隠し金

 俺達は町の図書館へ急ぐ。

 この町に図書館なんてもんは一つしかない。一つしかないが、結構大きな建物だ。

「こんなとこに金があったのかよ。入るのは初めてだなぁ」

「ぐずぐずしてらんねぇ、急ぐぞ。金は地下の資料室だ」

 爺さんと二人で地下の資料室を目指す。


 図書館は公共の施設で、誰でも出入り自由だが、資料室には警備員がいる。

 資料室の手前の廊下、大きなロッカーの前で爺さんが止まって振り向く。

「警備員の交代の時間まで隠れるぞ。6時から30分、資料室には誰も居なくなる。その間に仕掛けを動かして金をくすねて脱出するんだ」

「あぁ、分かった」

 爺さんがロッカーを開ける。掃除用具入れの奥に隠し扉があった。

「狭いが、ここで夜まで待つぞ」

「こんなとこに仕掛けがあったのか」

 ロッカー裏の隙間はかなり狭く、男二人で入りたくはないスペースだ。


「爺とロッカーで抱き合っても、楽しくねぇしなぁ」

「なんで向かい合って入るんだよ。ブーメランだって持って来てねぇぞ」

 なるほど、背中合わせに入ればいいのか。

 くそっ、気付かなかったぜ。

 そういや、美術館だかに忍び込んで、ブーメランだかを投げる映画があったな。

 爺とじゃロマンスもクソもねぇが。

 小柄な爺さんだと思っていたが、背中合わせにくっついていると伝わる爺さんの身体は、意外と鍛えられて引き締まっていた。

 あのレオを相手にしても気迫は負けてなかったしな。

 ほんとに何者なんだ。


 狭く真っ暗なロッカー裏の隠れ場所。

 爺さんとぴったり背中合わせで、じっと待つ。なんの拷問なんだよ。

「このまま6時まで待つのかよ。背中がじじい臭くなりそうだぜ」

「ほんの一時間くらいなもんだ。我慢しろ」

 じっとしているのも辛いので、爺に話しかけて気を紛らわす。

「なぁ、家族ってのぁどんな感じなんだ? いいもんかい?」

 何も見えない暗闇で眠くなっちまう。

 孫までいるらしい爺さんに、なんとなく聞いてみた。


「なんだそりゃ、おめぇにだって親はいるんだろう」

「たぶんな。赤ん坊の頃は誰かが世話をしてくれていたんだろうけどよ、ものごころつく頃にはストリートで暮らしてたからな」

 俺には両親の記憶はない。

 気が付いたら裏路地で暮らしてた。

 同じようなガキは沢山いたから、自分が特別な境遇だとは思っていなかった。

 あれから同じ屋根の下、他人と暮らした事は一度もない。

 女はいたし、相棒とはずっと一緒だったが、暮らす家は別だった。

 他人と暮らすってのはどんな気分なんだろう。


「なんだ、お前もか」

「お前もってなんだよ」

「俺もストリート育ちだ。ウォーレンに拾われて仕事を貰うまでな。彼のおかげで孫の顔まで見れたんだ。ストリートあがりにしちゃ出来過ぎな人生だろうな」

「あんな所で育ってそんな歳まで生きてる奴なんざ初めて見たよ」

「だろうな。それもウォーレンのおかげさ。俺は運が良かったんだな」

 あんなとこで暮らしてたのに、他人と暮らせるなんて、爺さんはすげぇんだな。


「孫って幾つなんだよ。どんなおっさんだ」

「30だ……生きていればな。車の整備士だった」

「あ? 死んじまったのか?」

「妻も娘も孫もガンでな。婿は丈夫で真面目な奴だったが、事故であっさり逝っちまったよ。結局、俺一人残っちまった」

「そうか……後悔してんのか?」

「どうだろうな。俺がかかわった所為であいつらは死んじまったんじゃないかとか、やっぱり俺みたいなストリート暮らしのチンピラは、家族なんて望んじゃいけねぇんじゃないか……なんてな。昔は悩んだり後悔もしたがな」

 やっぱり家族なんて持つもんじゃないのかもな。

 一人なら好きな事だけやって死ぬだけだ。


 くだらない話で時間を潰していると、警備員が資料室から出て来た。

 息を殺し、廊下を歩く警備員が通り過ぎるのを待つ。

「よし、時間だ。出るぞ」

 狭いロッカーから出て、かたまった身体をぐ~っと伸ばす。

「やっぱり親だの子だの、じゃまくせぇだけだな。俺は一人でいいや」

「そうか……そうだな」

 資料室へ向かい扉を静かに開ける。

「でもよ……奥さんや娘さんにはよ。爺さんは大事な家族だったのかもな」

「……ふん。家族をつくってからいいな」

 俺に親父ってのがいたら、どうなってたんだろうなぁ。


 まるで、しょっちゅう通っているかのように迷いなく、爺さんは奥の机に向かって行く。一つだけ、やたらと古く大きな机がある。

「ここだ。向かいに立ってくれ。そこだ……よく見ろ、うっすらと印があるだろ」

 古い椅子に座った爺さんは、机を挟んで向かい側に俺を立たせる。

 確かに床には、うっすらと何かの模様のようなものがある。

「ここでいいか? こんなとこに金があんのかよ」

「そこから手を伸ばせ。そう、ここを掴んで引くんだ」

 机の向こう側、引き出しの下を掴まされる。

 意味も分からないまま、俺は大きな机を手前に引く。

「あぁ? なんだこりゃ、何、入ってんだよ」

 古臭い机は、床と一体化しているかのようにビクともしない。


「もっと力を入れろ。腰で引くんだよ。金は机の下なんだ。さっさと引き倒せ」

 ちくしょう。好き勝手言いやがって。

 アレか、昔の話をしちまって照れてんのか。

「ふっ……ぬぅ!」

 気合を入れると足元でガゴッと、何かが外れるような音がして机が動く。

 俺の方へゆっくりと倒れて来た。

「よしよし。そこで止まれ。金を出す間、耐えてろよ」

「っ! っ……くぅ」

 やばい。潰れる。手がちぎれそうだ。声もでねぇ。


「よし、もういいぞ。ゆっくり戻すんだ。ゆっくりだぞ」

 血管が切れそうだ。やばい、何か出る。

「ぶはぁ! くっ……はぁはぁ、くそっ! なんて重さだっ!」

「まだ動いて良かったな。一人が椅子に座ってな、そこを踏んで引っ張らないと、開かない仕掛けの蓋なんだ。組織の金だからな、勝手に出せないようになってんだよ」

「はぁはぁ……で? 帰りはどうすんだよ」

「どうもしねぇよ。表向きには金目の物なんてないからな。帰りは普通に出て行くだけだ。姿さえ見られなければ、後で騒ぎになっても知ったこっちゃねぇ」

 なるほど。そういやそうだな。


「そういや、金はあったんだよな。武器は買えるんだな」

「ぎりぎりだな。だが、これでどうにかするしかねぇ。いくぞ」

 一応裏口から、帰りは普通にサムターンを回して鍵を開ける。

 警備員室には警報かなんかがいくんだろうが、カメラにだけ注意して外へ出る。

 直接見つかりさえしなければ、あとはどうでもいいからな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る