密談

 一応、助けて貰った形だし、なんか逆らう気になれず、爺さんについてビルの間の細い路地を入って行くと、汚ねぇ三階建ての元商業ビルの地下へ入って行く。

「こんな廃墟に何があんだよ」

「まだ廃墟じゃねぇ」

 地下には飲み屋の看板が並んでた。

 まだ営業してるのか。こんな店、初めて知ったぜ。

「こんな飲み屋街があったなんてなぁ」

「ここだ」

 爺さんが一軒の店の前で止まり、顎で赤いドアを指す。

 爺さんの足元には『damn it』と書かれたイカレタ緑の看板が、暗く光っている。

 とんでもねぇ名の店だな。


 声もなく、爺さんに続いて店に入る。

 当然のように客も居ない薄暗い店内、カウンターには背の高い男が一人。バーテンだろうか。爺さんをチラっと見ただけで挨拶もないし、俺の方は見もしない。

「まぁ、座んな」

「あ、あぁ……爺さんの行きつけかい?」

「久しぶりだ。何十年ぶりだかな」

 カウンターに爺さんと並んで座る。

 注文を聞きもしない店員だが、よく見ると奴もかなり爺さんに見える。

 薄暗い中に、やたらと背のひょろ高い爺さんが、黙って立っているのは結構不気味ではある。商売する気があるとは思えねぇな。


「……で? こんなとこまで来て、何の話だい」

「お前さん。組織に狙われてるんだろ? これからどうする気だ」

「どうするかねぇ。まぁ、この町を出るか、殺されるのを待つかの二択だろうな」

 この町の裏を支配している組織に睨まれて、この街で生きて行くのは無理だろう。

 俺は組織の仕事をしくじった。

 このまま逃がしてくれるとも思えない。


「どうだ……俺と組んでクリスをらないか」

 爺さんがとんでもない事を言い出した。ボケてるのか?

 カウンターの向こうで、動かなかったバーテン爺さんもピクッとしたぞ。

「クリスって……あのクリスか?」

「あのクリス・プラットだよ。お前が生き残る道は、それしかねぇだろ」

 組織のボス、クリス・プラットを消そうってか。

 とんでもねぇ爺さんだ。

 流石に声もでねぇ。きっと、今の俺は間抜けな顔になってるだろうが、爺さんの言ってる事が理解できずに固まってしまう。

 末端のチンピラまで入れたら二千人は居るんじゃないかって組織だぞ。

 たった二人で何が出来るってんだ。そもそも、こんな会話だけでも命懸けだ。


「まぁ、落ち着きな。あるんだよチャンスが」

 固まったまま動けなくなった俺に、爺さんが背中を叩いて話し出す。

「チャンス……?」

「チャンスさ。外の組織と大事な取引があってな、そこには数人の側近だけを連れただけで、ボス自らが立ち会うんだ。そこでなら二人でも奴を殺れる」

「なんで、そんな事……いや、そもそも爺さんがなんでボスを……」

 訳が分からない。この爺さん何者なんだ。


「先代のウォーレンを知ってるな。あの人には良くしてもらったんだ。借りもある。あのバカに組織は任せられねぇんだ」

 先代のボス、ウォーレン・プラットは凄ぇ人だった。

 あの人の息子も、誰もがついていきてぇと慕う人だった。

 だがウォーレンが病に倒れ、次に後を継ぐ筈だった息子も事故であっさり亡くなってしまった。気落ちしたのか、その後すぐにボスも身罷ってしまった。

 仕方なく組織は先代の孫、今のボス、クリスがまとめる事になったんだ。

 だが、クリスには何もない。頭も度胸も腕っぷしも人望も何もない。

 一応ボスとして担いではいるが、奴を殺れば組織は割れるし、俺を狙う奴もいなくなるかもしれない。少なくとも、ボスの敵討ちなんて考える奴はいない。

 本当に数人の護衛だけになるのなら……いけるか?


「今、自由になる現金がほぼなくてな。お前さんも金は無いだろ。だが、時間がなくてな、急いで金をつくらなきゃならない」

 ポケットに手を突っ込んで、全財産を爺さんに見せる。

「25セントと10セント……硬貨二枚で35セントが俺の全部だな」

「泣きたくなるほどだな。まぁ、そうだろう。この店はな、武器の調達が出来るんだ。だが、現金払いだけでなぁ。まずは金をつくらねぇといけねぇ」


 どっかから組織の金をこっそりいただいて、その金で武器を買えばいいと、イカれたことを言い出すじいさん。組織のボスを倒す武器を買う金を、組織から盗むチンピラなんて、映画みたいで楽しそうだ。金の隠し場所を調べられたら、チャレンジしてもいいかもしれねぇな。いや、時間がないってのはボスが来る取引が迫ってんのか。

「そういや、取引っていつなんだ?」

「今夜だ」

「はっ……はぁ? 時間なさすぎだろ!」

「だが時間があれば、お前さんが生きてるかどうか……な?」

 そうだった。組織に狙われたまま、いつまでも生き延びていられない。


「そ、そりゃそうだけどよぉ」

「その取引の前に、組織の金をちょろっと拝借しに行くぞ」

「え、そんな簡単な場所があるのかよ」

「殆ど知られていねぇ場所がある。たいした額はねぇが、古い隠し場所だから今じゃ誰も覚えていねぇだろうよ」

 本当に何者なにもんだ、この爺さん。


「それしかないだろう。どこだ」

「図書館だ」


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