VENGEANCE 敵討ち

とぶくろ

ある日の公園で……

「あ~、ろくなことがねぇ~。ついてねぇなぁ」

 くたびれたヨレヨレのスーツ姿で、俺はベンチに倒れ込む。

 ラジオだろうか。どこからかニュースのような音声が聞こえる。

 まぁた、発砲事件のようだった。やだねぇ。

 州法で銃の携帯は禁止されていないので、毎日のようにガキどもの発砲事件が続いていた。今回は隣町のようだ。

 この町だけは取り締まりが厳しくて、銃を持つ者は限られている。

 ただ……取り締まっているのは、警察じゃなくてマフィアだけどな。

 オフィス街のビルに囲まれた小さな公園で、何もやる気が出ない俺はベンチに横になった。成績の悪いセールスマンにでも見えるだろうか。


「ばかみてぇに晴れてんなぁ」

 こんな良い天気なのに、俺はこんな所で何をしているんだろう。

 ふと見ると、公園の隣のオフィスビルから一人の爺さんが出て来た。

 なんとなく見ていると公園に入って来て、俺の隣のベンチに腰かける。

 この公園に、ベンチは二つしかないからな。

 青い制服の爺さんは清掃員だろうか。

「なぁじぃさん。掃除って楽しいのか?」

 疲れてたのかね。何故か気になって、爺さんに声を掛けていた。

「楽しかないなぁ。好きでやってるもんもいるけどな」

 こっちを向きもしないで、爺さんがつまらなそうに答える。

「ふ~ん。やっぱ、老後ってのはつまらねぇもんかね」

「若いの、長生きなんてするもんじゃないかもなぁ」

「そうかぁ……やっぱり、そうなんかなぁ。碌な事ねぇしなぁ」

 何気なく声を掛けただけだった。

 別に何か目的があったわけじゃない。


「16の時から10年。夢中で走って来たんだ。人が嫌がる仕事でも、なんでもやってきたんだ。でもなぁ、手柄はぜぇんぶ上司のものになってた。俺にはなぁんにも残らなかったよ。ずっと一緒に働いてきた相棒とな、最後に大事な仕事を任されたんだ。それもなぁ……しくじっちまった。それからはろくな事がねぇのよ」

 何故か爺さんにくだらねぇ事を話しちまってた。

 人生相談でもないだろうに、こんな爺さんに話した所でどうにもならないのに。

「……そうかい。俺はな、50年働いてきたよ。それでも最後はさっぱりしたもんさ。こんなじじいは、もういらねぇってよ」

「……そ、そうかい。大変だな」

 うわぁ……重たい爺さんだった。

 それにしても酷い会社もあるもんだな。

 50年も尽くしたってのに棄てられるなんてなぁ。


 こんな街中の小さな公園のベンチで、人生相談でもあるまいし、飲み屋でもねぇのにグチを延々と聞かせちまった。

 爺さんの話してくれる昔の話も、夢中になって聞いちまった。

「おっと、ちとサボり過ぎちまったな」

 つい話し込んじまったが、じいさんが気付いて立ち上がる。

「あ、あぁ、すまねぇなじいさん。叱られたらよ、チンピラに絡まれたって言えよ」

「ふん。まだ、そこまで耄碌もうろくしてねぇよ」

 しょぼくれた見た目なのに、芯が太いっていうかスジの通った爺さんだ。

「またどっかで逢えたら、今度は一杯おごるよ」

「そうか。まっ、楽しみにしとこうか」

 おもしれぇ爺さんだ。


 そんな楽しいひと時を台無しにしてくれる出会いが待っていた。

 面白い爺さんと別れた直後、誰よりも会いたくねぇ奴と出逢っちまった。

「よぉジョニー。探したんだぜぇ」

「レオ……アンタが俺を覚えていてくれたなんてな」

 若い頃は熊のレオナルドなんて呼ばれた男が、俺をジョニーと呼び、見下ろしていた。今じゃ、大分落ち着いたが、熊と呼ばれた体格はそのままだ。

 若い頃熊だった男が、今じゃレオと呼ばれる顔役の一人だ。

 熊が獅子になったわけだ。こいつが俺の、俺達の元兄貴分だ。

 俺達の手柄を独り占めして、組織で成り上がった男だ。

「用事は分かってるだろ? 大人しくついてきな」

 レオ一人でも勝てる気がしねぇが、後ろに居る三人もチンピラじゃねぇしな。

「嫌だって言ったら?」

「おいおい。それは利口じゃねぇなぁ」

「どうせ結果は変わらないだろ」

「ん? まぁ……そうだな」

 逃げ続けるのは性に合わねぇし、派手に暴れて死ぬのもいいか。


「よぉ、レオナルド。あんたレオナルドだろ」

「ぁあ? じいさん、死にたくなけりゃどっか行ってな」

 さっきの爺さんが戻って来ていた。

「お、おいおい、爺さん。なんのつもりだよ」

 俺は爺さんが殺される前に、なんとか逃がそうと、庇うように立ち上がる。


「ここは俺に任せときな小僧」

 とても殴り合いなんて、出来そうもない爺さんが、俺の前に出る。

 レオは俺より頭一つ背が高い。爺さんは俺より頭一つは低い。

 そんな小さな爺さんだが、おびえもたかぶりもなくレオをまっすぐ見つめている。

 この爺さん、なにもんだ? 

「俺が誰だか知っていて邪魔しようってんだな爺さん」

「あぁ分かってるさ。周りを見てみなよ。俺だけじゃねぇ、みぃんな知ってるさ。お前さんはここいらじゃ顔が売れてるからねぇ」

 いつの間にか結構な数の野次馬が集まっていた。


「分かっているなら引っ込んでな」

「ここで凄んで見せてもじじいには意味ないぜ」

「あ? なんだって爺さん」

「組織が好き勝手出来るのは、あくまでも裏での事だ。ここで手を出しゃレオナルドが犯人だと大勢が証言するぜ。どんなに疑わしくても組織の力でもみ消せるだろうがよ、これだけの人に見られていたら誤魔化せねぇよ」

「……ちっ、いいだろう。今回だけは爺さんの顔を立ててやるよ」

 本当に何者なにもんだ、このじいさん。

 あの眼光はただもんじゃねぇ。

 レオが退いたとこなんて初めて見たぞ。


「ぼーっとしてんな小僧。ついてきな」

「小僧じゃねぇ。もう26だ。ジョニーって呼べ」

「ふん。孫より若けぇなら小僧だ」

 じいさんの眼が、何故か気になって、逆らえずについて行ってしまった。

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