ブルーベリーが日本を救うと僕のおじいちゃんは言った

北澤有司

1話完結 5分で読めるショートショート

 朝ご飯を食べ終わると僕はランドセルを背負った。

「行ってきます!」

玄関の扉を開けて外に出る。目に入ってくるのは薄いピンク色をした小さなブルーベリーの花、花、花。いつもの通り、庭におじいちゃんがいる。水をまく音ですぐにわかる。僕は道路に出た。

「正太、車に気をつけるんじゃぞ」

後ろからおじいちゃんの声。

「わかってるよ。行ってきまーす」

僕は登校班の集合場所に向かって走り出した。


 朝と夕方、おじいちゃんはブルーベリーに水やりをする。ブルーベリーと言っても実がなる前の苗のことだ。

「おじいちゃんはブルーベリー苗を育てるのが趣味なのよ」

お母さんは言った。

一度おじいちゃんにたずねたことがある。

「おじいちゃんはブルーベリーが趣味なの?」

少しだけ考えておじいちゃんは言った。

「うーん、趣味とは違うんじゃな。いうなれば国防じゃ」

なんのことだかさっぱりわからない。

おじいちゃんは笑った。

 毎年たくさんのブルーベリー苗を育てる。それが僕のおじいちゃんなのだ。


 家の庭、苗のほかにもブルーベリーの木がいくつか植わっている。毎年春から夏にかけて新しい枝をたくさん伸す。おじいちゃんは古くなった枝を切ると、それを土にさして苗を作る。

「正太、土にさしておくとな、ブルーベリーの枝は根っこを生やす。つまり新しい苗になるんじゃ」

根っこが生えるまでには時間がかかる。だから毎日水をやって枯れないようにしているのだとおじいちゃんは言った。


 僕の家、塀には張り紙がしてある。

「ブルーベリー苗あります」

時々、苗が欲しいともらいに来る人がいる。おじいちゃんは喜んで苗をあげる。お金を取ることはしない。一人で何度ももらいに来る人もいる。

「あの人フリーマーケットで売っているらしいのよ」

お母さんは言う。おじいちゃんに教えてあげると、

「いいんじゃよ」

と、にこにこしている。

「日本中がブルーベリーでいっぱいになってほしいからの」

おじいちゃんはそう言った。


 夏になると庭のブルーベリーに実がたくさん生る。ひよどりやカラス、すずめが食べに来る。おじいちゃんはにこにこしながらそれを見ている。僕も時々つまみ食いをするんだけど、おじいちゃんは食べない。

「おいしいのにどうして食べないの?」

おじいちゃんにたずねると。

「できるだけ鳥さんたちに食べてほしいからじゃよ。鳥が実を食べて山に帰るだろう。そうして山で糞をする。その中にはブルーベリーの種が入っているから、いつか日本の山はブルーベリーでいっぱいになるんだ」

おじいちゃんはうれしそうだった。


 ある日、僕はおじいちゃんにたずねた。

「山がブルーベリーでいっぱいになると何かいいことがあるの?」

山にたくさんあれば、クマはブルーベリーを食べるから、里に降りてくる必要がなくなるじゃろ。山で遭難した人がいても、ブルーベリーがあれば飢え死にしなくてすむしな」

おじいちゃんはにこにこしてる。


「いつからブルーベリーを育てているの?」

 僕がたずねるとおじいちゃんは言った。

「日本が外国からたくさん食べ物を買っていると知った時からじゃな」

「日本ってそうなの?」

「たとえば、正太が10回夕ご飯を食べたとしたら、そのうちの6回は外国の食べ物なんだと言われたら驚くじゃろ?」

「うん」

「日本に食べ物を売っている国が『言う事きかなきゃ食べ物売らない』と言いだしたらどうなる?どんな無理難題でも聞かなきゃならんくなる。だから日本で育ちやすい食べ物を自分の手で作ろうと思ったんじゃ」

「自分たちが食べる物は自分たちで作った方がいいってことだね?」

「うむ。わしはなあ、いつかブルーベリーが日本を救う日が来ると思っとるんじゃよ」

おじいちゃんはにこにこしながら何度もうなずいた。


「なぜブルーベリーなの?」

 僕はおじいちゃんにたずねた。

「理由は二つある。正太はリトマス試験紙って知っとるかな?」

「理科の実験で使ったよ」

「そうそう、アルカリ性の時は青、酸性の時は赤になるあれじゃな。日本は酸性の土が多いんじゃ。そして、ブルーベリーは酸性の土が好きなのじゃな。だから、日本で育ちやすいとわしは考えた」

「ふーん。もう一つの理由って?」

「ブルーベリーは農薬無しでも育つんじゃ。農薬も薬の一種だから何が何でも悪いってわけではないんじゃが、何せ買えばお金がかかる。長くこつこつと続けるにはお金がかからん方がええっちゅうわけじゃな」

「そういえば、おじいちゃんは苗を自分で作っているから、そこでもお金がかかっていないよね」

おじいちゃんはにこにこ笑ってた。


 朝と夕方の水やり以外は、おじいちゃんは縁側にいる。たいていは囲碁の勉強をしているか、昼寝をしているかだ。今日は昼寝。嬉しそうな顔して眠ってる。日本中がブルーベリーでいっぱいになった夢でも見ているのかな?

「おかあさん、おじいちゃんなかなか起きないよ。ブルーベリーに水をやる時間なんだけどだいじょうぶかな?」

僕は台所にいるお母さんを呼びに行った。


 ぽくぽくぽくぽく。木魚の音がする。

「かんじーざいぼーさつぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー…」

お坊さんがお経を唱えてる。写真のおじいちゃんはいつもと同じで笑ってる。

「ぎゃーていぎゃーていはーらーぎゃーていはらそうぎゃーていぼーじーそわかーはんにゃしんぎょう」

「おじいちゃんに最後のお別れ言いなさい」

お母さんが言った。眠っているようなおじいちゃんの顔。僕は一歩近づいておじいちゃんに話しかけた。

「おじいちゃん、僕もブルーベリー育てようかと思うんだ」


おわり



あとがき

あと数年したらブルーベリー農園を運営する予定の、初老男子が思いついたお話です。読んで下さってありがとうございます。m(_ _)m

ブルーベリーに限らず、農業は尊いと思っています。もちろん、他人様の役に立つ仕事は全て尊いです。輸入食品を批判しているわけでもなんてもなく、ただ、いざという時に自分たちの力で生きていける国が良いなと夢想しています。m(_ _)m

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブルーベリーが日本を救うと僕のおじいちゃんは言った 北澤有司 @ugwordsworld

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ