神様ありがとう

「ちっ、こんな階まで見回る必要があんのか?」

「しっ! 声がでけぇよ。耳だけは良いんだぞ」

「はっ。こんな人数で取引なんて、先代の頃には考えられねぇぜ」

「そうだなぁ。今のボスはビビリだからなぁ」

「この取引だって先代あってこそだろ」

「まぁなぁ、向こうの組織の方が桁違いにデカイからなぁ」

「そこと五分ごぶで取引できるなんて、先代の力と顔だよなぁ」

「ちょっとくらい人数連れ歩いても意味ないのになぁ」

「ちっ、やってらんねぇ」

 ぶちぶちと文句を言いながら三人の男が階段を降りて来た。


 三人か?クリスの部下のようだ。

 やっぱり人望も何もねぇな。

 だが、銃を使ったら上と下から挟み撃ちだ。

 素手で三人。音も立てずに、やれるか?


 ……無理だろう。俺は別に暗殺者でも用心棒でもないんだ。

 クリスと同じで、何も誇れないチンピラだ。

 それでも神様ってのは居るんかね。

 いつでも見ているとかなんとか。

 暗がりに身を隠そうとした俺の足元に、何故か空缶が……カランっと気持ち良いくらい爽やかな甲高い音を立てて転がっていく。


「Fucking my God!(ありがとう神様)」

 見守って貰えている感謝の気持ちを神様へ伝えつつ立ち上がる。

「なんだ!」

「誰だ」

「おい、にいちゃん。こんなとこで何してんだぁ」

 先制だ! 不意打ちで二人やれなきゃやられる。

「うぉらぁ!」

 暗がりから素早く飛び出した俺は、勢いよく飛ぶ。


 まるでドロップキック。

 勢いだけだが、体ごと飛んでいく。

 運が良いのか悪いのか、思い切った攻撃は先頭の男の顔面に吸い込まれる。

「ぐぼぉ!」

 さらに奇跡の着地を決めた俺は、状況を把握できていない二人目の顎を、下からこぶしで突き上げる。顎が砕け散り、意識も一撃で刈り取る。


 Fucking my God(ありがとう神様)

 連続の奇跡に、神様への感謝を心の内で叫ぶ。

「てめぇなにもん……くぇ」

 素早く三人目の後ろに回り込むと、そいつのネクタイを掴む。

 下の細い方を掴んで背負う。

「おぉ~ちぃ~ろぉ~」

 背に担ぎ上げた男のタイを引き絞る。


 渾身の力を振り絞ると、背の男から力が抜けた。

「くっはぁ~……あっぶねぇ。なんとかなったかぁ」

 ぐったりした男を床に落として座り込む。

 なんとか三人を仕留められたようだ。

 最初に蹴り飛ばした男も、完全に意識を失っているようだ。

 階段脇の壁に寄りかかるように立っていた。


 いや、そこには壁が無かった。

 ひん曲がった鉄筋に、意識を失った男が引っ掛かっている。

「え? うそ……いや、待って……あっ」

 風に揺られて男の服がひるがえる。

 引っ掛かっていた服が外れて、意識のない男はゆっくりと落ちていく。

 二つの組織の護衛達が待つビルの下へ。男は真っ逆さまに落ちて行った。

「Fucking my God(ありがとう神様)」

 俺は三度、神様へ感謝の言葉をつぶやいた。


 階下から喧騒が聞こえる。

 ここにもすぐに上がってくるだろう。

「ここまでかぁ……」

 あの数を相手に、ボスを討ち取るのは無理だろう。

「生きてたか」

 その声に振り向くと、いつの間にか爺さんが居た。

「いつの間に上がって来たんだよ。下はすげぇ騒ぎだ」

「あぁ。聞いてみな」

 爺さんがニヤリと笑う。


「てめぇら、やりやがったな」

「っだぁこらぁ! っんだぁ!」

「裏切りやがったな」

「っだぁ? あぁ?」

「やれっ! やっちまえ」

「戦争上等だよ! っらぁ!」


 ボスがボスだけに、ろくなもんが残ってねぇようだ。

 銃声まで聞こえて来た。

「取引相手の攻撃だと思ったのか。やつら、おっぱじめやがったぞ」

「あぁ。あんな大人数で来るから、こうなるんだよ」

 止めようとする者もいるようだが、あぁなっちまったら、もう止まらねぇだろ。

 びびってごっそり連れて来た所為で、ひでぇことになってんな。

 こうなるのが分っていたかのように、爺さんはおちついてポケットから何かを取り出した。なんだ? 少し大きいライターのような。

「まさか、こうなるのを狙ってたのか?」

「まぁな。想定よりも上手くいったけどな」

 爺さんが取り出したリモコンのスイッチを押す。


 爆音が響き渡る。

 廃ビルの周囲に埋められた爆薬が、一斉に発火し地表がめくれ、車も人も玩具のように夜空を舞う。下に居た奴らは、無残に千切れ飛び散った。

 これを仕掛けてたのか。

「とんでもねぇもん仕掛けてたな」

「どうやって逃げる気だったんだ?」

 あの時、銃と一緒にコレを買っていたのか。

 そりゃあ拳銃だけにもなるだろうよ。

 やっぱ、とんでもねぇ爺さんだ。


 上の階からも銃声が聞こえて来る。

 間抜けなボスが怯えて、取引相手を攻撃し始めたんだろう。

「残りは何人もいねぇ。やるぞ」

 じいさんが銃を取り出して、俺を睨む。

 じいさんとは思えねぇ、凄みがある。

「あぁ……大丈夫だ」


「俺は向こうの階段からあがる。いいな、上で挟み撃ちにするぞ」

「俺が行く前にやられんなよ」

 精一杯の強がりを、鼻で笑った爺さんが闇に消える。

 ほんとにほんとに何者なんだ。足音すらしねぇよ。

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