出来ねぇが、これが最後の義理ってやつだ。

「すまねぇなエディ」

 大人しくしている相棒に声を掛ける。

 こいつは基本、俺の決めた事には逆らわないが。


「いや。ジョンの決めた道について行くって決めてんだ。どうせ老いぼれた爺さんを一人消すだけだろ? どうって事ないさ」

「そうだな。護衛もねぇってんだ楽勝さ」

 今考えると、この時も嫌な予感はあったんだ。

 でもやめる事も出来ねぇし、やるしかなかったんだ。

 最後の意地かレオには強気に出たが、仕事を断れば組織にはいられねぇ。報復もされるだろう。それをではなくレオのにしてくれたんだ。

 やるしかないだろう。

 俺は、そう思い込む事にした。


 古臭い古書店。その三階の事務室。

 そこに老人は居た。

 情報通り一人きりだ。

「悪ぃな。恨みはねぇが邪魔なんだってよ」

 ドアを向いた机の向こうに座る老人。

 そっと入り、顔を上げる老人に二人で銃弾を浴びせる。

 呻き声すらなく、爺さんは死んだ。

 簡単な仕事だ。


 何の問題もなく仕事は終了。

 そのはずだった。

「ちっ、やっぱりか。レオの野郎許さねぇ」

 仕事が終わった俺達は、当然邪魔な存在だった。

 裏切りとさえ言えないような切り捨てだった。

 エディと二人、俺たちは組織に命を狙われる的になった。

 そんなバカな俺の所為で、エディは命を落としちまった。



 嫌な事を思い出しながら階段をのぼる。

 最上階で死体がみっつ転がっていた。

 見た事のない顔だ。取引相手だろうな。

「死ね!」

 背後の叫び声に振り向くと、銃を構えた男が三人いた。

 素人かよ。るなら黙って撃ち込めよ。

 振り向きざま銃を連射する。

 至近距離で四人の銃弾が飛び交った。


 左の男に二発、その隣に一発。

 俺の撃った弾の内、三発は見事に当たった。

 二人の顔に三発の銃弾が吸い込まれていくのが、スローモーションに見える。

「うぐぁ!」

 もう一人の銃弾が俺の左足を撃ち抜いた。

 太ももを撃ち抜かれ倒れる俺に、その男、チビのクリスが銃口を向ける。


「あぁ? なんだてめぇは」

「お前の組織の若いもんだよクリス」

「なぁにぃ! ちっ、紛らわしいとこに出てきやがって。二人も無駄になっちまったじゃねぇか。さっさと立って、俺を護れ」

 横に倒れていた取引相手を見て納得した。

 なるほど人種が違う訳か。見た目で奴らじゃないと分かったんだな。

 だが今は、お前の手下でもねぇんだよ。


「あ? なんのつもりだ」

 鈍い奴だな。俺が銃を向けても不思議そうな顔をしている。

 なんで護って貰えると思っているんだろう。

「ロバートが地獄で待ってるぜ。覚悟しなクリス」

 クリスの後ろ、廊下の暗がりから爺さんの声がする。


「なっ! なんでてめぇが……生きていやがったか!」

「俺を狙うなんて思い上がり過ぎたなクリス」

 振り向いたクリスが、爺さんに銃を向ける。

 慌てて引き金を引く。


 クリスの銃弾が爺さんの左腕を貫き、爺さんの身体がぐらりと揺れる。

 だが、俺達の銃弾はクリスの身体を貫いていた。

 俺の弾が脇腹から、爺さんの弾が喉元へ。

 二発の弾丸がクリスの体の中で交差する。

「ぐぅ……ジェフ……」

 一言漏らし、クリスの身体が沈む。

 ジェフ……?


「やっと思い出したぜ。相棒を失ったジョニーってぇのなら、ジョン・ウィーノックか。エディ・ヘムズワースは俺が殺ったぜ」

 爺さんがエディの仇だった。

「そうか……生きてたのか」

「お前らが殺したのはロバート・フリック。俺の古い友だ。お前らは友の仇って事だな。ジョニーなんて名前は腐るほどいるから気付かなかったぜ」

「じゃあ、アンタは相棒の仇ってわけだな」

「そうなるな」


 誰も顔を知らなかった金庫番は生きていた。

 顔も知らない奴の殺しなんて、引き受けるもんじゃないな。

 そうか本当にしくじってたって訳か。

 それでレオが俺を追っていたんだな。

 俺らが邪魔だっただけだと思ってたぜ。

 エディが殺されたのは、制裁ではなく報復だったのか。


「もし生まれ変わったら、何がしたい?」

 ジェフを見上げ、おかしな事を訊ねてみた。

「次も孫の顔は見たいな。その後は子供より先に死にてぇ」

 答えたジェフが俺を見下ろす。

「また会ったら一杯おごる約束だったな」

「そうだな。向こうで逢ったら飲もうか。ウォーレンも紹介してやるよ」

 見間違いかな。ジェフの口元が綻んで見えた。


「相棒の仇だジェフ・ヴォイト」

 ジェフを見上げ銃口を向ける。

「友の仇だジョン・ウィーノック」

 ジェフが俺を見下ろし銃口をまっすぐ向ける。

 直後、二つの銃声が重なった……

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VENGEANCE 敵討ち とぶくろ @koog

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