廃ビル潜入

 盗んだ金を持って、ふざけた名前のバーへ急いで戻る。

 爺さんがカウンター脇のドアから店の奥へ入っていった。

 武器の調達だかの交渉だろう。

 しかし、あの爺さん組織の人間だろうが、ほんとに何者なんだろうか。


「待たせたな……これだけだった」

「お、おう。着替えたのか」

 ダークブラウンのスーツに着替えて、爺さんが出て来た。

 爺さんがカウンターに置いたのは二丁のピストル。


「FNPか、ちょっと古いが良い銃だ。……9M?」

 FNPはFN社が2003年だったかに発表した拳銃だ。

 露出ハンマー方式でダブル、シングル兼用のトリガーアクションをもつ。

 エルゴノミクスデザインでデコッカーを兼ねたマニュアルセーフティとマガジンリリースボタンはアンビ仕様。

 何故か民間用の『ブローニングPRO』ではなく全長180mm重量709g口径9mm装弾数は15+1。軍用のFNP-9Mだった。


「弾だけはたっぷり用意させた」

 マガジンだけは売る程あった。打ち放題だな。

 この町では武器の入手は結構難しい。組織と警察が厳しく取り締まっているからだ。組織に抵抗できる者がいないのは、町に武器を持ち込めないというのもある。

 実は拳銃だけでも買えるのは、この町では凄い事だったりするんだ。

 そんな街で軍用拳銃なんて、どっから流れてくるんだよ。

 怖い酒場だな。


「そういや、隣の州に行った時はビビったな。デパートのスポーツ用品売り場で、銃が普通に売られててよ。手榴弾のワゴンセールをやってたよ」

「先代の力よ。武器類と薬の規制には、特別ちからを入れていたからな」

「なんで警察まで協力してたんだろうな」

「知らなかったのか? 署長と先代ボスは幼馴染でな。表と裏から、二人で町を護ろうってな、ガキの頃に決めたんだってよ」

 とんでもねぇ人達だな。

 そういや署長も新しくなるらしいし、いよいよこの町も危ねぇかな。

「まぁ、数人相手ならこれでもどうにかなるだろ」

「どうにかするしかねぇな」

 爺さんが何かの紙袋を抱えていたが、中身が恐い気がしたので見なかった事にして黙って外に出る。


 ピストルだけを頼りにボスを狙いに出かける。

「いくぞ小僧」

「ちっ……銃の使い方を忘れてねぇだろうな爺さん」

「女を宥めるより簡単なこった。頭はボケても体が覚えているさ」

 ボケかけた爺さんと二人で命懸けの殺し合いなんて、色気もなにもありゃしねぇ。 

 こんな死に方はしたくねぇ。生き残るしかねぇな。


 深夜、町外れの廃ビルに侵入する。

「このビルの天辺てっぺんが取引現場のはずだ。小僧は、この階段をあがれ」

 ビルは結構広いフロアの15階建て。階段で最上階は中々にしんどい。

「爺さんはどうすんだ」

「別ルートで行く。手取り足取り、御守おもりはいらねぇだろ」

「構わねぇよ。屋上までにお迎えが来ねぇといいな」

 爺さんと別れ、軽やかに階段を駆け上がって行く。


 ……4階までは頑張った。

「はぁ……はぁ……くそっ。もう歳なのかね」

 10年前なら駆け上がれた気がするんだが、心臓がバクバクと煩いし足がガクガクしてフラフラと壁に寄りかかってしまう。

 なんてこった。

 15階かぁ。下で待っててもいいんじゃねぇか?

 そんな事を考えていると、下に数台の車が停まる。

「もう来たのか」

 うまくボスをヤったとして、下に残った護衛を擦り抜けて、生きて帰れるかねぇ。

 ……無理だろうなぁ。

 結局、俺の運命は同じ事だったんじゃないか。


 郊外ではあるが、町の灯りも届かない訳でもなく、今夜は月も明るい。

 廃ビルは窓も多く、何も見えない程真っ暗でもなかった。

 壁一面ガラス張りだったり、壁が無くなっているフロアも多かった。

 明かりを使えない潜入としては助かるが、暗闇に紛れる事も難しそうだ。

「ちっ……最上階か」

 仕方なく最上階を目指して階段をあがっていく。


 汚ねぇ階段を上がっていると相棒だったエディを、奴の最期を思い出す。

 エディ・ヘムズワースはガキの頃から顔も体も整って、モデルかなんかのような見た目だったが、何故か気が合って一緒に居た。いつも一緒だった。

 見た目は良かったが、気が小さくて、いつも俺の後ろについて来ていた。

 あの日、あいつのアパートへ行った時。

 あの汚ねぇ階段が、何故か頭に焼き付いて消えてくれねぇ。

 あの最期の大仕事をしくじって、二人で逃げるか、なんて言ってたアイツの部屋へ行ったら、頭と胸を撃ち抜かれて部屋の真ん中で死んでいた。

 報復なのか、制裁なのか……どちらにしろ、俺はたった一人の相棒を失った。


「ちっ、damn! はぁ……はぁ……嫌な事を思い出しちまった。息も切れるし」

 もう数フロアで最上階という所で階段を出て、暗がりで息を整える。

 ぜぇぜぇ言いながら乗り込むわけにもいかねぇからな。

「damn it! 話が違うじゃねぇか」

 ふと下を見下ろすと、停まっている車が見えた。

 止まっている台数が多すぎる。

 ヘッドライトに照らされた男達は20人はいるぞ。

「二人で、あの数は無理だろ」

 しかし、奴らは下から上がってくるんだ。逃げ道はない。


「やるしかないか……まぁ、一人で逃げ続けたってなぁ」

 エディが生きていれば、また違ったかもしれない。

 俺一人、逃げ続けたところでどうしようもないな。

 どうせ死ぬなら前のめりに……だな。

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